人類と魔物
「第1第2部隊、左右に展開! 各班で1体づつ確実に撃破せよ! 突っ込みすぎるでないぞ!?」
「「「「おおっ!!!」」」」
歴戦の鎧に身を包んだ40代の口髭を生やした騎士が大きな声を出し、部下の騎士達に指示を飛ばし、訓練された動きで騎士達がその指示に従い魔物達と戦い始める。
高い防壁と堀に守られた城郭都市ローレイユ、そこは今魔王軍の魔物達に侵攻されていた。
数は門がある3ヶ所にそれぞれ2000づつの計6000体、それに対し2つの門に騎士隊300づつの計600人、残りの門に傭兵が凡そ400人、数の差はあるが守りに向いた場所での戦闘、相手の強さはピンキリの魔物達、戦士達は何とか1体1体を確実に倒し敵の数を減らしていく、空から襲い掛かる鳥型の魔物には壁の上から矢を浴びせ、落ちた魔物を防壁の外に出ていた戦士達が処理していく。
「踏ん張れよ、お前らッ!! 決して倒せない相手ではないッ!! 日頃の厳しい訓練を思い出せ!! そして、私達の力を魔物共に思い知らせてやるのだッ!!」
「「「「うおおおおおーーッ!!!!」」」」
味方を鼓舞すると、その男──セインウルト王国騎士団、第1騎士隊隊長ハルデルト・クロッカスが剣を一気に引き抜くと部下達と共に駆け出す。
目の前に立つはサイクロプスという単眼の5メートルの巨人型の魔物、ハルデルトはサイクロプスの攻撃を掻い潜ると、まず足を切り付け前屈みになったところを膝を踏み台にし飛び込むと大きな単眼を切り裂く。
「グオオオォォォーーッ?!!」
「今だ! 放て!!」
ハルデルトの合図と共にサイクロプスに向かって一斉に矢と魔法が放たれ、悲鳴を上げるサイクロプスがそのまま前のめりに倒れる。
こうしてハルデルトと騎士達は上手く連携し、魔物達の数を確実に減らしていき、他の門でも同様に魔物達の数を順調に減らしていた。
「もう一息だ、お前ら踏ん張れよッ!!」
「「「「おおーーっ!!!」」」」
『ふんっ、小賢しいですねえ、人間どもは』
「「「「?!」」」」
まだ魔物との戦いの最中に突然に声が響く、その声は決して大きくはないが、その場にいる騎士達全員の耳に届いた。
「誰だ?!」
「ほっほっほっ……」
今度は近くで声がしたかと思っていたら、ローブ姿で手にはステッキを持った男が空からゆっくりと降りてくる。
「……魔族、か」
ハルデルトはその男の外見を見て睨み付けながら苦々しく呟く、男は青白い顔に控えめな角を生やしたひょろ長の体型の魔族で口元にはいやらしい笑みを浮かべている。
「ええ、わたくしは十魔将レンゲル様の配下、ポーマルダです」
「十魔将の……配下ねぇ。そいつがわざわざ目の前に現れてくれるとは……そっちこそ覚悟は出来ているのだろうな?」
「覚悟? はて、何のでしょう?」
「勿論……死ぬ覚悟に決まっておろうが!」
「ふんっ、ハイフライ!」
ハルデルトが一気に距離を詰め剣を振るもポーマルダが鼻で笑うと背に黒い蝙蝠のような翼を魔法で生やし宙に浮き、ハルデルトの斬撃を躱し、入れ違いに魔物が襲い掛かるが危なげなくハルデルトがそれを切り伏せる。
「ちっ……敵の司令官らしき奴を殺れればちったぁ形勢も変わるかと思ったが、そこまで簡単じゃねぇか……」
「ほっほっ、不意討ちとは騎士にあるまじき行為ですね」
「はっ! こんな世の中なもんでな、多少性格が粗くても許して欲しいもんだ」
「ほっほっ、そんなことよりそろそろ諦めてはいかがです?」
「あん?」
「言ったでしょう? あなた方の希望の勇者は死んだのですよ。わたくしの将たる狡猾のレンゲル様の手によって! あなた方がここで粘ることは無駄! 無意味! 大人しく殺されるのが良いでしょう」
「ふんっ」
今度はハルデルトがポーマルダを鼻で笑う。
「魔族の言うことを鵜呑みにするか、あほめ。あの勇者カイ殿がお前達に容易く遅れを取るとは到底思えぬわ……それに勇者云々の問題じゃねぇ、私達民を守る盾である騎士が簡単に諦める訳にはいかんのだ!」
認める訳にも諦める訳にもいかなかった、何故ならそこで肯定をすれば、騎士達の士気は下がるし、街の住人達が自暴自棄を起こすかもしれない。
国と民を守る騎士としてそれだけは避けねばならなかった。
「……やれやれ、全く以て理解できませんね。降伏してくれれば楽に済むというものを……」
「どのみち、お前達に魔王軍に負ければこの世界は終わるのだ。足掻くだけ足掻いてやろうじゃないか!」
わざわざそんな交渉をしてくる、そこに隙があるのでは? とハルデルトは考えるもそれすら見透かしたようにポーマルダが嘲笑する。
「ほっほっほっ! あなた、何か勘違いしてませんか?」
「なに?」
「ここで粘れば起死回生の手でもあると? 壁に守られながら戦えば勝機はあるとでも??」
「……」
「元からないのですよ、そんなものは」
口を大きく三日月型に開き、にやりと笑う。
その笑顔は騎士達にえも知れぬ不安を与え、ポーマルダは合図を出すかのようにゆっくりと右手を上げた。
「? …………なっ!?」
「あなた方をこの街に閉じ込めるだけでいずれは食糧が尽き死ぬでしょう……しかし、その時間すら面倒。ですので、レンゲル様の創り出したアイアンゴーレムと魔物達をお借りしたのですよ。これでこの街ももうお終いです……ほっほっほっ!」
地平線から地鳴りと共に現れたのはサイクロプスよりも大きい金属製のゴーレム、遠くからでも5メートルはありそうに見える。
その他に更に1000体近くの魔物の姿が土煙を上げながら、こちらに向かって行進していた。
その光景を見た騎士達の怯えを、息を呑むのを肌で感じ取り、ハルデルトは内心舌打ちする。
「(鉄製のゴーレム?! ……不味いな。それに更なる増援、騎士達の士気にも関わる、今は怪我も少なく優勢だが戦闘が長引けば長引くほど、私達の不利だ……尚更、こいつだけでもさっき殺せていればな……!)」
「さあ、さっさと諦めて、勇者の後を追い絶望のまま死ぬのです!」
再度、勇者の死の宣言、騎士達の士気が下げられた気がしてハルデルトは歯噛みする。
「ほーーっほっほっほっ!!」
「だけどなぁ……命を簡単に諦められるかってのよぉ!!」
自らを鼓舞するように吼え、ハルデルトは剣を構える。
鼓舞したもののハルデルトは厳しいと冷静にそう判断する、騎士や傭兵達の疲れは相当だろう、怪我人も出ている、回復も間に合ってはいない。
長引けば長引く程に不利、そうはわかっていても虚勢を張るしかない、でなければ他の騎士の士気に関わるから。
「(それでも、気張るしかねぇがな!)」
ハルデルトがそう思った時だった、遠くにいるゴーレムの動きが急にぴたりと止まり、その巨体が傾いた。
「は?」
「何ですか、呆けた顔をして……は?」
ハルデルトが呆けてその光景を見て間抜けな声を漏らすと、ポーマルダも釣られて視線を向け間抜けな声を漏らす。
ゆっくりと倒れるゴーレム、そして、その下敷きになる魔物達、その巨体故に多くの魔物を巻き添えにし、激しい震動を起こし都市部の方まで風圧と震動が伝わる。
「ぐっ?!」
「ななななな、何事ですッ?!」
ハルデルトには何が起こったのかわからなかった、ただ敵の反応からしても相手にも理解不能のことが起こったことだけは理解する。
「好機! 敵は怯んでいるぞ! 一気に押せッ!!」
「「「「「おおーーッ!!」」」」」
「くっ!? 一体なんだと言うのです!?」
ポーマルダが高く飛び上がり、状況を確認する。
増援の魔物達の方へ視線を向け注視すると、一瞬光ったかと思うと炎が上がる。
「なっ、あれは炎の高位魔術ですか?! 本当に一体何事……」
「余所見とはいい度胸だな?」
「何を……ぐあっ?!」
ハルデルトの声に反応し振り向くポーマルダの右腕を矢が貫く、見ればハルデルトが弓を構えて2射目を放つところで、ポーマルダはぎりぎりでそれを躱す。
「ちっ、やはり弓は苦手だな……狙いが外れたか」
「ぐっ、くぅ……きさまぁ……!」
「はっ、言葉が悪くなってるぜ? 余裕がなくなったか?」
目を見開き怒りを顕にするポーマルダに、ハルデルトはあくまで余裕な雰囲気で返すとポーマルダも少し冷静さを取り戻す。
「…………ふぅ。わたくしとしたことが少々取り乱してしまったようですね」
ポーマルダが顎に手を当て少し考え顔を上げハルデルト達を睨み付ける。
「(しかし、不確定要素が強過ぎますね。ならば……)」
「あん?」
更に高く飛び上がるポーマルダにハルデルトはただ警戒を怠らずに睨み付ける。
「非常に遺憾ですが、わたくしは一度引かせて貰うとしましょう……」
「逃がすと思うか?」
「おっと」
ポーマルダが再び放たれた矢を今度は余裕を持って躱し、ハルデルトに大袈裟に会釈をし不敵に笑い。
「では、あなた方がこの魔物達を倒し無事でいられたらまた会いましょう」
と言い残し、魔法で出来たこうもりの羽を羽ばたかせ飛び去る。
ハルデルトも逃がしたくはなかったが目の前の魔物で手一杯で何も出来ないまま見逃す。
「(それに、あちらの様子も気になるしな……)」
周囲の警戒を怠らないまま、遠く地平線を眺める。
巨体の魔物が倒れたり、炎が巻き起こったり、魔物にとっても不確定の何かが起こっているようだ。
ハルデルトはある程度魔物を倒し一息つき、部下の騎士達に気を向けつつもその方向に警戒をする。
「さて、何が現れるのやら……」
30分程経った辺りで街の周辺も遠くでの戦闘も終わり、その場で待っていると地平線から現れた姿を確認し、ハルデルトはほっとしたように表情を緩める。
「ふっ、やはり無事であったか……」
そこに現れたのは白銀の全身甲冑を魔物の返り血で汚し、その手に聖剣を携えた勇者カイの姿だった。
「勇者カイ殿」