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50 心をつなぎとめるもの

 アルバートが心配そうに地下アジトの入口(兼出口)のふたを開け、用心深く周囲をうかがったが、湾岸事務所の周辺にはだれもいないようだった。


「ちょっと、さっさとあがりなさいよ!!」はしごの途中にいるルイが非難の声をあげながら、アルバートのすねをたたいた。


「わかってるよ!?」アルバートは逃げるようにして、そとにでた。


 おだやかな潮風が渚から吹いてきていた。

 夕暮れだった。

 海や西の空が夕焼けの色にそまり、潮騒が心地よく耳にとどく。


 ずいぶん遠くまできたような気がするといっていたルイの気持ちが、なんとなくわかりかけたように思えた。


 アルバートにつづき、ルイとディレンツァも穴からでてくる。

 二人ともつかれを顔ににじませていたが、暗くじめじめしたところからおさらばできたという解放感のほうが大きいようだった。


「あいつら、もういないみたいね」ルイが夕陽にそまる海をみながらつぶやく。


「入口にいた人たち? 見張りじゃなかったのかな?」

 アルバートが問うと、ディレンツァが受ける。

「あの連中には私たちの記憶はおそらく残っていない。悪い夢をみたぐらいの印象しかないはずだ。正気にもどったあと、町に帰ったのだろう。おそらく、このアジトにはあまり集まらない規則でもあるのではないか。人が多ければやはりめだつし、なによりかくすのは難しくなる」


「あ、うん――」ルイが言いよどむ。「そっちの連中のことじゃなくて、あのおばかさんたちの話」


「ああ――そっちか」アルバートは周辺をうかがう。


 砂利の斜面にも、視界いっぱいにひろがる海辺にも、バドとトレヴァのすがたはうかがえなかった。


「走るの速かったもんね、とくにバドくんは」アルバートが激走を思いだして渋面をする。


「でもまぁ、逃げ足だって、速いに越したことはないんだわ」ルイが笑った。


「かれらもまた、われわれのように〈鹿の角団〉にマークされる存在になるかもしれない」


 ディレンツァがつぶやくと、ルイとアルバートはディレンツァをみる。


「おそらく、かれら二人ならうまくたちまわれると思うがね」


「うん、そう……そうだよね」アルバートはうなずく。「なんか、ぼくもそう思うよ」


 アルバートの瞳には、夕陽を照りかえしながらかがやく白波がみえた。


「――ねぇ、うまくたちまわるっていえば、このあと私たちって、どうすればいいわけ?」ルイがふとわれにかえる。「ここは任せてとか大見栄きったものの、どこをどう解決していけばいいの!? そもそもこんな状況で船の手配なんてできるのかしら!?」


 問題を解決するどころか悩みごとが増えてしまった。

 部外者たる自分たちだけでギャング団にまつわる事件のすべてを〈鹿の角団〉のせいにしてかたづけることは可能だろうか。

 当事者のバドやトレヴァがいなくなったいま、それを説明することさえ、相当難儀ではないだろうか――。


 ディレンツァはしばらく黙ったのち、「とりあえず、今夜は宿をとって、じっくり考えてみよう」と答え、ゆっくりと港町に向かって歩きだした。


 ルイは憤懣やるかたなしといった形相で、アルバートをみる。


 しかしアルバートは西陽にそまりながら、海のほうをみて、ぼんやりしていた。


「ちょっと!? 結果的に余計な荷物ばかり背負っちゃったじゃない。宝石のかけらだってたぶん盗賊たちの手のなかだわ。わかってるの? ねぇ、なに呆けてるのよ!」


 ルイは悠長な態度のアルバートにいらっときて、つまさきでふくらはぎを蹴りながらまくしたてる。


 それでもアルバートが動じず、いつものように悲鳴をあげたり、両手をふりまわして言い返したりしないので、ルイは拍子ぬけする。


 そのとき、アルバートはずっとさがしていた問題の解答がでたことに満足していた。


 やるせない人生に困惑して、なりふりかまわず危険な道を突進していってしまうバドを、どんな言葉で、どんな方法で思いとどまらせればいいのか――アルバートはずっと考えていた。


 どうすればバドをひきとめることができるのか。

 どう話せば、バドの心をつなぎとめることができるのだろうか――と。


 しかし、その答えはべつにあったのだ。


 アルバートの脳裏に、涙目で笑みをつくるトレヴァが浮かぶ。


 そう――バドに必要だったものは、つなぎとめるための言葉ではなく、つなぎとめるための人だったのである。


 アルバートはふとルイをふりかえると、莞爾としてほほえんだ。

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