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日陰者の聖域

 これは完全な俺の持論だが、バンドで青春を謳歌できるのは、陽キャと二次元の可愛い女の子だけだ。

 陰キャにはその為の席など用意されておらず、そういう残念な奴らは陽の光が当たらぬ場所でひっそりと無価値の青春を浪費している。


 ——例えば、俺とかがその類だ。


 音楽スタジオの待合室で談笑する四人の女子グループを横目に俺は、防音室の扉を開ける。

 中に備えてあるドラムセットに移動し、手早く調整を済ませる。

 そして、持参したケースからドラムスティックを取り出し、ドラムスローンに腰をかける。


「……っし、やるか」


 広さにすれば五畳あるかないかの小さな一室。

 三人いるだけで手狭に感じるであろう部屋では、俺のドラムの音だけが鳴り響く。






   *     *     *






「あざした。鍵と代金っす」


 カウンターに鍵と五百円玉を置けば、長い金髪の女性——店長の時雨さんが電子タバコを吹かしながらそれらを受け取る。


「はいはーい、お疲れ〜。今日もきっかり二時間練習……精が出るね、(はる)ちゃん」


「近場で安く生ドラ叩けるのここくらいですから。いつもあざます」


 ここ『Lilac』は、時雨さんが個人で経営する音楽スタジオだ。

 家から徒歩十分、個人練のレンタル料一時間につき五百円(学生割)……のところを昔からの知り合いという理由で半額にサービスしてもらっている。

 おかげで週三で来ても懐の心配をせずに練習に打ち込むことができていた。


「いいっていいって、そんな畏まんなくて。私と陽ちゃんの仲でしょ。それに陽ちゃんのお母さんには昔、随分とお世話になったからさ。そのちょっとした恩返しだよ」


「……そう、ですか」


 時雨さんと母さんは、高校、大学時代の先輩後輩の間柄だったという。

 大学を卒業した後も二人の親交は続き、それで俺のことは赤ん坊の頃から知っているらしい。


「それよりも、陽ちゃんさ……誰かとバンド組んだりしないの? 陽ちゃん、凄く上手いのに、一人でドラム叩いてるだけじゃ勿体ないよ〜」


 時雨さんの言葉に堪らずため息が溢れる。


「……またその話ですか。いいっすよ、別にバンドなんて。俺にチームプレイとか無理ですし。こうやって好きなようにドラムを叩けるだけで十分っす」


 強がりではなく心の底からそう思う。


 俺が好きなのは、あくまでドラムを叩くことだ。

 誰かと呼吸を合わせて一つの楽曲を演奏するとかは向いていないし、やりたいとも思わない。


 バンドとか演奏以前に人間関係で面倒なだけだしな。


「……そっかあ。残念だけど、陽ちゃんが嫌なら仕方ないか。無理強いすることでもないしね。でもなー……やっぱり見てみたいな、陽ちゃんがステージ上でドラム叩いているところ。絶っっっ対カッコいいから」


「そう、なんすかね。自分じゃ全く思わないすけど」


「それは陽ちゃんが無自覚なだけだよ」


 言って、時雨さん柔らかく微笑む。


 もう四十過ぎのはずだけど全くそうは見えない。

 二十代後半と言っても普通に通用しそうだ。

 これで独身っていうのだから、それこそ勿体ないと思う。


 ——婚期のことを話題に出すと〆られるから、口にはしないけど。


 内心呟いたところで、店のドアが開けられる。

 振り向けば、俺と同じ高校生くらいだろうか。

 黒いキャップを被った少女の姿があった。


 背負ったギターのハードケースと手に下げた大きめなエフェクターボード。

 どっちも女子高生が使うにしてはかなり本格的だ。

 少なくとも初心者ではないことは確かだ。


「他のお客も来たみたいだし、そろそろ帰ります。それじゃあ、また来ます」


「うん、またねー」


 ひらひらと手を振る時雨さんに片手で応え、俺は店の入り口へと向かう。

 途中、すれ違い様にちょっとだけ少女から視線を感じたが、気にせず俺は店を後にした。

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