開戦の雷
ローレイユの街から少し離れたロレイン平地を悠然と歩く1万に届きそうな群れの魔物達、その中の一際大きい象の魔物の背の上で1人の魔族ポーマルダが寝そべり空を眺めている。
「ふぅ、レンゲル様も心配性ですね。街ひとつにこれほどの軍勢を用意するとは……」
寝転びながら右手でステッキを少し弄んでから掴むと背に蝙蝠のような翼を生やし体をふわりと浮かせ象の背の上に2本の足で立つ。
「ですが、アイアンゴーレムを倒した者や上位の魔術を使った者が気になるのも確か、もしや他の英雄が来ているのかもしれません……しっかりと見極めねばなりませんね……」
ポーマルダは思案顔から更に顔を顰めて、象の魔物の背から周囲を見渡す。
そこには多種多様の魔物の大軍、あの程度の大きさの街に過剰な戦力であり、ポーマルダの上司であるレンゲルに信用されてない証拠であるように思える。
今まで十分な戦力を与えられながら、街一つ落とせていない失態、ポーマルダにも多少なりの焦りがあった。
「しかし、もう終わりです……これだけの戦力があれば街一つなど落とせて当然。わたくしに傷を負わせたあの人間も確実に殺して差し上げましょう、ほっほっほっ!」
街に近付き、ポーマルダはにやりと笑みを浮かべる。
「さて、今までよく粘っていましたが、それも昨日まで……今日、この街はわたくし達、魔王軍によって滅びるのです!」
一定の距離まで来ると、ポーマルダが手を上げ合図を送ると魔物の大軍は動きを一斉に止め、更に上げた手を左右に振ると魔物達が街を取り囲むように動き出す。
その動きを見届け、ポーマルダは持っていたステッキを天に掲げる。
「ほっほっ、レンゲル様の忠実なる下僕の魔物達よ。さあ、あの街を蹂躙するので──」
高らかに命令を与えようとしたその時だった、ポーマルダの頭上の黒雲がごろごろと音を立て、そして、次の瞬間には閃光──正確には幾重もの雷が魔物の大軍へと降り注いだ。
「なっ?! うわあああぁぁぁーーッ!!??」
閃光と少し遅れて轟音が鳴り響き、ポーマルダは象の魔物の背から転げ落ち、地面に体を叩き付ける。
「……ぐぅっ、まぶしっ……何事ですか、一体?!」
閃光が収まり、ポーマルダは事態を確認するように顔を上げると黒焦げになった魔物達の姿が見える。
「ヒィッ?!」
そこにはポーマルダの乗っていた象の魔物も含まれており、ポーマルダにゆっくりと倒れてくるのが見え、慌てて後退ると目の前に象の巨体が倒れ込む。
「はぁ、はぁ……あ、危なかった、ですね…………くっ! 本当に一体何が……ハイフライ!!」
立ち上がり、服に着いた埃を払うと、ポーマルダがこうもりの翼を生やして上空へと飛び上がる。
雷を警戒するが再び降り注いでくるようなことはなさそうだったので、ポーマルダは魔物達を見下ろすと実に1/5以上が壊滅していた。
預かっていた魔物の大軍の損害を見つめ、焦りと怒りで憎々しげな視線を街の方へと向ける。
「信じられません、これも街に潜む何者かの仕業というのですか……?! こんな、こんな馬鹿げた魔術、エルフの英雄でも使えないはずですよッ?!」
そもそもエルフは水や風の魔法は得意であっても、炎や雷の上位魔術を使えるなど聞いたことがない。
「では、これは一体何者の仕業と……ん?」
街の方を睨んでいると1つの影がこちらに向かって飛んでくるのが見えた、ハイフライを使っているのはわかったが、拙い翼操作のせいか酷く不安定だ。
そして、その姿を視認できるまで寄ってきて、ポーマルダの表情が愕然としたものに変わる。
「馬鹿な……あなたは死んだはずでしょう。そう、レンゲル様から聞いていますよ……何故、生きているのですか、勇者ッ!!?」
そこにはレンゲルから殺したと聞いていた勇者が聖剣を持ち白銀の鎧兜を着て漆黒の翼を生やし飛空していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本当に……とんでもない数だな」
俺は門の上に立ち、外に広がる光景を眺めながら呟く。
魔物は大小から、種類、地を歩くものから空を飛ぶものまで様々な種類がいる。
「ん? あれは何だ……?」
魔物とは雰囲気の違うものを見つけ注視していると、横からアムルガの声がかかる。
『あれは魔族であろうな』
「へぇ……じゃあ、あれがハルデルトさんの言っていたポーマルダって魔族か? レンゲルは……いないみたいだな」
「ほぅ、そこまで見えるのですかな?」
「!?」
いつの間にか背後に立っていたハルデルトに声を掛けられ、喋り方や声に問題はなかっただろうかと少し焦る。
「ほら、あそこの大きな象の魔物の上です」
「ふぅむ……勇者殿は目もよろしいのですな、私にはさっぱり見えません……」
それはそうだろう、俺もアムルガの強化がなければそこまで遠くをここまで細かく見ることなどできなかっただろう。
「しかし、何という数か……まともに相手にすれば勝ち目はほぼ0。兵達も怖気づいておるな」
「……(アムルガ、魔術で何とかなるかな?)」
『無論。魔力は十全……とまではいかぬが、まぁ、気勢をくじくには十分だろう』
「良し……!」
俺は手のひらを握ったり開いたりを数回繰り返した後に、門の縁に立ち、魔物の大軍を見渡すと、魔力が体を駆け巡る慣れない感覚が襲ってくる。
『手を翳し、唱えるが良い』
「真雷!!」
言われた通り左手を翳し、頭に浮かんできた魔術の名を口にする。
ごっそりと体を巡っていた魔力が抜けていく感覚、数秒何も起こらず、不発かと疑った時だった。
魔物達の頭上にある黒雲がごろごろと音を立てたかと思うと、今度は雲の中でバチバチと放電し、天から地に光が走った。
「「「「──!?!?」」」」
眩い光に遅れて響く轟音、それは兵達の驚きの声も魔物達の叫びや悲鳴をも呑み込むと魔物達を討ち滅ぼす。
あまりに強い光に視界を奪われ味方も敵も何が起こったかわからないまま……いや、視界のはっきりしていた俺ですら、状況を理解するのに少し時間を必要とした。
「(相変わらず意味のわからない威力だ……何で2000近くも減ってるんだ……気勢どころじゃないだろうに……)」
『はっはっ……些細な問題であろうさ』
「…………」
「ッ!? ぐっ、目が…………一体、何が……?!」
隣でハルデルトの声が聞こえるが今はどうでも良かった。
──というよりも、魔術の威力に動揺して気にもしていてられなかった。
「なっ?! こ、これは……凄まじいですな……勇者殿はこんな魔術まで使えるのですな、心強い!」
「では、ハルデルトさん、魔物の方はお願いしますね」
「はっ! 任されよ、勇者殿!」
そう言ってハルデルトが前に出て、剣を抜くと高らかに声を上げる。
「見たか、お前らッ!? 私達には勇者殿がついているッ!!」
「「「おおッ!!」」」
「あの魔物の数、確かに今まで一番多く脅威的だが、それはここで守り切れば今度こそ長い戦いは終わり、私達の勝利となるだろうッ!!」
「「「おおぉーッ!!!」」」
「私から言えるのは、生きろ!! 生きて勝つぞッッ!!!」
「「「おおおおおぉぉぉーーーッ!!!!」」」
騎士や傭兵達が門から出て魔物達を迎え打つ態勢に入り、俺も動き始める。
既にポーマルダの位置は確認済みだ、乗っていた象の魔物の上空を飛んで魔物達の様子を見ているようだった。
「じゃあ、やるか……飛翼!」
ポーマルダを最初に視認した時、翼もなく飛べる魔族に見えなかったが、どうやら魔法のハイフライで飛んでいるということをアムルガから聞き、そして、アムルガが今の魔力なら俺にも似た魔術が使えるらしいと聞いたので発動させると(最もこちらも名称が違ったが)、背中から黒い翼が生える。
黒翼とは勇者らしくはないが、この際文句も言ってられないだろうし、魔族を倒すことが優先だ。
翼をはためかせ、俺は門の上から空へ飛び出す。
「ッ!? 難しいな……」
『当然だ、人は元より飛行に適した体でもないのだからな。だが、慣れろ』
「コツは……っ、ないのか?」
『知らぬ。我は翼などなくとも自由に飛べたからな』
「(使えないな……)」
『聞こえておるぞ、無礼者め』
アムルガの叱責を無視し、俺は拙い翼操作でポーマルダの近くまで飛んでいくと、ポーマルダが俺の姿を確認し、明らかに慌てたような表情を貼り付けている。
「馬鹿な……あなたは死んだはずでしょう。そう、レンゲル様から聞いていますよ……何故、生きているのですか、勇者ッ!!?」
「……地獄から戻ったのさ、魔族を、魔王を倒す為にね」
「道理で人間たちが調子づいているわけですね……」
ポーマルダがステッキをくるくると回してから、俺に向けてステッキを構えてきたので、俺も聖剣を鞘から引き抜きポーマルダに構える。
「良いでしょう。勇者であるあなたはこの十魔将レンゲル様の部下であるポーマルダが今度こそ地獄に送って差し上げましょう!」
「残念だけど、地獄に落ちるのはお前の方だよ」
「ほっほっほっ、その拙い翼捌きでついてこれますか?!」
そして、それぞれ始まる。
人間達と魔物の大軍と、俺とポーマルダの戦いが……勇者として人前での初めての戦いが……