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リンチオンザリング


「ここだ、入れ」



 そう言って三柳たちに連れてこられたのはボクシング部の練習場。

 中央にはそれなりに立派な正方形のリングが備え付けられており、その周囲にはサンドバッグやパンチングボールなどが置かれていた。


 ここにいる全員で俺を袋叩きにでもするのだろうか。

 なんて考えがよぎるが、取り巻きのやつらはただニヤニヤしているだけ。

 三柳にいたっては教室の時から薄々感じてはいたが、襲い掛かってくる気配も闘争の意思も感じられない。


 なんなんだ。

 今から何が始まるんだ。



「オオシマさん! 連れてきました!」



 突然、三柳が大声で〝オオシマ〟なる人物を呼ぶ。

 オオシマ。

 決して珍しくはない名前だけど、すこし嫌な予感がする。



「……ん、おー、寝てたわ」



 リングの上からしゃがれた声が聞こえてくる。

 見ると、スキンヘッドでガタイの良い男が、いつのまにかリングのロープに体重を預けた状態でこちらを見下ろしていた。



「お、リュウ! そいつか! シメてほしいヤツって!」



 思い出した。

 大島大樹(オオシマダイキ)


 中学時代にボクシングで全国へいき、鳴り物入りで才帝学園に推薦入学したものの、すぐに傷害事件を起こし出場停止になった札付きの不良。

 普通なら停学か退学処分になるはずだが、本人はこのとおり、何食わぬ顔で学校に通い続けている。

 噂では裏で相当あくどいことをやっているのではないかと言われている。



「はい、こいつがそうです」



 三柳がそう答えると、大島は意外そうな目で俺を見たが――



「へえ……こんな弱そうな野郎がリュウをね……」



 それもほんの数秒だけ。

 すぐに自分よりも生物として劣っている(・・・・・・・・・・)モノを見るような目(・・・・・・・・・)に変わった。


 またあの目だ。

 あの冷めきった、人を人として見ていないような目。

 あの目を見ているだけで、これまでのトラウマが思い起こされる。



「……あぁ、たしかにムカつくなぁ、こいつ」


「へへへ、いっちょ前に大島さんにガン飛ばしてやがるぜ」



 他の取り巻きに言われ、俺が大島の顔をじろじろ見ていたことに気づく。


 しまった。以前の俺を演じようと決めた途端にこれだ。

 俺はすぐさま大島の顔から目を逸らすが、今度は〝フン〟と鼻で笑われた。



「おいおい、ほんとにこんなのに負けたんかあ? リュウよお!」


「い、いや、負けてはないんスけど、こいつ武器かなんか隠してたみたいで……」


「なるほどなあ、卑怯モンってワケか……」



 まぁ武器なんて持ってなかったが、ここでそれを弁明しても無駄なのだろう。


 それにしても俺自身、今回のことで三柳にはすこし失望してしまった。

 〝昨日の今日で俺に突っかかってくるなんてすごいガッツだな〟

 ……なんて思っていたが、蓋を開けてみたらコレ(・・)である。


 〝ポスン〟


 そんなことを考えていると、大島が何かを俺の足元に投げつけてきた。

 見るとボクシングで使うようなヘッドギアとグローブが転がっていた。


 ……なるほど、そういうことか。

 制裁(リンチ)はあくまで部活動という体裁で行うつもりなのだろう。

 さしずめ俺は体験に来た入部希望者といったところか。

 さすがは問題児。こういうときには頭が回る。



「おう、卑怯モン! 上がってこいよ! その根性、叩き直してやるよ!」



 こいつらの目的はわかったが……さて、どうしたものか。

 昨晩の三柳のようにここで大島を無効化するのは容易い。

 だがそうなってくると、またこのような状況に陥ってしまう可能性がある。

 つまり、大島もまた俺を制裁するために別の人間を呼びだす可能性だ。

 そうなってしまうと、俺が不良共のトップに立つまで延々とこの状況が続きかねない。


 それに今回は昨晩とは違い、明るい場所(・・・・・)かつ四方八方から視線(・・・・・・・・)が注がれている。

 つまり俺が大島を倒してしまえば、もう誤魔化しが効かないのだ。

 本気なのか口から出まかせなのかはわからないが、三柳は俺が昨晩なんらかの道具を使用したと思い込んでいる。

 だが実際に俺がこの不正の入る余地のない場所で大島を倒してしまえば、多かれ少なかれ、それなりの騒ぎになってしまうことは必至。


 こうなってくると、もはや採れる選択肢は限られてくる。


 有無を言わさぬ圧倒的な暴力で、ここにいる全員に二度と歯向かえないほどの恐怖を植え付ける。


 ……なんて、出来るはずないか。

 いくら相手が不良(こいつら)とはいえ、俺には今後他人の人生を左右するほどのトラウマを残す度胸も、その責任を負う覚悟もない。

 だったらもう俺のとれる手段はひとつしかないワケで――


 俺は足元に落ちていたヘッドギアを震えながら(・・・・・)拾い上げると、追いつめられた小動物のように大島を見上げた。



「こ、これ……どうするんですか……?」



 そう、こいつらが満足するまで、ボコられるしかない。

 それもなるべく、ワザとらしくない感じで。

 それに今の俺なら頑張れば致命傷は外せる……はずだ。



「へへ……、おいリュウ! そいつにギア着けてやれ!」


「いや、そのままでも……」


「リュウ! 二度言わせんな」


「……はい」



 大島がそう凄むと三柳は俺の手からヘッドギアを半ば強引に取り上げ、そのままグイグイと装着してきた。

 着け心地は……意外と悪くない。

 多少頭と顔に圧迫感はあるが、動いているうちに慣れてくるだろう。

 カイゼルフィール(むこう)でたまにかぶっていた兜と比べると断然動きやすい。

 それにもともと素で拳を受けるのは心配だったが、これならひとまず安心だ。

 ……まあ、使い込んでいるせいかちょっと臭いのが難点だけど。



「……チ! グローブは適当に自分ではめとけ。どうせオマエのパンチ当たんねーからよ」


「おう。……じゃなくて、うん」



 俺はグローブを拾い上げると、適当に手にハメて手首のテープをギュッと締めた。

 表面はすこし固めの合成皮革だが、中には十分綿が詰まっている。

 これならすこし反撃してもいいかも……なんて考えてしまうが、素手に比べて裂傷が起きる可能性は低くなる分、拳に重みが増す。

 もちろん俺自身本気で振り抜くつもりはないが、これが万が一急所にヒットしようものなら、逆上した大島がガチで打ち込んでくるかもしれない。

 舐められてる今の状況なら……まぁ痛いだけだろうし、数発受けたら適当にダウンしよう。

 ちなみにこれも少し臭う。


 そして、俺の傍で終始不機嫌そうな三柳を見るに、おそらくこれらはこいつのお古なのだろう。

 そういえばこいつも大島のように、前はボクシングに真剣に打ち込んでたんだっけか。

 そりゃ俺なんかに使われるのは癪に障るわな。



「昨日はどんなセコいカラクリ使ったか知らねえけどな、あの人は俺の何倍も強ェ」


「え?」


「せいぜい派手に胃液ぶちまけてノックアウトされとけな」



 案の定、三柳は昨日の一件で俺が本気でなんらかのトリックを使っていると思い込んでいるらしい。

 まぁ、そうじゃないと上級生に仇討ち頼んでるようなヤツが、昨日の今日で仕返しに来るわけないもんな。



「へへ、クセーか? 卑怯モン」



 大島がリングの上からニタニタと笑いながら俺に話しかけてくる。

 それにしてもそんなに顔に出てたのだろうか。



「材質が材質だからな、洗濯出来ねンだわ。……悪ィけど我慢してもらうぜ」


「は、はぁ……」


「それとも、防具は無しのほうがいいか?」


「あ、いや……我慢します……」


「だよなァ! 下手したら殺しちまうからなァ!」



 大島はそう言って〝ケケケ〟と楽しそうに笑った。

 これから人を殴れるというのはそんなに楽しいものなのだろうか。

 やはりわからんし、わかり合えそうもないなこの人種とは。


 それにしても、さきほどから大島がなにも準備していない。

 ヘッドギアどころかグローブすら着けていない。

 個人的に肌をパックリいかれると困るから、俺と同じようなグローブを付けてほしいんだけど――



「……オラ、卑怯モン、そろそろ上がってこいよ!」



 どうやら本人にその気はないらしい。

 俺は口をきゅっと結ぶと無駄に視線をキョロキョロさせて、なるべく怯えているような感じを装いながらリングへと上がって――



「えっと、上履きってどうすれば……」


「はあ? そのまま上がって来いよ」

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