宿敵との再戦
「アイスバレット!!」
「ッ!!」
周囲の空気が冷気を含み、拳大の氷の粒が何十と出来ると一気に俺に向かって射出され、俺は拙い翼操作と聖剣を振るい何とか躱し防ごうとするも幾つかの氷の粒を鎧越しにくらってしまう。
「ほっほっ! さすがの勇者と言えど、空中戦で重い鎧に剣を振り回しての戦いは不慣れと見えますね!」
ポーマルダが翼を操り空を舞う、空中戦は魔術を自由に使う敵に少し分がありそうだ。
こちらも魔術を使えば良いのだが、まだ魔力が足りない、2000の魔物を倒したなら供給は足りそうに思えるが、敵の魔力を供給するには敵が死ぬ時に近くにいなければならないらしい。
「(まぁ、レンゲルと戦う前に飛翼に慣れるのに良い練習相手だ)」
あの時──イリスが殺された時、レンゲルは宙に浮いていた。
奴もハイフライが使えるのか他の力で飛んでいるのかはわからないが、俺も少しは飛べるようになっておいた方が良い。
翼を操作しながらバランスを取り聖剣を構える。
「はぁッ!!」
バランスが取れたところで、直線距離を空を駆けるように一気に飛び剣を振る。
「ほっほっ、遅い遅い! アイスボム!」
「ぐぅッ!!」
ポーマルダは俺の攻撃をひらりと躱すと、無防備な背中へと魔術を放つ、背中の近くで爆発する氷礫をまともに喰らい地上に落下しそうになるが、地上にいた魔物を踏み台にし、ついでに斬り付けて上空へと戻る。
ちらりと確認するが、地上の戦況は均衡しつつも概ね人間側の有利にみえた。
「ほっほっほっ、勇者と言えど空中では無力ですね」
「火弾!」
「火弾? ファイアバレットのことですか、そんな初期の魔術で何が……って、何ですか、その量は!?」
俺が地上に落ちた時に回収した魔力で魔術を放つと20もの炎の玉を作り出し射出していた。
ちなみにファイアバレットは精々5個前後の火の弾を作る魔術だったはずだ。
「くっ……ちっ! アイスバレット!!」
ひらひらと何発かの火弾を躱していたが、流石に全てを躱し切れなかったのか、ステッキをかざし残ったファイアボールにアイスバレットを撃ち込むと魔術を相殺する。
だが、炎と氷がぶつかることで蒸気が巻き上がり視界が隠れる、そのチャンスを俺は見逃さない、飛翼の速度を上げ一気に距離を詰める。
「なっ?!」
「最初に言ったはずだ、地獄に落ちるのはお前の方さ」
蒸気の中からいきなり現れた俺の姿に驚き慌て、ポーマルダの動きが一瞬止まり、その隙を俺は的確に突いた。
「ぎゃぴッ!!?」
俺の体ごと速度を上げた聖剣が深く深く、ポーマルダの腹を貫く。
「ぐっは……こんな……わたくしがこんな……」
「悪いけど、最初からお前は眼中にない」
「くっ、くっそ……」
「口調が乱れているぞ……はぁっ!!」
「がっ?!!」
ポーマルダの腹を貫いた聖剣を抜くために体に足をかけ、一気に引き抜くと血が噴き出し、ポーマルダが地に向かって落ちていく。
落ちながらも苦しげに憎々しげにこちらを睨み付けるポーマルダ、その魔族に俺は容赦なく左手をかざす。
「炎槍!」
「!!!!」
相変わらず魔力調整がおかしい2メートル程の炎の槍が形作られ、地上に落ちていくポーマルダにとどめを刺すため放つ。
槍が刺さると勢いよく地面に落下し、更に体を包むように炎が広がり燃やし尽くす。
ついでに地上にいた魔物も巻き込んだのはラッキーだった。
「(そうだ、ただの魔族に眼中はない……俺の最終目的は十魔将と魔王なんだ……ここで足止めを喰らってる場合じゃない)」
「勇者殿が魔族を討ち取ったぞッ!! このまま押し切れぇいッ!!」
「「「おおおぉぉぉーーーッ!!!」」」
「……」
ハルデルトの猛り声が戦場に響く、ポーマルダを倒したことで更に人間側が勢いづいたように見える。
このまま問題なく進めば戦闘は人間の勝利で終わりそうだ、他に魔族がいないとも限らないので戦闘に参加せずに周囲を警戒していると……
「……ダークネビュラ!」
「!!?」
突然俺の周囲を暗闇の霧が取り囲み、霧の中で暗闇が刃になり俺を鎧など無意味かのように刃が貫通し切り裂く。
すぐさま鎧を確認するが鎧に傷ができてるわけではなかった。
『ふむ、今のは肉体というよりは精神体に攻撃する魔術か。あまり喰らいすぎるなよ』
「せいしんたい……?」
『汝の魂と言ったところか』
「魂、そうか、気を付ける……いや、そんなことより、この声は……!」
「やれやれ、使えない部下を持つのは辛いものですね…………それにしても、まさか生きていようとは思いませんでしたよ、勇者カイ」
「レン……ゲル…………狡猾の、レンゲル!」
「ええ、我は魔王様の忠実なる部下、十魔将が1人狡猾のレンゲルです」
そこには忘れようもない姿、タキシード姿の仮面の魔族、十魔将・狡猾のレンゲルが空に浮き、俺を見下ろしていた。
「くく……」
「? 何を笑っているのですか?」
レンゲルに指摘され、俺は今笑っていたのに気付く、兜越しに口元に手を当てる。
「(そうか、俺は笑ってたか……そりゃあ、そうだよね……)」
「む?」
「こんなに早く、復讐の機会が来るなんて、嬉しい限りだからな!」
一気に距離を詰めるために翼を羽ばたかせる。
「甘いですね、ダークバレット」
「ッ!!」
しかし、俺より巧みに速く翼を操り、俺の攻撃を避けて距離を取る背後から魔術を放たれ、まともに喰らってしまう。
「ダークフレイム!」
「ぐあぁッ!」
更に追撃として闇の炎の魔術で全身を焼かれる。
さっきの魔術同様、普通の炎と違い、熱さだけでなく激しい痛みも伴い体を襲う。
「これって……」
『ああ、肉体と精神体へ同時に攻撃しておるようだな』
「そうか……」
何故かふつふつと怒りが沸いてきた。
レンゲルはイリスより弱い、でも、元々の俺なんかよりは断然強い、アムルガや聖剣の力が無ければ手も足も出ないくらいには。
「何で……」
「ん? 何ですか?」
「そこまで戦えるのにまともに戦わなかったんだ?」
「…………」
レンゲルがマガツと共闘していればイリスは追い詰められ、もしかしたら、負けていたかもしれない。
俺の問いに、レンゲルが一瞬きょとんとした顔を作り、すぐに嘲笑を帯びた表情で俺の事を見下ろしながら答える。
「ふふふ、ふはははッ!! 何を言い出すかと思えば、まともに戦うですか?!」
「……」
「愚かな、我等は魔族で、これは戦争です。まともに戦う必要などどこにある? それに、どんな卑怯な手であろうと使う。それが私の……狡猾のレンゲルの戦い方なのですよ!」
「そうか……」
勝つためにどんな手でも使う、それは世界の真理かもしれない、人間にだってそんなところはある……いや、種族の中で最弱と言われる人間にこそ、その狡猾さが似合うかもしれない。
「(……だから、どうした?)」
狡猾さ? 卑怯な手? 別にそんなことはどうでも良かった。
レンゲルがイリスを殺した。
そのたった一つの事実が俺にとって重要でそれ以外はどうでも良かった。
「そうだ。些細な問題だった……そんな簡単なことだった」
「……何のことです?」
「別に大した事じゃないさ、僕とお前、どちらかを殺すまでやりあう。ただそれだけだってことを再認識しただけさ」
「……ふふ」
「……何だ?」
「全然わかっていませんね、殺すまでやりあう? 違いますね、私が一方的に貴方を殺すのですよ」
レンゲルが大きく両腕を広げると、空中に幾つもの魔法陣が現れる、その数は100近い。
「ッ!!」
「ふっ、身構えなくても結構です」
「?」
「元より狙いは貴方ではありませんからね!」
その狙いが俺ではなく、下で戦う騎士や傭兵達であることに気付いた時、レンゲルが仮面越しに嘲笑った感じがし、ゆっくりと指を地面に向ける。
「ダークジャベリンズ!」
「ちっ……!」
魔法陣から、黒い槍の先端を覗かせ、そこから1本づつ槍が地面に──人間達に向かって降り注ぐ。
空を飛び、1本目の槍を斬り飛ばすが、すぐに次の槍が落ちてくるので空を駆けて斬り、距離がある場合は魔術で弾く。
いやらしいのは俺が飛んでぎりぎり間に合うタイミングと距離で槍を落とすところだ。
「ダークバレット!」
「ぐあっ!? くそっ、火弾!」
闇の槍に気を取られていると俺に向けて飛んできた魔術をまともに喰らってしまうが、体勢を崩しながらも何とか闇の槍を炎の魔術で相殺する。
「くっ……!」
「睨んでいる暇があるのですか? 目を離せば死にますよ」
「……」
レンゲルを睨んでいる視線を外し、俺は再び降り注ぐ槍の処理に空を駆ける。
それから何度もレンゲルの妨害を受けつつも降り注ぐ槍の全てが地に落ちるのを防ぎ切る頃には俺の姿はレンゲルの魔術でぼろぼろになっていて、途中で気付いた騎士や傭兵達が心配や感謝の目で見上げていた。
「勇者殿……」
「「「勇者様……」」」
そんな中、場違いな拍手が鳴る。
視線を向ければ、レンゲルがわざとらしく拍手をしていた。
「ふふふっ、素晴らしい! まさか全てを防ぎ切るとは思いませんでしたよ。そんなにぼろぼろになって、正に勇者の鑑! これ程までに大勢の人質がいる中で、貴方は勇者として全てを守り切り勝てますか?」
「……」
そうだ。
彼女はそうやって守って守って戦ってきて、そして、死んだ。
だから、このままの戦い方では駄目だ、自身はどれだけ傷つこうが死なずに魔族も魔王も倒す。
その為なら全てを捨ててでも勝ち取る。
「まぁ、今助けたのは、勇者の……イリスの名前を汚さない為だ。幸い、空中に人の耳はない……」
「何をぶつぶつと喋っているのです?」
「魔力も十分溜まってる……」
どうやら魔力の補充は自分が倒さなくても近くにいればできるようで、騎士や傭兵達が倒した魔物からしっかりと補充できているらしい。
「覚悟しろ……レンゲル……!」
「!?」
そして、俺はゆっくりとレンゲルに左手を掲げた。