旅人からの贈り物 2
窓の外は暗くなり、明日になったら街の中心部へ行って子供がいなくなっている家がないか調べようと話はまとまって、今夜クスティはこの館に一泊することになった。
一階にある先代錬金術師が寝室にしていた部屋はすっかり物置と化していて、夕食を食べ終えてからアスタとホムンクルスたちでベッドだけでも使えるようにと整理と掃除をしはじめた。
ヨルンが日頃使っている研究室や書斎は掃除するためにアスタも出入りしていたが、その部屋にはアスタはあまり立ち入ったことがなかった。ヨルンの寝室と同じく、寝るためだけにあるような簡素な部屋だ。
「それにしても雑多なものが大量にありますね。倉庫よりも先にこっちの整理をすべきだったんじゃないんですか?」
「もうちょっと整理したら使いやすくなるんじゃないかな。錬金術師ならいろんなものを溜め込みたくなるのはしょうがないよ」
クスティが訳知り顔でヨルンの肩を持つようなことを言った。
「やっぱり親子なんじゃ……」
「あ、こっちの部屋見てもいい? わあ、本がいっぱいだ」
荷物を運び出しつつ書斎のほうへ行ったクスティの声が、廊下から聞こえてきた。クスティは年のわりに礼儀正しいと思ったが、子供らしくじっとしていられない面もあるらしい。
入れ違いになるように、ヨルンが室内を覗き込んだ。
「終わりそうか? 無理なら僕は研究室のソファで寝て、寝室に怪我人を寝かせるが」
「ベッドだけならなんとかなりますよ」
ベッドへの通路を塞ぐほど床を埋めていた荷物は、ひとまず倉庫に移すことにした。あとは寝具を整えれば問題ないだろう。
それにしても、とクスティが出て行ったほうを見て、アスタはぽつりとこぼした。
「クスティさんはヨルンさんと同じ色合いだけど、人当たりと聞き分けのいい、いい子ですね」
「僕を引き合いに出すのはやめろ。無関係の他人だ」
「親戚の子説も隠し子説も未来の子供説も、絶対に違うという証拠はまだ出ていませんよ」
「それらが合っている証拠もなに一つないんだがな」
やれやれとヨルンは溜息を吐き出した。
「アスタはクスティのようないい子がいいのか?」
「親や教師の目があるからいい子でいようとしている子は、抑圧されているんだろうな、と思います」
転生前の自分を思い出しつつ、アスタは答えた。
「いまのクスティは親の機嫌を取っているわけじゃなさそうだが」
「記憶喪失で頼れる人も他にいないんですよ。円滑な人間関係を築いておきたいんでしょう」
「そうか」
「それはそれとして、ヨルンさんが溌剌とした子供だったらこんな感じ、というのを目の当たりにしてなかなか面白いです」
「だから僕と比べられても……」
噂をしていると、当のクスティが寝室に顔を出した。
「あ、ヨルンさん。この館、沢山本があってすごいね。歴史書があったら読みたいな」
「書斎にあるものなら好きに読めばいい。歴史書なら確か――」
本の場所を教えるため、ヨルンはクスティとともに書斎へ向かった。アスタの説が当たっているかどうかわからないが、その様子は兄弟のように見えた。
それからしばらくしてベッドを整えるのが終わり、他のホムンクルスが二階へ上がって行く中、アスタは書斎に向かった。
「クスティさん、ベッドの準備終わりましたよ。怪我を治すためにも、今日は早めに休んだほうが……」
書斎の椅子に座り本を読んでいるクスティは、集中していて呼びかけが耳に入って来ない様子だった。食い入るように文字を追いページをめくり、小声で独り言をつぶやく。
「そうか……この国から、――はいなくなったのか」
「クスティさん?」
近づいて呼びかけると、クスティは肩を跳ねさせて顔を上げた。
「あ、いや。なんでもないよ、アスタさん」
「部屋はまだ混沌としていますが、ベッドは使えるようになりましたよ」
「そう、ありがとう。えーと、本を持っていって読んでもいい?」
そのまま一晩中読んでいる姿が容易に想像できた。
「明日にしましょう」
「えー」
「頭を打って記憶喪失になった人が、それ以上頭を回転させてどうするんですか」
名残惜しそうにしているクスティを寝室に連れて行き、ベッドに潜り込むのを確認してからアスタは言った。
「おやすみなさい、クスティさん」
翌日。アスタはクスティを連れて街を巡ってみたが、大通りや平民の住宅街周辺で子供がいなくなったという話は聞かなかった。
「変わった格好だけど結構いい生地のようですし、もしかしたら貴族の家の子なんでしょうか」
「そう見える?」
「うーん、貴族だともっときらびやかな服を着ているような気も……」
そうつぶやきつつ、アスタの足は自然に街の中心部である領主の屋敷があるほうへと向いていた。屋敷の近くまで来たところで、目当ての人物と行き会った。
「カティヤさん」
「アスタ、久しぶりね。……と、その子は新しい友達?」
「実はですね――」
アスタはクスティにカティヤが領主の家の令嬢だと紹介し、昨日怪我をしていたクスティを保護したこと、聞き込みをした範囲では子供が失踪した家はなさそうなことをカティヤに打ち明けた。
「それで、もしかしたら貴族の子供かもしれないと思ったんですが」
「私の知り合いの家の子供じゃないわね。貴族の家の子供を全員熟知しているわけじゃないから、確かなことは言えないけれど……貴族の子供かと言われると違う気もするし」
「そうですか」
ならば去年の秋にネアを攫った商人のような、富裕層の家の子だろうか。あるいはヨルンのように爵位を持っていなくても財を溜め込んでいる錬金術師なら、こうした服くらい買えそうだが。
考え込むアスタに、カティヤが声をかけた。
「屋敷の近くで会ったのだし、急いでいないのならお茶でも飲んで行かない? 焦っても答えが出るとは限らないわ」
「ありがとうございます、カティヤさん」
お言葉に甘えてお茶を一杯のつもりが軽い食事まで出してくれて、街を歩き回っているうちに昼食の時間が近くなっていたことに気づいた。
カティヤが使用人と話をしているとき、クスティが小声で声をかけてきた。
「アスタさん、すごいね。領主の家の令嬢と知り合いなんだ」
「そんなことないですよ。知り合ったのもたまたまで……」
そこまで言って、カティヤと会ったときのことを思い出した。
「そうだ、この屋敷には家宝の大粒の宝石があるんですよ」
「へえ。見てみたいな」
「あら、うちの宝石に興味があるの?」
話をしていたらカティヤも話題に入ってきて、食後、家宝の宝石を見せてもらうことになった。二年前にはじめて目にしたときと同じように、広間の奥には雫型の薄紅色の宝石が飾られていた。
クスティは青い瞳に宝石を映し、つぶやいた。
「……懐かしい気配がするな」
「なにか思い出したんですか?」
「あ、いや……」
どこかで似たようなことを聞いた気がした。
「それ、ネアさんも言っていましたね。確かわたしがローゼンブラド家の家宝の宝石を身に着けていた後に会ったときに」
「ネアさん?」
「友達ですよ」
「ふうん……」
話をするアスタたちに、カティヤが声をかけてきた。
「そうだわ、自警団には行ったの?」
「あ。行方不明者がいて駆け込むなら、自警団ですよね」
「一日いなくなったくらいなら、届け出を出していないかもしれないけれど」
「いえ、行ってみます。ありがとうございました」
領主の屋敷を後にして自警団に行ってみたが、子供がいなくなった住人はいないようだった。
「これは未来から来た説が増してきた感じでしょうか」
「アスタさんは、屋敷の前に倒れていた子供がヨルンさんの子供だったら嬉しい?」
「ヨルンさんは家族を亡くしていますからね。新しい家族ができるなら歓迎すべきことです」
「アスタさんの子供でなくても?」
「だ、だからそもそもホムンクルスに子供はできないそうで……あ」
高台を歩いていると、眼下に下町の風景が見えた。そこに見知った二人組の姿があった。病院帰りらしいネアとヒスキだ。
「あの女の子は?」
「あの娘がさっき言っていたネアさんです。病弱で、あまり外に出られなくて……そうだ、クスティさん同じくらいの年ですよね。会っていきませんか?」
うーん……と考える素振りを見せてから、クスティは答えた。
「やめておくよ」
成果がないままに館に帰ると、玄関近くにいたノーラから報告があった。
「ラミ様がいらしています」
書斎にいるというのでそちらに向かうと、ラミは本を机に積み上げ、さらに開いた状態で宙に浮かせてとっかえひっかえしながら読んでいた。ヨルンも本を探しているのか、書斎の本棚の前にいてアスタのほうに視線を寄越した。
「やあ、アスタ。お邪魔しているよ。その子は? ヨルンの弟かい?」
「そう見えますよね!」
「アスタ、誤解を招く発言はやめろ」
瞬時にヨルンから否定の言葉が飛んで来た。ラミも二人が血縁関係かと思ったということは、髪と瞳の色が同じなだけでなくどことなく似ているということだろうに、そう思われるのはそんなに嫌なのだろうか。
「倒れていて保護したんだが、記憶が曖昧らしい。そのせいでどこの子かもわからなくて、アスタが聞き込みに行っていた」
「そうなんだ。ぼくはラミ・ハイメリン。きみは?」
ハイメリン、とクスティがつぶやいた気がした。
「クスティだよ。よろしく」
ヨルンは目当ての本があったのか、研究室に持って行った。
クスティはラミが浮かせた本を眺めていたが、そのことをラミ本人に問うことなく、昨日読んでいた本を持ってきて続きを読みだした。ラミが書斎の椅子を使っているので、高い位置にある本を取るための踏み台に腰かけて。
「それでクスティは錬金術師の館に厄介になっている、と。羨ましいね。ぼくもしばらくここで暮らしたいな」
「ラミさん、いまは母屋を堂々と歩けるんでしょう?」
「それとは別問題だ。これだけ錬金術の本があるんだよ。たまに来る程度じゃ、いつまで経っても読み終わらない」
地下迷宮でヨルンに言っていたことを実行に移すように、ラミは迷宮探索以降、時々こうして錬金術師の館に来ていた。アスタからしたらすっかり顔見知りになった感覚だが、読書家としては時間が足りなくて歯がゆいらしい。
「祖父がいなくなったら、今度は父と母が貴族としての教養を身につけろ、社交の場に出ろときたからね。これまでいないことになっていた子供に、一体なにを期待しているのやら」
憂鬱そうにされた近況報告に、アスタは目を瞬かせた。
「社交……その格好でですか?」
ラミは相変わらず青いドレスを着て、リボンで一つに結った長い銀髪を垂らしている。
「アスタの中で、ぼくは大分非常識な人間に分類されているようだね」
「えっ、じゃあまさか男装……」
「なにがまさかで誰が男装だって?」
そういえばラミは男だった。
「まったく、人間社会というものは面倒くさいね。好きな格好くらいさせてくれたらいいのに」
「わかります。わたしも動きやすさを追求したら、ヒスキさんに男装とか珍妙とか言われました」
「……どんな格好をしたらそんなことを言われたんだい?」
「同意したら呆れられましたよ!?」
そういえば、この場にはもう一人、変わった格好の者がいた。
「なら、クスティさんの格好はどう思いますか?」
「え、いいんじゃない? ローブみたいで」
踏み台に座って本を読むクスティを見て、ラミはそう評した。そうだった、ラミの判断基準はそこだった。




