落ちる翼
「オレ様最強タイフーン!!」
「!!!」
蔑視のゲーテが放ったその技は俺を風の檻へと閉じ込めた、翼を使い逃れようとしても中心部へと引き摺り込む竜巻のような技。
名前のセンスは兎も角、厄介な技であるのは確かだ。
「くっ、抜け出せない……」
荒れ狂う暴風の中、風に揉まれ体が引き裂かれそうになる。
その前に食らった肩口への一撃も響いている、もしかしたら、骨にヒビでも入っているのかもしれない。
段々と息も苦しくなってきた、ここから抜け出すいい方法も思い浮かばない。
『簡単だ』
「アム、ルガ……?」
『何、抜け出せぬと言うのなら、壊せば良い』
「壊す……」
『然り、方法は既に知っておろう』
アムルガにそう言われ、竜巻の中心部に目を向け、俺は手を翳す。
「……真雷!」
俺が魔術の名を唱えると、激しい稲光と共にゲーテの放った技を破壊した。
「──ッ!!」
技が壊れる衝撃と風圧で俺の体は上下左右の感覚が失われ吹き飛ばされる、暫く為す術なく飛ばされたが、翼を広げ何とか空中で止まる。
「ふぅ…………」
一息着き、状況を確認する。
そこで自分が随分高くまで打ち上げられたことに気付く、ここまで高くまで飛んでいるのは初めてかもしれない。
相変わらず、黒雲に覆われてる雲が重苦しい。
「ウオオオオオオオオァァァーーーッ!!!!!」
突如、雄叫びが響き、視線を向ける。
自分より下方にゲーテの姿を確認すると、兜と仮面の奥で目が合った気がした。
「ニンゲン風情が!! この空の支配者であるオレ様を!! 見 下 ろ す な !!!!」
今まで余裕たっぷりだったゲーテが豹変する。
それは初めて見せたゲーテの隙にも思えた。
蔑視……確か、蔑んで見ること、軽んじ侮ること、見下すこと……と言った意味だったか、なる程。
見下すことは好きだが、見下されることは嫌いってことか?
「……」
体のあちこちが痛いし、左腕に力を入れると肩が痛む、魔力もかなり消費した、体力も限界に近く、満身創痍といえる。
──だからこそ、余裕満々でゲーテを見下ろし、鼻で笑う。
「……ふっ」
「!!!?」
案の定、目に見えてゲーテが憤慨する。
「……どうしたんだ? さっきまで余裕の態度はどこ行ったんだ?」
俺は挑発するかのように指をクイクイッと動かす。
「この……ニンゲン風情がァァッ!!!!」
「!!」
ゲーテが今までの最高速で一気に羽ばたき距離を詰め、棍を振り抜く、それを体が勝手に反応し聖剣で受け止める。
体はボロボロなのに何故か調子は上がっている感じがする。
「チッ!!」
「はぁッ!!」
「!!」
俺がそのまま斬り返し何度も剣を振り、ゲーテの棍と打ち合う。
何度も打ち合う内、ゲーテが困惑しているように見える。
「────!!!!」
「はあぁッ!!!」
「ッ!!??」
ゲーテが何事か叫んでいたが俺は構わず気合いの雄叫びと共に剣を振り抜く、そこで初めて聖剣がゲーテに届き、その肌に傷を付ける。
『やるではないか。疲れたお陰か無駄な力が抜け、今まで一番良い剣筋だったぞ』
「(そうか、無駄が多かったのか……)」
飛翼に魔力を流し、空を飛ぶ。
今まで一番速く自然に飛んでる気がする、これも無駄な力が抜けてるってことだろうか。
聖剣を振り、ゲーテがそれを受ける。
初めて攻守が交代する、それどころか俺が押し始めている?
だから、俺はそこで強気に宣言する。
「蔑視のゲーテ……この空はお前の物じゃない」
「ナ……ニ?」
強気に、散々ニンゲンを見下してきたゲーテを今度は俺が見下す。
「元々、空は誰の物でもないんだ……それでも、お前が空をお前の物だと言うなら……俺がお前から取り戻す!」
俺がゲーテに聖剣を向けて見下ろしながら、そう言い放つ。
ゲーテの様子が明らかに変わっていく、怒りや憤りといった感情が魔力にも反映され、ゆらゆらと揺らめいている。
そして、ゲーテの仮面の下の目が初めてしっかりと俺の姿を敵として捉える。
「いいだろう……キサマはこの十魔将・蔑視のゲーテ様が本気の全身全霊、そして、全速を以て殺してやるッ!!!」
「!!」
最高速と思っていたゲーテが更に速度を上げて襲い掛かる。
でも、いい加減目が慣れてきて俺の目にはゲーテの動きがしっかりと見えている。
俺も一番の速度で飛び、ゲーテと空中でほぼ互角に打ち合う。
空中で激しく重い金属音が鳴り火花を散らし、俺達は何度も武器を打ち付け合った。
息が苦しいし体が痛いし重い、自分の限界は近そうだ。
だけど、何故か頭はすっきりとし冷静でゲーテの動きをしっかりと見て対処出来ている。
『汝は追い込まれると力を発揮するようであるな』
「(そうなのか? よくわからないけど……)」
『さて、そろそろ頃合か』
「……頃合?」
『汝もそうだが、彼奴めも存外に力を使い過ぎておるようだ。止めを刺すなら今を置いて他はあるまい』
「……力の使い過ぎ?」
ゲーテを見る、高速で飛び回り俺と武器を打ち合う姿はそんな風には見えないが……。
『汝程に空で粘る相手が今までいなかったのだろう、彼奴自身もまだ気付いておらんのだろう』
「…………」
更に打ち合う、アムルガ言われて注視し初めて気付く、確かにゲーテの呼吸が少し乱れている。
そうか……ここまでまともに打ち合えるようになったのはゲーテが疲れてきているという理由もあったのかもしれない。
「くっ!! ニンゲンがぁ、落ちろォォッ!!!!」
ゲーテが大きく棍を振り下ろし、俺は聖剣で受け止める。
やはり最初の頃よりも力が落ちている。
「はぁッ!!」
「なっ?!」
棍を押し上げ弾くとゲーテが困惑する、そのゲーテに俺は加速し体当たりをする。
予想外だったのか、一瞬動きが止まる。
『汝のしぶとさを侮った魔族の負けだ。誇れ、そして、倒すが良い』
「はあぁぁぁーーッ!!!!」
「グッ!?!?」
棍を打ち上げられ無防備になった体に横一文字に斬り付ける。
ゲーテの胸に傷がつき血飛沫があがると、慌てて翼を羽ばたかせ後ろに飛ぶ。
「逃がすかァッ!!」
「ッ!?!? フザけるなッ!! オレ様がニンゲン如きに逃げるかッ!!」
ゲーテが空中で急停止すると俺に向かって飛んでくる。
人間達を見下してきたからだろうか、逃げるという言葉に対して反応し向かってくる。
そのプライドに助けられた、逃げに徹せられてたら危なかったかもしれない。
俺は聖剣を、ゲーテは棍を、互いに渾身の力で振り、ぶつかる。
「…………」
「…………」
沈黙──ゲーテの棍が再び俺の左肩口を捉え、左腕の感覚が無くなる。
「がはっ……!」
俺の口から血が吐き出される、棍の衝撃が内臓まで届いたのかもしれない。
「ぐっ……オレ様がニンゲンに負ける、はずがっ……ぐふっ! こんな、バカな……!!」
ゲーテが仮面の下で目を見開き、自身の体を見る。
胸の中心には、魔を滅する聖剣アリスダインが突き刺さっている。
俺は残りの力を振り絞り、更に深く聖剣を突き刺す。
「ごはっ!!!」
「……言っただろ、お前から空を取り戻す! そして、魔王も俺が倒す!」
「ぐっ……クソッ、ニンゲンごと、きがッ……」
「終わりだ、雷刃!」
「!!!!!!」
ゲーテに刺さった聖剣の刃に雷の魔術を流し、ゲーテの体の内側から雷で焼き尽くす。
ゲーテが一頻り痙攣すると体の力が抜け、ずるりと聖剣の刃から離れ地上へと落ちていく。
「う゛っ……!!」
ゲーテに止めを刺すと俺の体から黒い靄が溢れ出し、手の形を取ると真っ直ぐ伸びゲーテの仮面を掴み剥がし取る。
そして、黒い手が高速で戻ると、仮面毎、俺の体の中に戻る。
「ぐっあっ! ッ……はぁ、はぁ…………ッ!!」
体の中にぐるぐるとどす黒い何かが渦巻く、これも狡猾のレンゲルと同じように魔力の源ということなのだろうか。
自身の許容量を超えた力が暴れている感じがして、満身創痍の体に響く。
「う……」
気を失いそうになり空中でふらついていると誰かに体を支えられた。
「おっと、大丈夫?」
「……ロンド、さん……?」
視線を向けると天翼族の英雄ロンドが俺の体を受け止め支えてくれていた、無事な姿でいるということはあの魔族に勝ったのだろう。
「君も勝ったんだね、お疲れ様。凄いわね、流石勇者と呼ばれるだけはあるってことかしら」
「……」
今の言葉で必要な情報は手に入った、「君も勝ったんだね」ってことは彼女もやはり無事に勝てたのだろう。
俺は一先ずの安心をし、そこで意識を手放した。
「おやすみなさい、カイ君……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん……?」
俺は硬いベッドの上で目を覚ます、ここは廃墟の街の家の1つのようだ。
「……確か、ゲーテを倒して、意識を失いかけて……」
『あの者なら、汝をここに置き、去ったぞ』
「ロンドさんが……」
『何かそこに残していったようだな』
「?」
アムルガに言われた方を見ると、テーブルに手紙が置かれていたので広げて読んでみる。
──勇者カイ君へ
まずは十魔将・蔑視のゲーテ討伐おめでとう。
さすが勇者といったところかしら。
結局、英雄なんて言われている私は肝心な時に何も出来なかったわね、ごめんね。
さて、慌ただしいけれど、ここでの用事も終わったので私は再び旅に出ます。
君もきっとすぐに旅に出るのでしょうね。
再び生きて会える事を願っているわ。
それじゃあ、またね。
ロンド──
「……そうか、彼女はもう旅立ったんだな」
俺は鎧兜と聖剣を外して鞄にしまうと外套と双剣に着替える。
鎧兜姿に聖剣を背負って旅をすると目立ち過ぎて、勇者を狙う強い魔族や魔物だけでなく、聖剣目当ての盗賊まで狙ってくる。
旅人姿の方がそう言った輩に襲われることが少ない……最も野良の魔物やただの盗賊に襲われることはあるが。
「さて、俺も行くか……」
『次は何処に向かう?』
「北だ、ケルヴィンの使者の情報だ。強い魔族がいるらしい」
次の目的地を決め、俺は北に向かって歩き出した。