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39 大きくて、ずる賢くて、暗いところが大好き

 トレヴァは視界が突然まっくろになったので、「うわっ」と驚きながら脚をとめたが、たちどまったディレンツァの背中に少しだけぶつかってしまった。


 鼻さきをこすりながらあたふたしているトレヴァをふりかえったディレンツァは少しだけ眉をしかめる。


「あ、いや、ちょっと――」

 考えごとをしていたもので、といいわけをしそうになったが、ディレンツァが渋面をしている理由が、その激突にはないことをトレヴァはすぐにみてとった。


 どうやら、つぎの行動を思いあぐねて、トレヴァの意見をもとめているといった顔つきだった。


「港についたけど――」背後からルイがつぶやき、「やっぱり、これといってあやしい建物はないよね?」とそのさらにうしろのアルバートが訊ねてくる。


 その問いにはだれも答えなかった。

 漁船がたちならぶ区域のほうにいる猫の群れが、みやみや鳴いた。

 さっきのさわがしい連中がもどってきたと警告し合っているみたいにルイにはみえた。

 アルバートが鼻をすする。


 やはり航路が停止状態にあることで、港全般には寒々しいほど活気がなかった。

 晴天の太陽に照らされていても、錆びついているような印象が否めない。

 商船や客船のたぐいも、貨物船やら小型漁船にしても、静かで人けのない海に浮かんでいると、息をひそめている(あるいは死んでいる)ようにしかみえなかった。

 遠くの波間をカモメが数羽すべるように飛んでいたが、なぜだか現実味がなかった。


「この港には倉庫や格納庫以外にはどういう施設があるだろうか?」ディレンツァがだれにというふうでもなく訊ねた。


 しかし、ルイやアルバートがそれを知っているわけないので、トレヴァはあわてて答える。


「あ、えっと……倉庫なんかを除いてしまうと施設っていうほどのものはあまりなくて、灯台と――」目に入る順にトレヴァは数える。「船舶の連絡所が二棟、でもこれはひとつひとつのサイズがちいさくて、大人が5人も入れば息苦しいぐらいのものです。湾内に入った船の管理をするところですね。いまは人がいないんじゃないかな……」


 ディレンツァがうなずく。


「そんなところを盗賊がうろうろしてたり、占拠してたりしたら、まるわかりだよね」アルバートが口をはさむ。


「まさか、ここの港関係者ごと〈鹿の角団〉とグルになってるなんてことないわよね?」ルイがつづける。

 

 アルバートだけが「え?」とおおげさに驚いた。


「それは――ないと思うけど」トレヴァが顔をしかめる。「デュアンたちにもそんなことは聞いたことはなったし……盗賊っぽいのが酒場でよくたむろしていたことは確かだけど、まさかそんな……」


「それはないだろう」ディレンツァが話を受ける。「トレヴァたちはギャング団として町にいたわけだし、もし仮にそんな事実があれば、風の噂ではなく、確かな情報として耳に入っていたはずだ」


「そうですね、それなら――」バドはわざわざあたりをつけて直談判しなくとも、湾岸事務所に頼みこめば〈鹿の角団〉に取り入ることができたはず、とトレヴァは言いかけたがふせた。

 迷惑な友人の放蕩を声高に話すばかはいまい。


「あ、あと、施設っていえば、ご存知でしょうけど、湾岸事務所がありますね」トレヴァはあわてて口調と話題を変える。

 全員の視線が集まっていて気まずい。


 しかし、ディレンツァがふと視線をそらした。

 どうやら、斜面をのぼったさきの高台にある建築物が湾岸事務所だということに気づいたようだ。

 目を細めて、にらむようにうかがっている。

「人が集まっているな……」

 そして、つぶやいた。


「私たち、正午くらいに一度、入口付近までいったんだけど、漁師や水夫や旅人や商人やらがひしめきあっていたわよ」ルイが応える。「あんなに混んでると、私たちの要求だけ通すっていうのは難しそう」


「そもそも新参者が自分たちのために船をだしてくれなんて、口にだせそうな雰囲気さえなかったよね」アルバートが苦笑する。


「……あそこの」ディレンツァがトレヴァをふりかえる。「湾岸事務所にはいつも多くの人が滞留しているのかな?」


「え、いや……」トレヴァは片目を大きくする。「どうだったかな、そんなにあそこを訪問したことはなかったから――でも、積荷の登録をするのも乗船券の手配をするのもあそこだし、漁師たちだってあそこで漁の許可をとるので……」


「つまり要所なのね」ルイが受ける。


「ええ、それに責任者たちはだいたいあそこに部屋をもってるから」

 トレヴァは自分たちを毛嫌いしていた所長代理の顔を思いだしていた。

 所長代理がいらいらしていたのは、今般の煩雑さにも起因しているのかもしれない。

「いまの時期は、特に混雑しているとは思いますけど、そうでなくても滞在している人の数は少なくはないと思います」


 ディレンツァはしばらく沈思した。


 港も沈黙していたこともあり、みんなつられるようにして黙りこんだ。

 ルイは海の遠くのほうをみつめ、アルバートは猫の群れの警戒を解こうと過剰な笑顔で手をふったりしていた(それにより余計に警戒されるのだが)。


 ふいにトレヴァには、バドがもう町にはいないような気がした。

 盗賊たちとともに、どこかに消えてしまったのではないか。

 あまりにも落ち着いた港の様子に、トレヴァがその意見を口にしようとしたところで、ディレンツァが提案した。


「とりあえず、湾岸事務所まで行ってみよう」


 ディレンツァが歩きだしたので、トレヴァもそれにならう。

 二人の行動に気づかず、猫たちを手なずけることに気をとられているアルバートのブーツをルイがぼこっと蹴ると、猫たちは四方八方に散った。


 砂利を踏みしめる音が坂道に響いた。

 トレヴァの胸のうちが若干よどむ。

 この坂を歩くときは、たいていろくな用事ではなかった。

 所長代理や大人たちの「こいつらはまたなにかやらかしたのか」というさげずんだ目が脳裏に浮かぶ。


 そして、今回もまた例外ではない。

 なにがあったにせよ、自分たちが関わっていることは、ろくなことではないのだから。

 トレヴァは暗い顔をする。


 湾岸事務所の白い建物が近づいてくる。

 入口周辺には確かにたくさんの人がいた。

 ディレンツァがたちどまったので、トレヴァたちも脚をとめた。

 集まった人々はがやがやと雑談に興じている。

 耳をこらしても、だれがなにをいっているのか聞きとれないが、不平不満や不安のたぐいだということはかれらの表情や身ぶり手ぶり、そして態度でつたわってきた。


「変化なし、ね」ルイがお手上げのポーズをする。


 アルバートはすでに近くの(さきほどもつかまっていたような気がするどこかうさんくさい)白髪の老人にひきよせられ、話し相手になっている。

 ルイはちらりとその様子をうかがったが、とがめることはしなかった。

 これだけ無駄話をする連中が集まっていれば、お人よしの聞き上手は重宝されるにちがいないので、一度とめたところでどうにもなるまいと思ったのだ。


「港町なんだから港が機能していなければ意味がないんですよね。しかも、海にでられないから漁業すら停滞している。海を利用できない港町なんて、血液の流れがとまった人間みたいなものなんですよ」トレヴァがこのあいだ〈夕凪館〉のマスターが愚痴っていたままにぼやく。


 マスターは「人間の血流がとまったらどうなるよ?」と片眉をつりあげたが、さすがにそこまでは真似しなかった。


「町の人たちにまだ大声をだす気概があるだけましなのかもしれないけどね」ルイが、こんなことを言っても意味がないのはわかってるといった顔でくちびるをとがらせる。


「――ここにいる人たちすべてが事務所の関係者、そして利用者なのだろうか」

 ふと、ディレンツァがつぶやいた。


「ん?」ルイが訊ね、トレヴァもディレンツァをみる。「そうじゃないの?」


 ディレンツァは口をつぐむ。


 ルイはふたたび入口付近に集まっている人々を見渡す。


 港町の住人やら水夫のたぐいや漁師たち、商人やら旅行者、事務所の職員らしき人物たち、それからやじ馬らしき若者たち――確かにいろいろな人種がいるようだが、ディレンツァの指摘している意味がルイにはわからない。

 関係者以外にどういうくくりがあるというのか。


「――このなかに〈鹿の角団〉がまざっている可能性はないか」ディレンツァが小声で話す。


 トレヴァが眉をしかめる。「盗賊がここにいるんですか?」


 しかし、ルイはそれで思いだした。「そう、そういえば――いままで忘れてたけど、私と王子があのおばかさんに遭遇したのって、ここなのよね」


「え?」トレヴァがルイをみて驚く。「バドがこんなところに?」


「さぁ、わからないけど、なんだか急に人だかりのなかから駆けだしてきたのよ。で、王子とぶつかったりして、いろいろね」ルイは苦笑する。「でも、用事がなきゃ、あの子だってこんなところにこないでしょ?」


「バドはおれ以上に、湾岸事務所を嫌ってたと思うんだけど……」


 所長代理はトレヴァもバドも(つまりデュアン一味を)当然のようにけむたがっていたが、バドとトミーのことは輪をかけて毛嫌いしていた。

 おそらく、かたや知性の問題で、かたや性格の問題だろう。


 バドは、みずからに向けられる嫌悪感を察知していたから、すすんで湾岸事務所をおとずれることはなかった。

 バドが宝石のかけらをひろったあとも、難破船の事実を報せずにおこうとしたのは、そういう理由もあっただろう。


「だが、バドはここからでてきて、ここに舞いもどった可能性がある」ディレンツァがつぶやく。


「でも――そうすると湾岸事務所が〈鹿の角団〉に関係してるってことですよね。ここが盗賊たちの巣窟なんてことが……」トレヴァは考えこむ。


 だとしたら、いままで事務所関係者たちに受けた不当なあつかいでさえ、なまやさしいものであったと思えてくる。

 したっぱにも使えないような盗賊もどきたちを、〈鹿の角団〉が放置しておいてくれたのだから。


「あ、そういえば――」ルイが手をたたく。「ここであのばかに遭遇したあと、火の国の王子に逢ったのよ」


 トレヴァがふりむき、ディレンツァもルイに視線をそそぐ。


「ジェラルド王子」ルイはディレンツァをみる。


「ああ、知っている」ディレンツァはうなずく。

 知っているのは名まえだけではないという頚のふりかただった。


「資金援助だかをもとめて、伯爵都を訪問した帰りらしいんだけど――」ルイはひとさし指で空中をくるくるかきまぜながら説明する。「王子だけでなく、私なんかとも気さくに話してね。なんだか、とてもあたまのよさそうな人だった」


「ああ――そうだろうな」ディレンツァが腕組みする。


 ルイは一瞬ジェラルド王子をほめちぎって、アルバートをこきおろそうかと思ったが、時間の無駄だし、当の本人が聞いてなさそうなのでやめた。

 アルバートは白髪の老人とまだへらへら会話をしている。


「それでね、いま思いだしたんだけど、ジェラルド王子が去りぎわにふしぎなことを言ったのよ」

 ルイは話をすすめる。


「ほう」ディレンツァが関心を示す。


「この町にはねずみがいるって」ルイは目を大きくする。「それも大きくて、ずる賢くて、暗いところが大好きなやつだって――」

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