未来へつなぐ約束 1
錬金術師の館の居間は夕日が差し、陰影を作り出していた。そこにいるのは館の主と、いつになく神妙な顔をした来訪者だった。
「――悪かった。許してもらえるとは思ってねえが」
訪ねて来たヒスキが改まってした謝罪に対し、ヨルンは嘆息した。
「誰が悪いとかそういう話を引きずりたくないから、カティヤはああいうまとめ方をしたんじゃないのか」
「そうだとしても、ケジメっていうか……」
「わかった、謝罪を受け入れよう。それでこの話は終わりだ」
ヨルンの様子にヒスキは意外そうに目を見張った。
「お前、変なところで器がでかいんだな」
「そういうわけじゃない。君やラミといつまでもぎすぎすしていたらアスタが哀しむだろう」
「ああ、そうか」
実にヨルンらしい理由だった。館に向かう道のりからいままで、なりを潜めていた笑いがこぼれるほどに。
「会った当初は、俺のこと気に入らねえって目で見てた癖に」
「その通りだな。それに身内が魔女の転生だったからといって、あっさり知り合いと敵対するのもどうかと思う」
「ひでえ。まあ俺が知り合いにやられたらキレるだろうな」
ひとしきり笑ってから、ヒスキはヨルンに問いかけた。
「城が崩れていくとき、見捨てりゃよかったじゃん」
「あの場で知り合いが死んでいたら寝覚めが悪いだろう」
ことさらに素っ気ない声音でヨルンは答えた。多分その話の主語は、アスタにとって、ではないのだろう。それを指摘したら怒るだろうから言わないが。
魔女を封じてから、半月ほど経過した。
ヒスキの父親はネアに宝石を渡した後は倒れて伏せっていたが、空に浮かぶ城が消えて以降、医者にかかって旅の間抱えていた怪我と病気を診てもらって治療に専念している。魔女に暗示をかけられていた間のことは、記憶が曖昧になっているらしい。
彼が国内のあちこちの貴族の家から集めてきた魔女の力が封じられていた宝石は、カティヤを通じて領主に預け、もとの持ち主に返還してもらうことにした。
魔女の力がなくなったところで宝石としての価値は変わらない。それにこの時代において、家宝に魔女の魔力が宿っていたことを知る者がどれだけいたことだろう。
古い時代の取り決めは、その当時どれだけ重要なことだったとしてもいずれは薄れていく。変わらないものなんて存在しない。大事なことも事実も、伝聞を繰り返していくうちに歪められてしまう。
だけどアスタは歴史の影に葬り去られ化け物と定義されてしまったリータレーナの真実を、覚えておきたかった。
意識が戻ったネアは、魔女が蘇ったときの記憶はないようだ。
魔女の魔力と意識は封印した。闇と契約して得た力は、リータレーナの魔術とユッカの力で作り出した細剣が消し去った。
ネアの身体が弱かったのは、闇に染まった魔女の魂が宿っていたからだという。魔女の意識と魔力を封じ込め、闇と契約して得た力を消した以上、懸念はなくなった。
ネアの身体は少しずつ人並の丈夫さになっていくでしょう、と鳥に乗って降りて来る際にリータレーナの心の欠片は言っていた。
魔女が蘇ってネアの身体で魔術を行使した反動か、ネアはここ最近は寝込んでいたようだが、いずれ快方に向かうだろう。そのことを願ってやまなかった。
「ネアさん、お久しぶりです」
「アスタさん」
アスタが見舞いに行くと、ネアはベッドの上に上半身を起こしていて、笑顔を見せてくれた。
「大丈夫ですか?」
「うん。身体がだるくて寝てばかりいるけど、病気で辛いのとは違う感じで……だからわりと元気だよ」
「そうですか。よかったです」
「ありがとう、アスタさん」
ネアは気丈に微笑んでいる。家を空けていてやっと帰宅した父親は具合が悪く、母親は旅の途中で亡くなったとヒスキが言っていたが、ネアなら乗り越えていけるだろうと思えた。
「お父さんが帰って来たときのこと、よく覚えていないけど――夢を見たの。わたしの中に暗くどろどろした感情があって、それに飲み込まれて、世界を壊そうとする夢」
ここではないどこかを見るような瞳で、ネアはつぶやいた。
「ネアさん……」
「ただの夢だって。なあ」
「そ、そうですよ」
ヒスキに話を振られ、アスタも頷いた。
「そう……だよね」
釈然としない様子だったが、ネアも同意した。ネアにとっては自分の与り知らぬところで起きた夢。そういうことにしてしまえばいい。
「ところでアスタさん。その……ヨルンさんは?」
おずおずとそう問いかけられた。
「え、館にいますよ。一緒に連れて来ればよかったですね」
「う……うん」
肯定の返事をされてしまった。
「なんだネア、本気であいつがいいのか?」
「だからそういうのじゃないってば。ヨルンさんはなんていうか、その……縁を感じるというか」
ネアはヒスキのほうを見て、いまの状態を説明できる言葉を思いついたとばかりに頷いた。
「そう、お兄ちゃんに子供ができたら構いたくなるし顔を見たくなるでしょ。そういう感じ」
「なんだそりゃ」
笑い飛ばすヒスキを見て、疑問が生じた。ヒスキは魔女からどのくらい過去の事情を知らされたのだろう。リータレーナの過去の断片を垣間見たアスタとしては、色々と思うところがあった。
「じゃあ、今度連れて来ますね。そうだ、ネアさんの体調が回復したらうちに呼ぶのもいいですね」
「いいの? じゃあ、頑張って治さなきゃ」
楽しそうにそう言うネアの屈託のない笑顔は、幼い日のリータレーナによく似ていた。
見舞いの帰りに食材の買い物に行くアスタに、ヒスキがついて来た。街中まで一緒に行って仕事場に向かうという。
下町の集合住宅から食料品店が並ぶ辺りまで歩いて行く。暗雲が広がった日は、馬車で移動する際に見た通りは人通りが途絶えていたが、現在はこれまでと変わらない賑わいに満ちていた。
「そういやさっきなんだけどさ。ネアがヨルンの名前出したとき、たじろいでなかったか?」
「そんなことないですよ。いつも通り、ごくごく普通ですよ」
歩きながらアスタをじっと見つめたヒスキは、腑に落ちた様子で頷いた。
「そっか。お前ら、やっとくっついたか」
咄嗟のことに不覚を取った。露骨にぎくりとしてしまった。
「わ、わたしは一言もそんなこと言っていませんよ」
「顔真っ赤にして話題逸らそうとしてる時点でバレバレだって。なに、報告してくれねえの?」
「そうやってからかってくるから言いたくなかったんです!」
アスタは反論する。こんなことならヒスキに知られたときの想定を、もっとしっかりしておくのだった。
「別にからかってねえって。ほら、春のパーティーを企画したのはお嬢様だし、俺も準備手伝ったんだぜ。ちったあ後押しになったようでよかったよかった」
「……それについては感謝してます」
確かにあのときのパーティーは得難い経験をさせてもらった。ここでにやにや笑っている青年が仕掛け人の一人と思わなければ、素晴らしい思い出だ。
「で、お前らどこまで行ったんだ?」
「デートしました!」
「いや、そういう意味じゃなくて……ってかアスタ、実は惚気たくて堪らないんじゃ」
にしてもデートねえ、とヒスキはぼやく。
「元々一緒に住んでんのに?」
「待ち合わせをしてデートは、同じ空間で過ごすのとは別のときめきがあるでしょう!」
「ふうん。行き先は?」
「珍しい鉱石が入荷したというので見に行きました」
「それ宝石観賞とかじゃねえよな。錬金術の素材を買うかどうかの品定めだよな」
「あとは周辺を一周して」
「ただの散歩だな、それ」
「デートという名目なら、どこへ行こうとデートです!」
そう主張するアスタを余所に、ヒスキは視線を逸らしてつぶやいた。
「ヨルンって俺より一つ下だったっけ。なんでこいつら、こうお子様なんだろう……」
「聞こえてますよ。ヒスキさんが経験豊富だかなんだか知りませんが、わたしたちはわたしたちなりに幸せを満喫しているからいいんです。あれこれ口を出さないでください」
「へいへい。あ、そうだ、お嬢様には言ったのか? アスタたちのこと心配してたぞ。言ってないなら俺から――」
「わたしが自分で報告します!」
つい、そう宣言していた。そして後から知られていまのヒスキのようにあれこれ言われるよりは、自分から報告したほうがいいだろうと、アスタは覚悟を決めた。




