04.異世界への入口
――君はどこから来たんだ?――。
ヒカルは、もっとも聞くべきことを聞いてみた……。
メイダも彼に合わせて真剣な顔つきになる。そして、思い切ったように口を開いた。
「私は……自分の世界である『ムーカイラムラーヴァリー』から、この『夢の世界』へやってきました」
「……待ってくれ。言っていることが理解できない。君の世界と言うか、その前になぜこの世界を『夢の世界』と言うのかを教えてくれ。夢とは寝ているときに見る「夢」のことを言っているのか?」
メイダはヒカルの問いかけに「ん?」という表情をしたが、すぐに「あっ」と気づいたような表情を見せる。そして納得したように説明をはじめた。
「夢には2種類あります。1つは私たちが寝て見る、ごく普通の夢。もう1つは……私たちの一部だけが見る『実在する異世界”の夢』このヒカルの世界に繋がる夢です」
ヒカルは彼女の話を聞き「2つの夢……」と呟く。
「ですが、ムーカイラムラーヴァリーに生きる人間でも……このヒカルの世界を知る者は、ごく一部だけです」
彼はメイダの話を聞き、整理するように聞き返す。
「では、そのごく一部の人間が君なのか?」
「そうです……。私たち『神官』だけは、この『禁忌』を知ることができます」
「禁忌と言うと、本来なら知ってはいけないことだよな?」
「はいそうです。まれに睡眠中にこの夢の世界……。ごめんなさい、便宜上「ヒカルの世界」と呼びますね」
「あぁ……。俺もそのほうが助かる」
彼女の話はヒカルに取って信じられないことなのだが、すでにありえない体験をしている彼にとっては、それを整理しながら理解する必要があった。
「はい。まれに睡眠中にヒカルの世界に来る者も存在しますが、通常はそのまま普通の夢と区別せずに気づきません。もちろん通常であるなら、睡眠中である身体もムーカイラムラーヴァリーに存在します。寝たままの状態ですから……」
「でも、禁忌と言うからには、知ってはいけない理由があるのだろう?」
ヒカルは感じた疑問を問いかけることで、整理しようとする。
「はい……そのとおりです。普通の夢では、基本的になんでもありですよね? 摩訶不思議な夢なのだから不思議にも感じない。たとえ夢の中で人を殺したとしても、自分が殺されて死んだとしても、普通に目覚めます」
「うん。それはそうだ」
「ですが「ヒカルの世界」の夢の中で死んでしまった場合だと、私たち『ムーカイラムラーヴァリー』の現実世界でも死んでしまうのです」
「えっ! それは現実に……」
ヒカルはまさかの説明に驚き、問いただした。
「そうです。実際に朝になったら死んでいたというのは、まれにあるのです。その場合「夢の中で死んだから」と言われる逸話にもなっています」
「事実なのに逸話となる。その結果が禁忌か……。ん? それではメイダは自分の世界……。なんだっけ?」
ヒカルは彼女が言った世界の名称が、覚えづらいので聞いてみた。
メイダが「ムーカイラムラーヴァリーです」と答えると、彼は続けて口を開いた。
「では……君の身体はムーカイラムラーヴァリーで寝ている状態だから「向こう」にあるわけだ」
「いえ……私は違います」
ヒカルはメイダの返答に「おい……言ってることが矛盾しているが」とジト目になり、心の中でツッコミを入れた。
「実は……神官である私は、眠らなくてもヒカルの世界に来れる方法があるのです」
メイダはそう言い、自分の左手にはめている指輪を見る。
ヒカルも「この『指輪』か?」と呟きながら、同じく自分の左手にある指輪を頭上に掲げた。
「そうです。ですが、それは普通の神器とは違い『聖神器』と呼ばれる特殊な物です」
「そうなのか? 神器とこの聖神器の違いは?」
ヒカルの問いかけに、メイダはまた考え込む。
その様子を見てヒカルは、少し言いづらそうに「ええと……メイダ。ここまで話しておいて、中途半端で終わるのはちょっと……」と言った。
「う~ん。そうですね。ヒカルは悪い人ではないのでよいでしょう」
彼は禁忌と言いながらあっさりと自分を「良い人」認定する彼女を見て「自分から聞いといてなんだが、この子は人が良すぎる。だいぶ甘やかされて育った、いいとこの家の子か」と感じた。
メイダは両手の手のひらを上にあげて、説明をはじめる。
「まず、本来オーラそのものは体外へ放出することはできません。必ず物体、物に定着させる必要があります。要は身体の外には『飛ばない』のです」
「でも、君はさっき頭上へ光を飛ばしたぞ」
ヒカルはその矛盾を問い返す。メイダは「はい」と言い、うなずきながら続けて話す。
「なので、そのための神器です。神器があれば、オーラを体外へ飛ばして攻撃できます」
「攻撃って、これは武器なのか……」
彼は自分の指輪をマジマジと見つめる。
「そうです。それは人を殺せる武器なので、気を付けてください。まぁ……ヒカルのオーラ量で飛ばせるかはわかりませんが……」
「……わかった気を付ける。それで聖神器とは?」
「はい。私たちが付けている聖神器は……本来の神器の性質に加えて「ヒカルの世界」へ来る転移アイテムとして使うことができます」
「なるほど、この世界へ転移できるのか。だからメイダはそのままの状態でこの世界へ来れたわけだ」
彼女の着ている服は、パーカーに見えなくもないが、神職のローブと言われるほうがしっくりくる。向こうの世界の服だったのだと、彼は理解した。
「と言うことは、メイダの身体は……」
「はい……。今、このヒカルの世界にしか存在しません。なのでこの世界では、死なないように注意しないといけないのです」
「そうか……。まぁ、こっちの世界で死ぬなんてないと思うけど。車には気を付けるんだな」
「くるまとは?」
「あれだよ」
ヒカルは寺の敷地内から、ちょうど見えたトラックを指差す。
「あぁ……あれですか。確かに勝てそうにはないですね。気をつけます」
「勝つって……戦う対象にしないでくれよ。基本的に襲ってもこないしさ……ん?」
ヒカルは言葉の最後で、急に疑問形になった。
その様子にメイダは「どうしました?」と聞き返し、彼は答える。
「あぁ……この指輪があれば俺もムーなんちゃらに転移できるんじゃないか?」
「ムーカイラムラーヴァリーです……。さすがにヒカルが転移するためには、必要なオーラ量が足りないと思います。そもそも、ムーカイラムラーヴァリーの住人ですら、そんなオーラ量を持つ人は多くいません」
「そうか……」
「ヒカルは行きたいのですか?」
ヒカルは「どうだろう……」と、考える。行きたくないと言えば、嘘になるからだ。
「俺がそっちの世界で死んだらどうなる? やっぱりこっちの世界でも死ぬのか」
「そうですね……。伝承にはありませんが、私たちと同じように、死んでしまう可能性のほうが高いかもしれません」
(なら行けないな……)
ブーブー♪
ヒカルがジャージのポケットに入れている、スマホのバイブが振動した。彼はスマホを取り出す。
「母さんだ」
ヒカルはそう呟き、スマホの通話ボタンをタップして話し出す。
「もしもし、母さん」
『ヒカル。今どこにいるの?』
彼は母親である沙也加に「日暮里駅の近くだよ」と、伝える。
『母さん、これから研究所に行くから……』
メイダが興味深そうに、話しているヒカルと、スマホを交互に覗いている。
「あぁ、わかったよ。うん。それじゃ……」
「ヒカル。それは通信機ですか? ずいぶん小さいですね」
通話が終わり、ヒカルがスマホを切ると、メイダが興味深そうに聞いてきた。
「通信機? あぁ……(って言うかスマホだけど)そっちの世界にもあるのか?」
「ありますけど、一般人が個人で持てるような、そんな小型の物は見たことがありません」
「こっちの世界じゃ、子供だって持たされてる」
「子供も! そうなのですか? それは驚きました。車もですが、こちらの世界の技術力は興味深いです……。あっ!あれは?」
メイダが話の途中で、空の向こうを指差した。その遥か先には飛行機が飛んでいる。太陽が眩しくて、メイダは左手を影にしながら空を覗き見ていた。
ヒカルは「あれは、飛行機だよ」と、答える。
「ひこうき? 空を飛んでいるので、あれは「船」ではないのですか? この世界にも船がある……」
彼は「船って、あれはひこう……き……って、ん?」と言いかけたが、途中でメイダの顔つきが険しくなっていることに気づいた。メイダが驚きの表情で、自分がかざした左手をマジマジと見ていたからだ。
「メイダ。どうした?」
ヒカルがそう聞くと、彼女からは思いもかけない答えが返ってきた。
「指輪が、また熱くなってきています!」
「なに!」
彼はメイダの左手をよく見る。彼女の左手に残っている4つの指輪のうち、人差し指の指輪だけが、少しずつ赤くなってきていた。
バシッ!
メイダはその指輪を外そうと右手で触れてみたが、前回と同じように手は弾かれた。
「さっきと同じじゃないか! ここに来るまで確認しなかったのか」
「そんなこと言われても、見た目は変わりませんでしたし……。あぁ! 外れません!」
彼女の表情が、苦悶に変わる。その激しい痛みは、ヒカルも体験済みだった。
(チッ! しょうがない)
彼は先ほどと同じように、メイダの左手を掴むと、その人差し指から強引に指輪を引き抜いた。指輪を持った右手の熱さもさっきと同じようにすぐヒカルの手に伝わってくる。
「ヒカル!」
メイダの叫びを無視しながら、彼はそのまま自分の左手人差し指に、指輪をはめようとした。さっきは上手くいったのだから、今回も問題ないはずだと。だが……。
バシッ――!
「なに!」
今度は、ヒカルの右手が左手に弾かれた。
まさかの展開に、彼は「どうしてだ! どうしたらいい!」と、メイダに向かって思わず叫ぶ。
メイダは驚き、両目を大きく開きながらも考えていた。その合間にも、ヒカルが握っている右手の指輪は、燃えるように赤くなっている。
「ヒカル! 先ほど貴方が行ったような呼吸を行ってください!」
(呼吸? 母さんの呼吸か!)
「わかった!」
考えている余裕はない。ヒカルは大きく呼吸を開始して、最初の指輪のときと同じように、下腹部の丹田近くに気を集める。
「たぶん。手の中にある指輪は、ヒカルのオーラに染まった左手の指輪に反発したのです。ですけど、染まってから時間が経っていません。指輪を掴んでいる右手にオーラを展開させてください。上手くいくかわかりませんが、中和できるかやってみるのです! 」
「わかった。やってみる!」
ヒカルは、自分の気を集中して集める……。これが「気」なのか「オーラ」なのかは、正直彼にもよくわからないままだった。それでもやるしかない。
(集まった「気」を右手に回して……ん?)
「ヒカル! どうしました?」
彼の表情の変化に、メイダが心配するように、ヒカルの顔を覗き込む。
「集まった気が……止まらない。ドンドン集まって大きくなって!」
「大きくなるって?」
メイダはそう言ったあと、ヒカルの全身を凝視する。その目はボンヤリと薄く光っていた。一瞬の間のあと、彼女は叫ぶ。
「待ってください! それ以上オーラを大きくしては!」
ヒカルは驚愕の顔つきで「そんなこと言われても……とまらな……い……」と、苦しく言う。
彼の身体、その中心に溜まった気。それが体内から、体外へ向かって弾けるほどに大きく膨れ上がる……。そう彼は感じたが、弾ける寸前に急停止した。その勢いで、右手に持っていた指輪が、ヒカルの手から弾け飛ぶ。
バシュ!
「ヒカル!」
メイダの叫び声が聞こえると同時に、彼の身体の表面、皮膚の下に集まっていた気が、一斉に身体の中心へ逆流して……中心で衝突した。
その瞬間、ヒカルの全身からは光が溢れ出る。光がヒカルの全身を覆い隠す。
「この光は……まさか……なんで貴方にこれだけのオーラが……」
メイダは驚いたように、そう口走る。
すでにヒカルは光に包まれて、その身体は見えなくなっていた。
光は少しずつ収束して……消えた。
そして……ヒカルの姿も、その場から無くなっていたのだ……。
メイダは、小さく呟いた。
「ヒカル……貴方は行ってしまったのですか。天空世界ムーカイラムラーヴァリーへ……」