からかう魔王
〝駄菓子屋不破〟
昨日の今日でまたここに来てしまった……なんて、感傷に浸っている暇はない。
今はとにかく不破が心配だ。
あいつがローゼスの神経を逆撫でして、大喧嘩に発展している可能性がある。
幸いここに来る途中、街が燃え盛っていたり、そこかしこから爆音が聞こえてきたり、警察や自衛隊が駆けつけていなかったから大丈夫だとは思うが──
「くォらァ! ブッ飛ばすぞォォオオオ!!」
見計らったようにローゼスの怒号が聞こえてくる。
むしろいままでよく踏ん張ったほうだと褒めてやりたいが、放っておくと取り返しのつかない事になりかねない。
ローゼスのためにも、この街の平和のためにも、可及的速やかに対処にあたらねば。
俺は隣にいた蠅村に断りを入れると、その場で駆けだした……のだが――
「わー!」
「あはははは、ねーちゃんがオコったー!」
「にげろー!」
聞こえてきたのは子どもたちの楽しそうな声。
そして次に「ガオー!」と叫びながら、子どもたちと一緒に走り回っているローゼスが視界に入ってきた。
「オラ、捕まえたぞ、クソガキ!」
「きゃははははは!」
「つかまっちゃったあ!」
その姿はあまりにも楽しそうで、微笑ましくて、何も知らない人が見たら姉弟なんじゃないかと思うくらいに、ローゼスは子どもたちと自然に打ち解けていた。
「……なかなかいい顔するね、マコトクンとこのローゼスちゃんは」
いつの間にか俺の隣に立っていた仮面をかぶった変態が話しかけてきた。
「ふふ〝いつの間にか〟なんて、随分白々しいんだね。ホントは気づいてたくせに。うりうり」
「だから、俺の心を読むな。……あと、馴れ馴れしく頬をつつくな」
「いやあ、マコトクンの気配を感じて喜び勇んで外に出てみたら、顔を綻ばせているマコトクンを見つけてね。なんか和んじゃって」
「和んだら無駄にスキンシップ増えるのか魔族は。……て、あれ? 蠅村は?」
隣にいたはずの蠅村がいつの間にかいなくなっていた。
たしかに不破が近づいてきていたのはわかっていたが、蠅村がいなくなっていたことには気が付かなかった。
「私の気配に気を取られていて、鈴が消えたのに気が付けなかったのかもね」
「……なんかやらせてんのか?」
「え? うん……まぁ、それは追々ね」
「なんだよ、今話すとまずい事なのか?」
「いいや? とくにまずいってことはないと思うよ」
「じゃあなんで勿体ぶるんだよ」
「マコトクンが知りたがってるから……かな?」
「はあ?」
喧嘩売ってんのかこいつ。
「いやあ、本当に何でもないんだよ。ただ、取引に使えるかなって」
「取引?」
「うん。だってマコトクン、まだ私たちのこと疑ってるんでしょ?」
そりゃそうだ。
カイゼルフィールで殺し合いをしていた種族の親玉を、そう簡単に信じてたまるか。
……なんてことは面と向かって言えないが、こいつもさすがにそこまで鈍感じゃないか。
いやさすがにローゼスがここにいる時点でバカでも気づくよな……。
「まあ、気持ちはわかる。わかる……けどね、いつまでも信用されないのはちょっと悲しいんだよ」
「昨日の今日でなに言ってんだ」
「あ、白状した」
「……つまり、蠅村が今何をしているか知りたければ、もうすこし自分たちのことを信じろってことか?」
「そゆこと」
「おまえそれ、逆効果だぞ」
「そうなの? 人間って難しいね」
「……微塵も思ってねぇだろ」
「おや、私の心は読むんだね」
「魔族は簡単だな」
「わっはっは。……さて、マコトクンの私に対する好感度が少し上がったところで……」
「逆に下がってんだよ」
「そろそろ真面目な話するかい? そのために来たんでしょ?」
「いや、その前にまだ訊きたいことがあるんだけど」
「おっ、いいね、その歩み寄ろうとする姿勢」
「……おまえは常になにか茶化さんと気が済まんのか」
「ああ、ごめんね、本当にそういうつもりはないんだ。こんな感じで無理くりテンション上げてないと、色々ツラくてね」
「見てるほうは痛々しいんだが」
「およよ……なんて手厳しいんだ。おなかの下あたりが痛くなってきたよ」
「……ローゼスはいつからここに?」
「朝からだよ」
「やっぱりか。それで、あいつはなんて?」
「〝なにたくらんでんだ!〟って」
「……それで?」
「〝なにも〟って。昨日も言ったとおり、私は部下とお話ししにきた。それだけさ」
「……他には?」
「他?」
「ローゼスから他にはなにも訊かれなかったのか?」
「うん。あとは勝手に駄菓子食べて、勝手に子どもたちと遊んでたね」
「なにやってんだあいつ……」
「という事で、マコトクンに請求しておくね」
「は? なにをだよ」
「お金」
「いやいや、高校生にたかるつもりかよ」
「私だって出来る事ならたかりたくないさ。けどね、ウチもカツカツなんだ」
「カツカツって、おまえら金必要あんのか」
「あるよ。私たちだって食べてかなくちゃならないしね」
「いちおう飯は食うんだな」
「ひどいなあ。魔族だってご飯くらい食べるさ。だから、もらえるモノはもらっておくし、請求できる人には請求するんだ。マコトクンももう大人でしょ?」
「法律的にはまだ未成年だけど」
「あっはっは! カイゼルフィールを魔王の魔の手から救った勇者様が、何をおっしゃりますやら!」
「おまえが言うと皮肉がすごいな」
俺がそう言うと不破は長方形の紙を一枚手渡してきた。
「……なにこれ」
「たしかこれ、未収書って言うんでしょ?」
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……いや、おまえこれ、ありえんだろ。駄菓子だぜ!?」
「あるよ。証拠」
「見せ……もういいや。ローゼス呼んでくから、さきに部屋の中で待っててくれ」
「まいどあり!」
俺は未収書を握りつぶそうとしたが、ふたつに折り畳んで財布の中へねじ込んだ。
◇
「ずいぶんと楽しそうだな、ローゼス」
「おー! マコトー! よく来……た……な……」
俺を見た途端ローゼスの顔が次第にこわばり、青ざめていく。
そういえば今朝、俺が口酸っぱく〝不破との接触はやめろ〟と言っていたっけ。
どうせ言っても聞かないだろうとは思っていたから、特に怒ってはいないのだが……面白そうなので、すこしからかってみるか。
「奇遇だな、なにしてんだ?」
「そ、そうだな! き、奇遇だな!」
「そういえばここって、不破のアジトの近くじゃなかったか」
「え、ええ!? そそ、そうだっけか!? ほんと奇遇だなあ!」
「なんだ、気がついたら来てたってか?」
「お、おう、散歩してたらいつの間にかな……!」
「その割には駄菓子に舌鼓打ってたみたいだけど?」
「……な、なんだよ、その紙きれ」
「未収書だ」
「ミシューショ?」
「ローゼスがここで飲食した際に発生した代金が、ここに記入されている」
「そ、そんなものが……」
「どうやら、ただふらっと来ただけじゃなさそうだな」
「だ……っ」
「だ?」
「……ダガシが、食べたくて……」
「それだけか?」
「それだけ……じゃない……かも……」
「他の理由は?」
「え、えーっと……」
「……なあローゼス、不破のところにはひとりで行くなって言ったよな?」
「そ、それはその……」
「せめて納得できる答えは用意してるんだよな」
「……コトに……」
「なに?」
「マコトには……!」
「俺には?」
「……ゆっくりしてもらおうって」
「どういう意味だ」
「……久しぶりに帰ってきてるんだから、あたしだけで解決しようって……」
ローゼスは気まずそうに視線を地面に落としながら答えた。
なるほどな。
ローゼスのことだから昨日の、俺の親と姉ちゃんの絡みを見て、こいつなりに思うところがあったわけだ。
「あのな、ローゼス。こういうのはふたりで――」
「コラー! ローゼスねーちゃんをイジメるなー!」
「そうだそうだー!」
「かえれー!」
「けえれー!」
「くにへ かえるんだな」
さきほどまで逃げ回っていた子どもたちが、ローゼスを守るように俺の前に立ちはだかってきた。
「へ? いやべつに、俺はイジメては……いるのか」
たしかにさっきまで子ども相手に一生懸命駆けまわってたローゼスが、いまはシュンとしてるわけだからな。
傍から見たら俺がイジメている……というふうにとられても仕方ないか。
「こ……、コラコラおまえら! アタシは今、この兄ちゃんと大事な話をしてんだ! 向こうで遊んでろ!」
ローゼスが言うと子どもたちは、蜘蛛の子を散らすように四方八方に散らばっていった。
「……カイゼルフィールにいた時から思ってたけど、ローゼスって子どもにめちゃくちゃ懐かれるよな……好きなのか?」
「べつに。好きじゃねえけど、嫌いでもねえよ。しょうがねえから相手してやったら、いつの間にかどんどん集まってきやがる」
「――ふむふむ。ローゼスクンは案外、良いお嫁さんになるのかもしれないね」
「うわあ!? て、テメェ! 魔王! どっから出てきやがッた!」
「いやあ、ここ、私の店の真ん前だしね。それに、楽しそうな話をしているから、私も混ぜてもらおうと思って」
「誰が混ぜるか!」
「……それよりどうだい、マコトクン」
「なにがだよ」
「なにがって、もちろんローゼスクンの事だよ」
「もちろんの意味がわからんのだが……」
「こっちの世界じゃほんのすこし早いかもしれないけど、今のうちにプロポーズしておいたほうがいいんじゃないのかい?」
「ブッ!?」
隣にいたローゼスが突然噴き出す。
「私の経験上、ローゼスクンみたいな気の強い子って、所帯持ったらマルくなるんだよ。またこんな感じで怒鳴り込まれても近所迷惑だし、今のうちにローゼスクンに首輪……じゃなくて、指輪をはめてみるのはどうだい?」
「……おまえ、それ言いたいだけ――」
「ああー! ローゼスねーちゃん、かおまっかー!」
「ホントだ! ねーちゃんカゼかー?」
「コイというなのヤマイかー?」
「しょほーせん だしておきますね」
「う、うっせーぞ、ガキども! おまえらどっか行ってろっつったろ! わざわざ茶化しに戻ってくんな!」
「ちょっとちょっと、勝手に大事なお客様を追い返さないでよ、ローゼスクン」
「オメーがそもそもの元凶だろうがァ!」
ローゼスの近所迷惑な咆哮が轟くと、二人は目にもとまらぬ速さで追いかけっこを始めた。
このぶんなら放っておいても大事にはならないだろう。
俺はそんなことを思いつつ、背後に何者かの気配を感じながら、駄菓子屋の中へと足を踏み入れた。