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偽りの勇者  作者: 石田ぽち
1/19

プロローグ

書き溜めしていた10話分だけ、1日置きにひとまず投稿します。

「はああっ!!!」

「うおおっ!!!」


 所々に魔王の爪痕という大きな亀裂の入った荒れた大地に、太陽の光を覆い尽くす黒雲の下、気合いの入った雄叫びと共に飛び出し2人は互いの得物をぶつけ合い激しい剣戟を奏でる。

 1人は綺麗な白銀の刀身に金と魔石で装飾の施された両手剣を構え、全身を頭までフルフェイスの兜に甲冑を纏った白銀のフルアーマーの人物──人類の希望といえる聖剣に選ばれた勇者カイ。

 そして、もう1人は仮面を着けた着物姿に角の生え赤黒い禍々しい刀を使う魔族──魔王の10の配下にして十魔将の一人、渇欲(かつよく)のマガツ。


「ははっ、流石は勇者に候! ここまで楽しめる相手とは思わなかったでござる!」

「僕は楽しくもないさ、十魔将ッ!!」


 言うや否や魔族の刀を下から上へと弾きかち上げると、体を回転させるように連続で斬撃を叩き込む。

 しかし、魔族もその攻撃を紙一重で避け、或いは刀で軌道を逸らし受け流し、何とか躱し切る。


 俺は距離を取り、その戦いをただ歯噛みして見守る。

 何かできることがあるのなら、それこそ命を捨ててでも手伝う覚悟はあるがこの戦いはレベルが違い過ぎた、それにそれを勇者カイは良しとしない。

 もし、下手な手出しなどして俺の命に危険が訪れれば、勇者カイは自分の危険を顧みず助けるだろう。


「(それはダメだ)」


 俺が勝手に死ぬのは構わない、だけど、勇者カイの足手まといになって危機に晒すのだけは絶対に避けなければならない。

 しかし、そんな心配などはそもそも不要で、基本的に勇者カイの優勢で戦いは進んでいく。


「くっ! ここまでの強さとは……聖剣だけの力ではないでござる。お主は実力も兼ね揃えた猛者……いや、真の勇者といえるに候!」

「魔族に誉められたところで嬉しくもないさ」

「まぁ、そうでござろう。だが、拙者はお主と戦えたこと光栄に思うでござる!」


 それは素直な賞賛と戦いの終わりを惜しむような呟きで、暫し沈黙が訪れ、睨み合いの状態が続き、唐突に空気が一変する。


「終わりだ、十魔将!」

「……ぬぅっ!!」


 合図もなく同時に飛び出す、剣と刀が翻り風を切り相手に迫る。

 俺の目でもわかる、このままいけば勇者カイの剣がマガツの腕を先に切り裂き、返す刃でとどめを刺す。


 そうなるはずだった……


「そこまでだッ!! 人類の勇者よ、これを見ろッ!!」

「「!?」」


 突如、場違いな声が響き、勇者カイが視線を向けるとそこには少年の首元に鋭い爪先を当てた仮面を被ったタキシード姿の魔族が宙に浮いていた。

 勇者カイはそれを見て剣の動きを止めたが、マガツの刀は止まることなく──


「ちっ、奴め、つまらぬ真似を……」

「うっ!!!」


 勇者カイの左腕の鎧の隙間をマガツの刀が斬り裂いた。

 血が飛び散り、勇者カイの左腕が力なくだらりとぶら下がる。


「卑怯な……!」

「卑怯? くひひ! これは異な事を、我等魔族は元よりそういう存在、それに我が名は狡猾(こうかつ)のレンゲル。その言葉はただの褒め言葉ですよ」

「……その子をどうするつもりだ?」

「それはあなたの態度次第ですよ……ねぇ、勇者殿?」

「ひっ!!」


 魔族の爪先が少年の首に触れ、少年が小さな悲鳴をあげ、一筋の血が流れるのを見て、勇者カイは息を呑む。


「待て!!」


 俺はその光景を為す術なく眺めるだった、せめて距離がもう少し近ければ何かできたかもしれないが、ここから近付いたとして気付かれ人質が殺されて終わりだ。

 姿を隠す場所でもあれば、あの魔族を倒せないまでも人質を助け、勇者カイの助けになれただろうが、今の俺はとても無力だった。


「……その子は助けろ、約束しろ」

「ふっ……ええ、良いでしょう。約束しますよ」

「……約束を守らねば、僕は死んでもお前を殺すぞ」

「ッ!!」


 勇者カイが兜越しに睨み付けると、レンゲルがびくりと体を震わせる。

 そして、暫しの後、観念したように勇者カイは剣を鞘に納める。


 それは、僕の為す術なく進んでいく……


「(ダメだ!)」

「さぁ、マガツよ、とどめを!」

「レンゲル……お主、余計な真似を……」

「マガツ、あなたこそわかってませんね……。魔王様が求めるのは結果です。正々堂々など笑止千万。聖剣を持つ勇者は必ず殺す、目的を違えるのではありませんよ?」

「ちっ……」

「……構わないさ、殺れよ。僕を殺しても人類の希望が消えるわけじゃない。いずれまた君達を倒し魔王を討つ勇者が現れる。それを震えて待っていると良いさ」

「(やめろやめろやめろやめろやめろ!!)」

「ああ……」


 マガツが刀を構えると、刀に禍々しい黒い炎が纏われ、突きの構えを取る。


炎魔突(えんまづ)き!」

「やめろぉッ!!!!」


 構えを取った瞬間、間に合わないとわかっていても俺の体は動き飛び出していた。

 だが、やはり俺の手も願いも届かず、炎を纏ったマガツの刀は容赦なく勇者カイの鎧の上から体を貫いた。


「ぐぅっ!!!」

「つまらぬ……」


 貫いた刀を引き抜き、振り払うと血を飛ばし、腰に差した鞘にしまい背を向けてさっさと歩き出す。

 そのマガツと入れ違いに俺は勇者カイに向かって走る。

 すれ違う瞬間、睨み付けたがマガツは興味なさそうに俺を無視し通り過ぎる。


「うっ……あぐっ……!」

「イリスッ!!」


 名前を呼び手を伸ばす、勇者カイも俺に気付いて右手を伸ばす──しかし、足に力が入らないのか、ふらりと体が揺れると背後にある魔王の爪痕、奈落へとその身を落とした。


「──ッ!!!!」


 俺の手は空を切り勇者カイの体が奈落に向かって落ちていく、俺はぐっと歯を食いしばると勇者カイを追うように奈落に向かって飛び込んだ。


「何ですか、あの白髪の男は……?」

「興味がないでござる……それでその稚児はどうするつもりに候?」

「人間の子供ですか? ふっ、ふふふ、律儀に助ける理由もありません。魔物の餌にでも……と、何のつもりです?」


 地面に降り、そう笑うレンゲルの首元にはいつ抜いたのかマガツの刀が向けられていた。


「助けてやれ、約束でござる。それすら守れないというのならば、拙者は……」

「…………ふぅ、やれやれ、良いでしょう。どのみち人間は滅ぼすのですよ、何をむきになっているのやら……」

「……」


 レンゲルは降参とばかりに子供から手を離すと両手を上げ、マガツはその様子を確認し刀を下げると、子供に「行け」と命令し逃がしてやる。


「しかし、勇者カイの後を追った男、何者でしょうか。他の種族の英雄どもでもなさそうですが……」

「大した力も感じられなかった、恐らくは人間の従者か……捨て置いたところで奈落の魔物に殺られて死ぬだけに候」

「勇者が生きている可能性は?」

「ないな。拙者の刀は確実にあの者の急所を貫いた、加えてこの高さからの落下、そこにいる奈落の魔物ども、どのみち死は免れんでござろう」

「……ふむ、まぁ、良いでしょう。魔王様に良い報告ができそうです」

「……報告は勝手にお主がするでござるよ」

「どちらに?」

「……言う必要が?」

「いえいえ、ご自由に」

「……」


 そのまま去るマガツの背中を見送り、レンゲルはにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「有り難いことです、手柄は私が全て頂きましょう……ふふふ」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 奈落の穴へ飛び込んだ俺は落ちる、落ちていく……。


「……!」


 落下途中で勇者カイの姿を見つけ俺は手を伸ばす、何度か掴みそこね、やっとの思いで腕を掴み抱き寄せる。


「フライッ!!」


 勇者カイを抱えながら、フライの魔法を発動すると白い翼を背中に生やし、緩やかに奈落の底へと落ちていく。

 フライといっても空を自由に飛べるわけではなく、滑空できる程度の魔法だ、現在進行形で増えている魔王の爪痕という崖があるために旅をする人間にはいつの頃から必須となった少ない魔力でも使える魔法だ。

 周囲の崖の壁に降りれる場所はないかと探すが、切り立った崖のため、そのまま俺達は奈落の底まで降りることになった。


「……ッ!」


 地面に着地し、すぐに勇者カイを寝かせ、兜を取る。


「……」


 兜を取ると綺麗に揃えられた金髪が現れ、俺と歳が一つしか変わらない聖剣に選ばれた16歳の少女カイリス・レイバルトの整った顔が現れる。


 この世界には15歳になった男全員が聖剣の儀式と呼ばれる岩に刺さった剣を抜くという儀式を受ける。

 カイリスは女でありながら、世界のためにと風の加護を持つ鎧と声を変える効果を持つ特殊な兜を装着し、鎧甲冑で性別を隠し選定の儀式を受け、見事に百年以上誰も抜けなかった聖剣を引き抜き勇者となった。

 そして、今まで彼女は勇者としての責務を見事にこなしてきた……なのに今、彼女は口から血を吐き顔色を蒼白に染めていた。

 鎧も外し傷の具合を改めて確認する。


「…………」


 詳しく確認するまでもなく、マガツの刃はカイリスの急所を的確に深く貫いていて、服を真っ赤に濡らしている。


「ヒール!! ……くそっ、なんで回復しないんだッ!!」


 回復魔法の発動は確認されるが、傷が全く治る気配はなく、血がとめどなく流れ続ける。

 俺の回復魔法の技量程度では治らないだけなのか、もう既に手遅れなのかはわからない。


 いや、本当は手遅れなのは自分でも理解していたのかもしれない。


「…………ク……ロ?」

「イッ、イリス?! だ、大丈夫?! 早く傷を治せる人のところに連れていくから!」


 わからないわけじゃない、そんな時間がないことも、何をしても助からないってことも、それでも、気休めだとしても口からはそんな言葉が出る。


「ううん、ダメ。流石に自分でわかる、もう助からない……」

「そんなことはない! 大体イリス、君が死んだら誰が世界を救うって言うんだ?! 君は聖剣に選ばれたただ一人の勇者だ?! こんなところで死ぬ人間じゃ……!!」

「クロ!」


 俺の言葉を遮るように名を呼ぶカイリス、視線は自然とカイリスに向く。


「ッ!? な、何だよ、イリス……」

「……ふふっ、久々に、イリスって……呼んでくれたね」

「な、何を……」


 何を今そんなことを、そう言う前にカイリスが言葉を発する。


「クロ……私が死んだことは隠して……新しい、聖剣の使い手……勇者を探して……」

「……」

「勇者が、死んだと噂が流れたら……きっとそのまま魔族が、勢いづくし、人は抗うのをやめてしまうかも、しれない……それは避けないと……だから、その前に勇者を探して……」

「(どうして……君はもう死ぬって言うのに……)」

「今、人類に、希望は必要だから……勇者がいなくなる。それだけはダメ……」

「(他人の心配ばかりするんだ……)」

「だから、クロ、お願い……探して、勇者を……私よりも強い勇者を、見つけて……世界を、救って……」


 俺はいつの間にか奥歯をぎりりと噛み締めていた。


 ──ふと、カイリスの視線が上空に向いてるのに気付く、奈落の底の隙間から見える狭く黒い雲に覆われた空、それを見ながらカイリスは呟く。


「ああ、でも……どうせなら、青い空というのが、本当にあるのなら……一度くらいは、見てみたかったな……」

「……イリ、ス?」

「……」

「…………イリ、ス…………イリス?」


 奈落の底で彼女の名前を何度も呼ぶがもう反応はなかった。


 人族の希望でもある勇者カイ──カイリス・レイバルトはここに死んだ、死んでしまった。


「あっ……あぁっ…………ぅ、ぁ……ッ!」


 喉から嗚咽が漏れる、俺の心を覆い尽くすのは悲しみと虚しさと途方もない喪失感、そして、少し遅れて怒りと憎しみ。

 涙は出なかった……俺の涙はとうの昔に枯れているから。


 復讐心に駆られ安易な行動に出そうになるが、しかし、その感情はカイリスの最後の言葉が踏み留ませる。


「……わかったよ、イリス。俺が必ず勇者を見つける。君の死を絶対に誰にも知らせない。君の死を無駄にもさせない。……そうだ、そもそも俺に復讐する力なんてない……」


 復讐は叶わない、なら、せめてカイリスの最後の望みを叶えたいと決意する。

 立ち上がり、一度暗い空を仰ぎ、再び視線をカイリスに落とす。


「こんな奈落の底じゃなくて、せめて君の死体だけでも地上に…………なんだ?」


 そう考えかけた時、奈落の底に俺以外の生きた気配を感じる。


「まさか……本当にいたのか……」


 奈落の底に現れたのは全体的に黒い鱗と皮膚を持ち尾まで含めると全長4メートルほどの蜥蜴(とかげ)の魔物、それが2匹。


「奈落の魔物……!」


 奈落の底に住み、地上にいる魔物と違い魔王軍に従うわけでもなくその強さも桁違い、ただ単純な本能のみで生きる魔物。

 即ちテリトリーに入ってきた邪魔者の排除と食欲、俺達は奈落の蜥蜴達の餌に認定されたらしい。


 一度カイリスの姿を確認し守るように立つと、腰に差してある二本の剣を引き抜き一気に駆けると奈落の蜥蜴に斬り掛かる。


「ぐっ!?」


 金属を叩いたような音と硬い金属のような感触が手に伝わり表情が歪む、思い切り斬りつけたというのに蜥蜴の鱗には傷一つつけられない。

 俺一人なら確実に逃げるところだが後ろにはカイリスがいる、遺体とはいえ世界の為に頑張ってきた彼女の体をこれ以上傷付けさせるわけにはいかない。


「ギュアオッ!!」

「あああッ!!」


 飛び掛かる蜥蜴の攻撃をぎりぎりで躱し斬り付ける、今度はカウンターになったため、奈落の蜥蜴の鱗に小さな傷を付ける。

 しかし、それだけで致命傷には程遠い。


「ギュルアアアッ!!!」


 我先にと二匹の蜥蜴が俺に向かって襲い掛かってくるが、協力とかする気がないようなので互いに足を引っ張り合い、何とか攻撃を躱し切れている。


「キュルア!!」

「!?」


 二匹の奈落の蜥蜴に気を取られていると、背後──カイリスがいる方向から奈落の蜥蜴の鳴き声が聞こえ振り返る。


「ッ!! もう一匹!?」


 そこには鋭い牙を覗かせる口を大きく開き、カイリスを今にも食らおうとするもう一匹の奈落の蜥蜴がいた。


「イリスッ!!」


 俺は地面を蹴り一気に加速し、今にもカイリスに噛み付こうとする奈落の蜥蜴の口に刃を滑り込ませ斬り上げる。

 それで噛み付かれるのを何とか防ぐものの、代償に蜥蜴の口元に刺さった剣が中程で折れてしまう。


「ギュグアッ!!!」


 剣が刺さった痛みか食事を邪魔された怒りか、奈落の蜥蜴が尾を乱暴に振り回し、俺とカイリスを壁際まで吹き飛ばす。


「ぐぅっ……! くっ……でも、都合がいいか」


 壁を背にすることで、三匹相手に後ろを取られることはないし、幸いなことに奈落の蜥蜴が連携してくることはない、上手く隙を付いて倒すか逃げるかできると良いだろう。


「……いや、そんな甘くもないよな」


 だが、すぐに考えを改める。

 わかっていることだ、俺の技量では倒すことは不可能、カイリスを背負って逃げるのも不可能、崖を登れるところを見つけられたとしても奈落の蜥蜴は壁を這って登ってきてすぐに追い付くだろう。


「どうする?」

『解なら既に出ているだろう。その娘の死体を囮にし蜥蜴共に食わせてる間に逃げれば良かろう。さすれば、汝だけでも逃げ切れよう』

「ふざけるなッ!!! 誰がそんな、こ、と…………誰だ?!」


 突然頭の中に直接響くような声に俺は怒声を上げ、その後すぐに辺りを見回す──そこで異変に気付く、景色が灰色に染まり、蜥蜴達の動きが止まっていた。


「何だ、これ……時間が止まってる?」

『ああ、こうでもしなければまともに話も出来ぬからな。……その娘はもう死んでいるのだ、捨て置き逃げれば、その娘の最後の望みだけでも叶えることが出来るかもしれんぞ?』

「!! 出来るか、そんなこと!!」

何故(なにゆえ)、だ?』

「これまで彼女は何度も何度も傷付きながら戦ってきたんだ!! 死の瞬間まで、自分のこと差し置いて世界のことを考えて!! それなら、最後くらいゆっくり眠らせたって罰は当たらないだろう!?」

『………………』


 俺の発した言葉、それを聞いて謎の声は黙り込み、暫しの沈黙が訪れる。


『くっくっ……ははははっ!! それが理由というのか?』

「そうだ。何がおかしい」

『いや、素晴らしいことだ。我に手が在るならば拍手を贈りたいところだ……いや本当に、美し過ぎて反吐が出る』

「ッ!?」


 最後の言葉にぞくりと背筋を寒気が襲う、まるでこの世の全ての怨嗟が篭っているかのような声だったから。


『……とはいえ、このままでは汝も娘も、全ての望みも叶えぬまま、ただの犬死となるわけだが?』

「わかってる……だけど、これは理屈じゃないんだよ……!」

『はははっ! わかっているか、ならば出来ることをすれば良いではないか』

「出来ること? 何を言って……」

『蜥蜴共を滅ぼし尽くしてから、娘を背負い安全に崖を登れば良いだけの話だろう?』

「何を! ……それが出来なくて、俺は……」

『可能だ。我と契約を交わせばな』

「契……約?」


 まるで悪魔の囁きのような誘惑、普通なら手を取ることもない申し出だろう。

 だけど、今の俺にその誘いを振り払うことも、カイリスを諦めることも出来ず……


「どうすれば良い?」


 そう答えていた。


 その時、謎の声の主はほくそ笑んだ気がしたが、そんなことは関係ない。

 気付けば、灰色の世界の中、俺の目の前には禍々しい気配を放つ真っ黒な靄のような人影が立っていた。


『簡単だ、我の手を取るが良い』


 差し出された真っ黒な手、俺は迷うことなくその手を取っていた、むしろ、手を取られた人影の方が呆気に取られていたくらい早くにだ。


『あっさりと取るものだな……だが、決断が早い者は我にとっても好ましい』

「これで良いのか?」

『ああ……汝、クロと我、邪神アムルガの契約は此処に成った』

「邪神?!」

『何だ、怖気付いたか?』

「……いや、構わない……どのみちこのまま死ぬのなら、足掻いて足掻いて生き汚く足掻き続けてやる」

『ははは、良い返事だ』


 そう言うと、目の前に赤く妖しげに光る魔法陣が浮かび、それが俺の右手の甲に吸い込まれると魔法陣と同じ紋章が現れ、全てが済むと黒い影が靄に形を変えて俺の体を包み込み、俺の体の中へと入ってくる。


「あっ……ぐっ?!」


 途端、全てを呪い怨むようなこの世の全て負の感情を合わせたような感情が俺の体の中を駆け巡り暴れ出す。


『ああ、言い忘れたが、我が力に耐え切れねば、その前に死ぬがな』

「なに?! ぐっ! あがっ、があああっ!!??」


 俺は自分の皮膚に爪を立て必死でその暴れ回る感情を無理矢理抑え込む、それ(・・)に呑まれたら、カイリスの体すらも自身の手で壊してしまいそうだったから。


『これを越えねば、どのみち汝の望みには届かぬからな』


 その声が聞こえ、俺はただ耐えることに集中する。


「ああっ……ああああああーーーーッ!!!!!」


 何分何時間とも感じられる時間の中、叫び声を上げると俺は地面に爪を立て頭を地面に思い切り打ち付ける。

 暫し沈黙──そして、ゆっくりと頭を上げると額が割れ血が垂れる。


「はぁ、はぁ……なんだ、こんなものか……」

『……何?』


 先程よりもはっきりと脳に直接響く声、頭を手で押さえながら、奥歯を噛み締める。

 頭痛と共に体の中では今もずっと負の感情が暴れているが問題はなさそうだ。


「いや、何でもない…………ふぅ、そんなことより、どうやったら、この状況を……切り抜けられる?」

『何、簡単なことだ。蜥蜴共をただ剣で斬って殺せば良い。感じるだろう、汝の中に渦巻く力の奔流を……』

「…………」


 剣を握って感触を確かめる、自分の中に確かに今までに感じたことのない力を感じる。


『では、お手並み拝見といこう』

「え?」


 パチンと指を弾くような音が響いたかと思うと、灰色の世界に突如色が戻り、奈落の蜥蜴達が再び動き出す。


「くっ……ああっ!!」


 俺は頭痛を堪えながら折れてない剣を構え、自分の中に感じた力に身を任せ、蜥蜴に向かって剣を振る。

 動き自体は今までと変わらない、しかし、腕力と脚力が上がっているのか、一瞬で間合いを詰め蜥蜴の目の前まで移動していた。


「なっ!?」

「!?」


 至近距離で目が合う、蜥蜴が一瞬早く反応し口を開く、俺は遅れて持っていた剣を力任せに振り下ろす。


「グギャッ!!??」


 後から振られた剣なのに蜥蜴より早く、あっさりと蜥蜴の脳天を叩き潰した。


「なっ、何だこの力!? って、剣がまた壊れた……!」


 思い切り叩き付けた為に残っていた剣も砕け散ってしまった。

 力が幾らか上がったとはいえ、さすがに素手でこの蜥蜴を2匹も倒せるとは思えず後退る。


『どうした? 何故下がる?』

「どうしたって、剣がないんだ! わかるだろ?!」

『剣ならば、あるだろう?』

「は?」


 言われて見回す、そして、一つの剣に目が止まる。


『そう、その剣だ』

「いや、待て。聖剣アリスダインは選ばれた人しか使えない。……俺じゃ使えない」

『何事もやってみねばわからぬだろう。さあ、さっさと手に取るが良い』

「くそっ!!」


 奈落の蜥蜴の尾の攻撃を避け、カイリスが横たわる傍まで転がると、聖剣に手を伸ばす。

 ずしりと重い感触、選ばれた人間以外しか持てないと言われているだけあって、とてもまともに振ることなど出来そうもない。


『……やれやれ。やっと結べた契約だ、仕方ない。力を貸してやろう』

「これは……?!」


 俺の中に入り込んだ黒い煙が体からゆらりと立ち昇ると聖剣の持ち手に絡みつき、そして、綺麗だった白銀の剣の柄と鍔近くの刃が少し黒く染まっていく。


『剣に選ばれるなど愚かしい、そんなものは使う者が選べば良いのだ。それでも、選ばれたいというのならば、喜び誉れ、我が汝のことをその剣の使用者と認めてやろう』

「勝手な……くっ!」


 アムルガがそう言い放った瞬間、俺は聖剣を持ち上げていた。

 まだ重さは感じる、が、契約で強くなった力で何とか持ち上げて振るくらいなら可能そうだ。


「ギュオアッ!!」

「ああっ!!」


 聖剣を持ち上げれた感動も何も感じない内に蜥蜴が再び襲い掛かってくる、俺は聖剣を鞘から引き抜くとすれ違いざま力任せに斬り付ける。

 両手剣を使うのはこれが初めてだった、使い方なんてカイリスの見様見真似、だが、聖剣はその名に違わず、あっさりと蜥蜴の体を正面から両断した。


「! うおあァッ!!」


 好機と見た俺はそのまま虚を突かれ動きの鈍ったもう一匹の蜥蜴に向かって駆け出し、横薙ぎに剣を振る。


「グギャッ!!!」


 蜥蜴の悲鳴のような鳴き声と共に体が吹き飛ぶ。


「……はぁ、はぁ……はぁ……」

『何ともまぁ……剣の使い方もなってない無様な勝利ではあるが、この場を生き残れたのだ、良しとしよう』

「あぁ……それは認めるさ、両手剣なんて初めて使ったからな………………」

『どうした?』

「いや、何でもないさ……」


 カイリスの鎧を脱がし軽くすると、俺は彼女と聖剣を背負い紐で体に固定する。


『本当に娘を連れて登るのだな』

「当たり前だ。その為に契約したんだ。問題あるか?」

『くっくっ、構わぬ。汝にはやって貰わねばならぬことがある、それさえ成せば他の行動については大目に見よう』

「……」


 邪神との契約、深く内容を聞かずに決断したが、何をさせるつもりなのか、嫌な予感しかしないが……


「(いや……どんな内容だとしても、俺はきっと受けたから関係ないか……)」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 無事に奈落の底から登りきり、小高い丘にカイリスの墓を立てた、墓と言っても穴を掘り埋葬し、その上に墓石代わりに大きめの石を置いただけの簡素なものだ。

 手を合わせ暫しの沈黙、今までの記憶が浮かび、奥歯を噛み締め、ゆっくりと目を開く。


「……それでアムルガと言ったか、契約ってのは何をすればいいんだよ?」

『くっくっ、別れはもう良いのか?』

「……わざわざここまで待ってくれるとは優しい邪神がいたものだな」

『何、汝にとってこれから苛酷な道となる……喪に服する猶予くらい与えただけだ』

「苛酷か……一体何をさせたいんだ?」

『汝には魔王を倒してもらう』

「……は? 何だって?」


 思ってもみなかったアムルガの契約の内容に、俺は間抜けな声を漏らしてしまう。


『汝には魔王を倒してもらう』

「いや、聞こえなかったわけじゃない。俺には無理だ」

『何故だ?』

「魔王は聖剣に選ばれた勇者にしか倒せないからだ」

『汝も聖剣を振るえるであろう?』

「それはお前の力で……!」

『誰の力かなどは問題でなかろう、その剣で倒せると言うならば、それを振るえる汝にも可能であるは必然であろう?』

「……」


 そう言われて、俺は押し黙る。


「(本当にそうだとしたら、どうなる?)」


 本当に魔王を倒せるというなら、カイリスの最後の望みを人任せにせずに済み、そして、仇でもある十魔将のマガツとレンゲルを自分の手で殺すことが可能ということだろうか。


『可能だ』

「!?」

『驚くことはあるまい。我等は一心同体のようなもの、多少の思考は読める』

「そうか……」


 まだ出来るかはわからない、だが、自称邪神が可能だと言うのなら……


『誰が自称だ』


 例えダメでも乗らない手はない。

 それはあの十魔将達を自分の手で殺せる可能性が0ではなくなるという誘いだからだ。

 それに次の勇者がすぐに見つかる保証なんてどこにもないんだ。


『くっくっ、殺る気があるのは良い事だ。聖剣を持つ者を勇者というなら、汝が勇者となって魔王を討て』

「勇者……俺はそんな柄じゃない、資格だってない──」


 俺は勇者という存在に強さも精神も経験も過去も何もかも相応しくはない、だけど、なれるというのなら、例え仮初や偽物の存在だとしても目指してみようと思った。

 それがカイリス──勇者カイの最後を看取った者の務めだと思うから。


「……魔王は俺が倒す。イリスの代わりに俺が勇者になる」


 俺はそう口に出すことで決意を固める。


 偽物の勇者として魔王を倒すことを……



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