8.
雪が降ってきた。出発した時には快晴だったのに今は曇り空に変わっている。
「クリスティーナ様、これを羽織ってください。」
シルバートは自分の荷物から予備の毛布を取り出して渡して来た。
「ありがとう…。」
辺り一面銀世界の中、音のない静かな空間で2人きりになると、頭の中に勝手に前回の人生で過ごしたシルバートとの思い出が蘇ってくる。
ーーシルバートとよく中庭でお茶したな…
「クリス、お茶の時間は僕は嬉しいけど、勉強は大丈夫?」
「大丈夫よ!ねぇ今日も何か聴かせてくれる?」
「いいよ」
ーーそうしてシルバートは私のためだけに曲を披露してくれた。愛しい者を見る眼差しで、そっと背中を推すような優しい音楽に歌詞に、私はどれだけ感動の涙を流したことか…
クリスティーナはどんどん過去の記憶を思い出していく。
城内の廊下を歩いている時に偶然シルバートとすれ違うことがあった。彼が廊下の隅に寄って立ち止まりお辞儀をし、クリスティーナがその横を通り過ぎようとした時…クリスティーナは転けそうになった。前世では推しで、今世では想い人。そんな人の前で無様に転けそうになったのだが、シルバートが咄嗟に腕をクリスティーナのお腹に回して受け止めた。
「っと、大丈夫?」
見た目よりずっと逞しい腕に抱き止められ、クリスティーナは誰が見ても分かるくらいに顔が紅潮した。
「だっ…大丈夫…」
シルバートの方を見上げると、優しい眼差しで見つめてくる。
ーー恥ずかしさと照れ臭さですぐに身体を離したっけな…兄の誕生日パーティで曲を披露した舞台でも…
シルバートの歌に会場の皆んながうっとりして聞いている中、クリスティーナも前世のライブを観ている気分で鑑賞していると、シルバートが一瞬こちらを見て目が合った。そして軽くウインクをされ、クリスティーナは卒倒しそうになった。他の女性たちも自分にされたと思ったのか悲鳴が上がる始末だった。シルバートは恐ろしく女人受けする顔立ちである事も要因であっただろう。
クリスティーナは横を歩くシルバートの顔をチラッと見た。
優しい眼差しの瞳、美しい形の唇に、はっきりとした眉。前髪は長めだが綺麗に頬骨の方に流れて襟足は銀髪に染まっている。
今回のやり直し人生では彼はずっと私に申し訳なさそうな態度を取っている。それが演技なのか本心なのかクリスティーナには分からない。もし信じてまた裏切られるのが怖いのだ。そんなことを思い巡らしていると、シルバートが話しかけてきた。
「クリスティーナ様、歩きながらでいいので、聞いてもらいたいことがあります。」
「な、なに?」
「……もう今の僕が何を言っても信じてもらえないだろうし、一度貴女を見殺しにしている僕に、こんなことを言われても不快なんだろうけど…」
クリスティーナは真剣な雰囲気を纏ったシルバートに思わずドキドキしてきた。
ーーだめだめ、しっかり、クリスティーナ。もう私は今世では絆されな…
「諦めが悪いみたいだ、俺は君が大切だ。前の人生でも今も、好きなままだよ。」
クリスティーナは歩みを止める。何を言い出すのかと怒りが湧くわけでもなく、悲しいわけでも嬉しいわけでもないのに、涙を流していた。
自分でもどういう感情なのか判断できなかった。
前世の記憶、前回の生での記憶、そして現在…
3人分の感情が心の中でぐるぐる回って混乱している。それでもシルバートは続けた。
「もう今言っとかないと、て思って。俺はこの件が終われば君の前にはもう現れないからさ」
ーーえ?
その時前方から獣の咆哮のような音が聞こえた。