10.
いつの間にか雪は止み、2人は数日かけて目的の北の端の洞窟にたどり着いた。
洞窟というよりはもう山そのもののような感じだ。
「ここなのね。竜の棲家…」
「竜を呼ぶのにも歌が必要だろうか?」
その時クリスティーナの腕輪が光を放ちはじめ、それに呼応するように地面が揺れた。
「クリス!山から離れよう!」
2人は手を繋ぎあい、今にも崩れそうな洞窟の入り口から距離をとった。その時山の上の方から大きな影が飛び出し、2人の目の前にその姿を表した。
「あれは!」
「あれが…竜…」
2人よりはるかに大きな竜は、強風を生み出しながら地面に降り立った。
『待ちわびたぞ、憐れな人の子よ』
その声を聞いてシルバートは驚きの声を上げた。
「あなたが!貴方様だったのですね!私にやり直しの機会を与えてくださったのは…」
その言葉にクリスティーナも驚いて竜を見た。
『さあ人の子よ、我の力を欲するなら音楽を奏でよ』
シルバートは深くお辞儀をして、竜の前に立つと、ずっと背負っていた楽器を取り出し、雪の上に胡座をかいて座り、膝の上に楽器を乗せた。一度だけ深く呼吸をすると、歌い始めた。それは恋の歌だった。
あなたに会うために 僕は生まれた
君の笑顔に 心がほぐれる
一度放したその手に 触れる資格はあるのか
それでも僕は 愛しているんだ
魔法を使っているのだろう、シルバートの歌と楽器の音色は雪の中でも光の波紋を広げながら辺り一面に美しく響いている。
クリスティーナはそのあまりにも美しい光景と歌声に自然と涙が流れた。誰が誰を想い歌っているのか、なんて考えなくても分かった。
間違いばかりで 君を傷つけた
どうしようもない理不尽に 空に叫んだ
狂ったように歌い続けた僕に
君はもう一度 微笑んでくれるだろうか
クリスティーナはもう涙を止められなかった。両手で顔を覆うも、指を伝ってポロポロ涙が雪の上に落ちていった。
シルバートも泣いていた。涙が頬を伝っている。それでも歌い続ける。
今度こそ 君を守ろう
今度こそ 素直に君に
愛してるって 伝えよう
たとえ遠く はなれていても
竜がゆっくりと瞬きをした。その時、涙が一雫ポトリと流れ、結晶となって雪の上に転がった。
シルバートは歌い終わって、また深くお辞儀をした。
クラスティーナが結晶に気付く。
「すごい…なんて綺麗な…」
『聖女よ、受け取れ。』
「は、はい。」
クリスティーナはゆっくりと竜の前に向かい、お辞儀をしてから結晶を拾った。それは両手いっぱいの大きさで、少し重かった。
『魔物と人の間に結界は必要だろう。だが人と人の間にも、結界はまだ必要なのか? 我の力は永遠ではない。我はまた眠る。人の子もよく考えるといい。』
そう言い残して竜は翼を羽ばたかせ強風を生み出しながら飛び、山の中へ戻って行った。
「人と人の間に結界は必要なのか…か。」
シルバートは呟いた。
「そうね…今すぐには無理でも、私たちは変わらないといけないわね。」
クリスティーナは結晶を天に掲げて祈った。
ーー結界よ、私たちを守ってーーー
魔物の森と人間の国の間、パーゴスとフローガの間に壁を作るイメージで力を振り絞った。
雲の切れ目から太陽が覗いて、一筋の光が結晶に注ぎ当たりが眩しいほどに光った。次の瞬間、結晶はキラキラと光の粒子となって消えていった。
「これで大丈夫…また当分の間は結界は壊れないわ。」
「ありがとう、クリスティーナ。」
「こちらこそ、ありがとう、シルバート。」
2人は見つめ合って微笑んだ。空は青く澄み渡っていた。