2分の1の確率で体が溶けてなくなるプール
2分の1の確率で体が溶けてなくなるプールに来た。建物の外観は寂れたスイミングスクールそのものだ。
予約者以外は訪れないようで、人気はない。
水色のポロシャツを着た受付の男が免責事項を説明のうえ、書類へのサインを促す。
「大食いチャレンジと違うので、成功しても特に賞金はでません」
(大食いチャレンジと違うので?)
耳を疑う。
「この世から離れられる可能性があるのが賞金のようなものでしょうか、お客さんもそう思ったから噂を聞いていらっしゃったのでしょう」
しかし私は、とくに死にたいわけではなかった。都市伝説が好きなので興味本位で来たのだ。
「2分の1の確率で体が溶けてなくなります!」
なんて広告、信じていなかったから予約をした。あわよくば写真を撮り、思い出にして持ち帰れたらと思っていたのである。
千円払うと、男はプールへ案内をはじめる。更衣室で水着に着替えたのちシャワーを浴びて、同じ男が監視員をつとめるプールに赴く。
私はプールサイドまで来て、いたって普通のプールだったため落胆する。写真を撮影してもいいかを聞くと、答えはNoであった。
普通のプールに見えたが、あまりの静けさに入る勇気がでず。「やっぱりやめます」と口にしかけたそのとき、男の手が急に私の背を押した。
水に落ち。生あたたかさにゾッとした。
人肌の温度の水である。
そして、多種多様な考えが私の体にたくさん流れ込んできた。顔のわからないさまざまな声が、大きい声で、囁き声で、話しかけてくる。プールのなかで。
(こんなところにいられるか! 私はでるぞ!)
もがき、泳ぎ、プールサイドにあがる。
「おめでとうございます、溶けませんでしたね」
監視員の男は拍手する。
なーにを笑っているのだろうか。
シャワーを入念に浴びたあと、更衣室で着替える。
あの瞬間、頭のなかになだれこんできた他者の声に言葉を返さなかったから、溶けなかった。
プールに溶けた人間たちの存在に気づいた瞬間、ここには居たくないと感じたから。
受け入れなかったから、溶けなかった。
なにもよかったとは思えない。
男ともうあまり会話したくなかったので、受付に会釈だけして帰った。
帰り道で、アイスの自動販売機を見かけた。いつもの味のアイスを食べながら、ようやく生きた心地を覚えた。
(あんなプールでも、プールのあとのアイスは美味しいな)