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49 予想外の期待はずれ

「いない……いない……ばぁ?」

 ティファナが前触れなく不可解につぶやき、頚をかしげた。


 いつものことなので、平然とザウターは訊ねる。「どうした?」


 場所は〈鹿の角団〉の地下アジトの最深部だった。

 ザウターたちとバドが邂逅した部屋だった。ザウターは椅子のひとつに腰かけ、ティファナは室内をふらふらしていた。


「へびへびのうちのへびちゃんがいなくなったの、迷子かな?」


 さすがになんのことかわかりかねたが、ティファナの無邪気な瞳をみつめながらしばらく考えて、なんとなく察することができた。


「二匹いたヘビのうちの一匹がどこかに逃げたってことか」ザウターが確認すると、「そうだよ?」とティファナが空いている椅子にどっかり坐った。


 ティファナはこの二日間のあいだで、二匹の大蛇を手に入れていた。

 一匹は巨大ねずみを追いかけて下水から地下アジトに忍びこんできた巨大まむしで、もう一匹は町のちいさなギャング団の一員が〈封印の筒〉のなかにかくしもっていたニシキヘビだった。


 〈封印の筒〉をもっていたトミーという名の少年は、両手両脚を縛られ、柱にくくりつけられたうえ、さるぐつわをはめられ、身動きがとれない状態にされていた。

 ときどき、うめき声をあげている。


「いいじゃないか、ヘビなんか一匹いれば充分だろ」ザウターは興味なさげに言う。


 ザウターにとっては無用の長物だったので、〈封印の筒〉は中身の(デュアンとメオラを屠った)ニシキヘビごとティファナにくれてやった。

 

 ティファナはどんな生きものでも意のままにあやつる〈銀の鎖〉でさっそくそれを手なづけたが、ニシキヘビにかまけていたばかりに、最初につかまえた巨大まむしのほうが逃げてしまったようだ。


「だめだよ? へびへびは、へびへびでへびへびなんだから」ティファナがむくれたが、ザウターは無視した。


 ザウターは中央のテーブルに置かれた宝石のかけら――〈湖面の蝶〉をみつめて、にやりとする。

 不幸中の幸いとはまさにこのことで、〈はずれの港町〉に停留することになったおかげで、宝石のかけらまで手に入った。

 ハーマンシュタイン卿も、この報告には満足するにちがいない。


 じつに容易に、ザウターは戦利品を取得できた。


 バドがみずからのギャング団の構成員について教えてくれたうえ、宝石のかくし場所までもらしてくれたおかげで、ザウターは町に散っている配下に命令して、トミーと宝石のかけらを確保し、デュアンとメオラを抹殺することに成功した。

 

 トレヴァがつかまえられなかったこと(なにやら実力者らしき人物に保護されており、手をだすと危険ではないかという報告があった)だけが誤算だったが、もはやどうでもいいことだった。


 柱に縛りつけられたトミーがムガガガとうめいた。

 不条理な事態への抗議のようにも悲嘆のようにも聞こえる。


「そういえば、あの単細胞ちゃんはそろそろかな?」ティファナがうれしそうに訊ねる。


「そうだな、脚だけは早そうだったからな」ザウターも口もとを手で抑える。


 ザウターとティファナは、バドを利用して賭けをすることにした。

 トミーを拉致したところで、バド宛の手紙をしたためさせることで、バドがこの部屋までもどってくるかどうか賭けることにしたのだ。


 バドは短絡的であまりにも世慣れしていないため、あたまからザウターたちのことを信用した。

 ザウターもティファナも、バドはなんのためらいもなくもどってきて、縛られているトミーをみて衝撃をうけるだろうと予想した。


 その青ざめた顔や、驚愕に見開かれる瞳を想像するだけで笑みをこぼさずにはいられなかった――。


 しかし、どうやらあてがはずれてしまった。


 それから数時間待ったが、バドはすがたを現さなかったのだ。

 時間帯からして、そとは月夜だろう。

 もうバドが舞いもどることはなさそうだった。

 

 当然、なんの疑いもなくもどってくるものと思っていたので、町にいる団員たちに監視は命じなかった。

 今頃バドがどこにいるかはわからなかったが、もう用なしだったのでかまわない。


「やれやれ、期待はずれだったな――」ザウターはゆっくりたちあがる。


 その冷たい視線をあびて、トミーの目が凍りつく。


「あの少年がもどってくるようだったら、命くらいは助けてやってもいいかと考えていたが――」


 瞬間、トミーはなにかが風を切るような音を聞いた。ヒュゥッ。


 そして、つぎの瞬間にはトミーの頚は宙に待っていた。

 ザウターの大剣が、まるでかまいたちのようにトミーの命を消したのである。


「こいつのむくろは、明日にでも団員にかたづけさせよう」ザウターは剣を鞘におさめ、トミーに背を向ける。


 地下アジトは夜になると極力、無人になる。

 理由はふたつあった。

 ひとつは、港町の盗賊は一般人にまぎれていることが多く、もうひとつは深夜地下が騒がしくなったりすると、住人たちが不審に思うからだった。

 秘密は守られてこそ、意味がある。


「なにかいやな予感がするな――」ザウターが眉をひそめる。「ここにいないほうがいいかもしれない」


 ティファナは小首をかしげたものの、ザウターの予感がいつも的中することをよく知っていたので、「ザウターがそう思うなら、おでかけしようよ」とうなずいた。

「夜の町もきっと楽しいだろうしね――」


 しかし、外出した二人が、このアジトにもどることはもうなかった。

 二人が施設の内壁の崩壊に気づき、地下アジトは即日閉鎖されることになったのである。


 後日、港町の住人で構成される排水路の掃除夫たちによって、その空間は発見されることになるが、そのときにはもう盗賊たちが潜在していた形跡はみじんもなくなっていた。

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