意外な二人
「〝魔力〟……?」
藤原が俺の顔を見上げながら、怪訝そうに訊き返してくる。
「あ、いや、違うんだ。なんていうか……その……」
しまった。
不意に魔力の残滓のようなものを感じて、ついパーティに注意を促すようなノリで口にしてしまった。
いくら藤原が重度の厨二病患者とはいえ、それはあくまでそういう設定。
普段軽く受け流している俺が真顔でそう切り出そうものなら、引かれるか、本気で心配されかねない。
選択肢はふたつにひとつ。
冗談だということにするか、言い間違いだということにするか。
……いや、冗談はないな。
さっきも言ったが、俺は藤原に対してそんな冗談は言わない。
したがって、残された選択はただひとつ。
「……まりょ……」
「まりょ?」
「まり……ま……まとっ……まっとり……マトリョーシカ!」
「リピートアフタミー?」
「いやいや、うまいこと言いたい気持ちが先行しすぎてキャラが変な感じになってるから」
「……吾身に内包されし現身」
「まぁ、藤原としてはそっちの表現のほうが自然だな」
「……して、吾身に内包されし現身がどうしたのだ」
「藤原そういうの好きかなって」
「特段、我に関心はないが……」
「は、はは……だよな……」
俺がカラカラに乾いた愛想笑いをしていると、藤原も俺に気を遣うように微笑んだ。
まずい、なんだこれ。
シンプルに恥ずかしい。
とはいえ、これでうまく誤魔化せ――いや、そもそもの話、藤原に変なふうに思われない為に誤魔化してたはずなのに、これじゃあただのマトリョーシカ好きの変なヤツじゃねえか。
けど〝魔力〟という話題からは話を逸らすことが――
「あ、魔力といえば、マコトく……我が従者よ」
「逸らせてなかった……」
「貴様、もしや神通力の類でも習得したか?」
「じ、じんつう……? なんで?」
「昨日、我が感じた従者といま我の前にいる従者とでは、その身に内包する生命力が目に見えて違っているのだ。例えるなら歴戦の勇士のような、このように隣にいるだけで、従者の溢れんばかりの威圧感と貫録を肌で感じさせるのだ。まるで……そう、これはまるで……」
藤原はすこし興奮した様子で手をワキワキさせ、必死に何かを伝えようとしてくれている……のだが――
「ごめん藤原、もっと簡単に言ってくれないか」
「か、簡単……?」
「なんていうか、要領を得ないっていうか、いまいち分かりづらいっていうか……」
「う、うむむむむ……」
俺の言い方が悪かったのか、藤原は目を丸くして、うろたえている。
こいつの独特な言い回しは、頑張ればなんとなく理解できるんだが、それが長文になると頭がこんがらがってしまう。
ここはもうすこし噛み砕いて説明してもらおう。
「え、えーっとね、マコトくん? なんかちょっと雰囲気変わった?」
藤原が急にもじもじと、顔を赤らめながらたどたどしく話し始めた。
「普段からそんな感じで話してくれればな……」
「い、否! この言葉はやむを得ん状況が為、仕方なく遣っているだけだ!」
「はいはい、わざわざ俺の為にありがとさん」
「……それで、どうなの?」
「どうって言われてもだな……」
「急に呪術や、陰陽道みたいなのを使えるようになったりしてない?」
「……なんだそれ」
「式神を使役できたり、指先からメラメラだったりビリビリだったりが出て、変なものが見えたりしてない?」
「……なんか急にえらく具体的だな」
とりあえず、大前提として俺が呪術や陰陽道なんてものを使えるわけがない。
そういうのには全然詳しくないし、興味もあまりない。
いつもならさらりと流して別の話題へと移るところだが――
「じぃぃぃぃ……!」
藤原が真剣な顔で見上げてくる。
どうやらこいつ自身、ごっこ遊びをしているワケではなさそうだ。
そうなってくると、いくら友人であっても適当に流すことは失礼にあたる。
真剣に訊いてくるなら、こちらもそれなりに真剣な対応を。
……それに、俺も俺で、すこし気になることができた。
相変わらず呪術やら陰陽道やらにはピンと来ていないが、藤原の言っている〝指先からメラメラだったりビリビリ〟には心当たりがある。
〝魔法〟である。
俺が実際あの世界で見たり、聞いたり、使ったりしたことのある魔法。
そして、昨日の放課後以前には使えなかったもの。
藤原の言っている呪術や陰陽道が魔法に近しいものならば、俺はたしかに藤原の言うとおり、使える。
そして、このタイミングで俺にわざわざ訊いてくるということは、おそらく――
「……どうかな、心当たりある?」
藤原にも使えるということだ。
なんてこった。
まさかこの世界にも俺が知らなかっただけで、魔法みたいな力があったなんて。
てことはあれか、今まで藤原の手や目が疼いていると言っていたのは、厨二病でもなんでもなく、本当に疼いてたから……?
いや、待て。
仮にそうだとしても、ここでカミングアウトするのはいかがなものか。
ただの魔法あるあるトークで終わればいいが、能力を手に入れた過程や、現在起こっている問題などに話が発展した場合、この件に藤原を巻き込んでしまう恐れがある。
心苦しいが、ここは藤原のためにも方便を使ったほうがよさそうだ。
「藤原、じつはさ──」
〝キーンコーンカーンコーン……!〟
タイミングを見計らったようにチャイムが鳴る。
改めて藤原の顔を見てみると、彼は目を皿のように丸くしていた。
「あ、ヤバ……!」
「どうした」
「そういえば今日日直だったんだ。行こ、マコ……じゃない。往くぞ、我が従者よ」
「お、おう……」
「話はまたあとだ。それまで首を洗って待っておくがよいぞ」
「石鹸でいいか?」
「くっくっく……!」
藤原は石鹸を軽くスルーすると、集め終わった画鋲を自分の鞄に押し込み、パタパタと足音をたてながら走り出した。
◇
「えーっと……ホームルームをはじめます」
教卓に上下ジャージ姿で短髪の女性が立つ。
彼女の名前は相生和子。
才帝学園の教師で、担当科目はなんと数学である。
そう、体育教師でもないのに、雨の日も風の日も、夏の暑い日も冬の寒い日も、挙句の果てに入学式や卒業式もジャージで過ごしているので、生徒たちからは〝ジャージ神〟と呼ばれ崇められている。
一見、大変不名誉な称号に思うが、本人はまんざらでもないようで、むしろ、そう呼ばれていることを誇りに思っているようだ。
「うーん……、なんか大事な事があったと思うんだけど……ま、いっか。ホームルーム終わります」
「ちょっと先生! 新入生と教育実習生の紹介!」
教室の外から声が聞こえ、相生先生がぽんと手のひらを叩く。
「あー! そうそう、そうだったそうだった!」
教室中からため息が聞こえてくる。
相生先生はこのとおり天然な性格で、授業以外の事はほとんど適当。
前に一度、放課後の全校集会でうちのクラスだけ全員帰宅していたのは、もはや伝説となっている。
「てなわけで、ふたりとも、入ってきてー」
先生の声を合図に教室の扉が開き、転校生と教育実習生の二人が入ってきた。
──のだが、俺はその二人の顔を見た途端、固まってしまった。
「えーっと、各人それぞれ、自己紹介をお願いします」
先生に促され、まっ先に手を挙げたのは黒髪サイドテールの転校生。
転校生はその場でくるりと反転すると、黒板に〝ハエムラスズデス〟と豪快な字で書いてみせた。
蠅村はひととおりクラスの反応を楽しむと、これでトドメだと言わんばかりに〝ヨロシクネ!〟とこれまた豪快に、もうひとりの名前を書き込むスペースが無いほど大きな字で黒板に書き込んでみせた。
当然、これによりクラスは大きくざわついたのだが、俺の視線はもうひとりの教育実習生のほうに注がれていた。
教育実習性は慣れないパンツスタイルのスーツとハイヒールを履き、グラグラと揺れながらもなんとか教卓に立ち、自己紹介を始める。
「えー、黒板に名前を書くスペースが無くなったので口頭で……オホン、こんにちは皆さん、教育実習生の高橋奏です。ここ才帝学園の卒業生で、そこで口を開けて呆けてる高橋くんの姉です」
ここで教室中の視線が一気に俺に集まるが、姉ちゃんは構わず続けた。
「短い期間ですが、皆さんと一緒に、色々なことを学んでいけたらいいな、なんて思ってます。どうぞよろしくお願いします」
脅威の教育実習生。
姉ちゃんは無難な挨拶を済ませると、なぜか俺に慣れないウインクを飛ばしてきた。
その瞬間、今朝のことが走馬灯のように思い起こされる。
サプライズとは、つまりこれの事なのだろう。
俺は周囲の奇異な視線から逃れるように、机に突っ伏して念仏を唱え始めた。




