迫る脅威
城郭都市ローレイユの兵士の詰め所にやってきた俺はそこでハルデルト隊長を待っていた。
普段この詰め所はローレイユの兵士達が使っているのだろうが、今はセインウルト王国の騎士達が詰めているのでローレイユの兵士達はやや緊張している様子だ。
俺──というより、勇者カイがいるというのも緊張の1つの理由かもしれない。
事前に聞いた話によると俺が奈落の底へと落ちていた間、ローレイユは何度か魔物の侵攻にあっていて、昨日は今まで一番の大軍だったとの話だ。
俺がこの詰め所に来ている理由はというと、ハルデルトに呼ばれたからというのと、街が襲われている状況と十魔将の動向の確認など聞きたいことがあったからだ。
それから、暫く待っているとハルデルトが戻ってきたので挨拶する。
「ハルデルトさん、おはようございます」
「これは勇者殿、おはよう。待たせてしまって申し訳ないな」
「いえ、平気です」
「そうか? では、こちらへ」
ハルデルトに案内され通された部屋は作戦会議にでも使っているのだろう、少し広い部屋で机にはこの辺りの地図などが広げられていて、地図にはメモ書きがされている。
ハルデルトに促されたので、その内の1つの椅子に腰掛けると、ハルデルトも同じく椅子に腰掛ける。
「どっこいしょ。やれやれ……隊長だからと言って、働かせ過ぎだな、全く」
「お疲れ様です、それだけあなたが頼りにされてるということでしょう」
「はははっ、勇者殿に褒められるとは光栄ですな……さて、まずはご無事で何より、魔族が勇者殿を殺したなどと嘯いておりましたので少々心配しましたが、安心しましたぞ」
「(勇者が殺されたのは嘘ではなく事実だけど……)危ないところでしたが、何とか命は繋いでいます」
「……ふむ、差し支えなければ何があったのかお聞かせ願えますか?」
「そうですね……わかりました」
俺──クロのことも覚えていたようだしその辺も説明しておこう、騎士隊長なら王国にも勝手に経緯を説明してくれるだろうから、わざわざ俺が王国に行く手間も省ける。
下手に王国などに行けば、ボロを出して、鎧の中身が入れ違っているのがバレるかもしれないし、そういう無駄な危険は避けたいところだ。
「僕達が十魔将の情報を得て、この街までやって来たのはご存知ですね……」
「無論。情報を得て私達、王国の騎士が確認の為にこの街に訪れ、更に情報の精査をしていたのですからな」
「ええ、そして、僕達はあなた達からその情報を得て、狡猾のレンゲルが近くにいると知り、討伐へ向かった」
「私達が知っているのはそこまでですな。その後どうなったのですかな?」
「……僕達は情報の通り向かった場所で待っていたのは、狡猾のレンゲルではなく渇欲のマガツでした」
「なんと! では、私達の情報が間違っていたということか……!?」
「いえ、合っていましたよ」
「むむ?!」
マガツとの戦いの最中に現れたレンゲルのいやらしい笑みが浮かぶ。
「僕達が向かった先には、マガツとレンゲル、2体の十魔将が待ち伏せていたんです」
「なんと!」
「そこでレンゲルに子供を人質に取られ……僕は深手を追い、クロと共に奈落の底まで落ちたんです」
「人質、ですか……それに奈落……勇者殿は奈落から無事に戻れたのか? あそこには凶悪な魔物も棲むと聞くが……」
「はい……命からがら抜け出すことが出来ましたが、途中クロが怪我をしている僕を庇って亡くなりました……」
「!! そうか、あの少年は死んだ、のか……」
俺の死を憂うように目を伏せるハルデルト。
そういえば、この人は初めて会った時、イリスだけでなく俺のことも心配してくれていたな。
「なかなか筋の良い少年でしたが、残念ですな……」
「……そんな風に思われていたなら、クロも少しは報われます」
素直に嬉しいと思ったのでそう伝える、この人にそこまで評価されてるとは思わなかった。
「それにしても……勇者が死んだと吹聴していた魔族がいたんですね、それはレンゲルかマガツですか?」
「いえ、レンゲルの部下と名乗った魔族ですな、確か名はポーマルダと。もう少しのところで逃げられてしまいましたが……」
「ポーマルダ? 成る程、レンゲルの部下ですか……では、あの魔物の大軍はレンゲルの配下ということですか?」
レンゲルの名を聞き漏れそうになった殺気を無理矢理抑え込み、冷静に情報を集める。
「ええ、大方勇者が死んだなどと嘯き戦意を下げたところを大軍で押し切ろうとしたのでしょうが、浅はかな作戦でしたな! こうして勇者殿が健在だったわけだからな」
「…………」
「どうかされたかな?」
「それはつまり、十魔将のレンゲルもこの近くにいるということですか?」
「え? ふむ……さぁ、直接姿を確認したわけではないので確かな事は……しかし、ポーマルダはレンゲルから配下を借りたと申してました。あの数を移動させるならそれほど遠くでもないかもしれませんな」
「そうですか……」
兜の中で俺は笑みを浮かべる。
鎧兜があって本当に良かった、俺は兜の中でさぞ凶悪な笑みを浮かべていたことだろう、とても勇者とは思えないくらいに。
「(まだ奴は近くにいるのか、そうか……助かるよ)」
「勇者殿?」
「いえ……そうですね。その魔族が逃げたのなら、また街に来るかもしれませんね」
「ふむ、成る程。奴等は勇者殿がこの街にいることを知らない、何が起こったのか知るために偵察、或いは襲撃に来るやもしれません。いや、そもそも奴等魔族の目的は全人類の滅亡……どのみち近い内に再び襲いに来るでしょうな」
「そうですか……待っていれば来そうですね……」
待っていれば向こうから現れるかもしれない、それなら、レンゲルを闇雲に探すよりはこの街で待っていた方が確率は高そうだ。
それにしても、こんなに早く復讐の機会が来るとは。
「勇者殿……何か嬉しそうですな」
「嬉しそう、ですか……?」
「いえ、ただそう感じただけですが……何か作戦でもおありですか?」
「作戦……という程でもありませんよ。あなた達が魔物達から街を防衛している間に、僕が魔物を操る魔族や十魔将を倒します」
「おお、心強い!」
「……ですが、僕が魔族や十魔将と戦っている間、あなた達は魔物の大軍と戦わなくちゃならない。それは平気ですか?」
「うぅむ……」
俺の言葉にハルデルトが唸り難しい顔を作り息を吐く。
「正直に厳しいというのが現状でしょうな。兵達の消耗は激しい、それに死傷者も少なくはない。あれだけの軍勢を相手にし生き残ったのに再び大軍に襲われれば、心が折れる者もあるかもしれぬし、傭兵達は自分の命大事に逃げ出すかもしれぬ……」
「そうですか……」
「ですが! それは昨日までの話」
「え?」
「勇者殿がおられる今、士気は上々! 昨日の戦いを見た兵達は未だに興奮しております。何よりあんな魔術が使えるなど知りませんでしたぞ!」
「……ええ」
「あれならば、勝ち筋は見える、兵達もまだまだ戦えましょうぞ!」
「そうですか」
戸惑いつつそう答えるのが精一杯だったが、士気が高いならそれに越したことはないし、こちらが魔族や十魔将に集中できそうなら何も問題ない。
「……しかし」
「?」
「それを言うなら、勇者殿は如何なのですか?」
「僕ですか?」
「自身は十魔将との戦いで深手を追い、クロ殿を失うという精神的なダメージもあるのではないですか?」
「……何だ、そんなことですか」
「そんなこと?」
「傷ももう癒えましたしゆっくり休めました。それに……昨日の戦いも見たでしょう? 僕が悲しみで立ち止まっていたら、それこそイ……クロに合わせる顔がありません」
「成る程。いやはや無用な心配でしたか……では、私共が手に入れた情報をお話しま……」
「ハルデルト隊長ッ!!」
話の途中で慌てた様子で騎士がノックもなしに扉を開けて入ってくる。
「勇者殿の前だ、ノックもなしに失礼だぞ?」
「えっ……あ、はっ! 申し訳ございません!」
「気にせずに、何かあったんですか?」
慌てた様子が気になったので俺は騎士に話を促させる。
「そ、それが偵察に出ていた騎士がローレイユに向かってくる魔物の大軍を目撃したそうです!」
「何だとッ!? この短期間にまただと……規模は?!」
「それが昨日よりも多く恐らくは1万近く、更に昨日の魔族ポーマルダらしき姿も確認したとのこと……!」
「なっ?!」
「……1万」
昨日よりも多いってだけじゃなく、確実に街を落としに来ている数、それにポーマルダか。
レンゲルがいないのは残念だが、確実に敵の数を減らしレンゲルに近付いて倒すしかないだろう。
「それで敵は今どの辺りにいる?」
「ロレイン平地をゆっくりと南下し真っ直ぐにローレイユに向かっているようです」
「ちっ、5時間もしない内に着くか……すぐに騎士達と傭兵達に伝えよ! 急いで戦闘準備だッ!!」
「はっ!!」
慌てて騎士が部屋から出て行く、情報が伝われば詰め所や街は更に慌ただしく騒がしくなるだろう。
騎士が出ていくのを見送ってから、ハルデルトが俺の方へと振り返る。
「……勇者カイ殿、改めてお願いしたい。私達と戦ってくれませんかな?」
「はい」
俺は即答する。
「おお、心強い!」
何故なら、魔族や十魔将を倒すのは偽物とはいえ勇者の務めで……
「当然ですよ」
それは、俺の目的と復讐の為でもあるんだから。