元いじめられっ子、いじめっ子を一蹴
ぐらりと俺の視界が波のように揺らぎ、やがて真っ黒に暗転する。
気が付いた頃には、俺はすでに駄菓子屋の外に立っていた。
陽はとっぷりと沈んでおり、見上げてみると丸い月。
すこし進んだ道の端では、等間隔に配置された街灯群が淡く明滅している。
そして俺の傍らには、俺と同じように呆然と立ち尽くすローゼスと、俺を見上げるベルゼブブ。
ふたたび駄菓子屋へと視線を戻すが、すでに明かりはついておらず、月明かりに照らされた〝駄菓子屋不破〟という看板が一層不気味に見えた。
どうやら俺たちはいつの間にか、駄菓子屋の外へと移動させられていたようだ。
普通に自分の足で出ていけるのに、なぜわざわざこんな回りくどいことを……なんて考えようとするが、あいつの行動原理に理由を求めること自体が無駄であることはもうさっきの会話で十分理解出来た。
それにいまいち頭が働かないというのも大きい。
やはり不破の言うとおり、転移転生が身体に及ぼす影響が大きいのだろう。
俺はもう不破に関して考えるのは止め――
「にしても駄菓子屋不破って、あいつどんだけ自己主張激しいんだ……」
「(クイクイ)」
不意に袖を引っ張られる感覚。
見ると、ベルゼブブが俺の顔色を窺うように見上げてきていた。
もしかして俺を心配しているのだろうか。
しばらく(といっても2秒ほどだけど)互いの視線が交錯したところで、ベルゼブブはニコッとはにかんできた。
「……もう帰ろうって?」
「(こくこく)」
ベルゼブブはまたもや何も言わず、ジェスチャーだけで答えた。
「何だマコト、蠅の言葉がわかるのか?」
「(ぷくー)」
ローゼスが不思議そうに俺たちの会話(?)に参加してくる。
「ンだよ、なにキレてんだ……?」
「(ぷんぷん)」
ベルゼブブがこれでもかというほど、頬を膨らませている。
「もしかして……名前で呼べって事じゃないか?」
俺はなにげなく、親指と人差し指とで挟み込むようにベルゼブブの頬を押してみると、ぷしゅうと口から空気が抜けていった。
「名前って……ベルゼブブだよな?」
「(ふりふり)」
ベルゼブブが首を横に振る。
「〝蠅村鈴〟って呼んでほしいとか?」
「(こくこく)」
俺がそう言うと、蠅村は満面の笑みで何度も頷いた。
「すげぇなマコト。なんで蠅……鈴の言いたいことがわかるんだ?」
「なんでだろう。無口だけど表情は無駄に豊かだからじゃないかな」
表情だけじゃない。肌の質感はまちがいなく人間のもの。
目も鼻も口も、傍から見るともう完全に人間と変わらない。
なぜわざわざこんな魔改造してまで人間社会に溶け込ませる必要があるのか。
「……おまえのボス、なんか悪だくみしてないか?」
「(……?)」
蠅村は俺の問いかけにただ首を傾げるだけ。
ローゼスを通さなくてもトボけていないのは、その表情からくみ取れる。
すくなくとも彼女は、俺たちを騙してどうこうしたいとは思ってないだろう。
「つか、おまえはなんで何も喋らねンだよ」
ローゼスがそう言って軽く詰め寄ると、蠅村は口の前で両手人差し指を交差し、小さくバツを作ってみせた。
「なにか理由があるのかもな」
「理由ってんなんだよ」
「俺に訊くなよ」
「つか、蠅の時の鈴ってしゃべってたっけ?」
「そういえば……あれ? 覚えてないな……」
俺とローゼスが困惑していると、当の蠅村がテクテクと歩き始めた。
どうやらうだうだ話してないでついて来いということなのだろう。
なんてマイペースなやつだ。
俺とローゼスは顔を見合わせると、そそくさと蠅村のあとをついて行った。
◇
帰路に就いている道中。
俺たちが歩いていると、道の向こう側からガラの悪そうな連中が歩いてきた。
派手な髪色、着崩したり改造したりしている制服を着た学生だ。
我が物顔で道いっぱいに広がりながら、それも大声で駄弁りながら歩いている。
どこからどう見ても部活帰りの健全な少年少女には見えない。
帰宅部の俺にはわからなかったが、ヤンキーはこんな時間まで街をパトロールしてくれているんだな。早く帰ればいいのに。何やってんだこいつら。暇なのか。
なんて事を考えながら、俺はすこし道の端に寄り、なるべく連中の視界に入らないように歩いていると──
〝ドクン〟
俺の心臓が大きく跳ねる。
あいつも、あいつも、あいつも、あいつも、見た事がある。
いや、見た事があるというより、あれは──
「あ?」
「あ……!」
しまった。
よりによってなやつと目が合ってしまった。
「……おい、マコト……? マコトじゃねえか!」
あたふたしているうちにヤンキー連中のひとりが俺に声をかけてきた。
あいつの名前は……忘れもしない三柳圭介。
たしか苗字の柳という文字をとって〝リュウ〟と友人から呼ばれていた。
その三柳が俺の名前を呼びながら、馴れ馴れしく近づいてきた。
他のヤンキーも俺の存在に気が付くと、次々に、まるで砂糖に群がる蟻のように、俺の周りに集まって来た。
「生きてたのかよォ!」
「マジで死んだかと思ってたぜ!」
「しぶてーな、オメー!」
「ちょーウケる」
肩を抱く、足を蹴る、腹を小突く、頭をはたく。
彼らは現在進行形で俺に対してなんらかのアクションを行っているが、肝心の俺は何も言えず動けず、ただその場に立ち尽くしていた。
脈拍は次第に速くなり、口内がカラカラに乾き、頭の中が真っ白になる。
異世界で数多の人や魔物と戦い、倒してきた俺だが、その今まで戦ってきたどの敵よりも、この連中を恐れている。
これがトラウマ。
もうすっかり忘れ、てっきり克服しているものだとばかり思っていた。
だが違った。
いざこうして対面してみると、あの頃の記憶や体験が蘇り、どうしようもなく何もできないでいる俺に戻ってしまう。
まさに蛇に睨まれた蛙。
目を合わせるどころか、顔すらも上げられない。
その場でただじっと、自分の足元を見る事しかできなかった。
「いやあ、それにしてもよかったぜ」
「な! あン時はビビッて逃げちまったけど……」
「戻ってみたらもういねンだもんな」
「死体が勝手に動くはずねえしさ。ヒヤヒヤしたぜマジ」
「つか、あーしはてっきり警察に見つかったって思ってたけどね」
「ばっかおめぇ、それだともっと騒ぎになンだろ」
各々俺なんて無視して、自分が言いたいことを話し続けている。
そしてそんな中、三柳が俺に顔を近づけて言う。
「──で、この事は誰にも言わねえよな? マコト?」
脅しである。
今回起きた出来事は俺の中にしまい込んで黙殺しろ、とそういうことだろう。
俺がそれに対して何も言えず黙っていると、三柳は俺の頬を手でガッと掴んだ。
「ぼ・く・は・だ・れ・に・も・い・い・ま・しぇ~ん!」
三柳が一音発するたび、ヤツの手が動いて俺の口を開閉させる。
そして、そんな茶番が終わるのと同時に、あたりが胸糞悪い笑い声に包まれた。
そのあまりの居心地の悪さに、度を越した不快感に、猛烈に頭がクラクラしはじめる。
「は……はは……」
気が付くと、俺の口から諦めにも似た乾いた笑いが漏れ出していた。
「あ! ホラホラ! 見て! 高橋笑ってるよ!」
「ギャハハハハ! うーわ、マジだ! 相変わらずきっしょくわりぃ笑い方!」
「マジきめぇ……もっと普通に笑えねぇのかよ!」
ケバい化粧のヤンキー女が俺の頭を遠慮なく叩く。
そうやって俺をあらかたいじり終えたら、また爆笑。
そのループだ。
何も変わっていない。あの頃と一緒。
こいつらも、俺も──
「なあ、その辺でもういいんだろ」
ローゼスがため息交じりに声を上げる。
「チッ、なにが面白れぇんだよ」
「へ……?」
「いこうぜマコト。相手するだけ無駄だ」
ローゼスはそういうと強引に俺の手を掴み、引っ張った。
しかし、連中はそんな彼女の進行方向を体で塞ぐ。
「あ? ちょっと待てコラ。話はまだ……」
「……て、ガイジンじゃん!」
「すげー! めっちゃビジンじゃん!」
「日本語うめー! てかスタイルやべえー!」
俺への興味をすっかり失ったのか、男連中は冷ややかな目の女連中を他所に、劣情の孕んだ視線をローゼスに向けた。
「キャンユースピークジャパニーズ?」
「お? おまえ喋れんのかよ、いんぐりっしゅ!」
「たりめーだろ。ウェアーユーフローム? キャナイファックユー?」
「あ、それたしか授業で習ったわ」
「ばっか、おめぇ授業出てねえだろーが」
「バレた? てかそのデカケツ触っていいですかってなんて言うんだ?」
「オレは乳のほうがいい!」
連中の聞くに堪えないローゼスへの侮辱に、白みかけていた頭がカッと熱くなる。
言いようのない怒りが腹の底からこみ上げてくる。
けど、その怒りの矛先は連中に対してではなく、自分自身にだ。
仲間がこんなことを言われてもなお、俺はなにも言い返せないでいる。
それが不甲斐なくて、悔しくて、どうにかなってしまいそうだ。
「あー、はいはい、またニホンゴってやつね。ちょっと悪ぃけど、そこどいてくんねえか? あたしらちょっと急いでるからさ」
「んだよマコトー! こんなキレーなガイジンのねーちゃんと知り合いかよ!」
「いや、アレじゃね? セフレとか」
「マジかよー! いいなー!」
「俺にもヤらせろよー! オラー!」
またガスガスと体を小突かれる俺。
連中はローゼスの言葉なんて聞いちゃいない。
「あ? マコトとは知り合いじゃねえよ。こいつは仲間だ」
ローゼスがそう訂正すると、一瞬の静寂。
そして──
「……ぷ」
「「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」
ひとりが噴き出したのを皮切りに、その場にいたやつら全員が腹を抱えて笑い出す。
「な、なんだよ。べつに面白いことなんて言ってねえだろ」
「な、仲間ァ!? ナカマって、あの……仲間ァ!?」
「ぷ、なにこの子、変な日本語覚えちゃってんじゃん」
「あ! アレじゃね? 日本のアニメとか好きで日本に来るガイジンだろ」
「あー、最近多いよな!」
「なるほどな、オタクってやつか! ならマコトとお似合いじゃねえか!」
「お、おま……! だ、誰がお似合いだ! コラァ!」
「こっわ! ガイジンが流暢な日本語でキレてら!」
「ギャハハ、銃とか持ってんじゃねえの?」
「ま、でもそうなったらオレのロケランが火ィ噴くけどな!」
「その豆鉄砲しまえっての」
「……つか、あれだろ? なんか露出度高い格好してるし、どうせビッチなんだろ?」
「一緒にこいよ、ガイジンのネーチャン。オレらが遊んでやっからよ!」
「マコトみたいな短小じゃ満足できねーだろ?」
「チ……、てめーらなぁ……! さっきからダマって聞いてりゃ──」
「……訂正しろ。おまえら」
言った。たぶん声は震えていたが、ついに言ってやった。
……けど、ムカついたんだ。どうしようもなく。
自分があれこれ言われているだけなら、まだ我慢できた。
だけどローゼスが、仲間が目の前で馬鹿にされるのだけは、どうしても我慢できなかった。
「……あ? いまなんか言ったか?」
「聞こえなかったのか? それとも、聞こえたうえで理解できなかったのか?」
「……おい、テメェいま舐めたクチきかなかったか、コラ」
今までヘラヘラしていたヤンキーたちが、怒気の孕んだ声で、目で、俺に詰め寄ってくる。
だが、俺は一歩も引かない。
ぶっちゃけ今まで戦ってきたどの魔物よりも強く見えるが、それでも目を逸らさなかったし、退かなかった。
やがて業を煮やしたのか、三柳が俺の胸ぐらを強引に掴んできた。
こいつも相変わらず怖い。すごく。
心臓の音も、いまは耳を澄まさずとも聞こえてくる。
だがそれ以上に、俺は仲間を侮辱されて怒っている。
「手を離せ」
「あ? 離さなかったら……どうなんだ? ケンカすっか? それとも、金でもくれンのかよ。いつもみてーによ? オイ!」
俺はその手を振りほどこうと三柳の手首を掴むが――
「テメ、触ってンじゃねえよ!!」
思い切り振りかぶった三柳の拳が俺の頬にクリーンヒットした。
それを皮切りに、周りのヤンキーたちから歓声が上がる。
「おおっとおおおお!?」
「リュウ選手の殺人フックがはいったァァア!」
「ザコト選手、これはダウンかああああ!?」
「ギャハハハハ! こりゃもう一週間は腫れ引かねえぞ!」
相変わらず楽しそうな連中だが――
〝バキッ!〟
再びの衝撃。
俺の胸ぐらからは既に手は離れており、三柳は二度目の拳を、今度は反対側の頬に叩き込んできたが――
「なんだこれ……」
あまりにも軽すぎる。
弱いパンチをよく蚊が止まったようなパンチと揶揄されることはあるが、これは蚊以下である。
軽いジャブ一発で泣きながら吐いていた、あの頃のものとおなじものとは到底思えない。
「おいおいあいつ死んだわ」
「決まったァ!!」
「流れるようなワンツー!!」
「顔面骨折キター!!」
周りのヤンキーはすでに俺に対しての制裁に興奮し浮足立っているが、ただひとり、三柳だけは驚いたような顔で俺を見ていた。
「て、テメェ……!?」
「……こんなもんだったっけ……?」
「な……っ!?」
あまりにも昔の記憶と食い違っていたパンチに、俺はそんなことを口走っていた。
途端に言ったことを後悔し、恥ずかしくなった俺は訂正しようとするも、完全にブチギレた三柳から間を置かずに三発目、四発目のパンチを受ける。
それからはラッシュに次ぐラッシュ。
一心不乱に俺に拳を叩き込む三柳。
周りのヤンキーはそんな三柳の様子に最初は呆然と立ち尽くしていたが、そのうちのひとりが我に返り、慌てて止めに入ってきた。
「ちょ……!」
「や、やめろってリュウちゃん!」
「さすがに死んじまうよ!」
ヤンキーのひとりに羽交い締めにされ、肩で大きく息をしている三柳は、なおも俺に対し、敵意剥き出しの視線を投げかけてくる。
しかし、よく見るとその目には俺に対する恐怖の色も窺えた。
〝三柳は今、俺を恐れている〟
それを自覚した瞬間、いままで俺の中にあった三柳に対する恐怖心や劣等感などといった負の感情や、さきほどまでの怒りの感情がすべて弱者に対する憐憫の情へと置換されていくのがわかった。
そしてここで周りのヤンキーも違和感に気がついたのか、顔を見合わせたり、小声で俺を見て囁き合う。
「……もういい」
「あ゛!?」
「謝罪はもういい。……その代わり、もう二度と俺たちに関わらないでくれ」
「は? な、なにいってんだ、マコトのやつ……」
「殴られ過ぎておかしくなったか……?」
「いや……でも……なんかあいつ……全然ダメージ食らってなくねえか……?」
「キモ!? キモいキモい! なんなのあいつ!? マジキモいんだけど!?」
「ムリムリ! キモすぎ!」
「……なあ三柳、俺はおまえに言ってんだ」
「テメェ……高橋コラ、調子に乗んのも大概にしろよ……ッ!!」
「今どういう状況なのかは、三柳がいちばんよくわかってるだろ」
三柳は、本能ではもう俺に勝てないと悟っている。
しかしその尊大な自尊心が、周りのヤツらの目が、三柳を退くに退けない状況へと追い込んでいるのだ。
だから俺はあえてそれをボカしつつ、三柳に退路を用意した。
これ以上やっても恥の上塗りをするだけだと。
だが――
「ブッ殺す!!」
三柳は目をカッと見開き、ヤツを拘束していたヤンキーを振り払い、俺に殴りかかってきた。
俺の意図が伝わっていないのか、すべて承知の上なのかはわからないが、三柳は牙を剥き続けることを選んだ。
〝パシッ!〟
俺はそのパンチを左手で受け止めてみせると、周囲のヤンキーが一斉に息を呑んだのがわかった。
この時点で三柳の自尊心はズタズタだろうが、俺はさらに左手に力を込める。
「な!? がァ……ッ!? ぐ……!!」
三柳の腕から力が無くなり、その痛みからヤツは膝から崩れ落ちた。
頭を垂れ、懇願するように震えている三柳の拳を掴みながら、俺はまた左手に力を込めた。
〝ミシミシミシ〟
左手のひらから拳の骨の軋む音が伝わってくる。
三柳も、そのあまりの痛みで声もあげられないのか、何度も短い息を吐き続けている。
その様子をしずかに見ていたヤンキー連中に、今度はローゼスが声をかける。
「おう、おめーらも手、握りつぶされてえか?」
その一言を皮切りに、蜘蛛の子を散らすようにヤンキーたちが方々に散っていった。
これはローゼスの、三柳に対する情けなのだろうと即座に察する。
そして――
「はな……はな……し……手を……はなし……手……!!」
三柳が情けない声をあげた。
いつの間にかヤツの拳は真っ青に変色しており、見ると、半べそをかきながら、ブルブルと痙攣していた。
ツンと鼻をつく臭いを感じて視線をさらに落としてみると、三柳の股間は濡れ、そこに水溜まりができていた。
さきほどまで頭の先に昇っていた血が急速に引いていく。
冷静になり、冷酷になり、考える。
こいつらは……こいつは、俺があの時いくら訴えかけても止めてはくれなかった。
なら、俺がここでやめる道理は──
「……もういいだろ、マコト」
ローゼスに諭されるように言われ、ハッとなって我に返る。
「マコトの気持ちはわかる。事情も。……けど、もういいだろ。おまえがこんなやつと同じになる必要はない」
ローゼスの言う通りだ。
「あ……ああ、そうだな……悪い……」
俺は三柳から手を放すと、ヤツに一切声をかけることなく、目も合わさずに歩きだした。
そして、やがてすこし遠目から静観していた蠅村と合流した。
「わるい、蠅村。……色々あった」
俺がそう言うと蠅村は首を横に振り、何事もなかったかのように再び歩き始めた。
こいつなりの気遣いということなのだろうか。
「ローゼスも、巻き込んで悪かったな」
「……いや、あたしのほうこそ悪い」
「……なにが?」
意外な返答に、俺は思わずローゼスの顔を見た。
すると、彼女はなぜかバツが悪そうに俺から視線を逸らした。
「マコトの問題に口出ししちまった」
「いや、それは俺の為を思った行動であって……」
「いや、余計だったと思う。どのみちマコトはあれ以上やるつもりはなかったろ?」
「それは……」
後出しじゃんけんのようになるかもしれないが、ローゼスの言うとおり、あの時の俺は本当にあれ以上、三柳に対して危害を加えるつもりはなかった。
それほどまでに俺はあの時、三柳を憐れんでいたのだ。直前の怒りが消し飛ぶほどに。
「あれはマコトがひとりでケジメをつけるべき問題だったんだ。過去をきっちり清算して、前へ歩き始めるための必要な過程だったんだよ。けど、あたしは……」
「見てられなかったと」
俺がそう言うと、ローゼスは言いにくそうに口ごもった。
それを見た瞬間「ありがとう」という言葉が自然に口をついて出ていた。
「なっ!? なんでそこでありがとうなんだよ!」
たしかにこれは俺ひとりの問題ではあったが、俺ひとりで解決しなければならない問題ではなかった。
ローゼスにそんなつもりがあったかはわからないが、負担してくれた気がして、共有させてくれた気がして、なんでもかんでもひとりで抱え込むなよと言われているような気がして、そしてそれがようやく身に染みて実感出来たような気がして、俺は彼女に対する礼を口にしていた。
……なんて、面と向かって臆面もなく言えるワケがなく――
「道案内ありがとうな、蠅村」
俺は照れくさくなり、感謝の矛先を変えた。
当然、蠅村は蠅村で困惑しているし、ローゼスは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
「……ん? どうしたローゼス?」
「な、なにがだよ……!」
「みっともなくぷるぷる震えて。べつに誰もおまえに対してありがとうなんて言ってないぞ?」
「……よーし、わかった。オメーは今、ぶっ飛ばす!」
長編(になる予定)の三作品目です。
よろしければブクマや評価していただけると嬉しいです。
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