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32 夜に安心して眠れない場所

 まるでみずからのしっぽを追いかける犬のように無益で無闇な奔走を経て、トレヴァたちもまたデュアンたちの住居までやってきた。

 

 デュアンの親戚の人脈で手に入れた住宅は、いつもなら豪華でつけいる隙さえみつからないような勝ち組の象徴にみえていた。


 しかし、いまのトレヴァはまるで呪われた屋敷の入口に立っているかのように感じられた。

 それはよどんだ胸のうちがそうさせているのだと思われた。


 〈夕凪館〉からここにいたるまでで、何人かの知人がトレヴァを呼びとめ、不吉な言葉を投げかけてきたことにも一因はある。

「――どうかしたのか? さっきもバドがまるで殺人でもやらかしちまったかのような形相で通りを走ってたぜ」「ありゃ、めだつ。なんか悪さでもしたのか、バドは? なにかから逃げてるみたいな走りかただったぜ」


 トレヴァは深呼吸する。

 とりあえず、呼吸をととのえ、それから背後のディレンツァをふりかえる。


 ディレンツァはちいさくうなずく。

 その横のアルバートとルイもまた神妙な面持ちをしていた。

 トレヴァはそれだけ確認すると、家へと向かう。


 すると、ドアの目前まできたところで、バドが跳びだしてきた。

 

 大きな音をたてて開かれたドアにびっくりして、トレヴァをはじめアルバートたち全員がひるむ。

「――うわ!? なんだよ、おまえか」


 勢いあまってトレヴァの肩口にぶつかってよろめいたバドが、体勢をたてなおしてからぼやく。

「……なんだよ、そりゃ。それはこっちのせりふだろ」


 トレヴァがにらみかえすと、バドは決まりの悪そうにもぞもぞした。

「悪い、いま話してる余裕がないんだ――」


 バドはそれだけいうと、走り去ろうとする。


「おい、待てって――」

 トレヴァがその背中に声をかけると、バドは半身だけふりかえり、逡巡したのち「家のなかでメオラが死んでる」とつぶやいた。


「え? なに?」


「メオラもデュアンも、殺したのはトミーらしい……」

 バドは視線を落とす。

 地面に目を向けていたが、おそらくみてはいないだろう。


「――トミーが殺した?」


「ああ、だから、おれたちはここで別れようぜ」


「あ? なに言ってるんだ?」


「これからおれが向かうところは安全じゃない。少なくとも、夜に安心して眠れるような場所じゃない」


「なんだよ、なにが言いたい!?」トレヴァが顔をゆがめる。


 アルバートが二人のあいだに割って入りかけたが、ルイとディレンツァが制止した。

 そして、ディレンツァはそのままさらりと家のなかに向かう。

 ルイとアルバートは目を合わせたが、悩んだすえディレンツァにしたがった。

 バドとトレヴァを二人だけにしたほうがいい――ディレンツァはそう踏んだのだろう。


「おまえって神経質じゃないか」バドはもう少しだけふりかえる。


「――おまえに言われたくないよ」トレヴァは鼻で笑う。


「そもそも、この旅はおれが言いだしっぺで、おまえはついてきてくれただけだろ」


「なにをいまさら」


「これ以上、おまえを巻きこむつもりもないんだ」


「だから、なにをいまさら!」トレヴァは強くこぶしをにぎる。


「伯爵都に帰って、平和に暮らしてくれ。これ、いやみじゃないよ」バドは真顔になる。


「……なんだよ」トレヴァのにぎっていたこぶしがゆるむ。


「そもそもおまえには婚約者がいたじゃないか。気が強くても、美人だし、なにより気も合うんだろ。それって幸運なことだぜ。いまなら、謝ればなんとかなるよ。親父だってゆるしてくれるさ。おれのせいで人生を棒にふることない」


「なに勝手なことを――」トレヴァは歯噛みする。なにもかもが歯がゆかった。


「とにかく、おれは行くぜ。おまえとはここで別れる――いままで悪かったな」


 バドはそれだけ言い残すと、現実からなにからすべてのものをふりきるように全力で駆けだした。


 トレヴァの呼びとめようとする声が聞こえなくなるぐらいの足音をとどろかせて、行ってしまった。


 バドが踏みにじったことで地面から巻き起こった砂ぼこりをみつめながら、トレヴァは無言のまましばらくたたずんでいた。

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