妖精、あるいは小さいおじさん。
ある子供たちが学校で会話をしている。
小さいおじさんの伝説をしっているか?
疲れた時にだけ見えるそれ?そう。まさにそれ。でもそれっておかしくないか?なぜ疲れた時にだけ見えるんだ?たしかに幻覚なら違和感がないがどうしていろんな人が同じものをみるんだ?古くからの都市伝説には、同じ映像を恐怖することは想像ができてもこの時代だよ。いろんな新しいものがあるのに、情報があふれているのに、どうして人々は“同じもの”を連想したんだろう。
答えはこれさ、つかれたときにだけ使用されるスマートフォンのアプリがあるんだよ。よく使ってるアプリの中に与まれている。スマートフォンに実験がくみこまれていて、ARやVRの実験も組み込まれている。あれは巨大な陰謀があり、人々がこの世界、国、日常に不満を持った時それを緩和する役割を持つんだ。
かつての都市伝説は、また別の実験の意味があったが、昨今のソレは明らかにARとVRで人々の精神を左右する実験を行っている。
どこできいたのって?ある大学が実験をしたんだスマホがないときとあるときで差があるかどうかって、結果は、そういうことさ。
そして、“伝説は犠牲になる”見ず知らずの他人の、くらいことには興味のない世界、けれど、よく知ってる他人の不幸は喜べる、妖精や都市伝説は、だんだん忘れられる。それがこの実験の意図することなのさ。
“ある都市伝説が生まれ、忘れられる”
人々のたまりにたまった日常の不満やうっぷん、苦痛をこうして吐き出させて、国や企業、社会は運営されている。そうすれば人々は、自分たちに疑問を持つことがなくなるからね。