地下迷宮と呪われた子供たち 1
王都から帰還してしばらくしたある日のこと。アスタとヨルンは久しぶりにカティヤに呼び出されて、領主の屋敷に向かった。
「あ、ヒスキさん」
屋敷の門が見えてきたところで、ヒスキと行き会った。
「よう、アスタたちも呼ばれたのか?」
「はい。四人が揃うのは久しぶりですね」
「俺は成功したら報酬たっぷりのやってもらいたいことがあるって言われたんだけど。まさかそっちもか?」
「僕は錬金術師なら呪いにも詳しいだろうから話を聞いて欲しい、と言われて」
「呪い?」
ヒスキが反復する。
「……なんか嫌な予感がするんだけど。まあ、まずそうな事態なら断ればいいんだよな」
三人は顔を見合わせてから、門の中へ入って行った。
「みんな、よく来てくれたわね」
カティヤは来客を迎え、応接間に通した。
「イレネさんの経過はどうですか?」
「順調に回復していっているわ」
「そうですか、よかったです」
アスタとカティヤが和やかな会話を交わす中、ヨルンとヒスキは出されたお茶をすすりつつ、カティヤの様子を窺っていた。
「――そんでお嬢様、この三人を集めた理由って?」
「ええ、ヒスキに怪盗をやってもらいたいの」
「……なんだって?」
「怪盗に盗んでもらいたいものがあるの」
少し違う言い回しで繰り返された。
「まさかそれが呪いの品とか?」
ヨルンの問いかけに、カティヤは満足そうに頷いた。
「ご明察。さすが錬金術師ね」
「いや、この予想に錬金術師は関係ないだろう」
「まあ聞いてちょうだい。この街に住むハイメリン男爵家の令嬢、ファニーに相談されたのだけれど。その家に伝わる家宝の宝石は、呪いの宝石と言われているのよ」
この国の貴族はみな、家宝の宝石を受け継いでいるものらしい。アスタが知るものでは三つ目だ。
「少し前にその宝石にひびが入っているのが発見されて、家宝を手荒に扱ったから不幸が重なったと恐れられたの。その後、屋敷に住む者に不幸が続いたわ。当主は怪我をして、その妻は体調を崩し伏せっている。使用人が階段から落ちたり、料理をしていて酷い火傷を負った。そして先代は亡くなり、先日葬儀を上げたというの」
列挙される事柄にアスタは寒気がしてきたが、ヒスキの問いで我に返った。
「聞いていいか、お嬢様。その先代って何歳だよ」
「そっか、老衰かもしれませんね」
「怪我と体調不良も偶然じゃないのか」
三者の反応に頷いてから、カティヤは続けた。
「それでも住んでいる場所に呪いの宝石なんてものがあったら、信じてしまうのが人間というものじゃない?」
「……そうだな。わかりやすい物語や因果関係を、人は望むものだから」
最近ではあまり聞かなくなったが、以前は街の住人にあれこれ口さがないことを噂されていた錬金術師からすると、色々と思うところがあるようだった。
それから、とカティヤは続けた。
「ハイメリン家の屋敷には、存在を秘匿されて幽閉されて育った子供がいるの。私もファニーとは長い付き合いだけど、あの家に他に子供いたなんて知らなかったわ」
幽閉と聞き、アスタは身を竦めた。外に出られない辛さは身に染みて知っている。
「その子にも不幸が起きたんですか?」
「いいえ。その子は呪われた子供だと、先代――祖父に言われていたの」
聴衆三人は、それぞれぴくりと反応した。
「屋敷に残っている使用人やその子供のことを知っている親戚は、子供が宝石の呪いを受けて家族や使用人を怪我させたり、殺したりしたのではないか、と噂しているらしいわ。その噂のせいで、男爵の妻はすっかり参ってしまっているの」
「そんな……」
「それが事実なら、そいつを隔離すりゃいいんじゃねえの」
「事実ではないのだから、そんな方法を選んでもなにも解決しないわ。呪いの宝石なんてものがあるから悪いことはすべて呪いのせいにされる、さらには呪われた子供にいわれのない罪が押しつけられるとファニーは思ったのよ」
説明を聞き、ヨルンは渋面になった。過去の自分の境遇と重なるものがあると感じたのだろう。
「だから盗んで欲しいって?」
「ええ。家宝だから簡単に手放す選択はできないけれど、何者かに盗まれたのなら両親も諦めるでしょう、と。得体の知れない怪盗なら、うってつけだわ」
「報酬たっぷりって、その盗んだ宝石を換金した金を山分けするってことか?」
「家宝として知られていた宝石がなくなった直後に売却したら、足がつくわよ。報酬はファニーが出してくれるわ。宝石もしばらく保管しておいて、ほとぼりが冷めた頃にハイメリン家に返すのよ」
「いや、家宝の宝石がそんな簡単に盗めるかよ。無理があるだろ」
「だから、いっそ呪いがあるという前提にしてしまえばいいと思うの」
カティヤの言葉に、来客三人は目をしばたかせた。
「呪いの噂のせいで、あの屋敷では現在なにが起きても不思議ではないわ。ちょっとした騒ぎを起こして、屋敷の者がそちらに気を取られている隙に盗み出しましょう」
「騒ぎって例えば?」
「令嬢が友人を屋敷に呼んで過ごしているときに、いかにも怪しげな黒衣の錬金術師が屋敷にやって来て、『この家は呪われている』からはじまる不吉な予言をして姿を消すの。その直後に窓の外には雷鳴が轟き、高価な壺が割れて盛大な音が響き渡り……」
カティヤが語る計画に、アスタは前世で子供の頃に読んだ童話の冒頭のシーンを思い出した。
「眠り姫みたいですね」
「え?」
「あ、いえ。中断させてすみません」
確かにヨルンは気温が低いときは外出時に丈の長い黒い外套を着ていて、魔法使い感はある。去年の劇でローブも着ていた。顔に影が落ちるフードを被って不穏な台詞を吐けば、それらしくなるかもしれない。しかし、
「無茶な作戦だな」
当のヨルンはカティヤの策をばっさり切り捨てた。
「そう?」
「それで、次に言うことは雷が落ちたように見せる仕掛けを作れ、か?」
「雷は不穏さを表すものの例えよ。それ以外は去年の劇の経験があるのだから、できそうだと思わない?」
カティヤは瞳を輝かせてそう主張する。
「僕はわずかな台詞を棒読みで口にしただけで、あとは石像だったが」
「人間は成長する生き物よ。やろうと思ってやれないことはないわ」
「人には向き不向きがあると主張させてもらう。――というか周囲を欺く演技をしたいのなら、カティヤがやればいいだろう。その手助けならするが」
「私はハイメリン家の家族や屋敷の者に顔が割れているもの。じゃあ、アスタとヒスキ主体で考え直そうかしら」
「うわ、俺らに丸投げ?」
「アスタもあまり妙なことに巻き込まないで欲しいんだが……」
「大丈夫よ。とにかく、ファニーが協力してくれるのだから絶対に成功するわ。罪も露見することはないから安心して」
自信満々にカティヤはそう断言した。
翌日。アスタたちは馬車に乗り、ハイメリン家の屋敷へ下見に行くことになった。ファニーと顔合わせをして話し合い、具体的な策を練る予定だとカティヤは語った。
ハイメリン家の屋敷は、クーユオの街の貴族の家々が建ち並ぶ辺りから少し外れた場所に建っていた。広大な庭の奥に、白い壁に青い屋根の屋敷が見える。
「領主の屋敷に負けず劣らず、立派な屋敷なことで」
目の上に庇を作ったヒスキがそう感想を述べた。
「俺のような平民が足を踏み入れていいのかね」
「私の屋敷にはたびたび来ていて今更ね。それに、今日のヒスキは私の護衛でしょう?」
「そういや、そういうことになってたな」
ヒスキは自分の服装を見下ろし、嘆息した。
馬車から降りたアスタ、ヨルン、ヒスキは、決行日にもう一度別人として訪れるかもしれないからと、変装をしていた。領主の家の従者だと、屋敷の者には言い張るつもりだ。
アスタは長い髪をまとめて帽子を被り、カティヤから借りた服を着ている。ロングスカートのワンピースにエプロンを重ねているのは館で着ている服と大差ないはずなのだが、ワンピースもエプロンもフリル満載で、生地もしっかりしたもののように思えた。
純粋な使用人用の服というよりも、エプロンドレスか、はたまた前世で見かけたメイド服にゴスロリ要素を追加した衣装かのようだ。王都に行ったときといい、着せ替え人形にされている気がするのは気のせいではないだろう。
ヨルンは決行日に黒衣を着せるかもしれないからと、白いシャツに灰色のベスト姿で、王都でパーティーに参加したときのようなきっちり結った髪型。後々怪しげな風体にされるフラグだろうか。
ヒスキは焦げ茶のベストの上に薄手のジャケットを羽織り、革靴を履いて手袋をはめ、髪を整えていた。
「にしても、王都に行ったときにアスタとヨルンが着飾ってたとは聞いたけど、俺までやらされるとはな」
前髪をつまんでヒスキは嘆息した。サイズがきついわけではないだろうが、いつもラフな格好をしている分、非常に窮屈そうだ。
「従者や使用人らしい地味な装いよ。着飾ったうちに入らないでしょう?」
「俺たち平民が着てる服の何倍の値段かわからん服を押しつけておいて、そういうこと言うか……」
「細かいことは気にしないで。とにかく屋敷の中に入ったら、ファニーの前以外では私の従者のふりをしてちょうだい」
「へいへい、そーですねお嬢様」
「昨日、あれだけ丁寧な言動を叩き込んだのだからなんとかなるわね。じゃあ、行くわよ」
ヒスキの軽口に反応すらせず、カティヤは先に立って進んで行った。従者というていの三人は、慌てて彼女に続いた。
来訪の旨を伝えると、ハイメリン家の令嬢ファニーが出迎えてくれた。
「カティヤお姉様――いえ、カティヤさん。わざわざいらしていただきありがとうございます」
アスタの外見年齢やカティヤより少し年下に見える少女だった。
金茶の波打つ髪を三つ編みにしてお団子状にアップにしてリボンで結わい、長い睫毛の下には青紫の瞳。成長途中の細い身体に桃色のドレスを着ていた。清楚に飾り立てた容姿に優雅な所作、丁寧かつ若干控えめな言動。いかにもな貴族の娘といった少女に思えた。
「お姉様?」
思わずアスタは反復する。
「あら、すみません。つい幼い頃の癖で」
頬に手を当て、恥ずかしそうにファニーは説明する。
「わたくし、幼い頃はカティヤさんに憧れていましたの。カティヤさんのような立派な淑女になりたい――いえ、それ以上にこのようなお姉様がいてくれたら、と」
ファニーがカティヤを見る瞳は、憧憬で輝いていた。幼い頃だけでなく、いまも熱烈な視線を送るほどの想いを抱えているらしい。
力説する令嬢の様子を見て、控えめだという印象は撤回しておこう、とアスタは思った。
「さすがお嬢様。他の家のご令嬢まで虜にしていらっしゃるよーで」
「取ってつけたような賞賛をしなくていいわよ、ヒスキ。ああ、ファニー、彼ら三人は私の従者で『協力者』よ」
「はい。連れて来ていただき嬉しく思いますわ」
他の使用人が来客を迎えようとしている中で、令嬢二人は符号を交わし合った。
「お父様は現在外出しております。帰って来る前に家宝の宝石を見ていただいて、屋敷を一周いたしましょうか」
「そうね。その後に、手土産の焼き菓子をみんなで食べましょうか」
「カティヤさんに飲んでいただこうと用意しておいたお茶も、きっとお気に召すことでしょう」
ふふ、と笑い合う二人。そういう段取りになっているらしかった。しかし令嬢たちの予想外の人物が屋敷の玄関に現れた。
「あら、お客様?」
廊下の向こうから寝間着にショールを羽織った姿で現れたのは、金茶の波打つ髪の三十代半ばの女性だった。顔の造形はファニーによく似ているが、白い肌に血の気はなく、頬はこけ、髪は艶を失っている。
「お母様。起きて大丈夫なのですか?」
ファニーが女性に駆け寄った。どうやらファニーの母親であり、男爵の妻らしい。
「騒がしくて起こしてしまったのならごめんなさい」
「いいえ、そうじゃないわ。ファニーにお客様がいらっしゃるなんていいことだわ。……私こそ、お客様の前に出るような格好でなくて申し訳ないわね」
「お久しぶりです、カティヤ・リンドグレンです。体調のことは聞いています、ゆっくりお休みになってください」
「あら、カティヤさん。すっかり立派な令嬢になられて……ハイメリン家の娘のことを忘れずにいてくれて嬉しいわ」
「いえ、そんな……」
男爵夫人は涙ぐみつつも、アスタたち三人を見回した。
「そちらの方々は、はじめて見る顔のようね」
「私の新しい従者です」
「その年で令嬢の従者を任命されるなんて、優秀なのね」
その感想に、ヨルンとヒスキは気まずそうに視線を逸らした。
突然男爵夫人が咳き込み、ファニーが背中をさする。
「ごめんなさい……酷い状態を見せてしまって。そうだわ、できればでいいのだけれど」
ファニーとは異なる色素の薄い瞳が、来客たちを見つめた。
「先代が生きていた頃は外に出ることを禁じられていた子がいるの。みなさん年も近いようだし、よかったら少し話をしていってもらえないかしら」




