狡猾のレンゲル
「まさか生きていようとは……」
十魔将のレンゲルが内心で舌打ちし、勇者とポーマルダの戦いをその更に上空から見下ろし、ぎりりと歯軋りする。
「マガツめ……何が死は免れんでござろう、だ。格好だけ付けて詰めが甘い奴ですね」
マガツに悪態をつきつつ、暫く2人の戦いを観察し、レンゲルはにやりと不敵な笑みを浮かべる。
「しかし、確かに深手を負わせたのは事実と言えますか……魔術を使ってはいるものの先日と違い動きに洗練さが欠けている? それに、ハイフライを使うのにあんな重装備では満足に飛べもすまい。これならば……」
そうして見ている間に決着は程なく着く、ポーマルダが体を聖剣に貫かれ、そして、ファイアランス(?)で焼かれて死んだ。
「やれやれ役立たずですね、もう少し粘れなかったものですか……それにしても、問題はやはりあの聖剣ですね、気を付けねば…………さて、そろそろ始めますか」
魔術も危険といえなくもないが、むらがあるように見えるし、何より私が魔術で遅れを取るわけにはいかない。
それに、準備ならば万端だ、相手が勇者なら尚更に効果的な。
体に魔力を循環させ、勇者へと狙いを付ける。
「闇に蝕まれれるが良い…………ダークネビュラ!」
「!!?」
ダークネビュラとは鎧や防具などは無意味の精神体へ攻撃する魔術だ、一部の特殊な鎧なら軽減はできるが、あの鎧はそこまでの性能はなさそうである。
その証拠に勇者は鎧の上から体の具合を確認している、恐らく何が起こったのかも理解出来てはいないだろう。
「……」
いや、前言撤回だ、理由はわからないが、どんな魔術なのか存外に早く気付いたらしい、そんな気がした。
そして、勇者はすぐにこちらの方を向き、的確に私の姿を捉えた。
私は警戒を怠らず、すぐに魔術を使えるように体内に魔力を巡らせ準備をしながら、口を開く。
「やれやれ、使えない部下を持つのは辛いものですね…………それにしても、まさか生きていようとは思いませんでしたよ、勇者カイ」
「レン……ゲル…………狡猾の、レンゲル!」
「ええ、我は魔王様の忠実なる部下、十魔将が1人狡猾のレンゲルです」
「くく……」
「? 何を笑っているのですか?」
不意に勇者が小さく笑い、私は仮面の下で訝しげに観察する。
「(随分と雰囲気が変わったような気がしますね……この短い期間に何があったのか……)」
「……」
「む?」
「こんなに早く、復讐の機会が来るなんて、嬉しい限りだからな!」
「(復讐? そういえば、あの白髪の男の姿が見えませんが……しかし、勇者が復讐などと口にするとは……おっと!)」
勇者が稚拙なハイフライでこちらに向かってくる、遅くはないがわかりやすい軌道なので余裕を持って躱すと勇者の背後を取る。
真に気を付けねばならないのは聖剣のみ、近付かねば問題はない。
「甘いですね、ダークバレット」
「ッ!!」
「ダークフレイム!」
「ぐあぁッ!」
隙だらけの背中に魔術を撃ち込み、体勢が崩れたところに更に追撃を掛ける。
「(あれを耐えるか……流石は勇者といったところですか、随分と頑丈ですね)」
肉体と精神への攻撃に耐え、バランスを取り空中に留まる勇者を見て、眉根を寄せる。
「(……しかし、こちらが追い詰めているというのに、とても不愉快な感覚……こちらに分がある相手なのに、何故です?)」
「何で……」
「ん? 何ですか?」
「そこまで戦えるのにまともに戦わなかったんだ?」
「…………」
唐突な問い掛け、最初何のことを言っているのかわからなかったが、少し考え何のことか思い至る。
恐らくは人質を取ったことを言っているのだろう。
「ふふふ、ふはははッ!! 何を言い出すかと思えば、まともに戦うですか?!」
「……」
「愚かな、我等は魔族で、これは戦争です。まともに戦う必要などどこにある? それに、どんな卑怯な手であろうと使う。それが私の……狡猾のレンゲルの戦い方なのですから!」
「そうか……」
私は魔王様に頂いた「狡猾」という言葉に誇りを持っている、それはどんな卑怯な手を使ってでも自分の望みを叶えるという、過程ではなく結果を求める者にとっては恥でも何でもないやり方だ。
故に見下し笑う、勇者は結果よりも過程を求めた、正々堂々と勝負した結果死ねば満足か、その程度の覚悟で戦ってきたのか、と。
「(どうやらこの不愉快な感覚は私の思い過ごしだったようですね。このような甘い者に私が負けるはずもありません)」
「そうだ。些細な問題だった……そんな簡単なことだった」
ふと勇者がそう呟き、私は首を傾げる。
「……何のことです?」
「別に大した事じゃないさ、僕とお前、どちらかを殺すまでやりあう。ただそれだけだってことを再認識しただけさ」
「……ふふ」
「……何だ?」
「全然わかっていませんね、殺すまでやりあう? 違いますね、私が一方的に貴方を殺すのですよ」
私は両手を広げ、勇者と戦いながらも溜めていた魔力を解放すると、空中に100もの魔法陣を発現させる。
ダークジャベリンズ──この魔術は魔法陣の魔力が尽きるまで闇の槍を射出する発射台を作る、多人数相手に有効な魔術、本来なら勇者1人相手には向かない魔術だが、この状況なら好都合だった。
「ッ!!」
「ふっ、身構えなくても結構ですよ」
「?」
「元より狙いは貴方ではありませんからね」
そう、元より狙いは下で戦う人間達、魔物の大軍を引き連れることで街からおびき出した人間達を人質代わりにする。
「ダークジャベリンズ!」
「ちっ……!」
勇者が舌打ちし、発射された闇の槍に向かって飛び、人間達を守るために空中を奔走する。
その隙だらけの姿に向かって魔術を放ち、勇者の体力を削っていく。
「(ここまで私の優勢で進んでいる……だと言うのに、何ですこの焦燥感というか、不安感は……勇者を追い詰めれば追い詰めるほど大きくなる? ……いや、気のせいですね)」
そうしている内に勇者が私の妨害を喰らいながらも全ての槍を破壊し切る、まさか1つも打ち漏らしがないとは思わなかった。
「ふふふっ、素晴らしい! まさか全てを防ぎ切るとは思いませんでしたよ。そんなにぼろぼろになって、正に勇者の鑑! これ程までに大勢の人質がいる中で、貴方は勇者として全てを守り切り勝てますか?」
「……」
1人の人間の子供を庇い致命傷を受けた勇者ならこの脅しは効くだろうと放った言葉だった。
──だが、その言葉の選択は間違いだったのかもしれない、勇者から悍ましいまでの怒りと憎しみを孕んだ殺意が私に真っ直ぐと向けられる。
勇者がぼそりと何かを呟いた気がし、聞き返したが勇者は私の言葉は耳に入っていないようで、私の方をただただ睨んでいる。
「覚悟しろ……レンゲル……!」
「!?」
勇者が私に左手を向けると、人間には有り得ない魔力が解放される。
「空圧」
聞き慣れない魔術名に警戒していると、いきなり大型の魔物にでも体当たりされたような衝撃が私の体を襲い、上空に弾け飛んだ。
「ぐぅっ?! 一体何事です!? ……勇者は、どこです?!」
かなり上空まで打ち上げられたものの何とか留まり、すぐに勇者の姿を確認するが見当たらない。
「いや、あの飛行スピードでは追い付けるはずもないですね。自らの魔術で足元をすくわれるとは愚かな……」
「誰が愚かだって?」
「!!??」
すぐ後ろで声が聞こえ慌てて振り返ると、勇者が聖剣を振り下ろしているところで、急激に私の右腕の辺りが熱を帯び遅れて痛みが走る。
「ぐぅああぁぁぁーーッ!!??」
情けない悲鳴を上げ、私は右腕を確認すると肘上から下が無くなっていた。
斬られた、とすぐに理解する、しかし、疑問だ。
「馬鹿な……何故、私の後ろに……貴方のハイフライで追いつけるはずなど……」
「別に……お前と同じように移動しただけさ」
「なっ?! 自分にあの魔術を?! 馬鹿な……あんな負荷を自分で受けるなんて正気では……!」
「終わりだ」
「待て!!!」
勇者が聖剣を構えると、私が左手を広げて制止する。
「何だ?」
「良いのですか? 私を殺せば、近くの村々に配置した魔物達が暴れ出しますよ?」
「…………」
私は弱い者を弄ぶのが好きで村に魔物達を配置し、一気に生かさず殺さずじわじわと弱らせていくのが趣味だ。
その魔物達を残しておいて良かった、私が死ねば魔物達の拘束性は解け、たちどころに村々を襲うことだろう、それはこの甘い勇者ならば十分な脅しになる。
「やれよ」
「………………は?」
そのはずだった。
「だから、その配置した魔物達を暴れさせるなり何なりしたらいいさ」
「なんっ……」
最初、勇者が何を言っているのか理解できなかった、意味を理解し頭を混乱させる、この甘い勇者から到底出ない言葉、奈落に落ち一体何が勇者を変えたと言うのか。
「不利を悟れば、また人質、同じ手ばかりだな……お前は、その繰り返しだ……」
「……」
「どのみちお前達、魔族や魔王を倒さないと人類は終わるんだ……だから、お前が誰かを人質にすると言うなら、せめてその死を無駄にしないよう俺がお前達魔王軍全員…………殺す」
「ッ!!??」
不味い、この勇者はあの時の勇者とは明らかに違う。
実力は確かに劣っているように見えるが、決定的に違うものがあり、その違和感はえも知れぬ焦燥感を私に与えた。
ただの思い過ごしかもしれないが、この目の前の勇者の刃は魔王様に届く気がした。
「空圧」
「!?!? うっ、あがっ?!!」
目の前の勇者から少し意識がそれた瞬間だった、勇者が私に向かって使った魔術を自分の背後で発動爆発させ、私との距離を一気に詰め、真っ直ぐに構えた聖剣で私の胸を貫いた。
「なっ……こんっ、なところで……私が……!!」
「……終わりだ」
「こう、なったら、貴様ッ、だけでも! ……デモンズペインッ!!」
「!!」
最後の力を振り絞り、勇者に私の使える最大の魔術を使う。
紫色の魔力が2メートルはある禍々しい紫色の手の形を作ると勇者の背後から爪で切り裂く。
「がッ!?!?!」
「勇者……せめて、貴様も道連れに……!!」
ダークネビュラ同様に鎧を貫通し精神体にダメージを与える魔術、魔力だけでなく自身の魂まで必要とするため今まで使えなかったが、この状況ではそうも言っていられない、死と引き換えにでも勇者を殺す。
悪魔の手が再び切り裂こうと手を振り上げる。
「がはっ!?」
しかし、その手が振り下ろされることはなく、私の体を貫通する聖剣が捻られ、息が出来ず血を吐き出す。
更に聖剣の触れている肉体部分から徐々に力が失われていく。
「くっ、私は、ま、だ……ッ!!」
「いや……レンゲル、お前はもう何も出来ないし、何もさせない! ……真炎!」
「ぐぎゃあああぁぁぁーーーッ!!!!」
勇者の聖剣の刃の先から炎を噴き出し、私の体の内側と外側から焼き尽くす、振るおうとした悪魔の手は途中で霧散し──
私──十魔将レンゲルの命はそこで尽きた。