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11 入団の条件

 トレヴァが潮風のなかで、かつての恋人について回想しながら街道を〈夕凪館〉に向けて歩いている頃、バドは地下にひろがる〈鹿の角団〉のアジトで、ザウターと面会していた。


 ザウターは椅子に坐っており、バドは立っているのに、まるで見下ろされているかのような威圧感だった。


 ザウターのとなりでにこにこしているティファナは、恰好こそ魔女みたいだったが、まるで子どものように無邪気な様子だったので気にはならなかったが、ザウターの射るような視線と目をあわせた瞬間に、なにかとりかえしのつかない失態を犯してしまったような戦慄をおぼえた。


 緊張が背筋を一瞬にして凍りつかせる。

 しかし、直後にザウターは、すべてがバドの気のせいだと安堵できるようなやわらかな笑みをうかべたので、バドはほっと胸をなでおろす。


 バドが(彼を案内してきた)団員にうしろから小突かれても会話をはじめないので、ザウターが口火を切った。


「君の名まえはバドといったね。本来ならばわれわれも名乗るべきかもしれないが、同業者ということだし省いてもかまわないかな。われわれの評判などは、すでに聞きおよんでいるから接触してきたのだろうし」


「仲間仲間」バドが返事をするより早く、ティファナがなぜかうんうんとうなずく。


「あ、で、でも、同業っていっても、お、おれたちの場合はそんな派手なものじゃなくて、なんていうか……」バドはどもってしまった。


 いつものペースでうまく話せず、もどかしい。知らないうちに〈鹿の角団〉に主導権をにぎられている気がした。


「組織の規模は関係ないさ。われわれのことをおおまかにでも知ってくれているなら、話が早いということだよ」ザウターは頬をゆるめる。「それにこの町に少数精鋭の愚連隊がいるという話は、私も聞いていたよ」


「精鋭って……いや」お世辞だということはわかっていたが、バドは思わずあたまをかく。「おれたちがやってきたことなんて、くだらない仕事か、あとは失敗ばかりですから」


「それは謙遜かな。どんなことでもつづいているなら、それは実力だと私は思うよ」


「やるね」ティファナがウィンクしながら親指をたてる。


 バドが唖然としたさまをみて、ティファナは口もとをおさえてくすくす笑った。


 ふしぎとばかにされているとは感じなかった。

 バドにはむしろ、二人に対する親しみが湧いていた。


「――ところで、本題に入りたいのだが、君がそこの者を通じて私に報せてきたことは真実だろうか? 疑うわけではないのだが、一応言質をとっておきたいわけだ」


「……あ、はい。それはまちがいないです。おれは昨日の早朝に、難破した船の荷が流れついた浜辺で、〈伝説の宝石〉のかけらを拾いました」


「わぁ」ティファナが両手をあわせて感嘆する。「すごいね!」


「ふむ。それが宝石のかけら〈湖面の蝶〉であることに、君はすぐ気づけたのかな? 失礼な問いかもしれないが、あの宝石の一群は、たとえ盗賊間でもそれほど注目されてきた存在ではないと思うのでね」


「あ、はい……おれも最初はわからなかったです。ただ沈没船に水の国の紋章があったことと、わりと厳重な箱に入っていたことと……あと昔、絵本の挿絵とかでなんとなくみたことがあったような気がしたことで――」


「ほう、総合して、そうにちがいないと推測したわけか」ザウターは腕をくむ。


「すごいすごい!」ティファナがひとさし指をバドにつきだした。「名探偵だね?」


「いや……そういうわけじゃ」バドの鼻の下が発汗する。


 紋章に気づいたのも宝石のかけらの情報源のことも、すべてトレヴァが語ってくれたものだったが、バドにはもう訂正することができなかった。


 バドはまるで自分が糸がからまったあやつり人形になっているような心地になっていた。

 しかもその人形をあやつっているのも、不器用な自分自身だった。


「なるほど、君の優秀さを思えば……」ザウターは腕をくみなおした。「君が私たちと交渉したいと考えるのはきわめて自然なことだと納得できる。交換条件を聞いて、最初は驚いたのだがね」


「ええ……正直、無視されると思ってました」バドはザウターと目をあわせる。


「そうだな、いままでそういった条件を提示してきた者はいない。かけひきといえば、相場は金。あるいは政治的要求」ザウターはにやりとする。「まさか〈鹿の角団〉に入りたいと言われるとは思わなかったよ」


 ティファナがうふふとうれしそうな顔をして、背後の団員がくすっと笑みをもらしたので、バドもつられてほほえんだ。


 とにかく相手の機嫌を損ねていないことだけでも、いつもの(初対面ではなかなか良い印象をもたれない)自分としてはうまくやれているほうだとほくそ笑む。


「われわれの組織はわりと潔癖なところがある。ご存知のとおり、希望しただけでは、たとえ実力をともなっていても入団できるとはかぎらないわけだ」ザウターはくんでいた腕をほどいて、両手を組みあわせて前傾姿勢になった。


 椅子の脚がかすかにきしむ。(おそらく)まだ青年なのに堂に入ったポーズだった。


「ええ、知っています。〈鹿の角団〉はヘッドハンティングが基本なんですよね」バドはうなずく。

 それは昨夜、〈夕凪館〉でうしろの案内係から聞いたことだった。


「こっちからアプローチするんだよ。積極的な告白!」ティファナが目をキラキラさせる。「ときどき、ずっと嫌いだった人を好きになっちゃうこともあるんだから」


 笑えばいいのかさえわからなかったが、ザウターが相手にしなかったこともあり、バドも反応はしなかった。

 感想はいろいろあったが、それを口にだすと(バドの口なら余計に)悪口のようになってしまいそうだった。


「まァ、そういうわけだから、ふだんならばわれわれもその要求を受けいれることはできない」ザウターはいったん口をつぐんだが、バドが落胆するより早くつづける。「しかし今回は事情が事情だし、君をみて、そして話してみて考えが変わった。こちらからも条件をいくつかだしていいだろうか。それをクリアできるようなら君の入団を手引きしよう」


 バドは閉じかけた目を大きくする。大きな組織には、なかなか例外はないものだと思っていた。


「え、それじゃ――」バドは喜びから、いろいろな想いがのどにつまって言葉がでてこなかった。


「なに、条件自体はたいしたことではない。まずひとつ、これは当然のことだが、君の宝石のかけらが本物であること。いままで聞いた話から君がうそをついているとは判断しがたいが、私もまた主に雇われている身なのでね。あざむかれるといったリスクは回避したいわけだ」ザウターはやわらかい口調で説明した。「つまり宝石を視認させてもらいたいわけだな」


「あ、はい、それなら……」バドはうなずく。「家の自分の部屋にかくしてあるので、いつでももってこられます」


 ザウターも深く首肯した。「そうか。では本物をみせてもらうのはあとまわしにして、もうひとつ……」


 ザウターの眉が少しけわしくなった。

 バドののどが無意識に鳴る。


「どうもこの地下施設の壁のどこかに欠陥があるらしく、最近隣接する下水道から厄介な侵入者が多くてわれわれのあたまを悩ませているのだが――」


「侵入者?」


 バドが問うと、ティファナが「おっきいのや、ちいさいのや、こわいのだよ」と手ぶりをふくめながら答える。


 バドが頚をかしげると、ザウターが「下水道で異常発達した動物やら、排水管からもぐりこんできたモンスターやらのことだ」と平然と解説した。


「へぇ……」バドが納得すると、ザウターがうなずく。「要するに壁の補修工事をしなくてはいけないのだが、頻繁に外敵が現れるため、それがどこかも特定できず苦労しているわけだ。そして今日もいまから外敵の退治にいかねばならなくなった。それに君も同行してもらいたい。君の実力もみせてもらいたいわけだ。〈鹿の角団〉に入るためにいちばん必要なものは、まず力量だからな」


「……あれですね、試験みたいなものですか」バドが了承すると、ザウターは「そういうことだな」とにやりとした。


 バドも自然にほほえむ。ティファナもにこにこしており、バドはなんとなく状況にとけこめてきたように思えてうれしくなる。


 すると背後から「頭目、よろしいですか――」と、案内係が声をかけてきた。


 バドがつられてふりかえると、男のとなりにさらに三人の男がならんでいた。

 

 人口密度が急に高くなったせいか、さっきまでにじんだあかりのなかで、ぼんやりと夢みたいに感じられていた室内の雰囲気が一変した。

 冷や水をあびせられたような気さえした。


 そしてよくみると、案内係のとなりにいる三人は、まんなかの一人を両側の二人が取り押さえるようにしていた。

 

 バドは拘束されている男の顔をみて、はっとして、思わず男たちやザウターの顔を見比べてしまった。


 両肩をおさえられた男の顔はあざだらけになっており、切れた口もとからは出血していた。

 ここにくるまでに暴行をうけてきたことは確かめるまでもない。

 なにか抵抗しがたい、よくない流れにつつまれたような気がして、バドはどきどきしてきた。


「バドくん――」ふと、ザウターが椅子からたちあがった。


 急に目線の高さがおなじぐらいになったこともあり、バドはその重圧に返事ができない。


「出発まえに用事ができてしまった。少し待っていてくれるかな」


 ザウターの問いかけには、バドが返答する隙間がなかった。

 バドに譲歩した内容なのに、まるで死刑宣告なみに強い采配のようだった。


 ザウターはそのままゆっくりと歩き、中央の男のまえに立った。

 

 ブーツを履いてるはずなのに音があまり響かず、まるで絹のうえを移動したかのようだった。

 中央の男は殴られて紫色に腫れた目でザウターの接近をみると、小刻みにふるえはじめた。


「待ってくれ……」男は弁明するようにつぶやく。

 舌までふるえているように聞こえた。

 あとずさることができないのは、両側から拘束されているからだった。


 バドが恐怖におののいている男を食い入るようにみつめていると、ティファナが「裏切り者ちゃんだよ」と耳打ちしてきた。

 異常な空気にもかかわらず、ティファナの匂いがふわりと香ってきて、バドは動揺した。とても女性らしい匂いだった。


「裏切りって、なにをしたんですか?」バドは照れかくしの意味もふくめて訊ねる。


 ティファナは「この秘密基地ちゃんの面倒をしっかりみられなかったんだよ」と笑顔になった。


 ティファナが間近でほほえんだので、思わずバドも倣ってしまったが、回答が理解しにくかったうえ、そこで白い歯をみせる理由もわからなかった。

 ただ笑い話ではないことだけは確かだった。


 ザウターの顔つきはうかがえなかったが、沈黙を守りながら男を見据えている雰囲気はとても重厚な、嵐の湿気をふくむ暗雲のようなものだった。

 

 それが殺意だということにバドが気づいたのは、すべてが終わってからだった。


「待ってくれ、頭目――」男はザウターのもたらす重圧に耐えかねてしゃべりだす。「オレは遊んでいたわけじゃないんだ。自体を把握していなかったわけでもないし」


「じゃあ、なんで逃げたんだよ」男の右肩をおさえこんでいる男が顰笑する。


「いや、逃げたわけじゃ……」男は頚を何度も横にふる。「下水から怪物がきたりしてることはオレだって聞いてたけど、まずはどう解決したらいいか考えていたんだ……」


 バドもそこまで聞いて完全に事情を察した。

 拘束されている男はこの施設の管理責任者で、補修されていない壁からモンスターなり野生動物なりが侵入してくることを警防できなかった責を問われているのだろう。

 頭目たるザウターの来訪を知り、おそらく責任の重みに耐えかねて逃走を図ったが、あえなく拘引されたにちがいない。


「修繕作業だって、この街の業者にやらせるわけにはいかないだろ。だから逃げたんじゃなくって、よそにあたりをつけにいったんだ……」男は懇願するように言葉を吐きだした。


 バドが聞いても苦しい釈明だったが、それを聞いたザウターが微笑した。

 それをみて男の目はにわかに光る。

 うす灯りが涙ににじんだようなものだったが、それが一縷の望みを見いだしたかがやきだということがバドにもみてとれた。


「頭目、オレだってここを放置していていいと思ってたわけじゃないんだ。それに施設が老朽化しているのはいまにはじまったことじゃない。オレのまえの代から、ずっとそんな調子だったんだよ。オレはまだ管理をひきついでから時間が経ってないし、それに――」


 しかし男が発奮して饒舌になり、バドの緊張も軟化してきたまさにその瞬間だった。


 ザウターが突然一歩まえに右脚を踏みだし、ブーツがカツンという高い音を響かせた。

 

 あまりにも俊敏な動きだったのでバドはまばたきをして、その瞬間を見逃してしまった。


 それでも、斜めにふりおろされた大剣によって、必死に弁明していた男が目を大きく見開いたままのかっこうで、縦にまっぷたつに斬り裂かれたことはその後の惨状でわかった。


 バドは開いた口がふさがらなかった。

 

 そして状況が理解できるにつれ、さながら魚のように口をぱくぱくさせたが、となりのティファナも、男を両側からつかまえていた団員も、バドを案内してきた男も無言のまま、遺体を見下ろしていた。


 大剣の切れ味も尋常ではなく鋭かったが、なによりザウターの技術に驚愕した。

 みてはいけないものをみてしまったような背徳感がつのる。


「――バドくん」大剣の血をはらい、鞘におさめたザウターが、ころがった死体をみつめながらつぶやいた。「〈鹿の角団〉に必要なものは実力、そして信頼だ」


 なにかを応えようとこころみたバドののどがごくりと鳴った。


「この男は、信頼を裏切った。与えられた責務を放棄したことに、われわれは弁解などもとめないわけだ。ひとつのミスが組織には打撃になる。時にちいさな白蟻が大木を朽ちさせるようにね。完全であろうとすることはそういうことなのだ。君にはこの采配は厳しく映るだろうか。だが、われわれも団員に不可能な要求を強いるわけではない。この男にそなわっている能力や実績を吟味したうえで責任あるポストに置いたわけだ。だから、そう、この男は組織の信頼も裏切ったが、なにより自分で自分を裏切ってもいるんだな」


 バドはザウターをななめうしろからみつめていた。ザウターはバドに背中を向けているのに、まるで凝視されているかのような強い視線を感じていた。


 バドは衝撃をうけていた。ザウターの言葉があたまのなかでぐるぐるまわっている。残酷な仕打ちだったが、それは組織としては致しかたないといえることなのか――だんだんとわからなくなった。死人に口なしのとおり、バドがいくら確かめたくとも、即死してしまった団員には訊ねることはできない。ただそこが自分がいままで生きてきた世界とはまるでちがう様相を呈していることは想像できた。


「さァ――」ザウターが歩きだして、部屋の出口のまえでたちどまり、バドをふりかえった。「行こうか」


 バドは、はっとして身体をふるわせたが、言葉がでなかった。

 

 ふと見やると、となりでティファナがにこにこしながらバドをうながした。

「おでかけしようよ」

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