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モンテシエナ職員居住区域

 中立魔法保管銀行でるモンテシエナの土地面積は、「ただの銀行」と言い表すには途方もない面積を誇っている。

 のべ三千五百人に及ぶ職員の全てがこの場所で暮らし、衣食住の全てをまかなっているのだ。おまけにモンテシエナは、優秀な人材であれば種族に関係なく積極的に雇用しているので、ありとあらゆる種族が集まっている。

 最も多いのは人間族だが、獣人もいればエルフもドワーフもいるし、数は少ないがアルのような魔族もいる。

 種族や国が違えば文化も違う。衣服も食の好みも違う多様な種族が満足し、銀行でストレスなく働けるように、モンテシエナはさまざまな店を取り揃えていた。

 ルーチェは転移魔法陣に向かいながら、アルへと問いかけた。


「それで、どこへ行きたいの?」

「そもそも職員用の地区には何があるんですか?」


 アルはルーチェの隣を歩きながら、後輩らしい丁寧な言葉遣いと若干控えめな物腰で問いかけてくる。小首を傾げる仕草が悔しいが様になっていた。

 一番最初に客として会った時は二十代後半の、凄まじい力を内包し、おまけに凄まじい色気滴る魔王様の姿であったが、今のアルの姿はそれよりも若くルーチェと同じか少し年下に見える。せいぜいが十九歳くらいだろう。魔王時の腰まで届く黒髪はこざっぱりと短くなっており、身長は変わらないものの体格は心なしかほっそりとしている。顔もどこかあどけない。

 気になったルーチェはこっそりと問いかけてみた。


「ねえ、ずっと気になってたんだけど、どうしてちょっと若返ってるの?」

「ん? ああ。力の大部分を封じているから、それに応じて見た目も変わってしまったのだ。しばらくの間であれば真の姿を留めておけるが、一日もしないうちに今の見た目になった。今の俺は、正真正銘俺が十九歳の時の力しか持ってない」

「でも、亜空間魔法を簡単に使ったわよね……」


 ルーチェは忘れていない。

 客としてルーチェの前にやって来て魂の欠片を差し出したあの時、アルは指パッチン一つで亜空間魔法を使い、大量の金塊を取り出してみせた。

 アルは歩きながらルーチェにしか聞こえない声量で囁くように答えた。

「魔族というのは人間よりも魔法の扱いに長けている。それに、仮にも『魔王』と恐れられる俺だぞ? そんじょそこらの十代の魔法使いと同じにしてくれるな。魔力も魔法技術も、頭一つ抜きでてるに決まっているだろう」

 後輩ムーブをかましているときとは大違いのドヤ顔を浮かべ、自信に満ちた口調だった。ルーチェは首を振りつつため息をつく。


「はいはい、聞いた私が馬鹿だったわ」

「それで先輩、さっきの質問ですけど」

「急に後輩ぶるのやめてくれない? 職員地区には、そうねぇ……なんでもあるわよ。魔族向けの衣服やレストランなんかもあるわ。行く?」

「魔族向けはもうルキフグスで見飽きたので……そうだ、先輩の好きな場所に連れて行ってくださいよ」

「私の好きな場所ねぇ」


 ルーチェは腕を組んで考えた。


「……じゃ、中央広場かしら。ついて来て」

「はい」


 素直に頷くアルを連れ、転移魔法陣へとたどり着く。


「いちいち移動に魔法陣を使うんですか?」

「行内は広いからね。そりゃあルキフグスやランバルドなんかの大国に比べたら小さいけど、その辺の小国と同じくらいの面積は持っているわよ。だから移動は基本、転移魔法陣」

「いちいち魔法陣まで来なくても、自分で転移魔法使った方が早くないですか?」

「そりゃあ魔力が多いアルならそう思うかもしれないけど、転移魔法って結構魔力使うでしょ。勤務時にも魔力をばんばん使うんだから、たかが移動に魔力を割くのもったいないじゃない。だから普通は転移魔法陣を使うの」


 転移魔法陣はその名の通り、別の場所に一瞬で移動できる便利な魔法陣である。

 銀行内には転移魔法陣が無数に設けられており、行きたい場所に送ってくれる転移魔法陣まで行き、利用する人がほとんどだった。

 同種の魔法としてアルが挙げた転移魔法があるが、これは魔力の消費が大きいので、緊急時を除いて銀行内を移動するのに使う人は少ない。


「近距離だったら飛行魔法を使う人もいるけど……」

「あぁ……」


 ルーチェとアルが外を見ると、窓の外を飛んでいる人が見える。


「銀行内にある魔導エレベーターみたいなのはどうですか?」

「あれは上下移動が基本よ。上下階に向かう時にしか使えないわ。……ていうか、なんでそんなことも知らないの?」


 長生きしているのに、という言葉を言外に滲ませながらルーチェが言うとアルは肩をすくめた。


「ルキフグスには新しい魔導具があまり流通していないんですよ。そんなものなくても、自前の魔法でどうにかなることがほとんどですから」

「なるほどね。それはそれで羨ましい限りだわ」


 魔導具というのは古くから存在している。先般の「聖女の涙」などはおそらく千年以上昔に作られたものだろう。

 ただ、魔導具というのは日々進歩している。魔導具を作る魔導具師という専門の職種も存在しており、彼らは魔力の少ない、または全くない人でも魔法を使える人と同等の便利な生活を送れるよう、色々な道具を開発している。魔導エレベーターもその一つだ。


「魔導エレベーターが導入される前は、保管庫内を逃走防止の魔法をかけた箒で行き交っていたらしいわよ。職員が預かったものを盗んでそのまま逃げようとすると、箒が自動的にブレーキをかけるらしいわ。今でもエレベーターが不調に陥った時にはその箒を使うの」

「箒にまたがって空を飛ぶとはなかなか面白いですね」

「私も何度か使ったことあるけど、箒があった方がバランスとりやすいわよ。それに箒も飛行用魔導具だから、魔力消費が抑えられるし」


 喋っているうちに目当ての転移魔法陣までたどり着く。

 地面に巨大な魔法陣が描かれており、二人が乗ると、魔法陣の光が強まった。周囲が見えなくなるほどの光に包まれたと思った後、体が浮く感覚があり、目を瞑る。再び目を開けた時には、別の転移陣の上に立っていた。ルーチェの部屋がある職員の居住区域より人が多い。転移陣から降りると、ルーチェは目当ての場所に向かって歩く。

 アルは興味深そうに、行き交う人々を見つめていた。


「……いろんな種族がいるんですね」

「そうよ。総裁は人種差別をしないから。実力さえあれば誰でもモンテシエナで働くチャンスを掴める」

「合理主義的なあいつらしい」


 呟いたこの一言は新人職員アルではなく、モンテシエナの頂点に君臨するミダス総裁と旧知の中であるバアルとしての言葉だった。

 楕円形のモンテシエナを囲む回廊を抜けると、ルーチェは足を止めた。


「着いたわよ。ここが私の好きな場所」


 そこは、建物内部ではなく、広場になっている場所だ。

 モンテシエナ保管銀行は大きな楕円の形をしており、銀行エリア、職員の居住エリア、そして中央にそびえる塔のエリアと三つのエリアに分かれ、各エリアを分断するように水路が設けられていた。

 今ルーチェたちがいるのは高台のようになっている場所で、三つのエリアが同時に眺められる広場だ。

 階段状になっている広場には噴水が湧き出ており、周囲には飲食店が立ち並んでいる。コーヒー片手に階段に座り込んで談笑している職員たちの姿が見えた。

 ルーチェは店の一つを指差してアルに問いかける。


「何か飲む? 先輩として奢るわよ」

「じゃあ遠慮なく」


 近づいて行った店先で売られていたアイスコーヒーを二つ買い、一つをアルに差し出した。階段に座り込み、ミルクもシロップも入れないでそのままストローを咥えて飲む。口の中にコーヒーの苦味が広がった。

 アルは降り注ぐ春の太陽に眩しそうに目を細めながら、高台の広場よりもさらに高くそびえる塔を眺める。


「あの中央にそびえる塔のてっぺんは、ミダス総裁の住宅ですよね」

「ええ」


 はからずも先日、ルーチェがアルに抱えられて連行された場所である。

 中央の塔は上級役職の人々が集う場所であり、連日連夜塔の中では銀行の運営についての重要な会議がされている。ルーチェのような平職員では逆立ちしたって入れないような場所である。

 にもかかわらず、この銀行の出資者にして総裁と顔見知りのバアルに連れられ、ルーチェは恐れおおくも総裁の部屋へと足を踏み入れた。

 一面黄金に輝く総裁の私室は、このモンテシエナの頂点に立つ人物にふさわしい絢爛豪華さだった。バアルは「趣味の悪い部屋」という一言で切って捨てていたが。ルーチェはもう二度と入ることはないだろう。

 アルは中央の塔から視線を滑らせ、広場でくつろぐ職員たちをざっと見渡し、職員の居住区域を眺め、最後に銀行部分の建物を眺めた。赤い目が細められ、薄い唇が声を紡ぐ。声が低い。


「……ミダスは金にはガメツイが、職員にはきちんと還元しているようだな。職員が暮らしやすいよう工夫をし、働きやすいよう最新の魔導具を導入している。我が強く、かなり自己中心的な人間だと思っていたが、部下を思う気持ちは本物のようだ」

「まあ、もしも稼いだお金全てを自分のものにしていたら、職員が誰も居つかないでしょうし。知ってる? モンテシエナの離職率って、ものすごく低いのよ」


 それは魔法学校時代にルーチェが仕入れた知識だった。

 当時、就職先を探していたルーチェがめくった一枚のページに記載されていたモンテシエナの求人情報。

 給金が良いだけでなく職員への諸々の手当が厚いモンテシエナは、ルーチェにとってまさに理想の働き口であった。

 休みがきっちりあり、人種差別もないので、どんな種族でも実力次第で昇給も昇格も思いのまま。

 モンテシエナが要求する魔法技術や筆記試験などの水準をクリアすれば、良いこと尽くめの理想の職場である。入職してからも噂に違わず良い職場だ。たまに犯罪者が明らかに盗品を持ってくることさえ目を瞑れば、まさに天国と呼べるだろう。


「……人の上に立つ者としての素質を持っていたということか」

「そうね。五百年総裁やっているんだから、すごいものよね。ミダス総裁って人間族でしょ?」

「ああ。古代魔法で寿命を伸ばし続けている」

「すごいわね。アルもそうだけど、失われた古代魔法をぽんぽん使っちゃうんだから。私には到底無理だわ」


 どれだけルーチェが魔法の腕前に優れていようと、人間の域を超えない。バアルやミダス総裁のようにはなれないだろうとルーチェは思った。

 しかしストローから唇を離したアルが、キョトンとした顔で言い放つ。


「そうとも限らんぞ?」

「え?」

「アイローラの末裔だというなら、潜在能力はあるだろう。しかもお前は初代の力を色濃く受け継いでいるようだし、その気になれば俺と同等の力を身につけられるやもしれん。やってみるか?」

「え、えええ……いいわ、遠慮しておく」

「なんだ、同じレベルに到達したいのかと思ったのだが」

「今の平凡な生活で十分よ。ちょっと言ってみただけ」

「そうか、気が変わったらいつでも言うが良い」

 そうしてアルは、人外めいた美麗な顔立ちににこりと人当たりの良い笑みを浮かべると、後輩の口調で言った。

「先輩の悩みを聞いて原因を取り除くのも、後輩の仕事だと思うので」

「唐突にモード切り替えるのやめてくれない?」

「やだなぁ。俺はいつでも、先輩に忠実な後輩ですよ」


 伝えられる言葉にゾゾゾと鳥肌が立ち、思わず両腕を掻き抱いてなでさする。

 どこまでが冗談でどこまでが本気なのか分かりにくい。


「私、もう帰るわ」

「もうですか? 来たばっかりじゃないですか。もっと俺にこの場所を案内してくださいよ」

「悪いけど自分で見て回って」


 なんかもう、これ以上一緒にいたら疲労が溜まる一方な気がする。

 立ち上がったルーチェに、なぜかアルはくっついてきた。


「どうして後をついてくるの」

「一人で見て回ってもつまらないかなと思って」

「意外に寂しがり屋ね!?」

「長生きしてると、たまに人との触れ合いが欲しくなるんです」

「他を当たってくれないかしら!」

「嫌です。俺は先輩と一緒にいたいので」 


 しれっと言われた口説き文句のような言葉を振り切るように、ルーチェは走り出した。追い縋るアルを撒こうと、適当な転移魔法陣に乗る。


「追いついた」

「あっ!」


 しかし転移間際にアルが魔法陣の上に足を乗せ、ルーチェの必死の逃亡も虚しく二人仲良く転移する。

 移動した先は、モンテシエナ保管銀行に入る広場ーーの一角にある、職員用の出入り口であった。


「へえ、こんな場所に転移陣があるのか。こっちの魔法陣を見る限り、どうやら一方通行のようだな。まあ、万が一にも部外者が内部に侵入してはたまらないだろうから、当然か」


 周囲に誰もいないことを確認したアルは、ポケットに手を突っ込んで不遜な態度でそう言った。


「もう、まさかこんなところまでついて来るなんて……」

「案内してくれると言ったのはお前の方だろう。なぜ逃げる」

「さあ。自分の胸に手を当ててよく考えてみたら?」


 アルは言われた通り右胸に手を当ててしばらくじっと考え込んだ。そしてピンときた! と言わんばかりの表情を浮かべる。


「さてはまた俺の美貌に見惚れ、照れ隠しに逃げているんだな?」

「全然違うわよ」

 

ルーチェはアルの言葉をバッサリ切り捨てると、職員用通路を通り、右手を扉にかざして魔法で鍵を開け、外へと出た。

 モンテシエナ保管銀行の玄関口である大広場には、用事があって行内に入っていく客と、用事を済ませて出てきた客とが忙しなく行き交っている。出入り口には騎士が立ち、揉め事などが起こらないように見張っていた。

 今日も賑わうモンテシエナを眺めていると、行内から出てきた一人の人物に目を留めた。


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