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2.推しとは結婚できません!

「どうした、ヴィヴィ? 思う存分喜んでいいんだぞ?」



 お父様がそう言って微笑む。褒めてくれと言わんばかりのドヤ顔だ。

 だけど、わたしの心境は真逆だった。喜ぶどころか怒りで満ちていて、抑えることにめちゃくちゃ必死。微笑み返してあげるなんて絶対に無理だった。



「お父様、少しの間ふたりきりで話をさせてください」


「え? だけどエレンが」


「少し! ふたりきりで話をさせてください!」



 お父様を無理やり広間から連れ出しながら、わたしはエレン様をチラリと見遣る。彼は相変わらず聖人のような神々しい表情を浮かべていて、思わず目頭が熱くなった。



「どうしたんだ、ヴィヴィ。おまえらしくない。一体なにが……」


「ありえない、ありえない! エレン様の結婚相手がわたしだなんて、ありえない!」



 控室に着くなり、わたしは思わず声を荒らげた。


 誰よりも美しくて麗しくて尊いエレン様が。

 誰よりも優しくて聡明で素晴らしいエレン様が。

 このわたしなんかと結婚していいはずがない。っていうか絶対ダメだ。



「なっ……ヴィヴィは常々、エレンよりも素晴らしい男性はいないと言っていただろう? 彼で不足するなら、一体誰が――――」


「お父様ったら、なに馬鹿なことを言っているんです! エレン様に足りない部分があるわけないでしょう! そうじゃなくて! わたしは、わたしじゃエレン様に釣り合わないって言ってるの!」



 怒りのあまり、髪の毛がブワリと逆毛立ってしまう。



(たとえ皇帝陛下であっても言っていいことと悪いことがある! エレン様を冒涜するなんてわたしが絶対許さないんだから)


「釣り合わないって……ヴィヴィ、おまえは帝国で――――いや、世界で一番身分の高い女性だろう?」



 相当驚いているらしい。お父様は唖然とした表情でそう呟いた。



「そんなことはわかってる。身分でわたしの上に立つ女性はいないわ。だけど、大事なのは身分じゃない。わたしはエレン様には最高の女性と結婚して、幸せになってほしいの。だから、わたしじゃダメなのよ」



 言いながら、わたしは深々とため息をつく。

 まさかお父様がわたしとエレン様を結婚させようとするなんて想像もしていなかった。だって、エレン様は人間であって人間でない――――結婚なんてそんな考えに馴染むような人じゃないんだもの。いくらわたしが推しているからって、結婚相手に選定しようとするなんて夢にも思わないじゃない? 本当に寝耳に水だった。



「エレン様が結婚をするなら、お相手は世界一美しくて、世界一頭がよくて、世界一優しい、人間を超越した女神のような女性じゃなきゃダメよ。神様がお認めにならないわ」



 だって彼は神様の気まぐれでこの世に遣わされた聖人だもの。普通の人間と結婚なんてしたらバチがあたってしまう。

 たとえ世界一の美女が相手でもエレン様の美しさには敵わないだろうけど、美形がふたり並んだら眼福に違いない。そのときはエレン様単推しじゃなく、CPで推せるように努力する。頑張ってきちんと祝福する。

 お抱え絵師に絵を描いてもらって、婚礼衣装をプレゼントして、エレン様が大好きなユリの花をたくさん用意して、それから、それから――――



「ヴィヴィ、言っておくがそんな女性はこの世のどこにも存在しないよ」



 お父様が妄想を遮る。わたしは思わずムッと唇を尖らせた。



「そんなことないわ。だって、現にエレン様がこの世に存在するんだもの。世界中を探したらきっと、エレン様に見合う賢くて美しい女神みたいな女性が存在するはずで」


「違う。おまえのおめがねにかなう女性が存在しない、というだけだよ。どんなに素晴らしい女性でも、おまえにはエレンに見合わないと感じるだろう。違うか?」


「そんなことない……はずよ」



 歯切れが悪くなったのは、単に実物を見ていないからだ。本当に素晴らしい女性がいたら、わたしはエレン様を祝福するもの。絶対にするもの。



「そもそも、私から言わせればエレンとてただの人間だ。ひとりの男だ。まあ、皇族に見合うだけの実力と人格を兼ね揃えているのは間違いないから、おまえの伴侶に相応しいと考えたのだが」


「なっ……! 待ってくださいお父様。相応しいだなんて言い方はエレン様に失礼です。とってもとっても失礼です! 今すぐ訂正してください」


「おまえなぁ……」



 お父様は呆れたようにため息をついた。



「大体、おまえはエレンのことが好きなのだろう? それなのに、こんなふうに憤るのは矛盾していないか?」


「矛盾? してないわ」



 きっぱりそう答えると、わたしはまじまじとお父様を見上げた。



「お父様が仰るとおり、わたしはエレン様が好きです。大好きです! お父様よりもお母様よりも、この世の中の誰よりも好き。尊敬しているし、崇めているし、本当に素晴らしい男性だと思っていて――――」


「ヴィヴィ、そこまで言われたらさすがに父様も傷つくんだが……」


「だからこそ、彼には誰よりも幸せになってほしい。素晴らしい女性と巡り合って、いつも笑っていてほしいんです。少なくとも、皇帝命令で意に染まない結婚を強要されるなんて、絶対にあっちゃいけないことなの!」



 そうよ。こんなこと、絶対にあってはならない。

 わたしごときのためにエレン様を不幸にするなんてダメ。絶対にダメ!



「ヴィヴィ、それは……」


「こうしちゃいられない! 急いでエレン様を解放してあげないと」



 推しの貴重な時間は一分、一秒でも無駄にしてはならない。

 わたしなんかと婚約するように命令されて、きっとものすごく困っているに違いないもの。


 わたしはお父様がとめるのも聞かず、急いで夜会会場へと戻った。


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