違和感
私の名はガルダック、十魔将が1人・蔑視のゲーテ様の忠実なる部下だ。
私があの御方と初めて出会ったのは空の上でのことだ。
あの頃の私は私こそが空の支配者と思っていたものだったが、まだ十魔将になっていなかったゲーテ様と出会いどちらが優れているか戦い、見事に完敗し高くなっていた鼻をへし折られ、私はゲーテ様に忠誠を誓ったのだ。
私達は2人でよく暴れた、幾つもの村や街を蹂躙し、強いと言われた他の種族の戦士達を何人も倒し殺してきた、時には野良の空飛ぶ魔物を相手にし戦うこともあった。
全てを力でねじ伏せ、空で私達に敵う者などいなかった。
だが、負けた、完敗だった。
その唯一負けた相手こそが魔王様だ、正に手も足も翼も出ぬとはあれのことだ、本当に圧倒的だった。
私達は敗北を認め、ゲーテ様は魔王様に膝を着き忠誠を誓った。
その戦いの後、魔王様がゲーテ様の力をお認めになられ、十魔将の1人として選ばれた時は一緒に心より喜んだものだ。
「それを……」
「?」
女が私の呟きに眉を潜めている。
聖剣に選ばれた人族の勇者……そして、羽の生えた女──確か、天翼族とかいう種族の天空の舞姫と呼ばれている英雄だったか。
それらが魔王様に選ばれ十魔将となったゲーテ様を倒すつもりだと?
「ふん、愚か愚か愚か!!」
「んっ!!」
私は鼻息荒く2つの槍を振り回すと女が1つの槍で応戦する、空を飛ぶ速さは私よりも女が少し上といったところだが力は私よりも劣る、私の計算では実力はほぼ互角のものの私の方が優勢。
しかし、ゲーテ様を苦しめた光の魔術とやらは厄介だ、あれには気を付けねばなるまい。
翼を羽ばたかせ少し後ろに下がると力を溜めてから、2本の槍を前に突き出し女に向かって突進する。
「チャージダブルランスッ!!」
「!!」
この技は動きが直線的になるが瞬間的に速度は上がる、女には防ぐことも躱すことも不可能だ。
「エアシールド!」
「ぬっ?!」
私の槍の先が何かがぶつかり、僅かに槍の軌道がズラされ、槍は女に当たらず通り過ぎてしまう。
「今のは……そうか、風で槍の切っ先を弾き、受け流したというわけか!」
「あらら、案外早くに気付いちゃったわねー」
「小賢しい」
だが、弱い者はそうやって工夫し戦うのを私は知っている、何より私がゲーテ様と戦った時に私は自分が弱いと自覚した上で工夫して戦ったものだ。
「むっ!」
少し昔のことを思い出していると、女に魔力が集まるのを感じる。
「セイントレイ!」
「ぐっ?!」
油断し諸に光の魔術をくらってしまう、全身が焼けるような激しい痛みが襲う、この魔術は厄介だ。
「ぐぅっ! はぁはぁ……はぁ…………ふっ!」
「? 何を笑っているの?」
「何を笑う、か」
この魔術、何度もくらえば私でもやばいだろう。
だが、この魔術をものともしないゲーテ様は凄い、やはり私が仕えるべき主だ。
だから、私は笑った、仕えるべき主に間違いはなかったということだから。
「はぁぁッ!!」
「せっ!!」
「軽い! 女、やはりお前の槍は軽いな!」
「そりゃ私は日々体型を気にしてるからね!」
「……何を言っている?」
女が何を言っているのか理解出来ないが、この女は何かが引っ掛かる、どこか違和感があるというか……。
「……女、お前は一体何を考えている?」
「えっ、そりゃ今日のご飯何にしようとか、お風呂に入りたいなーとか、ふかふかのベッドで休みたいとか?」
「そういうことではない!」
「え?」
「え? ……ではない! お前の目的は何だ? 何故、私達、魔族と戦う?」
「ああ、そういう話ね。私の目的は…………勿論、仲間の復讐と世界平和よ」
「何だ今の間は? 取って付けたような目的は?!」
「たはは、でも、世界が壊されたら困るのは確かねー」
女が誤魔化すように笑う。
何だ、鳥肌が立つ……いや、元々鳥の魔族ではあるが、この女からは何かしら不気味なものを感じる。
「…………」
いや、落ち着け、私。
何を迷っていたのか、この女が腹にどんな一物を抱えていたとしても関係ない、私が勝てば何の問題もないのだ。
そうだ、何も迷うことはない。
「女ッ!」
「ふえ? ……何?」
「お前に私を倒すことは出来ない! ……そして、勇者がゲーテ様を倒すことも不可能だ!」
「大した自信ね」
「自信ではない……事実だ!」
私は翼を大きく羽ばたかせると一気に女に向かって飛び出し、2つの槍を何度も突き出す。
「ラッシュスピアー!」
「ふっ! やっ! とっ! ライトアローズ!」
「ふんっ!!」
私の2つの槍を自身の槍だけでは手数が足りず魔術で防ぐ女、残った光の矢が私に襲い掛かるが槍で払い落とし、すぐに槍で女に狙いを定める。
「チャージランスッ!」
「くっ!!」
今度は魔術を使う暇を与えない為にあまり溜めず、右の槍だけ突き出し突進するが、女は槍で何とか受け流す。
「かはっ?!」
だが、それと同時に放った蹴りまでは見抜けなかったようだ、女は両手で槍を持っているし、革の防具くらいしか着けてないので痛みで動きが止まったようだ。
そして、私がそのチャンスを見逃すはずもない。
「ふははっ! 終わりだ、女!!」
「ッ!!?」
「ツイントルネードランスッ!!!!」
2つの槍をガチャりと合わせ、魔力を流した体ごと回転し、私自身を1つの槍と見立て突撃する私の最強の技を放つ。
これならば女の魔術の防御など容易く突き破れよう。
「セイントシールド!!」
「むっ!?」
さっきよりも硬い魔術の盾の手応え、風の盾は受け流すのが目的でこの光の盾は防ぐのが目的らしい、光の魔術は守る側でも私の攻撃に影響を与え、少し勢いを削られる。
──だが、そんなことで私の最強の技が止められるはずもない!
「はあぁッ!!!」
「あっぐぅッ!!!」
少しの抵抗を見せたが光の盾は砕け散り、私の槍は女の脇腹を深く抉った。
狙いは多少ズレたものの手応えは十分、これは死んだか致命傷のはずだ。
私の想像通り、血を流しながら女が地へと落ちていく、あの出血量ならばもう戦えないだろう。
ある程度、女が落ちていくのを見送ってから、私はゲーテ様が戦っているであろう方向を見る。
不要とは思うがゲーテ様の手伝いに行くとしよう、どんな不測の事態が起こるともわからないのだ。
「良し……ん?」
その時、チカリと下の方で何かが光った気がし、視線を下へと向ける。
チカチカと瞬間瞬間点滅しながら、高速で飛ぶ何か、その速度は私は疎かゲーテ様よりも遥かに速い。
「何……何だ、あれは?」
そして、それは一瞬で移動し、気付けば私の体を斬り付けていた。
「ぐおっ?!」
数秒後に血が噴き出し体に痛みが走る。
それをやった相手を睨み付ける、どういうことなのかと疑問に思う。
死に体だと思っていた女が今までとは明らかに違う速度で空を飛び、私の体を深く傷付けた。
「なっ、何だと? 女、一体何を……いや、お前は、何だ……?!」
「……ふぅ」
女が目を細め、私を見下ろしため息を付く、その姿は先程まで戦っていた女とは別人に見える。
女の腹に付いた傷の血は既に止まり、仄かに光り塞がり始めいる。
「あまり目立ちたくはなかったけど、邪魔はされたくないし仕方ないか……」
「何……?」
まるで私など眼中にないというように女が何かをぶつぶつと呟いている。
「まあ、これくらい離れているなら気付かれないし平気よね……はぁーぁ、それにしても、この服気に入っていたのにな……」
「お、女ァ……せめて、お前だけでも! ゲーテ様の邪魔は……ッ!!」
「煩い」
「ッ!!?」
私が最後の力を振り絞り、槍を投擲するが、女の目の前で透明な壁に阻まれ止まる。
今、魔術を使ったか? 何に止められた?
「安心なさい。2人の戦いを邪魔するつもりもないわ、ここで負けるようなら……ううん、これは余計か」
「……?」
「じゃあ、そういうことで、そこの君、さよなら……────」
「!!??」
女が何事かを呟くと私の周りを温かな光が包み込み、
「なっ?! やめっ、私の体が──ッ?!」
何の魔術を使われたかもよくわからぬまま、私の体が徐々に消えていく。
消えていく視線の先、女が私から興味を無くしたように視線を外す。
「(くっ、ゲーテ様……ご無事で……!)」
最後にそう願い、私の命はそこで尽きたのだった。