蔑視のゲーテ
「ハッハッハッ! ニンゲンがオレ様の空を飛ぶこと自体が間違いなのだッ!!」
「ッ!!」
オレ様は鎧兜を着けニセモノの翼を持ったニンゲンを空中で翻弄しつつ見下す。
しかし、初めて会った時は産まれたてのヒポグリフのようだったニンゲンが、今は成鳥のヒポグリフを超えるくらいには空を飛ぶのが上達していて生意気だ。
「ニンゲンは地を這ってこそ相応しいのだ……」
そう、オレ様は空も飛べず地を這いずり地上に生きることしか出来ないニンゲン達を天から見下し優越感に浸るのが好きだ。
そして、いたぶり蹂躙し殺すのが大好きなのだ。
「それを……」
オレ様はユーシャカイを睨み、特別製の棍を握る。
この棍は魔王様に頂いたアダマンタイト製の棍だ、かなりの重さを持つこれを空でも自由に操れるのはオレ様くらいのものだ。
ユーシャカイというニンゲンが使う剣もオレ様の棍を受け止めても刃こぼれしない程の性能はあるようだが、それでも、空の上ではオレ様の勝ちは絶対だ。
いや、絶対でなければいけないのだ。
それがオレ様がオレ様である証明なのだ!
そして、ユーシャカイに向かって高速で飛び出し、渾身の力を込め何度も棍を振る。
「ハッハァッ!! ニンゲン如きが空に上がってくることが間違いだ!! キサマ達ニンゲンは魔王様に怯え震え家に閉じこもり、ただただ殺されるのを待ってればいいのだッ!!」
「くっ!!」
「ハッハァッ!!」
オレ様の猛攻にユーシャカイは防戦一方で為す術もない。
やはりニンゲンなど空の上ではこの程度、それが当たり前でなければならない。
「少し飛べるようになったからと思い上がったな! 空はオレ様のテリトリー、ニンゲンが来ること自体間違いなのだ!!」
「それなら何で……」
「む?」
「それなら何で街を襲う。お前のテリトリーに入ったわけじゃないだろう?」
「…………ハッ!!」
そんなくだらないことを言われ、オレ様は笑う。
何で、だと? そんなことは決まっている。
「それはキサマ達ニンゲンがオレ様のオモチャだからだ! 生かすも殺すのはオレ様の気分次第だ!」
「ッ!! 話にならないな……」
「話? それこそお笑いだ。オレ様達とニンゲン共が同列にあると思っているのか?! キサマ達はただオレ様達に殺されのを抵抗せずに黙って震えて待ってれば良いのだ!!」
「ふざてるのか……!」
無論、ふざけてなどいない。
いないが、これ以上の話は無意味だろう、所詮、オレ様達魔族とニンゲンでは種族としての格が違うし、生き方も考え方も違うのだ。
魔王様もニンゲン達を滅ぼせと仰っていた、だから、殺すのだ。
「いや、ふざけてなどいない。キサマ達ニンゲンは滅びるウンメイなのだ!!」
「そうか、本当に話すだけ無駄みたいだな……雷槍!」
「!?」
ユーシャカイが何事か呟くとヤツの前に2メートル近くもある雷で出来た槍が現れ、それを真っ直ぐオレ様に向かって放つ。
あれはサンダーランスの魔術か? 威力はまるで別物だが。
「だが、そんなことは関係ない」
雷槍という魔術は確かに速度のある魔術だが軌道は単純で直線的、オレ様の速度を以てすれば余裕で躱せる。
「はあぁッ!!」
雷槍を余裕で躱したオレ様の背後に回り込み、ユーシャカイが剣を振り抜く、だが、そんなことは気付いている。
顔も体も向きは変えずに棍だけ後ろに回し剣を防ぐ。
「ッ!!」
「甘いぞッ!!」
「ぐがっ!!?」
剣を弾くと体に風を纏い回転しながらユーシャカイに棍を振り下ろすと、反応が遅れたユーシャカイが肩口からまともにオレ様の棍をまともに食らい吹き飛ぶ。
オレ様のいる空よりも下へと落ちていく姿を見ながら、仮面の下で口元を歪めて笑う。
「そうだ。それでいい! オレ様よりも上空にいることは許さん!」
ユーシャカイとやらを見下ろし、オレ様は高笑いをする。
そう、これこそが正しい構図なのだ、更に言えば、ニンゲンには地面の方が似合っている。
「チッ、ずっと地面を這いずっていればいいものを……」
「……そうはいかないさ。お前を倒すって言っただろう」
「…………」
地を這うニンゲンが何と生意気なことか。
許せん許せん、その思い上がった考え毎、叩き落としてやる。
「キサマがこの大空の支配者である蔑視のゲーテ様に空で勝てると思っているのか?!」
「どこだろうと関係ない。十魔将は僕が全員倒す。魔王も倒す……!」
「……けるな!!」
「?」
「フザけるなッ!!」
ユーシャカイの言葉にオレ様は怒りに震える、思い上がりも甚だしい。
ニンゲン風情が、あの最強で完璧でオレ様が唯一尊敬する魔王様を倒すだと?
そんなことは口に出すだけでも罪深い!
「良いだろう……キサマはオレ様の全力全霊を以て叩き潰し、殺してやる!!」
「ああ、そうじゃないと意味がない」
「うおおおぉぉぉーーッ!!!!」
嵐のような暴風を身に纏い、オレ様の高速で空を駆ける。
このニンゲンの言葉全てが不快だ、もう何の言葉を発することもさせぬ間に殺す。
一瞬で間合いを詰め、一撃、ユーシャカイは何とか反応し受け止める。
すぐに折り返して、二撃、またも受け止められる。
三撃、四撃……何撃も打ち付ける。
ユーシャカイは何とかそれを受け止めるが、徐々に体勢は崩れていく。
オレ様は基本的に技を持たない、何故なら、空を高速で飛ぶことと魔王様から頂いた棍で殴ることが何よりの必殺の一撃となる。
だから、オレ様は基本的に技を持たない。
だが、そんなオレ様が唯一考えた技がある。
両腕に血管が浮くほどめきめきと力を込め、天高く振り上げて魔力も込める。
するとオレ様の腕と棍を囲むように竜巻が巻き起こる。
「オレ様最強タイフーン!!」
「!!!」
棍を思い切り下へと振り下ろすと同時に全ての力を解放する。
オレ様の打撃が形を持ち竜巻を纏い、ユーシャカイへと襲い掛かる、竜巻の風の力で横へと逃げることも出来ない技だ。
案の定、ユーシャカイはオレ様の技から逃れられず、偽物の翼を醜くばたつかせていてとてもニンゲンらしい。
「フハハッ! 無駄だ! 落ちろ、オレ様の空から失せるが良いッ!!」
結局、ユーシャカイはオレ様の技から逃げ切れず、竜巻に巻き込まれ振り回されている。
「……」
オレ様はその様子を高見から見下ろす。
「フハッ……フハハッ! いいぞ! その姿こそ、キサマ達に相応しいのだ!!」
ユーシャカイを蔑みの瞳で見下し、笑い続ける。
所詮、オレ様に空で勝てる者などいるはずがなかったのだ。
「フッハッハッハッハーー…………ハッ??!!」
勝利を確信し天を仰ぎ笑っているとオレ様の技が稲光と共に破裂し消滅した。
何事だ、何が起こった? そう思い、稲光のあった方向を見る。
オレ様の技は破られ、後には消えかけたつむじ風が起こっているだけだった。
「……何だと? 何があっ……た……」
気配を感じ、視線が自然と上へと上がる。
「………………あ゛??」
ふ ざ け る な !
何故、キサマがそこにいる!?
そこはキサマがいていい場所じゃない!!
「ウオオオオオオオオァァァーーーッ!!!!!」
オレ様は雄叫びを上げる、
「ニンゲン風情が!! この空の支配者であるオレ様を!! 見 下 ろ す な !!!!」
オレ様より高い位置に浮いているニンゲンに向かって。
このオレ様が何故見上げねばならないのか!
許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せん許せんッッ!!!!!
「……ふっ」
「!!!?」
そんなオレ様をニンゲンが高見から鼻で笑った?
「……どうしたんだ? さっきまで余裕の態度はどこ行ったんだ?」
ニンゲンが挑発するかのように指をクイクイッと動かす。
「この……ニンゲン風情がァァッ!!!!」
「!!」
オレ様の最高速で一気に羽ばたき距離を詰め、棍を振り抜く、それをニンゲンが剣で受け止める。
「チッ!!」
「はぁッ!!」
「!!」
ニンゲンが受け止めるだけではなく、棍を押し返すように剣を振る。
続けてオレ様に向かって剣を振る……重い、満身創痍なはずなのに、何故このニンゲンはまだオレ様に歯向かうのか?
このニンゲンが魔王様に勝つ可能性など絶対にないと言うのに。
「キサマ達ニンゲンは黙ってただ滅びればいい──」
「はあぁッ!!!」
「ッ!!??」
ニンゲンが今まで見せた中で1番の速度でオレ様に斬り付ける、初めてその刃がオレ様の肌に届き、赤い線を引く。
何故だ、段々と飛ぶ速さも剣の鋭さも武器を合わせる毎に上がっている気がする。
体力や魔力の疲労も怪我も増えているはずなのに、だ。
「蔑視のゲーテ……この空はお前の物じゃない」
「ナ……ニ?」
「元々、空は誰の物でもないんだ……それでも、お前が空をお前の物だと言うなら……俺がお前から取り戻す!」
ニンゲンがオレ様に剣を向け見下ろしながら、そう言った。
だから、オレ様を見下ろすな!!
それにオレ様から空を取り戻すだと?
生意気だ生意気だ生意気だ!!
…………
オレ様は初めてしっかりと目の前の相手を見る。
こいつはただのニンゲンではない。
それは認めよう、認めた上でオレ様は改めて魔王様に誓う。
「いいだろう……キサマはこの十魔将・蔑視のゲーテ様が本気の全身全霊、そして、全速を以て殺してやるッ!!!」
「!!」