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43 みずから掘った落とし穴

 確かに、入口で指摘されたとおりだった。


 ゆっくりと脚を進めてみると、〈鹿の角団〉の地下アジトはそれほど入り組んだ造りにはなっていない。

 バドは思いこみで、蟻の巣のように複雑なところだとかんちがいしていた。

 

 閉塞感のある通路がもつ洞窟のような印象に、英雄譚や神話などにでてくる迷宮を連想していたせいかもしれない。

 無意識や先入観はおそろしいものだと実感する。

 入口でバドを嘲笑っていた盗賊たちの気持ちがわからないでもない。


 通路をどれだけ進んでも、分かれ道のたぐいはあまりなく、あったとしてもどちらに曲がればなにがあるか(たとえば休憩室、倉庫A、便所など)書き記されたプレートが設置されているおかげで、迷いようがなかった。


 頭目たちの部屋は最深部だったから、とにかく通路がとぎれないほうへ進んでいけばいいのだ。


 みずからの足音だけがこだましている。

 ランプのあかりだけでは、やはり心もとない。

 バドはなんとなく、話し相手がほしくなった。

 しかし、あいにくこれまで歩いてみても、盗賊はおろか、ねずみ一匹にすら出くわさなかった。


 物音さえほとんど聞こえない。

 町の日常生活の音も聞こえてこないため、まるで別世界に向けて突き進んでいるような、あいまいで不透明な感覚がバドをつつみこむ。


 これからさき、どこまでいっても孤独なのかもしれない――。


 バドがそう思ったところで、ふと視界が開けた。

 どうやら、広間のようなところにでたらしい。


 どこかの神殿かなにかのように部屋のなかに等間隔に柱が立っており、その柱でキャンドルがゆれている。

 おそらく30平方メートルくらいの空間だと思われたが、バドの位置からは暗かったため、奥行きがどれほどかまでは確認できなかった。

 部屋の中央に、大きめの吊り燭台があった。


(なにをするところだろう?)バドは思わずきょろきょろする。(こんなところがあっただろうか?)


 午前中に案内係や頭目たちにつれられて歩いたときに、こんなスペースがあったかどうかは記憶にない。

 しかし、迷路のように通路が交錯していない以上は、少なくとも二度(入ったときとでていくときに)通過しているはずだった。


 考えごとに集中しすぎていたことと、道案内してくれた人がいるという事実だけで、じつに多くのものを見落としていたようだ。

 バドはみずから掘った落とし穴に脚をとられてしまったかのような感覚に口をつぐむ。


 さすがにもう笑えない。

 もっと洗練されなくてはならない。

 その気がなくとも、目に映るすべてを網膜にやきつけるような精神が必要だ。


 ふと、しゅるるるる、という不可解な音が聞こえ、バドは硬直する。


「なんだ!? だれだ――!?」


 バドは思わず叫んでしまったが、みずからの居場所を教えるようなものだということに気づき、あわてていちばん近くにある柱のそばまで移動する。


(くそっ……落ち着け!)


 依然、このアジト全体が沈黙につつまれていたので、聞きもらすことはなかった。しゅるるるる。


 バドは柱を背にするようにたち、部屋の全容に意識を集中させる。


 しゅるるる――まるで巻き舌をしながら息を細く吐いているかのような音だったが、人間のそれとはいちじるしく異なっている。


 バドはその音を、どこかで聞いた経験があるような気がして、記憶をたどる。

 それはまだバドが子どもの頃のことだった。

 伯爵都にいたとき、なにかの記念祭があった。

 バドはトレヴァたちといっしょにそれに参加し、花火やら騎馬隊の行進といった催しものに参加したあと、広場で芸人たちが披露している見世物を見物してまわった。


 そうして、バドは正確に思いだした。

 以前に記憶された音と、いま聞こえる音が合致したのだ。

 そのとき、ある芸人が体長5メートルはあろうかという大蛇に一度、あたまから丸呑みにされたのち、無事にもどってくるという曲芸をこなしていた。

 そのさなかに、大蛇が舌をはげしく動かしながら発していた音が、そのしゅるるるという音だったのだ。


 バドは、はっと顔をあげる。


 すると、しゅるるるという音が、真上から響いてきて、焦って天井を仰いだバドの目に、柱をつたっておりてきた大蛇の、ばっくりと開いた牙つきの口がとびこんできた――。

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