地下迷宮と呪われた子供たち 3
離れの棟から一度出て裏手に回ると、そこに目立たずひっそりと存在している扉があった。
「離れにこんな扉があったなんて……ラミの顔を見るためにたびたび来ていたのに知りませんでしたわ」
ファニーが驚きの声を上げた。
鍵の差込口にあまり目立たない赤い色がついていて、ラミは二本の鍵のうち、赤い飾りがついた鍵を差し込んだ。
かちりと鍵が開いた音が響く。扉を開くと、薄暗い中で下に続いている階段が見えた。ラミを先頭にして、六人は階段から足を踏み外さないように降りて行く。
「長い階段ですね……」
「母屋の地下まで続いているからね」
そうなると、どのくらいの深い地下に迷宮はあるのだろうか。この世界の技術は思っていたよりもすごいのかもしれない。
しかし転生前の世界だって、各国に大昔に作られたという大層な建造物は存在する。時間と労力をかければ、人間はどんなものでも作れるのかもしれない。
それにそもそも、一人の錬金術師が人間以上の体力を持ち合わせたホムンクルスを作ってしまえる実例を知っていた。
アスタが人間の可能性について想いを巡らせていると、やがて階段は終わり、空間の先に扉が出現した。先程の扉は周囲に埋没するような主張のなさだったが、今度の扉は重厚な印象で模様が彫り込まれていて、青い飾りがついていた。
扉の横の壁には石板が埋め込まれ、文章が彫られている。
『ハイメリン家の者以外には、宝を得る資格なし』
「ものものしいっつーか、排他的っつーか……てかこれ、依頼された俺たちだけで攻略しようとしても無理だったってことじゃん」
「ラミさんが協力してくれてよかったですね」
「協力というか、自分が行きたかったところに行く機会ができたから一緒に来た、という感じだったが」
「ヨルンさん、細かいことを考えても仕方ありませんよ」
なんて話をアスタたちがしている中、カティヤが小首を傾げた。
「そもそも書庫にあった鍵がないとここまで来られないのよね。これまで宝のことを知る外部の者が迷宮を訪れたことはあるの?」
「記録に残っていないからなんとも言えないな。もっとも、過去に侵入者がいたところで家宝が奪われてはいないようだけど」
ラミはもう一本の青い飾りがついた鍵を使い、鍵を開けた。軋んだ音を響かせつつ、迷宮に続く扉が開く。
ここから先が迷宮。アスタはごくりと喉を鳴らした。
視線の先には長い通路が続いていて、その先は曲がり角があるようだ。足元は舗装されていて扉の周辺には青と黒で格子柄のような模様が描かれ、壁がある。ディックたちと行った遺跡よりもさらに人工的な印象だ。
「よし、ではいざ……」
アスタが扉の先へ足を踏み出そうとすると、ヨルンに腕を引かれて止められた。
「待て、そこの壁になにか書いてある」
扉を開けてすぐの壁に、やはり石板が埋まっていた。
「えーと、なになに、『黒い床を踏んだ者は先に進む資格を失う』……」
文章を読み上げてから、思わず足元を見下ろした。アスタが歩き出そうとしていた床は、見事に黒く塗られていた。
「これが有名な最初の一歩トラップですね……!」
「有名なのか?」
「扉を開けた直後とか、角を曲がった直後とか、油断しているところに仕掛けられているんです」
「それで、アスタは見事に引っかかりそうになったってか」
ヒスキがからかいと呆れが混じった声をかけてきた。
「ヨルンさんのおかげで事なきを得ました。結果よければすべてよしです。ありがとうございました」
「あ、ああ……」
言葉とともに、手が離された。視線も逸らされる。腕をつかまれたままで迷宮攻略なんてできないとわかっているが、なんだか残念だった。
「じゃあみんな、黒い床は踏まないように気をつけて。踏んでしまった人はここで待っていてくれればいいから」
ラミはさらりとそう言うと、青い床を踏みながら先に進んで行った。
「ここまで来て、入口で待ちぼうけなんてしてられっかよ」
「そうだな。それに、ハイメリン家の者以外の手を借りないと最深部まで行けなかった、という展開になったら面白いが」
迷宮に行くことが決まったときは渋面になっていたのに、いまになってやる気になってきたらしいヒスキとヨルンがそう口にする。そして残り五人も格子状の床に足を踏み入れた。
「二人とも、正反対なのにこういうときは気が合うんですね」
「そんなんじゃねえよ。でもこちとらいつも街中を駆け回ってる身なんで、長いこと幽閉されていて体力なんてなさそうなやつに負けたくねえだけだ」
「この迷宮は体力だけでは突破できなさそうだが? それに、暗に僕のこともけなしてないか」
「してねえよ。いちいち面倒くさいやつだな、ヨルンって」
前言撤回。別に気が合うわけではなさそうだ。だが互いへの物言いが遠慮のないものになっているようで、会った当初のことを思うと、アスタとしては嬉しかった。
それはそれとして。黒い床を踏んではいけないとか、横断歩道や道の白線から外れたらおしまい、黒い部分に落ちてしまうから、という子供の遊びを思い出した。
もしかしたら、黒い部分を踏んでいたらぱかっと穴が開いていたのだろうか。あるいは床に見えて、泥のように沈んでいくとか。いやまさか、と床を見て思いつつも、止めてくれてよかった、と心から思った。
「ここから先の迷宮攻略も、こんな感じなんでしょうか」
そうだとしたら、理詰めで行くのではなく柔軟な発想が必要なように思えた。
格子柄の床を越えてから、通路を進んで行く。
「迷宮、ダンジョン――わくわくしますね。すべての分岐を通って宝箱を回収しないと」
「宝は家宝の宝石しかないと思うが。アスタが知っている迷路は、そんなにあちこちに宝箱が設置されているものなのか?」
ヨルンに指摘にアスタは肩を落とした。
「されていませんか……現実では」
RPGのダンジョンにおける宝箱は、プレイヤーの手助けになるものだ。現実の迷路に、回復アイテムや素材や新しい装備品がわざわざ置かれているはずもなかった。
「宝かどうかは知らないが、迷宮を進むために必要なものを入手しないと進めない場面があるかもしれないね」
前を進むラミが話に入ってきた。なるほど、地下に続く扉と迷宮への扉を開ける鍵が離れの書斎にあったように、迷宮の内部でも扉を開けるための鍵や仕掛けが別の場所にあるかもしれない。
「どんな侵入者を惑わせる仕掛けがあるんでしょうね」
そこまで考えて、思った。イレネはまだ療養中でカティヤの護衛として同行して来ておらず、ヨルンも他のホムンクルスを連れて来てはいない。
ここにいる六名の中で、下町育ちで喧嘩慣れしていそうなのはヒスキだとしても、単純に体力と力が一番あるのはアスタなのではないか。
そしていまのアスタはマトに戦闘訓練を受けている。護身術や体術の基本の型を教わり、人より強い力の扱い方はわかってきた。ヒスキと会った当初やこの間遺跡へ行ったときよりはマシな対応ができそうな気がした。
「体力勝負なら任せてください。これまで鍛えた成果を見せるときです」
こぶしを握り締めて言うアスタに、ヨルンが眉をしかめた。
「無理をするな。君はまだ、技能的には身体を鍛え出した素人と同程度だ。それに、体力でどうにかなる仕掛けとは?」
「道を塞ぐ魔物を倒さないと通れない事態とかですね」
「魔物が長い間誰も入らなかった迷宮にいると思うか?」
「いないんですか!?」
「むしろなぜいると思ったんだ」
そういえばここは自然の中にあるダンジョンではなく、人が住む屋敷の地下で、宝石を守るために作られた迷宮だった。
迷宮というと魔物が侵入を阻むものというイメージがあったが、この状況下で魔物がいたら確かに困る。
「じゃあ、大きな岩が転がってきて、それを粉砕するとか……」
そこまで言って思った。いくらホムンクルスに力があっても、自分より重量があるものがすごい速さで転がって来たら、果たして粉砕できるだろうか。
そんなことを考えていると、ラミがアスタの横にやって来た。
「きみがなにを想像しているのか知らないけど。仕掛けでありそうなものというと、謎を解くと扉が開くとかそういう部類だろうね」
「正解の道を選ばないと延々ループする分岐とか、正解のマスを踏まないと違う場所に運ばれる動く通路とかは……」
「そんな迷宮に行ったことがあるのかい? さすが錬金術師とホムンクルスだね」
ラミは好奇心に輝く瞳でヨルンとアスタを見つめた。
「僕は行ったことはないが……」
ヨルンに怪訝そうな視線を向けられて、アスタは焦った。
「わたしだって実際には行ったことないですよ。そう、なにかの本で読んだんです。ディックさんの屋敷に英雄譚の本が沢山あって、英雄とその仲間たちが様々なダンジョンに挑んでいました」
「そうか、あの貴族のせいでアスタまでかぶれてしまったか……」
ヨルンはその説明で納得したらしい。アスタは心の中で、ディックさんごめんなさいと謝った。
「ホムンクルスといえば」
ラミが話の矛先を変え、アスタはぎくりとした。ディックのような反応をされたらどうしようと思ってのことだったが、ラミはアスタではなくヨルンから視線を外さずに続けた。
「最近の錬金術の発展は目覚ましいようだね。人間のような言動をするホムンクルスが実用化されているなんて。書庫にあった錬金術関連の本は古い本ばかりだから、最新の技術にはとんと疎くてね」
「ああ…………まあ」
説明するのが面倒で適当に肯定したような返事をヨルンはラミに寄越した。これは訂正しないほうがいいのだろうか、とアスタはしばし悩む。
「へえ。アスタが変わってると思ってたけど、錬金術師の中じゃ、いまはこういうのが普通だったってことか?」
錬金術やホムンクルスに詳しくなさそうなヒスキまで、その説明で納得しそうだった。
「あのねえ……アスタが意思のある特殊なホムンクルスでなかったら、貴族の目に留まってあれだけ足止めされたはずがないでしょう」
カティヤが口を挟んできて、ラミとヒスキの誤解は正された。ラミはまじまじとアスタを見つめる。
「そうか、意思があるのはやはり珍しいんだね」
「は、はい。そうらしいです」
「ヨルンはすごいな。対価を払えば同じようなホムンクルスを作ってくれるのかい?」
「偶然の産物なので再現は不可能だ」
「偶然? 謙遜かい?」
「事実だ」
「じゃあ、普通のホムンクルスが欲しいと依頼したら?」
「それならまあ……」
「どうせなら、弟子入りして一緒に作りたいな」
「弟子は取っていない」
「そうか、おじい様が亡くなったのだから離れの外に出てもいいのか。今度、ヨルンが住む館に行ってもいいかい?」
その提案に、ヨルンは溜息を吐き出してから頷いた。
「来てもいいが、ホムンクルス作成の体験を素人にさせられないぞ」
「素人でなければいいんだろう? 館の蔵書を全部頭に入れてみせよう」
「学ぶ意欲があって結構なことだ」
ヨルンは苦笑した。ラミのテンションに押されたのか、それとも学術の徒のような自分に似たタイプとなら、短時間で打ち解けられるのか。気がついたら二人は話しながらどんどん先へと進んで行ってしまっていた。
なんとなく取り残された感のあるアスタに、カティヤが耳打ちしてきた。
「アスタ、いいの、あれ」
「ヨルンさんに話が合う友達ができてよかったですね」
「……そう言うならいいのだけれど」
ヨルンに友人ができるのは喜ばしいことだ。そうは思うのだが――前を行く二人の背中を見て、なぜか胸がずきりと痛んだ。




