それでも此処は暖かい
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「先生!今の魔法、上手かったでしょ!?」
杖を持った少女の声が無邪気に軽やかに踊る。
「ああ、五十五回目にしては……な?」
──大華ノ森・エルドラド。人里離れた場所に位置する此処は、嘗て猛威を奮っていた魔族が住まう大地・アンフェールとの境。
未開拓が大半を占めるこの森には、ひっそりと佇む施設がある。それは背の高い大木を切り土を掘り返し、一から基礎を作り一人の男性によって建てられた物だ。
芸術的でもなければ綺麗でもない。どちらかと言えば、立て付けも悪く隙間風も雨漏りも多い建物。けれど、此処に住む生徒達は誰一人と嫌な顔せず、寧ろ率先して掃除等をし大切にしてくれている。
「正確には五十三回だもん!」
杖を持った少女が分かり易く不貞腐れると、先生と呼ばれる男性アイズ・シンは小さい頭に手を乗せた。
「はは。そうか、そうだったな」
シンにとって、彼等と接している時間が何よりも大切で。彼らの成長を感じれるのが幸せで。彼等を護る事が──償い、であった。
「アリィ、細かい事言ってると嫌われるぞぉー?」
シンの隣に立つ青年・フリューゲルはしゃがむといじらしい笑顔を浮かべ少女の両頬を摘むとムニムニと上下に動かす。
「ひゃめへ!ひゃめろ!!」
「ほれほれー可愛いヤツめー」
居心地がいい。皆が素直で純粋で。彼等にはもう辛い思いをさせてはならない。シンは心の中で強く誓う。
「さて、今日の授業はここまで!お昼ご飯を作るぞー!!」
「「はぁあい!!」」
シンの呼び掛けに生徒達は元気に返事をした。生徒達の年齢は六歳から十八歳と幅広い。しかし此処では一人一人が役割を分担し、それをしっかりと全うする。掃除も料理も皿洗いも洗濯も食料の調達も。
彼等が巣立っても困らないようにと、考えての事である。この酷く生きにくいであろう世の中を。
「火傷とか気をつけるんだぞー?」
「「はい!」」
調理場では皆が黙々と料理をしている。食器を置く音や包丁で食材を切る音や子供達の声は、今の在り方に自信をくれるのだ。
この選択は間違いではないと。
「先生は、コップを並べてください!!」
「お、はいよ!!」
「先生、味見して!」
「お、うまそうじゃんか」
いつもと変わらない団欒はかけがえのない時間。限られた有限をシンは彼等に費やすと決めていた。
生徒達の笑顔を二度と失わないようにしなくてはならない。あの日の償いとして。
「どう?」
「これは、ルミアが作ったのか?」
「うん!そうだよ!!」
「凄い美味しいぞ!」
「よかったあ」
シン達は出来上がった料理を食卓へ並べてゆく。
「じゃあ、皆?手と手を合わせて」
「「いただきます!!」」
豪華とは言い難いが、生徒達が一生懸命作ったご飯は五臓六腑に染み渡る。
「でもさあ、先生」
「ん?なんだ?シルバ」
「なんで毎回[いただきます]をするの?オイラの家庭ではした事がなかったよ」
「それはな?命を頂くからだよ。命を使い俺達に未来を与えてくれる。だからこそ、敬意を持ってなくてはならない。俺達が一人の人である為に」
生徒達には命の尊さを学んで欲しい。生殺与奪が跋扈する世界だからこそ。
「何が一人の“ヒト゛だよ。馬鹿らしい。お前と──お前達と一緒にするんじゃねーよ」と、棘のある言い方をした一人の青年は立ち上がると、敵意をむきだした鋭い眼光を向ける。
「アストラ、ご飯中だぞ。座れ」
フリューゲルは冷静な物腰で宥めるが、興奮をしているであろうアストラは言葉に勢いを乗せる。
「けど、兄さん!こんな奴に」
「……皆も怖がってるだろ」
「「………………」」
「お前らもお前らだよ!!なに懐いてんだよ!コイツがコイツらが俺達にした事ッ……」
皆の視線に睨みで返したアストラは、一人食堂を足早に飛び出した。いつも残さず食べていた彼が、初めてご飯を残す。アストラの言っている事は正論であり、彼がシンに対して抱いてる悪感情も正常だ。まったくもっての正常だ。
分かっている。分かってはいるが、此処まで素直に憎悪をぶつけられたのはいつぶりだろうか。アストラの姿を見て胸を痛め、眉を顰める事しかシンには出来なかった。
「シンさん、申し訳ない」
「フリューゲルが謝る事じゃない。言われて当然な事を俺はしたのだから」
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