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15 うすよごれた紋章

 ディレンツァは町の中心にある十字路に立って町全域をうかがってみた。


 町の規模がそれほど大きくないため明確な区分はないといえるが、〈はずれの港町〉は港を中心にした産業区と、(いまディレンツァのいる)一般市民たちが居住したり商店などがたちならぶ市街区、市街区よりはハイクラスな住居が林立する高級邸宅区で成立していた。


 ディレンツァたちが最大の懸念としており、達成しなくてはならない問題は、王都に向かうべく内海をわたるための船の手配だった。

 

 よって赴くべきは(乗船券の管理をおこなっている)湾岸事務所のある産業区の港だったが、まだ早朝だったため、すぐに押しかけることはためらわれた。


 おそらく同様の悩みや要望をもって事務所をおとずれる客は大勢いるだろう。

 目的を達成するためには、なにかしらの工夫が必要だった。

 

 いちばん容易な方法は来歴を明かすことだったが、不特定多数の人物に自分たちが沙漠の国の関係者であることを披瀝することは、同時に警戒を要することでもある。

 そのためには町の特性をつかんでおく必要があるとディレンツァは考えた。


 そこでディレンツァは、手近な喫茶店で休憩をしているさなか、ルイとアルバートに二手に分かれて町の様子をみながら最終的に湾岸事務所で落ち合うという提案をしたのだった。


 ディレンツァは一人、ルイとアルバートは二人で行動することを推奨した。

 ルイは不服そうな顔をしたものの、王子を一人にすることは(危険回避そのほかいろんな意味で)はばかられたので、しぶしぶ納得した。


 ディレンツァが、ルイを一人にすることにも抵抗があると内心思っていたことは、そこでアルバートが「ぼくだってルイといっしょだと気苦労がたえないよ」と憎まれ口をたたいてくれたおかげでつたわらずにすんだ。


 少なくともルイがいっしょなら、仮に〈鹿の角団〉が王子の存在を察知しても、そうやすやすと拉致したり暗殺したりといったことはできないだろう。


 アルバートは恐怖や驚きで行動や判断が遅れることはあるが、ルイならばなんらかの手段で危難を回避するといった対処も可能なはずだ。


 全員いっしょに行動したのでは効率も悪ければ、めだちもするし、なにかと不便も多そうなので、その形態がベストだと考えられた。


 充分な休息をとってから喫茶店をでて、大通りの雰囲気を横目にみてまわったあと、ディレンツァは町の中央までやってきた。


 あやしいところは特になかった。

 ぽつぽつと酔いどれや無骨な輩が見受けられたが、危険とまでは判断できなかった。


 そもそも人影がまばらだった。

 やはり航路が停まっているところが最大の要因だろう。

 朝市から帰っていく住人たちともすれちがったが、これといって変わったところはなく、どこの町でもみられそうな光景だった。


 明るくも暗くもない。

 それが日常といった生活の様式だった。

 ディレンツァは、ときどき風の通り道のような歩路にやってくると潮の匂いが鼻をつくことで、ここが港町であることを実感した。


 しばらく歩きまわったのち、そのままいけば正午ぐらいに到着する目測がたったので、湾岸事務所に向かってみることにした。


 そこでどう交渉するかは、場当たり的に対応するしかないだろう。

 

 町中でうろついて他者との接触もなければ、観察してこれといった特徴もみられないので、それ以外の判断のくだしようがない。


 ディレンツァは港の方角に向かって歩きだした。


 すると、ふと通りの向かいに気をとられた。通り沿いにある中規模の建物の扉が乱暴な音をたてて開かれたからだった。


 扉のうえには古くさい看板があり、いまにも消えてしまいそうな文字で〈夕凪館〉とあった。たたずまいから察するに酒場だろう。


 ディレンツァが目を細めていると、扉から跳びだした少年が通りをわたり、そのままの勢いでこちらへ駆けてきた。


 深刻な顔をしていたので路を開けようとディレンツァはわきにしりぞいたが、少年が通りすがる直前、着ているコートの襟もとに(よごれてだいぶ読みとりづらかったが)見知った家紋があることに気づき、思わず声をかけてしまった。


「君は、ハースト家の関係者だね?」


「え――」少年はディレンツァのまえを数歩通りすぎたのち、急ブレーキをしてたちどまる。

 

 ふりかえった顔には驚きと不審の色が半々で浮かんでいた。


「カークランド伯爵家ゆかりの一族だろう?」ディレンツァは努めて笑顔をつくったが、少年はおびえたような目を一瞬しただけだった。


「そうですけど……」


「ああ、すまない。私は沙漠の国で王族関係の職についていたものでね。財務会議のようなものにも追従していったことがあるので、伯爵都の蔵相やハースト家の経営者とも面識があるんだ。私はディレンツァという――」


 ディレンツァが握手をもとめると、おっかなびっくりな態度で少年も手を差しだし、みずからをトレヴァと名乗った。


「そうか……こんなうすよごれた紋章でも意味はあるんだな」どちらかといえば、指摘されたくないことにふれられたような顔つきだった。


 トレヴァの独り言に複雑な事情を感じとったのでディレンツァは慎重になる。「いきなり声をかけられて驚いたようだね。私もいろいろと問題を抱えていて、味方があまりいない状況だったから、つい衝動的になってしまった。すまない」


「ああ、いや、いいんですよ。確かに、急に声をかけられたから、身内の人かと思って動揺しただけなんで」


「――というと?」


「ああ、なんていうか……ちょっと急いでるし、あなたは善人っぽいし、まァどうでもいいことだから言ってしまうけど、おれはそのハースト家の次男だったんですよ。だから、あなたの知ってる経営者ってのは、たぶんおれの父親です。おれはいろいろあって、家から出奔した人間なので、一族からよく思われてはいないんです。親父はおれの記憶を消してしまいたいぐらい怒ってると思うし」


 トレヴァの説明には疑問点が多かったが、ディレンツァはすぐに質問することは避けることにした。「そうか、それは奇遇だし、今度はこっちが驚く番だね。君が素直に話してくれたので、私も説明するが、私は沙漠の国では王宮に仕官していたんだ。宰相としてね」


 トレヴァの目に映る男は確かに切れ者にみえたし、ただならぬ雰囲気だったが、そこまで権力者だったようにはうかがえなかった。


 しかしトレヴァの胸にはべつの疑問が湧いた。「――沙漠の国って、こないだたいへんなことになったって聞いたような」


「ああ、もう噂が耳に入っているようだね。君が聞いている情報が正確なものかどうかはわからないが」ディレンツァが渋面になる。


「盗賊たちのあいだで流れてる情報ですよ。そんなに詳しくは知らないですけど、〈鹿の角団〉が関係してるって話だからひろまるのは早かったんじゃないかな」


「ほう、盗賊たちの情報を知ってるということは……」


「ああ、これもかくすことじゃないし、誇れることでもないからいうけど、おれはいま、町のギャング団に所属してるんです。だから上から下へじゃないけど、そういう噂も流れてくるんですよ」

 トレヴァは無感情に言説した。


 どこか卑屈だったが、ディレンツァは気にしないそぶりをする。「そうか、なんだかおたがい、いろいろと問題がありそうだね」


「――ギャング団なんかに入っても、ろくなことはないです。そのせいでいまも友人がトラブルに巻きこまれてる可能性があって」


「ああ、それで急いでいたのか。友人がどうかしたのかい?」


「ええ、行方不明になってて、どこにいるかもわからないんですよ。とりあえず家にいったんもどってみようと思って」


「そうか――家はどちらかな?」


「市街区のはずれのほうです……きたないところですけど」


「ああ、私もいま、そっちに向かおうかと考えていたところなんだ……よし、これもなにかの縁だ。微力ながら、その捜索に協力させてもらおう」


「え、でも……それはいけないですよ。なんせ〈鹿の角団〉が関与してるかもしれないから――」


「ああ、そういう意味なら私もおなじだ」ディレンツァが破顔したので、トレヴァは黙りこむ。「私が王族関係者というだけで想像もつくだろうがね……」


 ディレンツァは湾岸のほうに顔を向ける。「私も少なからず〈鹿の角団〉には宿縁があるんだ」

 その横顔には若干のつかれとはかり知れない情感がきざまれていた。


 海と空の色をたたえた瞳を、トレヴァは見入ってしまった。


 ディレンツァはふとトレヴァをふりむく。

「われわれの旅路については、必要なら道すがら説明しよう。私も君のことも知りたいと思う。とにかく歩きながら話そうじゃないか」

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