再戦
コンコンと金属をノックするような音が響き、俺の意識は徐々に覚醒する。
「んっ……?」
「もしもーし、生きてますかー?」
「…………生きてるよ」
「やぁ、カイ君、良かった。こんなところで寝てるから心配したよ」
体を起こし、自分の寝ていた場所を確認する。
廃墟となった街の広場に大の字で寝ていたらしい、夜に体力と魔力を使い過ぎたかもしれない。
案の定、横にはロンドがしゃがんで俺のことを覗き込んでいた。
「何してたの?」
「飛ぶ練習だ」
「……はぁ、そりゃ勤勉ね。ロクに寝れてないんじゃない?」
「十分寝れたさ」
「それで練習の成果はあったの?」
「ああ……飛翼」
魔力の翼を生やすと飛び徐々に速度を上げて、今までで一番速く高く空へと飛び上がる。
相変わらず雲に覆われてはいるが夜より視界が広い、景色には荒野と山が続いているが上空は何となく心地よかった。
「……」
「おーーい」
「ロンドさんも来たのか」
「凄い上達じゃない。夜の間に何があったの?」
「特に何かしたわけじゃないよ。ただ……」
目を瞑り風を感じる。
「ただ?」
「俺は空を飛べる、飛べるのが当たり前だって思い込んだだけだ……」
「…………え? それだけ?」
「ああ、そう思っただけでしっくり来た。……まあ、思い込むまでに相当な時間は掛かったけど」
「……そりゃそうでしょ、人間は飛べない種族、飛べるなんて思い込むこと自体、無理がある……普通はね」
「……まるで俺が普通じゃないみたいな言い方だな」
「ええ、逆に普通だと思ってたの?」
「……」
満面の笑みでそう言われ、無言になるしかなかった。
「まあ、それでも、まだゲーテには少し及ばないけど」
「だろうな……」
さすがに一夜漬けで追い付ける程、甘くはないと思っていたし仕方ないだろう。
でも、これ以上時間を掛けていても仕方ない。
「ロンドさん、ゲーテはどこにいるかわかる?」
「んー、この辺りにいるのは確かだろうけど、正確な場所までは……」
「そうか、じゃあ、しらみ潰しに探すしかないのか……」
「その必要もないわよ。ゲーテは自分より高く飛べる者が許せないみたいなの、だから……」
「キサマ等、オレ様の空で何をしているかっ!?」
「!?」
「ほらね、私の言った通り」
俺達がいる空よりも上空から大きな声が聞こえ仰ぎ見ると、三日月型の角に2対4枚の翼を持つ魔族が腕を組み空を飛んでいる。
「十魔将……蔑視のゲーテ!」
「噂をすれば、ね」
「む? キサマ覚えているぞ、確かニンゲンの分際で空を飛んでいたヤツだな!」
「ああ、僕は勇者カイだ」
「ユーシャカイ? ……知らん。知らんが、オレ様の空にキサマなどいらん!! 打ち落としてくれるわッ!!」
「!!」
ゲーテが腰に下げた50センチほどの棒を手に取りブンと振ると2メートル程の棍になる。
ゲーテがその伸縮性の棍を構えると一気に上空から俺に襲い掛かり、それを聖剣で受け止めた。
──重い、全て金属で出来ているのだろう、相当な重さを持った棍だが、ゲーテはそれを軽々と振り回す。
魔を冠するモノに対して斬れ味を発揮する聖剣だが、魔族が使ってるだけのただの重たい金属の武器ならその限りではない。
聖剣が刃こぼれすることはないが、空を自由に飛び回り速度を付けた攻撃を受け止める度に手が痺れる。
「くっ!!」
「ニンゲンはニンゲンらしく、地を這いずり回るが良いッ!!」
「私を忘れて貰っては困るわ! サイクロンッ!!」
「むっ?!」
ロンドが風の上位魔術であるサイクロンを使うと、ゲーテの周りに竜巻が発生し取り囲み風が襲い掛かる。
「何だ、このそよ風は……オレ様にこんなモノが効くと思っているのか、ムダだッ!!!!」
「うッ!!」
ゲーテが気合の声と共に4枚の翼を広げると強い風が巻き起こり竜巻を吹き飛ばす。
更にロンドのことをギョロりと睨むと、ビシッと指を指す。
「キサマ……ふむ、キサマには本物の羽があるようだが、所詮はオレ様よりも少ない! オレ様の邪魔をするなッ!!」
「邪魔? 邪魔とはこういうことかしらね? ライトアローズ!」
「ぐっ?!」
ゲーテに幾つもの光の矢が襲い掛かる。
「(光の魔術? 失われた魔術って聞いたことがあるけど……)」
『……正確には忘れ去られた魔術だ』
「チィッ、忌々しい光だ!」
「魔族には効くでしょ? セイントレイ!!」
ゲーテに向かって天から光が降り注ぐ、それを受けてゲーテが苦悶の声を上げる。
「ぐぅっ、ぐぐぐーーッ!!」
『確かに魔族には有効だろう、だが──』
「ハァァーーーッ!!!」
ゲーテが翼を広げ高速で飛行すると光から脱出する。
『この世界の光はほぼ失われているのだ。光の魔術も比例し弱まっておる、魔族に幾ら効果的とはいえ、力のある魔族には効果は薄いだろう』
「(なる程……)」
「鬱陶しい!!」
ゲーテが狙いを変え、ロンドに向かって真っ直ぐ飛翔し棍を振る。
「させない!」
「ぐぬっ?!」
その間に入り、俺が棍を受け止めると空中に重い金属音が響く。
「今度はキサマが邪魔するか、ニンゲン!!」
「邪魔するさ、魔族を倒すのが勇者だ」
「ならば、キサマから死ね!」
「だから、私のことを忘れないで……きゃッ?!」
ロンドが再び魔術を使おうとゲーテに手を翳すと、一陣の風が巻き起こりロンドの前で止まる。
「ゲーテ様の邪魔はさせん!」
「だ、誰?!」
「私はゲーテ様、一の配下、ガルダック! ゲーテ様、この女の相手は私にお任せを、ゲーテ様は勇者を!」
風を纏って現れたのは鷲の頭に手足に翼と所々に鳥の特徴を持つ魔族で両手にはそれぞれ短めの槍を持っていて、体の要所に鎧を着けている。
「おおっ、ガルダック、キサマか! 任せるぞ!」
「ハッ!」
ガルダックが光栄だとばかりに胸を張り、ロンドに2つの槍を大仰に構える。
「さあさ、女よ、お前の相手はこの私だ! 大人しく殺されるが良いわッ!!」
「大人しく殺されるわけがないでしょう」
ロンドもガルダックに合わせて槍を構える。
どうやら十魔将のゲーテとの戦いで彼女の助力は期待できないようだ。
……まあ、勇者を名乗ると決めた時から、例え1人だろうと魔王を倒すつもりだったので問題はないが。
「これで邪魔はないぞ! さあ、キサマは死ね!」
「……それはこっちの台詞だ、僕がお前を倒す」
雄叫びのように叫ぶとゲーテが俺に向かって棍を振り回し打ち下ろす。
俺は聖剣でそれを受け止め、戦闘を再開した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……やれやれ困ったわね」
私はそう独りごちる。
最初の出会いは衝撃的だった、空から鎧を着た人間が落ちてきたのだから。
廃墟の家がクッションになったとはいえ、かなりの高さから落ちてたから死んでると思ったけど、無事だった。
それが噂の聖剣の勇者カイとわかってチャンスと思った。
これなら十魔将である蔑視のゲーテを倒せる目処が立ったと思ったのだけど……
「誤算ねぇ……」
「何をぶつぶつ言ってる、女ッ?!」
空中で2本の槍を躱しながら、うーんと唸る。
十魔将に配下の魔族や魔物がいるのは十分に想像は出来たことだった。
「ただ最悪でもないか……」
この状況、十魔将と魔族を同時に相手にするよりはマシと言える。
最初に拙いフライの魔法を見た時は不安しかなかったけど、この短期間で驚く程の上達を見せた。
それどころか、下手な魔物よりも速くなったと思う、それも鎧や聖剣を持った状態でだ。
勇者のイメージとは随分とイメージが違ったけど、カイ君なら魔王に届くかもしれない、そう思う。
だから、十魔将は任せるわ、魔族は私が倒すから。
「……」
「黙り込んでどうした女ッ! とうとう諦めたか?!」
「ふぅ……」
叫ぶガルダックに私は片手を翳す。
「ゴッドブレス!」
「!!? ぐおっ?!」
大きな気流を発生させ、思い切りガルダックにぶつけると遠くまで吹き飛ばす。
この魔術で倒せはしないだろうけど、ゲーテとガルダックの距離は十分に引き離せただろう、後は邪魔にならないように倒すとしよう。
「後は任せたわよ、カイ君」
それだけ呟き、私もガルダックが吹き飛ばされた方へ飛んでいく。
「ぐっ、ぐぬぬ……」
「あら、意外と効いてたみたい」
ダメージは期待していなかったゴッドブレスだが、思いの外効いていたようでガルダックが手を当てながら軽く頭を振っている。
「小癪な真似を!」
「さて、じゃあ、始めましょうか」
「すぐに終わらせてくれる!」
空の上で互いに槍を構え、私ロンドとゲーテの配下の魔族ガルダックとの戦いが始まった。