【番外編2】俺は好きだよ、ヨハナさん(後編)
「――またいらっしゃったんですか?」
「うん。ヨハナさんに会いたくてさ」
オープンして以降、俺はカフェの常連と化していた。ヴィヴィアン様が経営するカフェは魔術師団にとても近い。仕事帰りや休憩時間にくつろぐにはもってこいの場所だった。……もちろん、ヨハナさんがシフトのタイミングを狙って行ってたけど。
「――なんども言っていますが、ヨハナじゃなくて『ジョアンナ』です」
「ああ、そうだった。ジョアンナさんに会いたくてさ」
席に案内してもらいつつ、俺はクスクス笑い声を上げる。
「今日もめちゃくちゃ可愛いね」
「そりゃあどうも」
「……本気で言ってるんだけどなぁ」
邪険にされるのが気持ちいいなんて、俺も大概ドMだよなぁ。ヨハナさんはゴミクズでも見るかのような視線で俺を睨みつつ、俺を席へと案内してくれる。
「これ、今日の分ね」
俺はそう言ってヨハナさんの手にそっと紙片を握らせる。中身はなんてことはない、エレンの新しい情報だ。
侍女としての仕事に加え、カフェの店員としても働くようになったヨハナさんは忙しく、以前のようにゆっくりと会う時間はとれない。こうするのが一番効率がいいのである。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。そのかわり、今度デートしようよ。服とか宝石とか、ジョアンナさんがほしいものなんでも買ってあげるし」
「そんなものには興味がありませんね」
「え〜〜、だったらなにに興味があるの?」
「私のすべては推しのために」
そう言って胸を張るヨハナさんが可愛くて、俺は思わずクスリと笑った。
***
それから数カ月後、俺はエレンをヴィヴィアン様のカフェに連れて行った。ヴィヴィアン様の反応は期待どおり……というか、想像以上だった。
「エレン様だ……エレン様がわたしのお店に来てくださったんだわ!」
ヴィヴィアン様はエレンが来店したことにいたく感激していた。
エレンの友人である俺が常連なんだから『連れてきて』と頼むこともできたのに、決してそうはしなかった。おそらくはエレンの行動を制限したくなかったんだろう。ヴィヴィアン様らしい……と思うけど、こうして喜んでいる姿を目の当たりにして、自分の選択は間違っていなかったと確信する。
「いやぁ……いい仕事したなぁ、俺」
「――調子に乗らないでください」
こっそりヨハナさんに耳打ちしたら、彼女はムスッと唇を尖らせる。
「……でも、ありがとうございます」
ほんのりと頬を染め、瞳をうるませるヨハナさんはものすごく可愛くて。思わず手の甲にキスをしたら、案の定思いっきりしばかれた。
***
「最近、ヨハナとエイジャックスを見ているとすっごくもどかしいのよね」
それから一年ほどたったあるとき、俺と二人きりのときを見計らってヴィヴィアン様がそんなことを口にした。
「ですよね〜〜。俺もそう思います」
「告白は? まだしてないの?」
「いやいや、もう百回ぐらいしてますよ。でも、毎回冷たくかわされちゃうんですよね……」
俺たちにとって『可愛い』や『好き』と言った言葉はすでに、挨拶のようなものと化してしまっている。まったくヨハナさんに響いている感じがしない。まあ、もともと相手にされてなかったんだけど。
「そっか……。だったらそろそろ、ヨハナにふさわしい婚約者を探しはじめないとダメかしら? ヨハナには幸せになってほしいもの」
ヴィヴィアン様は俺に聞こえないほどの小さな声で、ぶつぶつとそうつぶやいた。
「――そうですね」
今はヴィヴィアン様(最近ではエレンとのカップリング)の推し活を一番に思っていても、いつかはヨハナさんも結婚をするだろう。彼女自身の幸せを考えなければならないときがくる。俺が相手にならないなら、他に相手を見繕わなければならないのは当然だ。
「今日はリリアンにさよならを言いに来たんです。しばらく店に来れなくなりそうなので」
「え? どうして?」
「国境に行くことになりまして」
そのひとことで、ヴィヴィアン様はすべてを察したらしい。胸のあたりをギュッとおさえ「そう……」とつぶやいた。
他国がアレンドゥラ帝国に攻め入ろうとしている――というのは、諜報部からの情報だ。魔術師団にも密かに魔術師の出動要請が入っている。俺みたいな下っ端が一番に駆り出されるのは当然の流れだ。
「ヨハナには? ……もう話したの?」
「いえ。リリアンから伝えておいてください。俺が直接伝える必要はないでしょう」
「そうかしら?」
ヴィヴィアン様はそう言ってムッと唇を尖らせる。
「わたしがヨハナの立場なら絶対に嫌。悲しいと思う」
「そんなまさか。いいんですよ、これで。――リリアンも、どうかお元気で」
出征の日はよく晴れていた。まるで俺の門出を祝してくれているかのようだ。
清々しい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺は大きく伸びをする。
(次に帰って来るときには、なにもかもが変わってしまっているかもしれないな)
街も、城も、人々も。……たとえば、ヨハナさんに婚約者ができているとか。
(……それはさすがに笑えないな)
柄にもなく目頭が熱くなって、俺は思わず空を仰ぐ。そろそろ城に向かおう――そう思ったときだった。
「エイジャックス様!」
思わぬことに目を見開く。
「ヨハナ、さん?」
見送りのために集まっていた家人たちに声をかけ、俺はヨハナさんの元に向かう。
「どうしてここに?」
「――ずっと待っていたのに」
「え?」
驚く俺に、ヨハナさんがゆっくりと顔を上げる。見れば、瞳いっぱいに涙がたまっていた。
「どうしてなにも言ってくれなかったんですか?」
「どうしてって……」
ヨハナさんは眉間にシワを寄せながら、俺の胸をドンと叩いた。
「もう会えないかもしれないのに……! 戦地に行くなんて大事なこと、なんにも言わずに行ってしまうぐらい、私はエイジャックス様にとってどうでもいい存在なんですか?」
「違う」
俺は思わずヨハナさんを抱きしめた。
「そんなわけない。ヨハナさんに出会ってから、俺の日々はヨハナさんでいっぱいだった。……誰よりも大事に思ってましたよ」
だけど――だからこそ、会うのがとても怖かった。
ヨハナさんにとって、俺はエレンの大事な情報源だ。それ以上でも以下でもない。
けれど、俺は違うから。
会えばきっと欲が出る。待っててほしいって――そんなことを口走ってしまいそうだったから。
「――あなたがいないと、私の推し活に支障が出るんです」
ヨハナさんがつぶやく。
「ああ、まあそうでしょうね……」
「ですから」
と、彼女はゆっくりと俺のことをにらみつけた。
「必ず私のところに帰ってきてください。……絶対、帰ってきてください。ずっと――ずっと待ってますから」
ヨハナさんの瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちる。
(ああ……)
抱きしめる腕に力を込め直し、額に、頬に触れるだけのキスをする。それから俺はヨハナさんの肩に顔を埋めた。
「帰るよ。絶対、ヨハナさんのところに帰って来る。だから……待っててくれる?」
「……はい」
ヨハナさんはそう言って笑う。
それははじめて会ったときに見た愛想笑いとも、ヴィヴィアン様の推し活をしているときとも全然違う、俺にだけ見せてくれる愛らしい笑顔。
「好きだよ、ヨハナさん」
「――知ってます」
たちまち塩対応に戻るヨハナさんにお腹を抱えて笑いながら、俺は彼女の唇に口づけた。
番外編1〜2話はヨハナと先輩の二人です。だって、コミカライズの二人があまりに素敵すぎるんだもの……!※どうしても書かずにはいられませんでした。
3〜5話はヴィヴィとエレンのお話です! よろしくお願いします。




