Singer
エリー(仮)は、体の持ち主である「貴幸」の歌オーディションに付き合う日常話。
「では次の方、どうぞ」
「はい、66番、――貴幸です。特技は歌と踊りで―……」
――――――――――
「おめでとう」
―なっ!?―
「オーディション十連敗。」
―そ、それは…―
オーディション会場をあとにして、帰路につくエリー(仮)。
貴幸はエリー(仮)の身体の持ち主で、歌手になる夢を持ち続ける彼のために、面接時などは一時的に身体を返していたのだが、どうやら今回も上手くいかなかったらしい。
メンダルブレイクで肉体の主導権をエリー(仮)に引渡し、引きこもった貴幸にダメ出しの日課を欠かさない。
「そろそろ無駄な努力は辞めたらどうだ?」
―ヤダね!―
「じゃあ、改めろ。」
―何を?―
「ヘタレ、根暗、地味…その救えない性質をどうにかしたらどうだ?魔術や呪術の手助けが必要なら黒氏に頼むか?」
―さすがに身内にそういうのって頼みにくい…って、そーゆーことじゃねえって―
「そうか」
ふと交差点に差し掛かったころ、ひとりのスーツ男が追い越していった。
甘い香り――
「今の人―」
キキィーーー!!!
「大丈夫か?」
「―あ……、ぇ、ありがとう。助かった……のか?」
「まあ一応はな。」
胸元のバッチとその顔に見覚えがあった。
「アンタ、青春社の人か?」
「え?!そ、そうだが…君は…?」
「オレは―」
「天使!?」
突然手を握ってきた。
「は?」
ーファッ?!ー
「あ、突然すまない。君の名前を教えてくれないか?ぜひ教えてくれ!」
「…断る。」
「なぜだ!私の命の恩人よ!……というかなぜ私の仕事を知っているんだ???」
「あんた、ちょっと落ち着け。」
ビシっとツッコミ入れるエリー(仮)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
所かわって、近くの喫茶店にて―――
「え、じゃああなた、さっきのオーディション会場に付き添いで来ていたんですか?気が付かなかったなあ、こんな美人さんがいたとは…」
「そりゃどうも」
貴幸の中という、他人の目に見えないところに隠れていただけなので、嘘は言ってない。
「それはそうと、あんた何か厄介なモノを抱えていないか?」
「え…わかりましたか?
厄介ってわけじゃないんですが、実は私が担当しているソロシンガーがいましてね。
今回のオーディションは≪彼≫に相方をつける為のものだったんですよ。
あ、この子です」
そう言って、彼は一枚の写真を見せてきた。
写真には≪Singer≫とサインがしてある。
「名前がSinger?」
カラン「いらっしゃいませー」
喫茶店に客が入ったようだ。
「はい。彼の言葉は聞く人の心を揺さぶるほどの感動を与えられる、…そんなー」
「おい!!」
「あ」
会話を遮って近づいてきたのは、前髪で片眼を隠した青年だ。
「こんなところにいたのか。探したんだぜ。」
「噂をすればってやつですね」
「誰そこのカワイコちゃん。」
「ああ、彼女はさっき会ったばかりの…」
「エリー(仮)だ。ちなみに男だが」
さらりと修正をしておく。
「え…」
「えええ!!」
「あなた、男性だったんですか?!」
「ああ。」
「私てっきり…」
「…よく言われるよ。」
「なあ、マネージャー、俺の相方の件なんだけど、まだ決まって無かったよね?」
「そうだけど。どうして?」
「へぇ、じゃあ…≪♪そのコがいいナ≫」
「!?」
体にかかる圧と、嗅いだことのある甘い香りを感じて、
(この力は、スペリア―か?!)
スペリアーの力は確か言の葉で他人を操作、催眠をする力だった。
魔力によるものや修行をしたもののほかに、たまに何らかの要因で生じる異能力のひとつである。
「だめかな?マネージャー」
「私は構わないけれど、エリー(仮)さんは…?」
(少し様子をみるか)
「金が出るなら、ビジネスとして受けてもいいぜ。」
「それに関しての契約などは、会社に来てもらえれば―」
ってことで、二人の所属する会社へ行くことにした
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こっちです」
(二人になれるタイミングがあれば、聞いてみるか)
軽い打合せが終わり、イメージ合わせと称して衣装のある部屋へ通された。
「ちょっと所要あるので、私抜けますね。」
「おう」
バタン
扉が閉まり、衣裳部屋に二人きりになった。
(やっと二人になれたか)
しれっと女物のワンピースを持ってきたSingerに一瞬グーパンしてやろうかと思ったがそれより気になっていた事を聞くことにした。
「あんた、スペリアーか?」
「スペリアー?なにそれ?」
きょとんと返す彼。
「自分の言ったことが都合よく実現したり、他人を操ることができる≪言葉使い≫を、オレらの周りではそう呼んでいるんだ。なにか心当たりはないか?」
「ああー、あるある★皆、俺の声に聞き惚れてくれるんだぜ!すごいだろ!?」
「使い方を間違えるとどうなるか、わかっているのか?」
「えーっと、たくさんの人に惚れられすぎるとか、町であった女の子もイチコロとか、
……気に食わないヤツには制裁を…とか?」
「オレがいいたいのは、最後のヤツだよ。最初マネージャーに会った時、催眠状態にあったからな。」
「?!」
自慢げに話していた彼の顔色が驚愕に染まる。
「あれはあんたがやったんだよな?」
「俺がやったって根拠はあるのか?俺じゃない人がやったかもしてないんだろ?」
「根拠はないさ。マネージャーに直接接触した人物を聞けばいい。
あの時の催眠魔術の残り香とさっき喫茶店での魔力の香りが濃厚だったからな。
これ、ど?」
「…多分俺のせいかも。あ、似合ってるね。」
「なんだ、簡単に認めるんだな。」
話しながら、淡々と二着目の試着にとりかかるエリー(仮)。
「俺としても、あんたがどのくらいスペリアーの力を使っているのか、その力がどれだけの人数、持続時間、使い手の効果の差などを知りたいってゆー好奇心もあるしな」
いろいろな能力の使い手と会うとこもあったエリー(仮)だったが、その効果が目立たない地味な力のせいか、≪言葉使い≫自体、人づてに暗殺者に多いと聞いたことがあったぐらいで、あまり好んで使用する者を会うこともなかった。
「俺もこの力についてそこまで知ってるわけじゃない。
もしかしたら、マネの方が知ってるかも。」
(このひと、みつあみも手馴れてるのか…)
エリー(仮)の説明を聞きながら、三つ編みの手際の良さにまじまじと観察するSingerだった。
その後、マネが戻ると三人で休憩スペースに移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「Singerのことで聞きたいこと、ですか?」
Singerは、建物の裏手の自販機に最近追加されたと噂の「はちみつ緑茶~たくあん付~」を買いに出かけたタイミングでマネに質問することにした。。
「いままでに起きたアクシデントとか問題ごとが、あったら知っておきたくてな。注意事項とか」
「問題ごとですか。いくつかありますね。
彼には不思議な力があるみたいなんですが、ひょっとして知ってました?」
「あぁ、本人に確認済みだ。」
「そうでしたか…じゃあ単刀直入にお伝えしておきますね。」
■ケース1■
Singerの相方をつけるために、とある事務所を通して引き抜いてきた新人アイドルがいたんですが、
彼と折り合いが合わなくて、二人でケンカになったことがありました。
まだSingerも力をよく知らなかったみたいで、突然でした。
≪♪顔もみたくない≫
そう言ってしまい、新人の子が鏡を割った破片で自分の顔に傷をつけようとしたことがありました。
その時は周りに人がたくさんいたので、事なきを得ましたが、彼の言った言葉がそのまま現実になると知ったのは、それからです。
後で聞いた話だと、新人の子は「いわれたことをしなけらばならない」なぜか思ったんだそうです。
■ケース2■
ライブを開いた際に、
≪♪俺に惚れたら火傷するぜ!!≫
なんて口上つけた時なんて、会場でボヤ騒ぎ起きて、実際に見に来てくれていたファンの子数人が火傷するわ、
後日、聞いた話だと、配信で見てくれた子も熱湯やらで大なり小なり火傷を負ってしまって……
「呪われたアーティストじゃねぇか」
さすがに青ざめるエリー(仮)
幸い、ライブ会場自体、20人くらいの小さい会場だったので、ファンの子全員に謝罪することができました。
≪♪早く治りますように≫
っていったら、嘘のように全員治ったので、演出かと思われた人もいたようです。
「なんだその都合のいい奇跡は」
■ケース3■
SingerのCDができたとき、楽曲の中に
≪♪俺の心は枯れそうだ。だれか水をくれないか≫
なんて歌詞があるんですが、
後日、ファンの方、数名から水がダース単位で送られてきたこともありました。
「平和的なこともあるんだな」
■ケース4■
今日のオーディション直後にSingerが「ソロでやりたい」って言っていたんですが、今までのこともあって、
一人で何かあった時の歯止め役が必要だと、上から言われまして…それで口論になったんです。
「歯止め役…」
(当て馬って言わないか?)
そしたら
≪♪一人で考えたいから、どっか行ってくれ!≫
なんて言われて、気が付いたらエリー(仮)さんに助けてもらったところでした。
「そうか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「Singerは平和とかピュア系の歌手じゃなくて、片目を隠したミステリアスを売りにした、ヴィジュアル寄りなアーティストなんです。
なので、あんまり平和的なセリフを言ってもらうわけにも行かなくて…
どちらかというと破壊的な歌詞の方が、今のヴィジュアルに向いているんです。」
やりたいけどやれば本人以外が危険が伴うらしい
「本人もそっち系が好きみたいで…」
「でも、ライブ開く度に問題が起きるのは困ります。」
「下手したら呪われたアーティストってレッテル貼られて、ファンが遠のくんじゃないのか?」
「それだけは避けたいんです!!」
「ヴィジュアル系から遠ざけたら良くないのか?明るいイメージでも、ナチュラルってゆーか、不思議系とか……オレは歌のことはよく分からないけど。」
「路線変更ですかぁ……本人がヨシとするなら考えても良さそうですねぇ」
「あ、エリー(仮)さんが参加してくれるなら、不思議感やミステイク…じゃなかった、ミステリアスも行けそうですし。」
「え……」
その時、自販機から目的のものを入手してきたと思しきSingerが、戻ってきた。
「なあ、マネ、その話なんだけど」
「あ、聞いてたの?」
「俺もちょうど路線変更出来たら…とか考えてたから、イイよ。」
「ソレじゃあ!」
「まだ、曲とか出来てないし、気が先かもだけど……」
「なら早速、上にも報告してくるよ。
エリー(仮)さんもそれでいいかな?」
貴幸が耐え切れずささやく、
―あんた、歌の知識あったっけ?―
「盛り上がってるところ悪いが、オレ、歌の知識とか全くないんだ。」
「じゃあ、それで行きましょうか。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「―で、断ったようだが、よかったのか?貴幸」
―あの…やっぱりオレの夢は歌手だけど、あんた(エリー(仮))の力で得たって感じがして…なんとなくだけど納得いかなくて…―
「そうか―」
RRRRRR
と鳴る電話の受話器を取って…
「はい、…ああ…、あんたか。この間はどうも…うん、新しい人が決まったのか、おめでとう。」
「それが、その子もどうやら同じような力を持ってるみたいなんです」
…
……
「………そうか」
(スペリアーが増えて洗脳できる人間が力を持ったりしたら、もしかして…世界征服も夢じゃなくなるんじゃあ……)
しばらく音楽は聞かないようにしようと胸の内にそっと誓った。
Singerが自販機に探しに行ったという「はちみつ緑茶~たくあん付~」は果たして美味しいものなんでしょうか?
次回、7/29に漫画をテキスト化したものを投稿予定です。よろしければ夏の暑さしのぎにどうぞ。