旅立ち
黒い手が取ったものを少し修正しました。
倒した……自分だけでは到底敵わない相手、十魔将レンゲルを。
勝ち方は無様でぎりぎり、それも自分の力ではなく、借り物・仮初の力。
そこに仇を討ったり復讐をしたりといった達成感も満足感もない。
『どうした、念願が適ったというのに浮かない顔をしているようだな』
「……」
『……なる程。自力で倒せた気がしないから、浮かないというわけか』
「勝手に心を読むな……」
物言わぬレンゲルの体に足をかけ聖剣を引き抜くと、レンゲルの体が地上に落ちていく。
「うぐっ?!!」
それを見送っていると、急激な不快感や倦怠感が俺の体を襲い、黒い靄が俺の体から溢れ出し、手の形を作ると高速で伸びレンゲルの死体から白い仮面を剥ぎ取った。
「なっ、なんだ……?」
仮面を握ったまま、ゆるゆると戻ってくる黒い手と体が霧散し体が消えていくレンゲル。
戻ってきた黒い手が俺の目の前で開く、その掌には仮面ではなく黒い靄を纏った玉が握られていた。
「これは……」
『汝は十魔将とは何か、考えた事はあるか?』
「? 魔王に選ばれた魔族の将軍じゃないのか?」
『否、十魔将には魔族以外の種族もおろう』
「そうだけど……」
『魔将とは魔王に選ばれ、魔力を分け与えられし者達の総称である。此がその魔力の源、此を仮面へと姿を変え与えられた者は魔力をそれぞれ自らの望む形の力に変え魔将となる。レンゲルならば、魔力そのものを欲し魔術の力自体を上げたといったところか』
「これが……? そんなものを取り出してどうするんだ?」
『放っておけば、此は自然と魔王の元へと還り、魔王の力となる。そこから再び十魔将を産むことも可能であれば、そのまま魔王自身を強化することも可能だ。故に十魔将を倒した後に此を回収し、どうにかせねばならぬというわけだ』
「なる程な、なら、壊すのか?」
『否、こうするのだ』
俺の体から伸びた手が黒い玉を握ると俺の体に潜り込む。
「!? ぐあっ?!?!」
途端にさっきと比べ物にならない程の激しい心臓の鼓動が俺の体を襲う、自分の体が自分の体じゃないような自分の体が壊れてしまいそうな感覚。
「うぐっ!!? ぐあああぁぁぁーーーッ!!!!!!」
強大な魔力の奔流が体の中で暴れ回り空中で悶絶する、上下左右がわからなくなるくらいに体が跳ねる。
「ああっ、ぐっ、うっ…………はぁっ……はぁ……はぁ、はぁ…………」
それはどれくらいの時間が経ったのか、短かったのか長かったのかわからなくなる程の長さの痛みに耐え、ようやく息を整える。
そして、改めて自分の中に取り込んだ力に目を向ける。
「……これが十魔将……いや、魔王の力なのか?」
『そうだ。魔王に還さず、我等の力とする、一石二鳥の方法であろう?』
「…………」
本当にそうなのだろうか、という疑問は残る。
確かに魔王にこの魔力の元が戻るのは阻止したいと思うが、この力を自分の中に留めるのが少し不安に思う。
『慣れておけ、最低でも6つは取り込みたいところであるからな』
「こんなのを後5つか……」
レンゲルの消えた空中をじっと見つめる。
やはり何の感慨もない。
『それはまだ仇討ちが終わってないからではないか?』
「マガツか、確かにそうだな……」
仇討ちはもう1人、渇欲のレンゲルも倒さなきゃ果たしたことにならない、そして、魔王も倒す、それが俺の目的で彼女の願いなのだから、俺の感情なんて関係ない。
『では、凱旋するが良い。勇者らしくな』
「……ああ」
それも複雑な心境だ、レンゲルの脅しが口から出まかせでなければ、魔物を配置していたという村々は今頃無事では済まないだろうから。
「見捨てたのは自分で決めたことだ。それが罪というなら全て背負う……見捨てた人達の代わりに十魔将、そして、魔王は倒すよ」
『難儀な性格よ……それも自分の為というわけでもあるまい』
「……いや、全て自分の為で、ただの言い訳で自己満足だ……」
『やれやれ頑固なものだ』
「……さて、下は終わったかな」
『まだ少し残っておるようだな』
「そうか」
俺は翼を広げると地上に向かって滑空する。
「ん? 何だか、翼の動きが滑らかになってるか……それに速度も上がってる?」
『操れる魔力が増えたのだ、それも道理よ……そうだな、どれ、早速手に入れた魔力を試すとしよう』
「えっ? 何だ……────ッ?!!」
アムルガが翼に魔力を込め、落下するような速度で地上に向かって羽ばたく、途端に体に重力と風圧がかかり、舌を噛まないように口を閉じ地上に着くまでの時間を過ごし──地面すれすれで大きく翼を広げ減速し、地面に優雅に降り立つ。
それは数秒という短い時間だったけど、今日一番生きた心地がしなかった。
「(アムルガ……お前な……)」
『くく、なかなか楽しめたであろう? さて、残りは5000程度か、人間にしては頑張ったようだな』
周囲を見回す、敵味方問わず視線が俺に集まっている。
アムルガの言う通り敵の魔物の数は5000近くと、人類側はかなりの善戦をしたらしいが、騎士や傭兵達の姿は満身創痍といった具合で、もし、このまま戦って勝てたとしても少なからず被害が出るだろう。
俺は黙って聖剣に手をかける。
『不要だ。我が片付けよう』
「え?」
俺の行動を遮るように、今までの比ではない魔力が体の中を駆け巡り熱を持つ。
『うむ……4935体か、数は多くともただの有象無象、我の敵ではない……では、悉く滅び去るが良い……串刺し』
「「「「!!!!」」」」
一瞬の出来事だった。
アムルガが俺の体を使い地面に手を付き「串刺し」と唱えると、地上と低空を飛んでいた全ての魔物達が地面から生えた岩の槍に串刺しにした、それも人間を完全に避け、魔物だけを狙い殺している。
「「「「「…………」」」」」
やった俺自身(正確にはやったのはアムルガだが)ですら引くレベルの光景だった。
5000近くの魔物全てが串刺しにされ血を流し絶命し、レンゲルの返り血と合わせて血塗れの鎧姿に騎士や傭兵達も表情が強ばり完全に引いている。
こんなのは、勇者じゃなくて、まるで魔王の仕業のようだ……。
現実に短いのに長く感じられる時間、少ししてハルデルトが俺の前に近付いてくる。
「ゆ、勇者殿、ご無事でしたか?」
表面上は平静を装いつつ、ハルデルトがそう尋ねてきた。
でも、俺に対して恐怖や畏怖を抱いているのを感じる。
「えぇ、無事に魔族ポーマルダ、並びに十魔将レンゲルを倒しました」
「おぉっ、なんと! 流石ですな!」
「「「「!!!」」」」
騎士や傭兵達が沸く、今までローレイユを苦しめていたモノの元凶を倒したのだから、当然かもしれない。
「これは今夜は宴ですな! ……と、勇者殿、どちらに?」
「……僕は疲れたので、先に休みます。皆さんで楽しんでください」
「そ、そうですかな……では、後で食事を……」
最後まで聞かず、盛り上がる人達を置いて俺はその場を後にする。
宿に着くと俺は装備を脱ぎ、ベッドに横になる。
疲れてないと言えば嘘になるが、そこまで疲労があるわけでなく、仇を討てたこと、魔王の力の玉のことと、それを取り込んだこと、様々な情報のせいで頭と体が混乱し、俺はいつしか眠りについていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん……?」
ふと目を覚ます、窓の外を見れば、既に暗くなっているが、外が騒がしいのでまだ宴が続いてるのかもしれない。
「まぁ、そんなことより……」
『客か』
起きる前に感じた気配を待っていると扉がノックされたので、俺は鎧兜を着込むと扉を開き、客を招き入れる。
「失礼します、勇者カイ様。……まずは十魔将レンゲルの討滅おめでとうございます。この短期間に素晴らしい功績です」
「ありがとうございます」
入ってきたケルヴィンの使者が部屋に入ると、頭を下げ労いの言葉をかけ、部屋のテーブルへと案内する。
「勇者に名に恥じぬ功績、さぞ私共の主人も大変お喜びになるでしょう」
「そうですか……」
ケルヴィンが俺に対してそんなことを思うことも言葉をかけるはずもないが、曖昧に返事をしておく。
「さて、本日は勇者カイ様に頼まれていたものをお持ちしました」
「随分と早いですね」
「ええ、早く正確に、それがケルヴィン様の指針ですから」
「……確認しました、ありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですので、また何かありましたら、ご申し付けくださいませ」
荷物を置き俺が確認すると、男は扉に向かい扉に手を掛け、
「では、失礼いたします。貴方様に神の御加護がありますように……」
そう残してさっさと出ていった。
『以前頼んだ物か』
「あぁ」
荷物を取り出しながら答える、中には黒い外套と片手剣が2本が入っている。
『聖剣があるのに何故そんなものを頼んだのだ?』
「……言ってただろ、聖剣は魔性のモノにしか優位性がないって、そういう相手の為だよ」
『なる程、では、その外套は?』
「鎧を着たまま旅をしていたら目立って、色んな奴に狙われるんだよ。……魔物とか盗賊とかにな。」
『盗賊? 勇者を襲って、何の得がある?』
「勇者が国から大金を貰っていると勘違いしているらしい、そんなこと全くなかったけどな……」
勇者ということで、宿や設備には苦労しなかったものの資金面の援助はほぼなかった、それぞれ国の防衛で手一杯だとか色々な理由をつけられて。
「後、聖剣を売るつもりだっていうのもいたか……」
『愚かな、そんな者にアリスダインは振れぬというのに』
「お守り代わりにコレクションにしたい金持ちがいるんだそうだ」
『…………』
アムルガが呆れて物も言えないといった感じで黙るのを感じる。
それはそうだ、人間が滅んだら、コレクションしていたところで意味はないどころか、人間同士で足の引っ張り合いをしているのだから。
『汝は良くそんなことを知っておるのだな』
「あぁ、殺した盗賊から聞いた。人を殺すのに聖剣じゃ都合が悪そうだから、この剣を頼んだんだ。イリスは人を殺した事がないから、聖剣にそんな制限があるなんて知らなかったな」
『ほぉ……』
俺は兜と鎧の一部を外すと聖剣と一緒に頼んだ鞄にしまい、部分的に着込んだ鎧の上から外套を羽織る、鎧がある部分は少し不格好になるが仕方ない。
「敵は何も魔物や魔族だけじゃないからな」
そして、剣を両腰に差し、鞄を背負う。
「さて、行くか……」
『む、今出立するのか?』
「ああ、もう少し夜が更けても良いけど、むしろ人の多い時間の方が目立たないし、酔ってる人が見たものなら誤魔化せるだろ?」
宿泊費と「お世話になりました」と書いたメモをテーブルに残し窓を開けると飛び降りる。
「フライ」
2階分の高さを緩やかに着地し、すぐにフライの翼をしまい、周囲を確認する。
周りに人もいないし、そのまま夜の闇に紛れるように門を避け、警備の少ない塀までやってくる。
「飛翼」
今度は飛翼の魔法で一気に飛び上がり、塀を越え街の外へと出る。
「……行くか」
一度街とイリスが眠る方角を振り返り、そして、俺は背を向けて歩き出した。
十魔将と魔王を倒すために──
また書き溜め出来たら、投稿しようと思います。




