天空の舞姫
「違う、もっと体で風を感じる!」
「か、感じるってどうやって?!」
「こう、びゅーって感じ!」
「……」
空での戦いが得意な十魔将・蔑視のゲーテに対抗するために今現在、天翼族の英雄である天空の舞姫ロンドに空の飛び方を学び始めたところだったのだが……。
「そう! そこでバッと翼で風を掴むのよ」
「バッ?! 掴む?」
どうにも彼女の説明は擬音だらけで要領を得ず、飛行練習の方はあまり成果は上がってない。
「……ふぅ」
翼をしまい、地面に着地する。
「少し休憩にしましょうか」
「……あぁ、頼む」
普段使わない筋肉を使ったせいか体が疲れた、地面に座り休憩を取る、ただレンゲルから取り出した魔力の源を取り込んだお陰か魔力には随分と余裕がある。
自分の体調を確認しているとロンドが俺の正面に同じように座る。
「上手くいかないねー……その鎧脱いじゃった方が速く飛べるしバランスも取りやすいと思うけど?」
「……それはできない」
人前で姿を晒すわけにもいかない、どこで誰が見ているかわからないし、どこから俺の正体がわかるかわかったものじゃない。
だから、鎧を着たまま上達しなければいけなかった。
「防具は確かに必要だけど、その鎧は重すぎると思うけどなー」
「……」
「ふぅん、何か事情がありそうねー……どうにか鎧を着たまま上手く空を飛ぶ方法を考えないとかなー」
ロンドが難しい顔を作り、むむむと唸る。
「何とかならないかな?」
「あるにはあるけど、人間の君には難しいかなー」
「どんな方法です?」
「単純に多く魔力を込めれば良いんだよー、ただ人間は魔力が低いからねー。君には難しいよね……」
「…………」
「まあ、他の方法を探して……」
「それなら何とかなるかもしれない」
「えっ?」
「(アムルガ、借りるよ……)」
心の中で一声かけ、俺は魔力の源から魔力を引き出し体の中を魔力が巡らせる。
「へぇ……凄い魔力ね。確かにそれなら何とかなるかも!」
「そうか、いけそうか。なら、その方法、教えてくれないか?」
「……うん、良いでしょ。私が君を鍛えてあげる」
ロンドがにやりと微笑む、その笑みに少しの不安を覚えつつも俺は教わることにする。
飛行魔術が上達すれば、他の十魔将や魔王を倒すのに役立つだろうから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うおおおぉぉぉーーッ!!!!」
絶叫を上げながら、俺は廃墟となった家に上空から高速で突っ込む。
「つつ……」
「おーい、大丈夫?」
「……だ、大丈夫、です」
がらがらと瓦礫から這い出ると少し上空に浮いた状態のロンドが心配そうな表情を向けている。
ロンドの言っていた通り魔力を多く込めれば速く飛べたが、今度は速度の調節に苦労している。
「もう一度だ……飛翼!」
飛び上がり、体と魔術の翼に魔力を多く込めて、羽ばたく──途端に翼の制御を失い、また家の中に突っ込む。
「つぅッ!」
瓦礫から再び立ち上がり、埃を払う。
「本当に、上手くいかないもんだ……ん?」
崩れた家の中を見回す、少し前まで生活をしていたのだろう、埃を被った家具や腐り始めた食糧などが落ちている……そして、家族らしき複数の死体も。
「……」
この小さな街の家の1つ1つには少し前まで人が生活して、生きていたんだ。
俺の故郷のように……
「どうしたの? 怪我でもした?」
なかなか出てこない俺を心配してか、ロンドが家の中に入ってきた。
「怪我はないよ……」
「良かった…………どうかしたの?」
「ここ……この街には少し前まで人が住んでいたんだって思ってね」
「……そうよ。ここは少し前にゲーテに滅ぼされたの。勿論ここだけじゃないわ、他にもたくさんの村や街……国諸共滅ぼされた場所もある」
「そうか……」
放っておけば、この村と同じような場所がもっと増えるってことだ。
「……怖くなった?」
「いや……逆だよ」
「逆?」
「ゲーテは早く倒さなきゃならない。被害を増やさないためにも……」
家の外に出て魔力を込める、昔のことを思い出し力み過ぎたのか、翼が魔力に耐え切れず弾けて消える。
「ッ!?」
「…………君、不思議ね」
「ん、不思議?」
「それだけ膨大な魔力を持ちながら、制御はからきしなんて……まるで急に大きな魔力を手に入れて持て余しているみたい」
「…………」
実際にその通りだから、とは説明できないので無言になっているとロンドがからからと笑う。
「あー、君に興味はわかないでもないけど、別に深く問い質すつもりもないわ……そうね、まずは空を飛ぶことより魔力の制御から訓練しましょうか」
「魔力の制御?」
「そう。君の場合、速く走りたいのにそもそも足の動かし方を知らないって感じだからね」
「なる程……?」
わかったようなわからないような説明だ、だけど、多分そうなんだと思った。
「でも、その前に……」
「?」
「彼等を供養してあげようか」
「……」
それから、2人で村にあった死体を集め、村の外れにあった墓場に埋葬した。
ロンドが出来上がった墓に向かって手を合わせ目を瞑る、俺は少し後ろでその光景を何となく眺める。
「……さて、続きを始めましょう」
「……あぁ、わかった」
埋葬を終え、翼の制御から魔力の制御に切り替え、訓練を続ける。
ロンドの魔力の使い方の教え方は上手く、今まで適当に魔力を込めていて制御が悪かった魔術も少し上達したような気がした。
そして、訓練に集中していると気付けば空を占める黒雲は更に暗さを増し、夜の暗さになっていた。
「ふぅ、今日はこれくらいにしておいた方が良さそうね」
「ああ、そう、だね……」
「えぇ、休息も大事よ」
ロンドがそう言って、比較的被害の少ない家を選ぶと中に入っていく。
「ほら、カイ君もおいでー」
「……あぁ」
手招きされ、仕方なしに俺も中へと入る。
家の中は多少汚れてはいるものの寛ぐには十分だ、匂いは少し我慢しなければならないが……。
中へ入るとロンドが調理場に入って、料理をし始めている。
「少し待ってて……と言っても簡単なものしか作れないけど、折角調理場があるし」
「……料理なんて出来るんだな」
「簡単なものくらいならねー。って、君は今までどうしてたの?」
「そのまま食ったり、焼いたり……」
「よくそれで今まで旅を続けられたわねー」
呆れ顔で見られたが、俺は気にせず席に着く。
「…………ふぅ」
魔力や魔術の扱いは確実に上達している手応えはあるが、到底ゲーテに届いたとは言えない、最低でも明日にはもう少しまともに使えるようにしないと。
『……クロよ』
「(アムルガ? どうしたんだ、今日は全然喋っていなかったけど)」
『あの者には気を付けよ』
「(あの者?)」
『羽の生えた者のことだ』
「(ロンドのことか、どういうことだ?)」
『…………』
「おまたせー」
アムルガの言葉に俺が首を傾げてるとロンドが料理を持ってやってくる。
「? どうかした?」
「いや、何でもないよ……」
「そう?」
ロンドがテーブルに出来たものを並べる、ソテーされた肉と肉入りのスープだ、動物はほぼ絶滅しているので魔物の肉だろう。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、僕は違う部屋で食べさせてもらうよ」
「は?」
ロンドが人間ではないとはいえ、どこから情報が漏れるかもわからないので兜を外すわけにもいかない、正体は隠し続ける。
そう思って席を立とうした時、後ろからがしっと兜を両手で挟むように掴まれ、そして、すぽっと兜を脱がされる。
「!!??」
「なーんだ、顔に自信がないか傷痕でもあるのかと思ったら、普通……と言うより、可愛い顔立ちをしているのね」
「なっ……何をする!」
「そんな怒らない……って、声が? ……ふぅん、この兜に声を変える術式があるのね……随分と変わった術式……」
兜をふむふむと興味深げに調べ始めるロンド、俺はそっと鞄の中にある剣に手を掛ける。
顔を見られたなら殺るしかないか、そう考えかけた時、
「そう殺気立たないの、ほらっ」
「!」
ロンドが呆れた表情を作り兜を放り投げ、俺は鞄に突っ込んだ手を出しとっさにそれを受け取る。
「君の正体を言い触らす真似なんてしないし安心しなさい。それにご飯は皆で食べた方が美味しいものよ」
「…………」
何となくそれが嘘ではないと思い、俺は大人しく席に着く。
「よしよし、いい子」
「誰がいい子だ……」
「その喋り方が素なの? そっちの方が何だかしっくりくるわね」
「……」
仕方なく改めて並べられた料理を見る。
「これ、何の魔物なんだ?」
「え? コカトリスとバジリスクよ」
「どっちも毒持ちじゃないか」
「あははっ、ちゃんと毒は避けてるから平気よ」
そう言って、ロンドが自分で作った料理を口に運び食べる。
「ん。我ながらおいし!」
「……」
味には期待せず料理を口に運ぶ。
「…………うまいな」
「でしょう?」
「魔物の肉なんて、どれも変わらないと思ってたけど」
「ふふーん、どうよ。味付け次第でどうとでもなるのよ」
久しぶりの美味しい食事と人前で兜を外す開放感とで伸び伸びと過ごし、日も暮れていたこともあり、俺達は別々の廃墟で一夜を明かすのだった。




