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17 日の出のような気持ち

 そして不覚を認識した直後、バドの頭部に激痛が走った。


 そのまま声を発することさえできず床に卒倒する。

 

 巨大ねずみが背後の棚の上から跳びおり、バドをつきたおしたのである。

 

 バドはもんどり打ちながらも右手で後頭部をかばう。

 全身のあちこちを打ちつけてしまった。

 肺をぶつけたらしく、呼吸も詰まる。


 たちあがりたいと思ったが、身体がいうことをきかず、仰向けになり左ひじで上体を起こすのが精いっぱいだった。


 しかしそれによってバドの目に映ったのは――狙いすましたように前傾姿勢をとって、いまにもバドにとびかかってこようとしていた巨大ねずみだった。


 バドの目線はかがんだねずみとおなじ高さにあった。

 体長は1メートルはあるだろうか。


 ねずみはバドを愚弄するような顔つきをし、両眼を光らせる。


 そこにみえる知性と老獪さに、バドは硬直する。

 生物としてあきらかに相手のほうがうわ手に思え、心も機能を停止してしまった。

 どうにかしなければと考える余裕さえなかった。


 巨大ねずみは嘲笑しているのか、キキキキと機械的な音を発したのち、バドに向けて跳ねあがった。


(――来る!)


 バドは反射的にまぶたを閉じる。


 あっけない幕切れだった。

 トレヴァや父親の顔が脳裏にうかんだが、淋しさや面目なさを感じるひまはなかった。


 バドは口をつぐんで衝撃にそなえる。


 しかしつぎの瞬間にバドの顔にふれた感触は、巨大ねずみの爪でも牙でもなかった。


(……水滴?)


 バドはおそるおそるまぶたを開け――目前に、愕眸して口を大きく開けた巨大ねずみの顔があったので思わずのけぞった。


 しかしそれによってあたまをうしろの棚にぶつけて冷静になると、巨大ねずみの眉間から口さきまでが縦に裂けて、はげしく出血し、よくみれば死亡していることがわかった。


 バドの顔に付着した水分はねずみの体液だったのだ。


 そしてまざまざとみると、ねずみは後頭部から顔さきまでを剣によってつらぬかれていた。

 

 貫通した剣のきっさきがバドの鼻頭までせまっている。


 バドの焦点が、ねずみの背後からゆっくりと大剣をつきたてているザウターをとらえた。

 

 ザウターは笑みをうかべていた。きわめて加虐的な顔つきだった。


「相手は敏捷さが売りだったようだが、同時にふたつのことは考えられないらしい。君がおとりになってくれたおかげで、あっさりとしとめることができた。感謝するよ」


 バドはまばたきをくりかえした。

 

 剣をつたってねっとりと流れてきた糸のようなねずみの血が目に入りそうになり、あわてて指でぬぐう。


「ねずみちゃん、きみに夢中なんだもん。ザウターが嫉妬しちゃうくらい」ティファナがくすくす笑う。


 バドはようやく現状を把握する。


 バドが怒りにまかせて追いかけたことで、巨大ねずみの注意は完全にバドに向き、ねずみはバドを罠にかけることには成功したが、おかげで背後からしのび寄るザウターには気づかず、あっさりとザウターの大剣の突きを喰らい、絶命したのだ。


「ふふ、これも計算だったのかな」ザウターがバドを立たせようと手をさしのべる。「私が敵の背をとったことを知っていたんだろう?」


「あ、いや――」バドは指についたねずみの血をコートでぬぐってから、その手をつかむ。「そういうわけでもないんですけど……」


「ふふ、しかし助かったことは確かだ。こんなに棚がひしめきあった倉庫では、私の得物は利点を欠いてしまうのでね。ふふ、勢いあまって、君の顔まで突き刺してしまわなくてよかったよ」


 ザウターが冗談をいったことに気づき、バドもうすら笑いをうかべる。


 鼓動が少しずつ落ち着いてきたが、まぶたを開けたとたんにとびこんできた巨大ねずみの斬り裂かれた死に顔は、しばらく回想しては苦い気持ちになりそうな形相で、そう簡単には忘れられそうもなかった。


 ねずみのむくろを見下ろすと、どす黒い血だまりができていた。

 地獄の入口のようだった。


「さて、とりあえず目的は果たしたな」すると、ザウターは声のトーンをあげ、ふたたびバドに握手するべく手を差しのべた。「君も練達の士とは言いがたいが、予想どおり敏腕であることは確かなようだ。要所で役立ってくれたしな。経験を積めば、優秀な戦士になるだろう。試験は合格だ」


 ザウターの表情がさきほどまでとはうってかわって、柔和な好感のもてるものだったので、バドは驚き半分の照れ笑いに左頬をかきながら握手をかえす。


「おめでとー」ティファナも両手をふりふりしながらバドを祝福した。


 ザウターの握手はちからづよく、バドのそれまでの不安はあっという間に宙空のうすあかりのなかにかき消えた。「あ、ありがとうございます!」


「――さて、技量の試験はパスしたということになる。あとは、もうひとつだ」手をはなしたのち、ザウターは腰に手をすえた。「君は曲がったところのない人物のようだから、うそをついたり、われわれをたばかろうとしているとは思わないがね、一応確認させてほしい。宝石のかけらが確かに本物ならば、君は〈鹿の角団〉の一員だ」


 バドの心に、物事が順調にすすんでいる実感が湧いてきた。

 日の出のような気持ちだった。

「あ、はい、〈湖面の蝶〉ですね! 家にあるんですぐにもってきます!!」


 バドにはもはや宝石のかけらが未来への切符のように感じられて、手もとにないのが歯がゆいくらいだった。

 だんだんと人生の歯車がまわりはじめていた。

 暗闇のなかに一条の光が射し、一本の路が目前に現れたのだ。

 いままで望んできて、ずっと手に入らなかったものが手をのばせばとどくところにある。


 バドは居ても立ってもいられなくなってくる。「出口に案内してもらえますか!?」


「ん? ああ、さっきの係の者に頼むといい」


「はい! ――じゃ、行ってきます!!」


「そうだ、背中の傷はだいじょうぶかな? ねずみにひっかかれたようだが」


「ん? あ、ええ! 平気です、なんともありません!」


 バドは返事もそこそこに倉庫を跳びだした。背中の痛みなど感じるはずもなかった。


「せっかちだなぁ」ティファナが笑う。


「そういう性分なんだろう」ザウターが目を細め、白い歯をこぼした。

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