21.ヴィヴィアンの思惑
異種武闘大会――――それは言葉のとおり、騎士や魔術師がそれぞれの職種を超えて己の技能と強さを競い合うための大会だ。
普通の訓練や武闘大会では、同じ職種の者同士を戦わせるものだけど、実際の戦で『騎士だから! 魔術師だから不利だ! 戦えない』というのは通用しない。だからこれは、どんな相手にも怯まず戦う経験を積ませるための催しだ。
数百年前にスタートして以降、不定期に催されているのだけど、お父様が帝位についてからはまだ一度も開かれていない。それを今、このタイミングで開こうと考えたのだ。
(すんごい思いつきで言ったけど、実はめちゃくちゃいい案なんじゃない?)
時間もお金もさしてかからないし。効率がいいし。騎士や魔術師のやる気を引き出すのに最適だし。ライナスは実際のところ皇配にふさわしいのか、他に皇配候補となれるような男性がいないのか――――エレン様が他の人と比べて優れているか、確かめられる機会だからだ。魔術師としては最強でも、騎士と比べたら劣る――――なんてこともあるかもしれないし。いや、エレン様が誰かに負ける姿なんて見たくないし、なにがあってもわたしにとってはエレン様が最強なんだけど。
「ヴィヴィアン、それ本気で言ってるの? 結婚相手を決めるまでの期限、あと一カ月しかないんだろう? というか、今からだと三週間ちょっとしかないと思うんだけど」
ライナスがあっけにとられた様子で口にする。わたしは力強くうなずいた。
「皇族が思いつきで物事を言うのは珍しいことじゃないし、場所と時間を確保すればいいだけでしょう? とっても優秀なうちの従者たちなら、問題なく準備できるわ。ねえ、ヨハナ! ジーン!」
「はい、ヴィヴィアン様!」
それまで黙ってわたしたちの話を聞いていた二人が返事をする。迷いもためらいもないその声音に、わたしはニヤリと微笑んだ。
(お父様を含めた関係各所への根回し、参加者のリストアップ、スケジュールの調整――――することは山ほどあるけど、細かい指示は不要ね)
二人に任せておけば絶対に問題ない。改めてそう確信した。
「だけど、皇室側の準備はいいとしても、参加者側はどうかな? 準備期間が短いし、結構厳しいんじゃ……」
「そのほうが普段の訓練の成果が見えるってものでしょう? 追い込まれないとやらないような男は、そもそも皇配にふさわしくないもの。それとも、ライナスは自信がない?」
「まさか。自分で言うのも何だけど、かなり強いほうだと自負しているよ。もちろん、客観的に実力をはかる機会に恵まれていたわけではないから、結果を見ないとなんともいえないけど」
「まあ、ライナスは皇族だしねぇ。相手が手加減しているって可能性もあるよね」
皇族に怪我をさせてはいけない、恥をかかせてはいけないという意識は、みなが当たり前に持つものだろう。なんでもかんでも必要以上に持ち上げられたりすることも多いしね。そういうのは見てたらある程度はわかるけど、完璧に判別できるかは微妙だ。
「まあ、騎士や魔術師の実力をはかるのはいいとして、文官のほうは? 皇配に必要なのは強さだけじゃないだろう? 俺だって本当は力仕事よりも頭動かすほうが得意だし」
ライナスはそう言ってほんの少しだけ首を傾げる。わたしは待ってましたとばかり身を乗り出した。
「いいところに気づいたわね。大丈夫よ、そっちのほうもちゃんと考えてあるから」
「と、いうと?」
問いかけに、わたしはふふんと鼻を鳴らした。
「武闘大会の準備をしてくれる文官をあらゆる部署から公募して、手際の良さとか段取りの上手さとか、そういう面を評価をしようと思っているの。通常業務から外れた動員なんて面倒くさいってタイプの人間は、元々大したやる気もなく、皇配になりたいなんていうだいそれた夢も持たないと思うのよね。それから、武闘大会とは別口で、自由に政策を立案・発表する場を設けようと考えてるの。人前でスピーチができないようじゃ皇配になるのは難しいし、若手の文官にも経験を積ませたいから。もちろん、良い意見は実際に採用するつもりよ。どれだけいい考えを持っていても、上司に潰されてちゃ意味がない。皇帝や皇女に直接発表をする機会なんてそうないから」
わたし自身、十六歳になったのだし、なにかこれまでとは違うことをやってみたいと思っていた。この国をもっと良く、導いていくためのなにかを。
結婚相手を選ぶのは一生に一度なんだし、またとない機会だ。せっかくだから、やってみたいことを全部形にして、一石二鳥・三鳥を狙っていきたい。
「……なあ、おまえってそこまでしてエレン様と結婚したくないの?」
「え? それは……その…………」
「普段あんなに好き好き言ってるくせに。結婚は別物ってなんか変じゃない?」
ライナスは神妙な面持ちで、疑問をストレートにぶつけてくる。わたしは思わずうつむいてしまった。
「わたし自身がエレン様と結婚したくないというより、エレン様の結婚相手がわたしっていうのが受け入れられないのよ」
「……いや、同じじゃない?」
「全然違う! 絶対に違う!」
心底不思議そうな表情を浮かべるライナスに、わたしは思わず声を荒らげてしまった。
「正直、皇女の結婚相手にふさわしい人っていう考え方なら、エレン様以上の人はいないと思うの。あんなに神々しくて、素晴らしくて、美しくて――――」
「ストップ。そのくだりはもう何万回も聞いたから。それで?」
「それで――――だからこれは、エレン様以外にも皇女の夫にふさわしい人がいるんだってことを確かめるための作業なの。それが立証できたら、なにかが変わるかもしれないじゃない?」
もしかしたら、わたしたちは視野が狭くなっているのかもしれない。急いで事を進めようとしすぎているのかもしれない。お父様がそうと気づいてくれたなら、婚約までの期間も延ばせるかもしれないから。
「まあ、いいんじゃない? 後悔しないよう、とことん追及すれば? どうせ、俺や陛下が言ったところで聞きゃしないんだろう? ヴィヴィアンは昔から、自分が本当に納得できるまで退かないもんな」
「ライナス……」
さすがいとこ。わたしのことをよくわかっている。
やっぱり、エレン様を除いたら、ライナスが一番皇配にふさわしいんじゃなかろうか? 推し活への理解もあるし――――そんなことを密かに思う。
「それじゃ、詳しいことが決まったら教えてよ。楽しみにしてるから」
「うん! またね、ライナス」
ライナスの後ろ姿を見送りつつ、わたしは大きく息をつく。
数分前まで途方に暮れていたのが嘘みたい。実に晴れやかな気分だ。
やっぱりわたしは、迷いながらでも動き続けているほうがずっといい。
新たな決意を胸に、わたしはソファから立ち上がるのだった。




