10.オーラミラール
――ゴフッ!!!――
ヒカルは身体の中から喉にこみ上げてくる強烈な違和感に耐えきれず、自分の口元を両手で押さえた……。
「メイダ! 俺にもわけがわからないが、これ以上はまずいだろう! すでにヒカルの身体が、耐えきれなくなっている!」
ダイタの叫びを聞きながら、ヒカルは床に膝をついた。そして、自分の口から押さえた手を離し、手の平を見る。
(なんだこれは? 食ったもんじゃない……)
自分の手の平に、何か付着しているのは感覚でわかる。でもこれは唾液ではない。それは完全に無色透明で「ドロッ」としていた。あえて言うなら、片栗粉で溶かした硬めの液体に似ている。
「ヒカル、大丈夫ですか?」
メイダは心配そうな顔つきで、彼に問いただす。ヒカルは側にあった椅子に手を掛けはい上がり、なんとか腰をかけた。
「大丈夫……かなりの体力を持ってかれた感じだけど……」
ヒカルはそう言いながらも、椅子から立つのもキツイ状態だった。
「でも……もう一回」
ヒカルがそう呟くと「やめとけ!」と、ダイタが強く叫びながらメイダのほうを向いた。
「メイダ、ヒカルをよく見てみろよ! そいつは、これ以上オーラを生成しちゃいけないだろう!」
ダイタのその言葉に、メイダが訝しそうな顔つきに変わる。
「ヒカルをよく見るって……あっ!」
メイダがダイタの顔を見ながらそう言い、気づいたようにヒカルから遠ざかる。そして、彼の全身を自分の視界に入れた。
その瞬間、メイダの両目がボンヤリと光りだし、その眼の光が強くなる。
「あぁ……これは……ヒカルのオーラの色が……黒ずんで……」
メイダがそう言い終わると、彼女の眼から光が消えた。
「ヒカル、今日はもうオーラの生成は行わないでください。これ以上は、あなたの生命に関わりますから」
そうヒカルに告げるメイダの表情は、悔しそうに下唇を嚙んでいた。
「ごめんなさい……。私は、気づくのが遅れました。ヒカルがこんな状態になるまで気がつかないなんて……」
メイダの目から涙が零れだす。その表情には後悔が滲んでいた。
彼女の顔を見ながら、ヒカルは軽く微笑みながら口を開く。
「もういい。べつにメイダのせいじゃない。それよりも……」
ヒカルはダイタを見た。メイダも、涙を拭きながらダイタのほうへ振り返り問いかける。
「なぜ……ダイタは私よりも先に、ヒカルの状態、オーラの色が見えたのですか?」
そう言いながらメイダは一瞬身構えるような、警戒するような体勢になった。
「「「…………」」」
その一瞬の空気の変化に、ダイタは困惑したような表情を作った。
メイダの様子から、ヒカルもヤバそうな空気だと感じる。だがダイタは、その雰囲気を中和するような口調で呟いた。
「う~ん。実は……俺にも理由はよくわからないんだよな」
「「えっ?」」
ダイタの告白に、ヒカルとメイダは間の抜けた声をあげた。ダイタの様子から、嘘を言ってるようには見えない。
「あのぉ~。念のために聞いておきますが、ダイタは神官ではないですよね?」
メイダが腰をかがめながら、上目遣いでダイタにそう問いただす。その表情を見てダイタの顔が赤くなる。免疫のない男性にとって、メイダの美しい表情は破壊力抜群の一撃だった。
「えっ! 俺が神官? ないないないない!」
ダイタが、これでもかと言うくらいに首を「ブンブン」と横に振って否定している。
「メイダ……ちょっと説明してくれるか? オーラが見える見えないって、何をそんなに警戒してるんだ? 「ボヤッ」っとしてる光がオーラなら、見えるときがあるだろう」
ヒカルの疑問に、メイダが答える。
「そうですね。確かにオーラの量や質、状況によっては見えることもあります。ハギオンでも同等です。ですが、一般的なオーラ量では、視覚化までにはいたりません」
「そうなのか? じゃあ俺のオーラは、見えないくらい弱かったのか……だから神器が作動しなかったのか?」
「いえ。神器の効果もありますが、ヒカルのオーラは私にも見えていました。かなりのオーラ量です」
「では、なぜダイタは俺を見ろとメイダに言った?」
ヒカルは首をかしげながら、彼女に問いただす。
「はい、ですがとりあえず、ダイタの言ったそれは置いといてください。先に今回の状況を説明します」
「……そうかわかった。話を理解するためには、そのほうがスムーズなんだな。では頼む、説明してくれ。ダイタもそれでいいよな?」
ヒカルがダイタにそう問いかけると、ダイタは首を同じように「ブンブン」と縦に振って頷いた。
「ゴホン」
その様子を見て、メイダが軽く咳払いをした。
「まず、見えないくらいの薄いオーラでも、それを見る方法はあります」
ヒカルが「うん、それは?」と、聞き返す。
「『オーラミラール』と言うオーラスキルを使います」
ヒカルはそれを聞いて「オーラミラール? スキル? なんかファンタジー要素が出てきたぞ……」と、興味を抱いた。
「ちなみにダイタは使えますか?」
メイダがダイタに聞くと、彼は「オーラ機械の整備に必要だから、一応この団に来てから教えてもらったよ」と答えた。
「整備に必要?」
ダイタの答えに、ヒカルは呟く。メイダはヒカルに目を合わせ、続けて説明をはじめる。
「はい、基本的に生成したオーラは、生成し続けないとすぐに消えてしまい、短時間しかもちません。とは言え、それが見えなかったとしても、生活していくうえで特に問題も無いのです。ですが、見えないと困る人たちがいます。それは、オーラ機械を扱う人たちです。微量なオーラの動きや、一瞬の状態がわからないと開発や管理、整備などが行えません。オーラミラールとは、そのために必要な能力。微量のオーラを視覚で感知して見るスキルなのです」
メイダは一気に説明してくれた。
「ふぅ~」
彼女は、大きく息を吐く。
ヒカルは「さっきはそのスキルを使ったのか?」と彼女に質問した。
「はい。ですが、オーラミラールでも、見る人の力量によって見れる範囲が異なります。特に先ほどのヒカルの状態。通常のオーラとハギオンが合わさり、黒く、くすんだ色のオーラを見るには神官相当の能力が必要でしょう。少なくとも、普通の整備などで使うオーラミラールでは、見ることはできません。なので……」
メイダが、再びダイタのほうを向いて言う。
「ではダイタ。次に、あなたがなぜそれを見ることができたのかを教えてください」
メイダの問いかけに、ダイタは「う~ん」と考えるような顔になったが、あっけらかんとした感じで話し出した。
「さっきも言ったけど、本当に理由なんてない。生まれつきなんだよな」
「それは……生まれつきって、ダイタは平民ではないのですか? まさか上層から『鬼落ち』した……」
「違う違う! 鬼落ちした人間じゃねぇよ。現に頭に『ツノ』なんて生えてないだろう?」
ダイタはメイダによく見せるように、自分の頭を前に出す。
メイダはよく見るためにダイタに近寄り、自分の手でダイタの頭を掴みワシャワシャした。
メイダの動作にダイタは「うわぁ!」と声をあげるが、彼女は、彼の頭を細部まで確認する。
「ふぅ~。ごめんなさい。確かにツノの痕跡はないので『鬼』ではありませんでした」
ダイタの顔が赤くなっている……。
ヒカルはふたりの様子を見て「鬼落ち」とはなんなのか気になり口を開こうとしたが、今は話の釘を刺すことになると思い口を閉じた。
「だ……だから言っただろう。生まれつきだって! 最初「見える」ことに気づいたときは幼い頃だったし、周りは子供の冗談だと思って相手にしなかったんだ。でも、大きくなるにしたがって、周りとは違う異常なことだって気づいた。村の長老からは「そんな異端な奴がいたら神官に消される」って聞いてさっ、さらに隠すようになったんだよ。だから……」
ダイタの告白に、メイダは両手を「パンッ」と合わせ、腑に落ちたように答える。
「だから最初に私を見たときに、あんなに怯えた表情をしたのですね」
「あぁ、そうだよ。異端を捕まえるのは神官の役目だからな。でも今のメイダは怖くない。自分で言うのも変だけど、たぶん本当だ」
今までのメイダの言動と、ダイタの告白から察するに『神官』とはかなり恐れられてる存在なのだろう。そうヒカルは認識する。
「なにか、自分の生まれや境遇で変わったことはなかったのですか?」
メイダはダイタに、そう質問する。
「生まれで変わったこと?」
ダイタがすぐに問い返す。
「はい。後天的にオーラの質が変化することはあります。例えば、大きな病気にかかる。大けがを負うような死に目に遭うとかです。違った事例では、虫に食べられたけど奇跡的に助かり、その影響でオーラが増えたなんてのもありました」
ヒカルは話を聞いていて、いくらなんでも虫に食べられるのは嫌だなと背筋がゾクっとした。
「特には、ないけど……」
そう言ったダイタの口調が、少しおかしい。
「なにか気づいたことがあるのですか?」
メイダが身体を前に乗り出して、問いただす。
「う~ん。死んだ母が言ってたことなんだけどさ。俺が生まれるときに光が見えて……それに……声が聞こえたらしい」
今度はヒカルが「それは?」って聞くと、ダイタが「俺の名前だよ」と率直に答える。
「ん? 俺の名前って……ようするにダイタの名か?」
「そうだよ。母はそれがよほど気になったみたいでさ。結局その「ダイタ」が俺の名前になったんだ」
ヒカルは「なんだそれ?」と、心の奥底で呟いた。
「それは……何かの啓示のようにも感じますが、悪いものではなさそうですね。とりあえずはわかりました。ですけどダイタの眼のことは、やはり秘密にしておいたほうがよろしいでしょう。実際にそういう人を異端者扱いする狂った神官もいますから……」
「あぁ……そうする。でも……ハハッ」
いきなりダイタが笑った。
「神官って、神官の悪口を言うんだな。メイダのおかげでなんか印象が変わったよ」
「待てダイタ。メイダを普通の神官とやらと、同じく考えないほうがいい気がするぞ」
ヒカルの言葉を聞いて、メイダが面白くなさそうに口を開く。
「そうですね。ヒカルの言い方は無礼だとは思いますが、間違ってはいません。父にもよくお前は変わっていると言われていました」
「「「ハハハッ!」」」
そして三人は同時に笑った。
「それにしても、これからどうするんだ? ヒカルはこのままだろうし……」
ダイタが聞いてくる。
「私はヒカルの世界に戻ります。ミナミが気になりますし、調べたいこともありますので。ですが、ヒカルは……」
メイダは気まずそうに、ヒカルを見るが、彼はあきらめた表情で口を開いた。
「俺は、方法が見つかるまでは現実世界には戻れない。それまでは、ここ『ムーカイラムラーヴァリー』にいるしかない。ダイタには申し訳ないが、しばらくはここでやっかいになろうかと思う」
ヒカルはダイタに向かって頭を下げる。ダイタは「ハァ~」っと、ため息をついて言う。
「しょうがないんじゃないか。この神官に「上手く接してください」って言われてるしな」
ダイタが、横眼でメイダを見ながら片目をつりあげる。
「でも、ミナミはどうする? 消えちまったしよ……。それにまた、向こう(現実世界)で寝たらここに現れるんだろう?」
「そうですね。伝承だと、現れるのは毎日とは限らないそうですし、どうしましょう……」
確かに……。ミナミもここに居ることにしたら、現れる日と現れない日があるので、周囲からは怪しまれるだろう。 ヒカルがそう思ったときにダイタが声を出す。
「よし! こうしよう。ミナミはヒカルの姉だ」
「姉! あいつが?」
ミナミとヒカルは同じ学年ではあるが、確かに歳は一個上である……。
「ミナミは外の村に住んでいることにしよう。元々ここで拾ったんだし、怪しまれることにはならないと思う」
「確かにそれなら、ちょくちょく俺と一緒にいても、怪しまれることはないだろう。見えない日は、単に村に居ると言えばいいしな」
「よし! それでいこう」
「そうですね。わかりました」
その後、ヒカルは自分の部屋に戻り、メイダはミナミの部屋で眠ることになった。
「ヒカル、ダイタ。私はたぶん、夜のうちに消えるでしょう。ヒカルは重々自分の身に注意してくださいね。あなたの現実世界とは違い、ここでは危険がありますから」
メイダに言われている意味はよくわかる。死んだら終わりということだ。
「あぁ、なるべく注意する……」
ヒカルには、そう言うしかなかった……。
翌日、目を覚ますとメイダはすでに部屋から消えていた。
ヒカルはダイタの部屋に行く。ダイタはまだ寝ており、部屋に入る音に気付いて彼は目を覚ました。そして静かに口を開く。
「メイダは……行ったのか?」
「あぁ、行った」
「「…………」」
タッタッタ……。
突然、誰かが走ってくる音がした。
バン!
部屋の扉が開いた。入ってきたのはケルヒだった。
「ダイタ! 起きれるか!」
「どうしたんだ」
ダイタがケルヒに問いただす。
「身体の調子は?」
「もう、大丈夫。問題ない」
ダイタは、自分の胸を叩いて大丈夫だと強調する。
「緊急の駆除依頼だ! 鉱山の中で虫が発生したらしい。モタモタしてると地上へ出て来るぞ!」
この依頼が……ヒカルがコルドア傭兵団において、初陣となる戦いとなるのだった……。




