07.ダイタ・アージ
ダイタ・アージは16歳。『バウザ諸国同盟』に加盟している部族『ナム』の出身だった。
部族と同じ名称であるナム島は、バウザ列島の中でも最も小さい島の一つ。人口は8千人程度だが、自治権が認められている。
ダイタの兄弟は4人おり、彼は次男。下に妹が二人いる。幼い頃に母親を病気で亡くしてからは、父が村の畑を守り、兄が島の町で働いている。
とは言え、ナム族の生活レベルは他の島々に比べると低い。その理由はナム島にいる『ゲルフリー』の生息数が少ないからだ。
『バウザ列島』固有の虫で、島々に多く生息する『ゲルフリー』は、小型の虫に分類される。小型といっても、大きさは小さな子供くらいで、その鱗粉には麻痺毒がある。花の蜜を吸い生きているが、たまに人を襲って、血を吸うこともある危険性のある虫だ。
ゲルフリーの鱗粉からは、貴重な薬品が作られるが、最近の研究でオーラに反発する作用があることが発見された。そのため、高価で取引される貴重な素材だが、一度でも人の血を吸ったゲルフリーは、鱗粉の性質が変化するので品質は落ちる。また狂暴化するので、駆除の対象となるからやっかいだ。
ナム島にもゲルフリーは生息しているが、獲れる数が少ない。そのため、他の島々との経済格差が広がっている。
ダイタは思う。最近は金さえあれば何でも手に入り、高い教育も受けられるようになった。俺と兄は、文字が読める程度の教育は受けたが、下の妹たち(双子)は今10歳。高い教育を受けさせたいが、そのためには金がいる。
その考えのもと、彼はバウザ諸国同盟の中心で行政都市である島『ゲルン』にいき、実入りが多く見込める傭兵団に入った。
『バウザ諸国同盟』は、大小17もの小国と部族が集まった同盟国家で『ラーマチア空域』では『諸国同盟』や『同盟』などと、自由に呼ばれている。
盟主は基本的に1年任期の交代制だが、外部勢力が侵攻してきた際には、任期を継続して全ての島々が協力して相対する盟約がある。
一応国ごとに小規模の軍隊は存在しているが、中央ゲルンには同盟諸国から集められ、中心となるバウザ機士団が存在する。とは言え、有事の際に一つの機士団だけで足りるわけはなく、同盟の主な防衛を担っているのは雇われた傭兵団だった。現在同盟は各加盟国から集められた膨大な財力で、傭兵団と契約している。
19年前に同じラーマチア空域で、バウザ諸島の西にあるアラゴン島。その大部分を支配する大国、アラゴ帝国が侵攻してきた。
アラゴ帝国は建国した初代皇帝が空賊だったらしく、国の成り立ちから国是として「他国から奪う」を掲げている。
なので、奪うために帝国は侵攻してきた。とはいっても、当初はバウザ諸島とアラゴン島の中間地点に存在する『メイシャ島』への侵略だった。
メイシャ島はナム島と同じくらいの小さな島で、当時はバウザ諸国同盟に加盟していた。諸国同盟は盟約に従い、急ぎメイシャに派兵を決定。アラゴ帝国と戦争状態に突入する。
当初、アラゴはそれほど早く同盟からの援軍が来るとは想定していなかった。そのため、奇襲により同盟の援軍はアラゴの侵略軍相手に善戦はしたが、それでも帝国の圧倒的な物量の前に、太刀打ちできるほどの戦力ではない。結局メイシャ島は占領され、アラゴ軍はバウザ諸島にまで侵攻の手を伸ばす。
圧倒的な戦力差の中、バウザ諸島にまで侵攻された戦争は太刀打ちできず、すぐにゲリラ戦へと移行した。
この戦いは最初に侵攻されたメイシャ島の名からとられ「メイシャ戦争」と呼ばれる。
この戦いは3カ月に及んだ。援軍もなく、ジリ貧の諸国同盟は風前の灯火となっていたが、戦争は突如停止する。
この天空世界ムーカイラムラーヴァリーで、絶対的な権威を持つ『アシュハラ教』が仲介に現れたからだ。
もちろん、無条件での停戦ではない。休戦期間は15年間。そのために諸国同盟が支払った代償は、メイシャ島をアラゴ帝国に移譲すること。
お互いが、この条件に合意したうえでの停戦だった。
現在、停戦からすでに19年が経ち、15年間の休戦期間はとうに過ぎている。そのため、アラゴ帝国の再侵攻に備えるためにも、バウザ諸国同盟は軍事力を強化する必要に迫られていたのだ。
ダイタが入団した『コルドア傭兵団』は、同盟が契約している7つの『空傭兵団』の中では新参の部類で、諸国同盟に流れてきて1年になる空傭兵団だ。
傭兵団には2種類あり、地上戦闘のみを請け負う『陸傭兵』と、空中戦闘を専門とする『空傭兵』だ。
空中世界といえども、島の陸地で国境が接している国も多く、陸傭兵を雇う国は多い。それに対して、空傭兵が空中で戦闘を行う場合、母船となるオーラ船やスペイゼ、人型兵器である機人などのオーラ兵器が必要となる。
オーラ兵器は維持するための費用もかかり、オーラを使える人材も必要だ。なので、雇う側の財力も重視される。
オーラ機械。特に機人に関しての技術は、各国の最上級機密に属する。そのため、国家は自国で機人やオーラ兵器を管理できる機士団を持つのが一般的だ。
空中戦闘に必須なオーラ機械を扱うには、この世界の特殊能力である『オーラ』が必要。
この空中世界ムーカイラムラーヴァリーで生きとし生けるもの。植物や鉱物にまで、多かれ少なかれ『オーラ』が宿っている。そして、オーラ機械を扱うには一定以上のオーラ量と、質が求められた。だから空傭兵団に入るためには、オーラに恵まれてないといけない。
オーラを持つ者は、平等ではない。
一般的に、王侯貴族やアシュハラ教の神官など、身分や地位の高い者はオーラに恵まれている場合が多く、逆に平民では劣る。中にはまったくオーラを持たない者もいるが、平民の中では珍しくもない。
ダイタ・アージは平民だが、幸運にもオーラに恵まれていた。
とは言え、諸国同盟の機士団に入れるほどのコネもなければ財力もない。だから、空傭兵団に入ったのだ。団では出自なんて気にしない。純粋にオーラの量や質で判断するのだ。
流れて来たばかりのコルドア傭兵団は、諸国同盟へ渡って来る前に参戦していた戦闘により人材が不足していたので、タイミングも良かった。
ダイタは入団して半年後には、団のスペイゼ乗務員となる。
スペイゼとは、直径が15ミル(15m)程度、ドーム状の大きさで空中を浮遊しながら飛ぶ『空中戦車』だ。4から6人で操縦士、砲撃手、航空士、機関士を兼任して当たる。コルドア傭兵団のスペイゼは『ベイチャー』と呼ばれるが、それは型式名称だ。
ダイタは思う。空傭兵団に入れたのは幸運だった。なによりもまぢかで『機人』が見られる。
『機人』とは、この世界で最強の人型兵器で人造生命体。あらゆる技術の粋を極めた結晶だった。
コルドア傭兵団には、機人が2体存在する。はじめて機人『アンバーサ』を見たダイタは興奮し、周りを呆れさせた。アンバーサとは、下層空域のケルシナ公国で随分昔に開発された機体だが、整備しやすい汎用機人として空傭兵団ではよく知られている。
コルドア傭兵団にある2体の機人は、団長と副団長が駆っていた。
ダイタは一度だけ副団長であるジェーサに乗せてもらったことがあり、それ以来ダイタは、機人を駆ることができる『機士』になることを目標としている。
ジェーサ副団長は、オウミ団長の妻でもあった。
コルドア傭兵団は、オウミ団長と妻であるジェーサ副団長を主軸として、駆逐船2隻と機人2体、スペイゼ6機で構成されている。
傭兵団は金で雇われているが、1カ所に長くいる場合だと、稼ぐためにあらゆる要請や、民間の仕事を請け負っている。所謂何でも屋だが、一番多いのは、害獣や害虫駆除だ。
素材や食料にもなる魔物や虫を狩るのも日銭になるが、依頼されるのが駆除だと危険な場合が多い。その分、報酬も高額になるので、傭兵団は進んで依頼を受ける。
その日はコルドア傭兵団に、虫の駆除依頼があった。『オルミーガ』と呼ばれる虫の駆除だ。大型で空を飛ぶ虫の場合は、オーラ兵器を使用することもあるが、オルミーガは空を飛ばない虫。サイズも中型のためにオーラ兵器は使わずに、身体を使って直接狩りに行く。
空傭兵でも地上戦を行うときもある。その訓練も兼ねていたのだ。
街から、足の遅いオーラクターで数時間の山奥。ダイタたちコルドア傭兵団の数名は、駆除を依頼された山岳地域に入った。
ダイタはその日、自身の体調がよくないのを感じていた。実は数日前から熱があったが、彼は諸国列島の出身。団の中では唯一オルミーガに詳しい人間であり、休んでいるわけにはいかなかったからだ。
オルミーガが最初に目撃されたのは3日前で、その付近を注意しながら探索していたとき、ダイタはオルミーガの足跡を発見した。
足跡は数体分だったが、途中で一匹だけ足跡の方向が変わり、踏み幅が急に変わっている。何かを見つけて走り出したらしい。
ダイタは一緒に来た同僚であるケルヒに、周囲に注意するよう告げてから、1人で足跡の先へ進んだ。
そしてしばらく進み、1人の若い男がオルミーガに襲われている現場に遭遇する。
ダイタは背中の矢筒から矢を引き抜き、左手に持つ弓に素早く矢をつがえてからオーラの呼吸を行った。体内で生成したオーラを、両腕に展開して強化する。これにより、弓を引く力が上がる。続けて右手から矢の先端。矢じりの部分にオーラを定着させた。これで矢じりの強度が上がり、対象に深く突き刺さるのだ。
ダイタはオルミーガの頭部を狙い矢を放つ。
運良く、矢はオルミーガの口の中に命中した。ダイタは素早くオルミーガに近づきながら腰の剣を抜く。もちろんオーラを使うのを忘れない。
正直ダイタは剣を使うのが苦手だったが、口には矢が刺さっており、噛まれる危険はない。彼は躊躇しないでオルミーガの急所である、頭部と胴体の連結部分を切断してとどめを刺した。
ダイタが助けた男は、なんかひょろっとしている若い男だったが、ここで一人にさせるわけにはいかないので連れて戻る。
2人で仲間のところに戻ると、仲間はオルミーガに遭遇して戦闘をはじめていた。
それから皆でオルミーガを撃退したが、その際ダイタが助けた若者がみせたオーラは凄まじいものだった。
硬い外殻を持つオルミーガの胴体部を、若者は真っ二つに切断して見せたのだ。普通のオーラ出力では難しい。あんなことができるのはオウミ団長くらいだろうかとダイタが感じた瞬間、彼は熱のために倒れた……。
ダイタは街への帰り道、オーラクターの荷台に寝かされているところで目を覚ました。
助けた若者は「ヒカル」と名のり、帰り道に何気ない話をした。
ダイタは思う。ヒカルは森で迷ったと言っているが、たった1人で装備もない状態。本当のところは怪しいものだと……。
オーラクターで街へ戻ったダイタの身体はまだ熱く、頭が「ボォーっ」とする。
ドカッ! ドン!
そのとき、突然人が殴られるような音とともに、オーラクターに何かが突っ込んできた。
「テメェ!」
オーラクターにぶち当たり起き上がった男を見て、ダイタは思い出す。「こいつは……確かジャラン傭兵団の……」
ダイタがそう思ったとき、突然若い女の声が聞こえてきた。
「ふん! いきなりあたしの身体に触るからそうなんのよ!」
若い女は、ダイタと同い年くらいに見える。彼女の目線は、ダイタのいるオーラクターの荷台に向けられた。だがその目線は、ダイタではないものを見て止まる。
そして彼女は呟いた。
「あれ? ヒカルじゃん」
その若い女がヒカル、ダイタが森で助けた若者の名を呼んだのだ。
「なんだ? ヒカルはこの女と知り合いなのか?」
ダイタはヒカルに対して、率直にそう聞いた。だがその瞬間……。
ゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッッ――!
遥か上空で轟音が聞こえた。
ビビビビュュュュ――! シュュュッ――――!
こっちへ向かって、何かが飛んでくる。
それは『機人』と『スペイゼ』だった。
「なに……あれ?」
若い女がそう言いながら、上空を通り過ぎる機人を見て、驚いた表情をしている。
「あれは……」
横にいたヒカルも小さく呟く。
2人の様子を見てダイタは感じる。うちの田舎のような島なら、機人やスペイゼのようなオーラ兵器は、そうそう見ることはないだろう。だが、ここは空傭兵団の駐屯地がある街。さらに中央ゲルンには機士団の基地もある。この島にいる人間なら、見かけるのは珍しいことじゃない。
ダイタは、ヒカルと若い女を交互に見る。そして2人に対して問いかけた。
「お前ら……いったいどこから来た……?」