魔を断つ剣と魔術
「ふぅ、やっと戻ってきたか……」
再び奈落の底から這い上がり、最後に立ち寄った街の近くまでやってきて一息つく。
「(さすがに戦い漬けで疲労も眠気もあるし、体も洗いたいな……)」
自分の体の匂いも気になるし鎧の汚れもしっかり落としたいところだ、勇者としての身だしなみの印象も悪くなる。
『あれが汝の言っていた街か?』
「ああ、城郭都市ローレイユという街だよ」
『何やら襲われておるようだが?』
「……なに?」
アムルガに言われ、街に視線を向けると確かに防壁の前には数多くの魔物が溢れていて、それに騎士や傭兵達が応戦してるようだ。
「ん?」
『どうかしたか?』
「いや、距離が離れているのに、やけにはっきり状況が見えるなと思ってね……」
『我の力の一端だ。五感の強化も多少はされておる』
「なる程……」
遠くまで見通せる視覚で改めて戦況を見る、おおよそ人間側の優勢で進んでいるように見える。
「問題はなさそうだな」
『ふむ。そうでもないかもしれぬぞ?』
「えっ?」
『見よ』
アムルガの意識が伝わり、視線が自然と動いて、ある方向を見つめる。
俺達と同じくらい街から離れた位置に魔物が集まっている、数は約1000体、その中でも大きさが飛び抜けた5メートル近くの金属製のゴーレムが立っている。
「不味いな……」
他の魔物の対処中のところに追加の魔物、何より金属製のゴーレムは厄介だ、防壁を壊されれば街の守りどころではなくなる。
「(倒せるか?)」
少し悩むが俺はかぶりをふり、次の瞬間には魔物の群れに向かって走り出していた。
「(いや、あの程度の魔物に臆していて、魔王を倒せるか!)」
近くまでやって来ると気付いた魔物達が俺に向かって襲い掛かってくる。
「遅い!」
「「「グギャッ?!」」」
聖剣の一振りで数匹まとめて斬り伏せる、更に返す刃で斬り付け、一気に魔物の群れの中へと突き進む。
こちらに気付いて襲って来る魔物もいたが、魔物の間をすり抜けることで攻撃を躱す、俺が躱したことで他の魔物に当たった攻撃で互いに争いしだしたりする辺り、そこまで統率が取れている感じではなさそうだった。
その状況を利用し、俺は最低限の戦闘で中へ……金属製のゴーレムの付近まで辿り着く。
「……(でも、どうする?)」
『何を迷っておる?』
ゴーレムを見上げながら眉を潜めていると、アムルガの声が頭に響く。
「金属製でできてる魔物だろ、どうやって倒すか考えているんだよ」
『悩む必要などない』
「何?」
『斬れ』
「は?」
『ただいつも通りに斬れば良い、あんなものは奈落の魔物と変わらぬ……いや、図体ばかり大きく鈍いモノなど、尚、楽だ』
「そんなこと言ったって……金属だぞ?!」
『知らぬ。倒すと決めたのならとっとと倒すがよいわ』
内心で舌打ちし、それでも、俺は走り出していた。
「(どうとでもなれ!!)」
そして、聖剣を構えて金属製のゴーレムの足目掛けて振り下ろす。
「ッ!!?」
弾かれると思っていた剣を握っていた手に反動はなく、驚くほどにあっさりと刃は金属製のゴーレムの足を熱したナイフでバターを切るようにあっさりと両断した。
「うおっ?! なっ、あぁっ!?」
勢い余って転びそうになるのを踏ん張り、聖剣とゴーレムの足を何度も見比べる。
聖剣には金属を斬ったというのに刃こぼれの一つも見当たらず、ゴーレムの断面はとても綺麗で、バランスを崩したゴーレムは他の魔物達を巻き込み倒れる。
倒れた振動と風圧で飛ばされそうになるのを踏ん張る。
「嘘だろ、金属を斬ったのか……あんなあっさりと……」
『それはあれが金属とは言え魔を冠したモノだからだ』
「魔を冠した?」
『うむ。その剣──アリスダインは魔を冠したモノを滅する力を有した剣なのだ。故に敵が魔物や魔族のような魔性に属するモノであるならば、絶対的な優位性を持つ。……まぁ、魔力が強いモノならば抵抗力もあろうが、意思のない金属で出来た魔物などただのハリボテと同意である』
「へぇ……つまり普通の金属ならこんな風には斬れないってことか……」
『然り、努努忘れず、聖剣に頼りすぎぬように気を付けることだ』
「ふぅん……おっと!」
アムルガと話していると、ゴーレムが体勢を立て直し、片足の状態でも起き上がり殴り潰しに来たのでそれを躱して、腕を切り付ける。
今度は中ほどまで切れるも切断するまでには至らず、バックステップで少し距離を取る。
「ん? 少し硬くなったか?」
『先程は不意を付けたからな、敵が身構えれば多少は倒し難くなる』
「なる程、それは道理だな」
ゴーレムが両手を組んで叩き付けてくるのを難なく躱し、少しづつ削り落としていき、そして……
「終わりだ」
3分の2程に体を削られたゴーレムの核に狙いを定め、一気に聖剣を振り抜き核を壊すと、その動きを完全に止めた。
倒せたか、でも……
「「「グルルルルゥ……!!」」」
「すっかり囲まれたか」
『時間をかけ過ぎたな』
俺のことを円を作るように包囲した魔物達、逃げ道はない。
最も逃げるつもりもないが。
「多少の怪我は覚悟で倒すしかないな……」
『面倒だ、まとめて倒すが良い』
俺が覚悟を決め、聖剣を構えると、ため息混じりにアムルガが呟く。
「どうやって?」
『魔術だ。一気に薙ぎ払え』
「ちょっと待て。俺は……というか、攻撃するような魔術が使える人間なんて限られて……」
『何、それはただの固定概念だ……魔術とは魔力さえ高めれば種族を問わず誰でも使えるものだ……最も魔力を鍛えやすいのは幼少期故、この時代で魔術を使える人間は減ったようだがな』
「…………(なる程、子供の頃に魔術の練習なんてする暇がないから、一部の才能のある人以外は使える人が減ったってことか……まさか人間でも鍛えれば魔術を使えるなんてな、初めて知ったよ)」
『汝も簡単な魔術自体は使えるのだ、才能が全くないわけでない……まぁ、魔力は足りぬが……ふむ、そこは我の魔力を貸してやろう』
「!!??」
途端に体が熱くなり、血が巡るように体の中を何かが流れていく。
「……これは魔力か?」
『うむ。さて、攻撃魔術は使ったことがなかったのだったな。ならば、我が手本を見せよう』
「ッ?!」
魔力が自分の意思と無関係に体の中を駆け巡り手の先に収束すると俺の腕が自然と上がり魔物達の方へと向けると1つの言葉が頭に浮かぶ。
『唱えよ』
「ッ! ……真炎!!」
体の中から一気に魔力が抜ける感覚と目の前の空間に魔法陣が形作られる。
最初は小さな火種が現れ、それが魔物達に放たれると、火が一気に燃え上がると同時に渦巻き段々と炎が広がっていき、目の前に火柱が出来上がる。
「……(何だ、この威力……魔術名もだけど、こんな魔術聞いたこともない)」
『ふむ、久方ぶりの魔術故、出力を違えたか? だがまあ、問題もあるまい』
火柱が魔物達を巻き込み、その1/3程を焼き払う。
「凄いな……これなら残りも楽になるな……」
『……それは出来ぬな』
「どういうことだ?」
『どうやら魔力が尽きたようだ。残りは汝が自力で倒すが良い』
「……今の一発でか? 邪神なのに」
『我は体を持たずに過ごしていたのだ、魔力を貯めておく器に問題がある。楽がしたいなら、なに、汝が魔物を倒せばそこから再び魔力を供給し魔術の1つや2つ再び放ってくれよう』
「……」
少し納得する。
コップがなければ水を貯めることは出来ない、今は俺の体を媒体に魔力は貯めれるのかもしれないが、今までは実体すらなかったのだ。
それに魔物を倒せば魔力の供給が出来るなら、聖剣で魔物を倒しつつ魔力を貯め魔術で殲滅すれば、成る程この数の差も勝機が見えてくるし、これからの魔族や十魔将、魔王との戦いを有利に進めれそうだ。
「いや……どちらにせよ。やることに変わりはない」
俺は魔物の群れに飛び込み、斬る。
斬って斬って斬りまくり、魔力が貯まればアムルガの合図で魔術を放つ。
そうしていると、いつの間にか魔物はその数を減らし、残りは数える程度になっていた。
「はあああッ!!!」
終わりがなさそうだった戦いもようやく最後の1匹を斬り伏せ、俺は息を吐く。
「はぁはぁ……ふぅーっ、終わり、だ……!」
まともに休んでいなかったところの連戦、いい加減地面に横になって眠りたかったが我慢し街の方を見ると、向こうも粗方戦闘は終わっているようだった。
「やっと、休めるか……」
疲れた体に鞭を打ち、俺は街の方へと歩いていく。
街に近付くと、1人の騎士を先頭に他の騎士達が少し後ろに距離を取り整列している。
「ふっ、やはり無事であったか……」
「(あ。この人は見覚えがあるな。確か……)」
先頭に立つ四十代の口髭を生やした騎士が俺に向かって、片手を上げ声を掛けてくる。
「勇者カイ殿」
「ハル、デルト……隊長さん……?」
「覚えて頂けてるとは光栄ですな」
確かそんな名前で、セインウルト王国の第1騎士隊の隊長を務めている。
例え十魔将に敵わずとも、その周りのいる魔物達の露払いを請け負うことは出来る。
その目的で勇者と共に移動し、この街に詰めていたはずだ。
「勇者殿が死んだなどと魔族が騒いでいたが、息災であって何よりですな」
「…………ええ、少々危なかったですが、お……僕は無事ですよ」
「……ところで、勇者殿の従者……確かクロと言いましたか、彼の姿が見えませんが?」
「……それは後で色々含めて話します。少し疲れているので先に休みたいのですが」
「おお、それは失礼した。宿の手配を致しましょう」
「ありがとう」
俺の姿を見てそう返してくれる。
当然か、何せ魔物の返り血で汚れているし、匂いも大分臭いだろう。
「(視線が痛いな……まあ当然か、この格好に匂い、それにあの数の魔物を俺1人で倒したんだからな……)」
遠巻きに畏怖と尊敬(?)の視線を浴びながら、暫く待っていると宿の手配が済んだのか1人の騎士が戻ってきて、ハルデルトに報告する。
「では、勇者殿、街へ入りましょう」
「ええ」
そして、俺は久しぶりに人のいる街へと足を踏み入れる。
「(ここからだ。ここから始めないと。絶対にバレないように勇者を演じ切らなければ…………せめて魔王を倒すその日まで)」