過ぎ去った記憶
9話ほど書き溜め出来たので、1日毎に投稿しまっす
暖かい……。
窓のカーテンから漏れる太陽の光が僕を包み込み、とても心地よい。
「起きなさい、クロル。もう朝よ」
「んー……」
微睡みの中、僕を呼ぶ誰かの声が聞こえ、すぐ後にカーテンが開かれ、僕は太陽の光をまともに浴びて顔をしかめ徐々に意識を覚醒させる。
「んっ、まぶし……」
「朝ご飯できてるわよ」
「ふぁぁ……んっ、わかったよ……」
僕は起き上がりベッドから出て、食卓へ向かうと先に席に着いている父が優しげな笑みを浮かべ挨拶する。
「やぁ、おはよう、クロル。お寝坊さんかい?」
「おはよう、お父さん。なかなか寝付けなくて……」
「さあ、ご飯よ」
母が料理を運んできてテーブルに並べ、父の隣に座る。
「では、神様に感謝して──」
「「「いただきます」」」
ご飯の挨拶を済ませ、僕はパンに手を伸ばしかじりつく、相変わらず固いし味は美味しいとは言い難いが食物が育ちにくい環境な上に物の流通も悪いので仕方ないし、何より僕はこのパンしか食べたことがないので文句はない。
固いパンをスープで流し込む、こちらも味が薄くて水っぽくて具材は豆や野菜くずくらいしか入ってないが僕には十分だった。
「クロル君、おはよう」
「おねえさん、おはよう!」
「おう、手伝いかぁ、頑張れよー!」
「おはよう! ありがとー、おじさん」
「おや、クロルちゃん、おはよ」
「おばあちゃん、おはよう!」
親の手伝いで畑に向かっている途中でいつもすれ違う人達に挨拶され、僕も挨拶を返しながら歩く。
──と言ってもそれ程遠くでもなく、村の人達が何人かで管理している畑の手伝いだ。
村の皆の食事をぎりぎりまかなえるくらいの広さの畑、荒廃した大地では植物が育つ場所が限られるために皆で育て出来たものを分け合って生きているのだ。
「お。クロル、来たな」
「きたよ、お父さん」
僕が畑に到着すると父が朗らかに笑う。
「じゃあ、今日もやっていくとするか」
「うん」
さて、やるか、と僕は畑の手入れを始める。
害虫を見つけたら虫除けの薬をかけたり、腐っている物を見つけたら取り除いたり、と力がなくとも子供でも出来ることはある。
むしろ視線が低い分気付きやすいこともある。
そんな貧しくも退屈だが充実した日々。
魔王が魔族を率いて、人間を滅ぼそうとしている時代のせいと言えばそれまでだけど、両親がいて村の人達と仲良く過ごし質素ながらも毎日食事ができる。
ただ生きているだけで僕は幸せだった、この幸せがいつまでも続けばそれで良かった。
でも、現実はそんなに甘くなく、それが小さな村であるなら尚更だった。
でも……
それはいつの日のことだったのか、突如として鳴り響く警鐘。
以前にも何度か鳴った事はあった、村に魔物が迷い込んで大人達が武器を取り合い何とか退治した。
今回もその程度のことだと村の皆も僕自身も思っていた。
だけど、やってきたのは圧倒的な暴力・暴虐。
小さな村など一瞬に簡単に飲み込むほどの魔王軍が攻めてきたのだ。
いや、正確に言うとこの村を攻めてきたわけではない、攻めようとしていた国の途中にあったから、もののついでで戯れに潰しに来た、そんな感じなのだろう。
そんな風に僕の育った村は潰されたのだ。
あの時のことは何があったのかよく覚えていない……。
魔王軍が攻めてきて、怒声や悲鳴が村に響く中、両親が僕をどこかに閉じ込めた。
ドアを叩いて、そこから飛び出し両親の元に行きたかったが、それ以上に怖くて足がすくみ、その場から動くことも出来なかった。
たくさんの悲鳴をどこか遠くに聞きながら、僕はただ目を閉じ耳を両手で抑え蹲っていた。
次に目を開いた時、最初、僕がどこにいるのか理解するのに時間がかかった、魔王軍が攻めてきて両親が納屋の地面にある物置に閉じ込めたことを徐々に思い出す。
「……お父さん……お母さん?」
返事はない、それどころか物置の外は何の物音もせず、不気味なほど静まり返っていた。
物置の扉を上に押し上げるとあっさりと開く、重い箱でも乗せて隠していたみたいだが箱が壊れたお陰で簡単に開けれたようだ。
壊れかけた扉から外に出る、ここは畑の近くにある納屋、畑は酷い有様だった、踏み荒らされ育てていた作物は台無しで皆の苦労が滅茶苦茶にされ悲しくなる。
重い足取りで村までの道のりを歩く、村の全てが見る影もないほど壊され火を掛けられた後があり木材がまだ燻っている。
嫌な匂いが鼻腔をつく、足取りは悪いが僕の足は確実に目的地に近付く。
行きたくない、見たくない、見てしまえば全てが終わる、それでも、認めなくちゃいけない。
僕は歩き、そして、自分の家に着く。
「あっ、あぁ……」
崩れた家と転がる両親の死体──いや、とっくに気付いていた、家に向かう途中にも村の人達の死体がたくさん転がっていたことに、見えていたのに気付かない振りをしていただけで……。
「うあああぁぁぁーーーッ!!!!」
「…………」
僕の絶叫が村の中に虚しくこだまする。
死んでしまった、失った、何もできることもなく、奪われた。
「あっ……あぁ……う、あぁぁ……」
「……おーい」
「…………えっ?」
誰もいない世界に声が聞こえる。
「……生き、て……か?」
「……だ、れ?」
声の聞こえた方へ視線を向ける、誰もいない。
突然、視界が歪む。
「うっ……」
それと同時に声がはっきりと聞こえるようになり──俺の意識は覚醒した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おーい、生きてますかー?」
「…………ん……?」
「お。生きてるみたいだねー?」
「……?」
目を覚まし、兜の隙間からの景色を見る。
相変わらずの暗い黒雲に覆われた空、左右を見ると見慣れた荒廃した大地と高い山が連なっている、そして、俺は瓦礫の上に横たわっていた。
さっき見ていたのはどうやら過去の夢らしい、思い出したくもない過去だ。
最悪の気分のまま、俺は起き上がろうと体に力を込める、
「──うぐッ?!」
体を動かそうとして全身に痛みが走った。
「……ぐぅ!」
「あっ、急に動いたらダメだよー」
「? ……だれ、だ?」
「私の名はロンド」
ロンドと名乗った声の主の姿を確認する。
綺麗な水色の髪を後ろで大きな三つ編みを作り、銀色の瞳を持つ、中性的な顔立ちの女性で典型的な人間の女性の体付きに革鎧の軽装で槍を背負っている。
しかし、明らかに人間と違うものが背中から生えている。
翼だ、ハイフライなどの魔術の翼などではなく存在感を持つ本物の白い翼だ。
人間の姿に翼の生えた種族なんて1つしかない。
「あな、たは……天翼族の英雄、天空の舞姫ロンド、さん……だったか……?」
「その呼び名は少し恥ずかしいのだけど……そういう君は聖剣に選ばれた人間の勇者カイ君かな?」
「あ、あぁ……」
天翼族──人間と似た容姿を持ちながら白き翼を持ち、天空に浮く大陸に住むと言われる種族。
しかし、魔王の軍勢に襲われ天翼族の大陸は滅ぼされ、最後の生き残りが魔王と戦っていて、その戦いぶりから英雄と呼ばれるようになった。
その容姿から天使などと呼ばれることもあるらしいが。
「回復の魔術はかけたけど、あんな高さから落ちたのだから、すぐに動かない方がいいよ?」
「高さ? ぐぅっ…………ふぅー……」
深く息を吐き、何があったのかを記憶を辿る。
「(ああ、そうだ……)」
少しづつ思い出してくる。
十魔将レンゲルを倒した俺は次の十魔将を倒す為にこのカガルンガ群山へと訪れ、十魔将である蔑視のゲーテと戦った。
「お……僕は、蔑視のゲーテに、負けたのか……」
「その通り。あいつは魔族の中でも大空の支配者とも言われる程に空中戦が得意だから。今の君のハイフライでは到底勝ち目はないよ」
「…………」
飛翼が使え空を飛べるようになり十魔将を倒したことで少し調子に乗っていたのかもしれない。
蔑視のゲーテは背に2対4枚の翼を持ち、ロンドの言った通り大空の支配者と呼ばれる程に空中戦に長けた魔族だ。
付け焼き刃の飛行魔術で勝てるはずもなかった……。
──だから、どうした?
「例え勝ち目がなくても、倒さなきゃならない相手だ……」
「……へぇ、どうして?」
ロンドが不思議そうに首を傾げながら尋ねる。
「魔王を倒すためだ」
「でも、空で戦われたら敵わないゲーテを無視して、魔王を直接倒しに行ってもいいわけじゃない?」
「…………」
それも1つの手だ、十魔将の内、後5体は倒した方が良いとアムルガに言われたもののゲーテでなければいけないって話はない。
不得手な相手を避け他の十魔将を倒せばいい話だ。
でも……
「それは出来ない」
「何故?」
「敵わないからって、一々退いてはいられない。逃げる癖がついていたら結局何にも勝てなくなる。それに……」
そう、それに大事なのは魔王を倒すことだけじゃない。
ゲーテの被害にあった国は幾つもある、空中からの一方的な蹂躙、まるで弄ぶかのように破壊を楽しむ様から空の悪魔とも呼ばれている。
そんな魔族をイリスならば放っておくはずがない。
「僕が勇者だから」
俺の答えに一瞬ロンドが目を丸くし、そして、吹き出した。
「ふっ! あっはははっ!」
「……」
「ああ、いや、ごめん。そんな真っ直ぐな人間がまだいるなんてーと思ってね、流石は勇者ね」
「……」
「良いでしょう。君が蔑視のゲーテを倒したいって言うのなら、私が手を貸しましょう!」
「は?」
「私の翼は伊達じゃないの、空を飛ぶことに関してならゲーテにだって引けを取らない。君に空を飛ぶコツを伝授してあげる!」




