第23話、大変だ、貴族はびこるゆとり校、5
二限の授業は魔術科、開始は午後一時半である。昼食を終えた私たちは食堂でそのまま雑談をし、時間を調整してから学園に向かった。
「ミナ、頑張ってね」
「また後でね、アカリ」
ミナはこの授業に出席する。そのため、一人で見学することになった。私はお茶を手に、一限と同じく一階のテラス席に腰を下ろし、先ほどと同じようにグラウンドに集まった人を数える。
「えっと……」
十三人と武術科の倍以上。しかし、武術科とは打って変わって、魔術科は女性の割合が多い。
一限の武術科の授業に続き、ソウナはまた出席しており、先日食堂で見かけたフミとナナの姿もそこにあった。ということは、入寮している生徒で出席していないのは私だけである。
少しばかり寂しさを覚えたものの、校舎より現れたジュジュを目にし、その気持ちは一気に消え去った。
「げっ!」
なんと、鞭を手にペチペチしながら歩いている。そして、ステージ台まで行くとその上に立ち、始業の鐘が鳴り終わらないうちに話し始めた。
「魔術指南のジュジュである。新入生、貴殿らを歓迎する」
言い終わった直後、ピシッっと鞭を振り下ろしたかとおもいきや、すぐさまジュジュは叫ぶ。
「今日の授業はマラソンである。全員、グラウンドを死ぬ気で走れ!」
「はい!」
「ぶっ」
それを聞いた生徒たちが大声で返事するのを目にして、思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまう。
新入生が来たら普通は自己紹介とか、それよりも魔術の授業なのにマラソンをするとか、困惑している最中、生徒らは一斉に走り出す。ジュジュはステージ台で腕を組み、仁王立ちでそれを見ていた。
開始直後は、ほぼ一塊で走っていた集団も、時間が経つにつれ、ばらつきが見られるようになる。
上級生のフミとナナは、先頭集団に食らいついていた。しかし、ソウナは徐々に遅れ始める。そして、ミナと一人の男性が大きく遅れ、最後尾になった。
試験官の応対に問題があったとはいえ、人に向けて魔法を放ったジュジュが何をしでかすか不安で不安で仕方がない。その心配をよそに何事もなく、時間が只々過ぎていく。
グラウンドに足音だけが響く中、四十分ほど経過した頃、ジュジュが叫んだ。
「休めーっ、水分補給を忘れるな!」
「はい!」
大声で返事をした生徒たちは、疲れているのであろうか、休憩中は誰一人として会話をせず、静まり返っている。
走ってもいないのに、こっちが息苦しい。
時折深呼吸をし、それを眺めていたところ、低い声でジュジュが言葉を発した。
「汝らに問う」
その後、静寂を切り裂くように続けて声を上げる。
「魔法を使う最大の利点は何だ!」
「大火力による一撃です」
生徒たちが呼応するかの如く、大きな声で応答した。
「大火力の魔法を放つには何が必要だ!」
「強い精神力です」
「強い精神力を得るためには何が必要だ!」
「強靭な肉体です」
これを見ていると、もはや授業というよりも、軍隊や怪しい宗教のように感じられるのは、気のせいであろうか。しかし入学式の時、素質があると言われたものの、今の言葉を聞いて、私のどこにそれを見出したのか、根拠が全く理解できない。
応答が終わり、満足そうに頷くジュジュが告げた。
「宜しい、終了まで死ぬ気でグラウンドを走れ!」
「はい!」
その声で生徒たちは身を起こし、終業の鐘が鳴り響くまで走り続ける。
「全員止め! 今日はここまでだ」
言葉が耳に届いた瞬間、私は席を立ち上がって、ミナのもとに駆け寄り、声をかけた。
「ミナ、大丈夫?」
「ふらふら、もう動けないよ……」
息切れしながら内股になり、ペタンと座るミナが見上げて話す。
「肩を貸すよ」
「ありがとう、アカリ」
返事を聞いて、ミナの手を取りぐっと引き寄せ、腕を肩に回した。さらに腰に右腕を添え、倒れないようにしっかり支える。続いて、心配であったソウナに目をやると、ゆっくりとした足取りで、先に寮に向かって歩いていた。その姿を見守りつつ、私たちも足を進める。
離れて歩いているフミとナナの二人は、呼吸は乱れているものの、普通に会話を楽しんでいる様子。慣れとは恐ろしいものである。
寮に辿り着いた後、ミナを部屋まで送り届けて、私は自室に戻った。
夕食の時間になり、食事を一緒に取るため、ミナの部屋を訪れ、ドアをノックする。しかし、返事はない。そっと開けてみたところ、運動着のまま、ベッドで眠っていた。
「そりゃ、疲れるよね」
そう呟き、そばにあった布団をミナにかける。そして部屋を出て、一人で夕食を済ませると、自室に戻って入浴し、眠りについた。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は五月四日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




