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すれ違い・掛け違い・勘違い


 ――放課後。


『これからはあまり激しい遊びはしないでね』

 という、まるでガキに言い聞かせるような説教を姉ちゃんから食らった俺は、特に何の問題もなくこの時間を迎えていた。



「よーし、終わったー! 一緒に帰ろうぜ、高橋!」



 野茂瀬の声が聞こえたと同時に腕が飛んできて、あっという間に肩を組まれてしまう。

 なるほど、これが陽キャの距離感というやつか。


 正直、昼にあんな事があったから、もう絡んでくれないのではないかと思っていたので、相変わらずな感じで接してくれるのはありがたい。


 ちなみに昼休みに宙を舞った大島についてだが、あのあと学校に救急車が来ていたらしい。

 ヤツの容態が気になるところではあるが、特に誰からもまだ呼び出されていないので、おそらく大事には至っていない……と思いたい。



「つか、高橋ん家ってどの辺なん?」


「……家? なんで?」


「ははは、んな警戒すんなって。べつに住所調べてどうこうってワケじゃねえから」


「……本当に?」


「マジだって、信用ねえな。帰りどっか寄ったりするとき、遠くから来てたりすっとさすがに気ぃ遣うだろ?」


「ああ、なるほど……」



 いままで誰かと帰ったりとかなかったから、そんなこと考えたこともなかった。



「ああ、家は学校から近……」



 そう言いかけて止まる。

 野茂瀬……ではなく、その周りにいた男子生徒たちの表情があきらかに暗い。

 皆一様に目を伏せて、俺と目を合わそうとしない。

 俺とあまり関り合いたくないが、野茂瀬の手前言い出しづらいのだろう。


 まぁ気持ちはわからないでもない。

 この場合、野茂瀬の感覚がすこしズレているだけで、普通あんなことがあれば距離は起きたくなる。

 誘ってくれるのはありがたいが、ここは野茂瀬のためにも、あいつらのためにも断っておいたほうがいいのかもしれない。


 しかしどうやって断ればいいのだろうか。

 嘘でもつくか?

 いや、それだとバレたときに野茂瀬が嫌な思いを――



「あれ?」



 気が付くと蠅村が俺のすぐそばに立っていた。

 蠅村は何か言いたそうに、俺の顔をじっと見上げている。

 相変わらず口頭でなにかを伝えるつもりはなさそう……だがこれは、使えるな。



「あ、わりぃ野茂瀬」


「ファ!?」



 突然現れた蠅村に緊張しているのだろう。

 全身をガチガチに硬直させながら冷や汗を滝のように流している。

 女子苦手も、ここまでくるとほとんど病気である。



「今日ちょっと先約があってさ。……蠅村に付き合わないといけないんだ」



 俺がそう言うとクラスの一部が殺気立ったり、色めき立つのを感じた。

 しまった。これはこれでおかしな表現になっている。

 だがまぁ、今はそれよりも野茂瀬たちに悪く思われないほうが優先だ。

 それにこれに関しては嘘もついていない。



「ソ、ソカ! ソリャショウガナイヨネ! ジャアマタサソウネ!」


「お、おう……ありがとう……」


「バイバイネ!」



 野茂瀬はそれだけ言うと、手と足を同時に動かしながら教室から出ていった。

 用事が何か訊いてこなかったのは、野茂瀬なりに色々と察してくれたからだろう。

 ……たぶん。



「さて……」



 改めて蠅村を見る。

 相変わらず蠅村は俺を見上げているが、教室の空気はさきほどまでとは違う。

 当たり前だ。

 ただの陰キャの俺が、話題の転校生とその日のうちにどこか行こうとしてるのだから。

 あらゆる角度から興味を持たれても仕方がない。


 問題はこの状況をどう鎮めるかだが――

 


「じ、じゃあ、行くか蠅村! 教育実習生ってことで姉ちゃんすげえ転校生について話聞きたがってたし! 俺はただ家に案内するだけの係だからさ!」



 なんという不自然な説明台詞。

 やり玉に挙げられた蠅村も怪訝そうに首を傾げているが、その効果は覿面。

 クラス全員がさきほどまでの好奇の目を取り下げ、各々が部活や下校の準備などに取り掛かり始めた。

 なにかすこし大事なものを失った気はするが、世界を救うことに比べれば些事である。

 俺は出そうになったため息をグッと噛み潰すと、そのまま蠅村と一緒に教室から出た。



 ◇



 教室を出て昇降口までやってきた俺は、何者かに見られている気配を感じ取った。

 たしかに今の俺たちは比較的目立つほうではあるが、これはそれらの好奇な視線とは違う。

 なんというか……若干の敵意を孕んだような視線。

 一瞬、三柳たちかとも思ったが、こんなにすぐお礼参りに来るような根性のある連中でないのはもうわかっている。


 ふと横を歩いている蠅村に目を遣ると、どうやらこいつも気になっていたのか小さく素早く、ある方向を指さした。

 俺はそいつに気取られないように視線を向けると、そこには――藤原がいた。

 俺に気づかれないように、俺を監視するように、柱の陰から頭だけをひょっこりと覗かせていた。



「……なにしてんだ?」



 そう言うとなぜか藤原はサッと身を隠す。

 なんだろう。今朝のことだろうか。

 それにしても、わざわざ隠れるような真似……はするか。

 あいつも野茂瀬ほどじゃないが、人見知りなところがある。

 おそらく俺の隣にいる蠅村(こいつ)が気になるのだろう。


 俺は蠅村に先に行って待っているよう伝えると、藤原に向けて小さく手招きをした。

 藤原はそれに気が付くと、嬉々として俺の元へとやって来た。



「フハハハハハ! 我を呼んだな! 我が従者よ!」


「まぁ、呼んだな。……で、なんだ。なんか用か?」



 十中八九今朝のことについてだろうが、その話題を深掘りしてほしくなかった俺はあえてとぼけてみせた。



「先程……貴様が語らっていたのは、もしや件の転校生ではないか?」


「転校生……ああ、蠅村の事か。もう知ってんのか」


「ほう、蠅村と言うのか……存外小物……否……気配……微……禍……」



 藤原は自身の口元に手を当てると、急に自分の世界に入ってぶつぶつと呟き始めた。


 ……なるほどな。

 ようやく不可解だったこいつの行動に合点がいった。

 要するにいくら厨二病を患っていても、藤原は健全な男子高校生だったということだ。

 隣のクラスとはいえ、可愛い転校生は気になってしまうのだろう。

 だがやり方が気に入らない。これではまるでストーカーではないか。

 ここはひとつガツンと背中を押して……やりたい気持ちは山々なのだが、俺はここで心を鬼にして〝STOP〟をかけてやらなければならない。

 たしかに蠅村の顔はいいかもしれないが、あいつはあくまで魔王軍最高幹部。

 人間ではない。実るわけがない。


 〝青春時代のほろ苦い思ひ出(笑)〟として昇華できるのならそれもいいかもしれないが、この恋は火傷程度では済まないだろう。



「蠅村という転校生、従者と懇意であるよう見受けられたが、どういった間柄だ」


「やっぱ蠅村が気になるか」


「〝やっぱ〟? なれば従者も──」


「やめとけやめとけ」


「え?」


「少なくともあいつは……蠅村は、藤原の手に負えるようなやつじゃない」


「成程、彼奴はそれほどまでに強大だと?」



 あれ。

 結構強く否定したからてっきり〝貴様になにがわかる〟とか言われるんじゃないかと思ったが、意外と話を聞いてくれるみたいだ。



「強大っていうか、まぁ外面はいいかもしれないけど、周りにいるのとは比べ物にならないほど手強いだろうな」


「たしかに只者ではないと感じていたが……まさか従者を以てそこまで言わせしめるとは……ッ」



 まぁわからんでもない。

 乗り越える壁は大きければ大きいほど達成感があるからな。



「とにかく、そもそも藤原ってあんまりそういう経験ないだろ?」


「な、なぜ我があまり経験を積んでいない事がわかった!?」


「なぜって、そりゃなんとなくわかるだろ」


「さ、流石は従者だ……そこまで看破していたとは……!」


「いや、たぶん普通にみんなわかると思うけどな」


「そのようなワケが……いや、フフフ、我を謀ろうとしているな? もしくは従者なりの善意か……」


「……そんな訳だから、蠅村は止めておいたほうがいい。はっきり言って玉砕行為だと思う」


「成程、たしかにこの件、我の手には余るか……」



 よかった。なんとか引いてくれそうだな。

 それにしても、思っていたよりかなりあっさりと引き下がってくれてよかった。

 おそらく藤原自身も最初から望みが薄いと思っていたのだろう。



「しかし、我としても見過ごすわけには……むむぅ……」


「見過ごす……?」


「そうだ! ならばこの件、我が従者に任せてもよいだろうか?」


「はあ!? 俺!? なんで俺が!?」


「致し方なかろう。此度の一件、既に我が手を離れたのだ。しかし彼奴は決して看過できぬ。さすれば従者に託すが自明の理であろう」



 さっぱり意味がわからん。

 だが、えっと、つまりなんだ……。

 無理やり解釈すると〝自分の手が届かないならせめて俺に〟ってことか?


 なんてこった。

 こいつ、この年で大いに拗らせてやがる。

 だが、言いだしっぺは俺だ。責任はもちろん俺にある。

 こいつの性癖がどうであれ、俺は藤原が納得するまで付き合うつもりだ。

 それが友達の(おそらく)初恋を終わらせた俺の義務だ。



「……まぁ、俺なりに善処はするがあまり期待は――」


「お、おねがい! このとおりだよ!」



 藤原が懇願するように顔の前で手を合わせる。



「は」


「もう頼れるのマコトくんだけなんだ! お父さんにも僕が仕留めるって言った手前、引き下がれないし……」


「お、お父さん!? 親公認ならなおさら藤原がやらなきゃダメなんじゃないか?」


「うん、でもたぶん事情を話せばわかってくれると思う」


「いや無理だろ……それにしても親まで巻き込んでんのかよ……」


「え、うん……だってこういうの取り仕切ってるのはお父さんだし……」


「マジかよ……」



 思春期の子どもの色恋に口出してくる親って実在したのか。

 そのうえ、藤原の性癖にも理解があるときた。



「藤原……おま、恥ずかしくねえのか?」


「むっ。そ、そりゃ僕だって悔しいよ。でもそんなこと言ってる場合じゃないじゃないか」



 頭が痛くなってきた。

 まさかここまで藤原家がオープンな家庭だとは思ってもいなかった。

 たしかに神職ということもあり、特殊な家庭環境なのだろうとは思っていたが、これほどまでとは。

 それにしても、いくらなんでも親公認は度が過ぎているというか……いやいや、何を考えているんだ俺は。

 俺がすべきはあくまでそういうフリ(・・)

 本当に恋人同士になる必要はない。



「……ああ、俺に任せてくれ。バッチリけじめ、つけてやるよ」



 俺は建前とは気づかれないよう親指をつき立て、未だ強張る顔面から藤原の視線を逸らした。



「フフ、流石頼もしいな。我が至らぬばかりに世話をかける。この埋め合わせはいつの日か、必ずや」


「そんなのいいって。それよりもホラ、蠅村なんて忘れて、新しい恋見つけろよ。応援してっからさ」


「こ、恋……? ……いや、承知した。我は我なりに出来得る限りの事はしよう」


「お、おう、がんばれよ」


「では、よろしく頼んだぞ我が従者よ。くれぐれも無理はするな」


「あ、ああ……わかった」



 藤原もグッと親指を突き立てると、そのまま学校内へと戻っていった。

 いろいろと複雑ではあるが、友人が魔物と歪な恋をして一生消えないトラウマを植え付けられるという最悪の事態は回避できた。



「それにしても……」



 疲れた。

 今になってドッと疲労の波が押し寄せる。

 まさか藤原にそんな特殊なヘキ(・・)があったなんて。

 知りたくなかったし、ここで発揮してほしくもなかった。

 これからどういう顔であいつと接すればいいのかわからん。



「……そういえば藤原のやつ、神通力のことについて触れてこなかったな」


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