第38話 制裁
フラルジークへ戻った俺達はその足で寺院を目指した。
寺院に向かう理由は神主にリディア誘拐未遂の責任を取ってもらう為だ。
俺も神主のやり方にはかなりムカついている。
なので少々派手に暴れてやるつもりだった。
時刻は夕方で日が沈む中、赤く染まる街を背に俺達は寺院に続く道を戻って行く。
★ ★ ★
急いだ事もあり、日が沈む前に寺院へ戻ることが出来た。
参拝するには遅い時間で、門の前で警護をしている男に要件を尋ねられる。
「こんな時間に、どの様なご用件ですか?」
「神主に用がある入らせて貰うぞ」
簡潔に要件を告げ、俺が強引に中へ入ろうとすると、門番の男は体を張って行く手を遮る。
「神主様は今日は既にお休みです」
怪しい男と判断したのか?
門番の男はていの良い言い訳をして俺達を拒んだ。
よく考えたら悪いのは神主で在ってこの男では無い。
問答無用に門番の男を倒して中へ入るのは少々心苦しく思えた。
ならばと俺は神主に言付けを頼むことにする。
「では早急に亜人の巫女を連れてきたと神主に伝えてくれ。それで解るはずだ」
わざわざ早急と言う言葉を使ったのは、門番に判断させない為で、門番に必ず神主にリディアが連れてこれれた事が伝わるだろう。きっと神主は喰らいついて来ると俺は考えた。
予想通り俺の伝言を聞いた門番の一人が境内へとかけ足で入っていく。
その後、戻ってきた門番が境内へ入る許可をくれた。
神主は本殿の一室にて俺達の事を待っているらしい。
どうせ俺達を襲った冒険者と勘違いしているのだろうが、持っているなら早く行ってやろうじゃないか。
★ ★ ★
案内された部屋は昼間に俺とリディアが案内された部屋と同じだ。
扉が開くと中には神主の姿が見えた。
「呼ばれたから来てやったぞ! お前が雇った冒険者達はまだ森の中を彷徨って居るはずだぞ」
俺の姿を見て神主が驚きの表情を見せている。
「貴様、何故生きている!? あっ! イヤ…… 何でもない。 貴方は一体何のことを言っているんだ?」
「俺達を襲わせた冒険者の事は知らないって事か? 後で連れて来てもいいんだが。それよりも何故リディアを攫おうとしたのかを話せ」
凄みをきかせてそう吐き捨てた。
俺の後ろではリディアがフンフンと怒りの表情で何度も頷く。
「それじゃぁ、お前から貰った地図の場所へも行ってみたが何も無かったぞ。これはどういう事だ?」
「そっそれは…… 印を付ける場所を間違えたのかもしれん……」
「ほぉ~ じゃあ正しい地図を渡してもらおう」
俺の問に返答を困っていた神主は何かを思いついた顔になる。
「解ったじゃあ。すぐに書き直すから、そこで待っておれ」
神主はそう言って部屋から出て行く。
リディアは俺の背中をチョンチョンと叩く。
「……おじ様、神主は嘘ついてるよ」
「だろうな。今もきっと応援を呼びに言っているんじゃないのか? リディア、襲ってきたら精一杯暴れてやろうじゃないか」
「……ん、任せて」
俺達の予想通り、しばらくすると勢い良くドアが開かれ多くの男達が雪崩れ込んできた。
各々武装しており、森で在った傭兵達よりも貧弱な体つきをしている。
きっとここで働く者達だろう。
だがその数は多く三十人を超えていた。
数の暴力でも無いが優位に立ったと勘違いしている神主は余裕を見せる。
「ご老人、わざわざ来て頂いて申し訳ないが大人しくしてくれないか? その少女を我々に渡せば貴方は無傷で返すと約束しよう」
「話が違うじゃないか。地図を取ってきてラフテルの場所は教えてくれるんじゃないのか?」
「申し訳ありません。元からラフテルの場所は教えるつもりはありませんでしたので。特別に質問に答えてあげましょう。ご老人はその少女がどんな価値を有しているか知っていますか?」
リディアの価値? 俺はリディアの方へ軽く視線を向けるとリディアも解らないと首を左右に振っている。
「お嬢さん、貴方は大陸北西に在ったタックス寺院の出でしょう。そして母親はマリーダ…… 違いますか?」
神主の質問にリディアは頷いた。
この神主は本当にリディアの事を知っている様だ。
「寺院の中でも至高と言われている。星読みの力、遠くの未来を知る力がある。その者が十年前に永くから続く魔物との争いを終わらせる救世主が寺院の関係者から産まれると告げた。その者こそ、そこに居る貴方だ。産まれた救世主はその寺院で救世主として育てられていたが、魔物の襲撃を受けて寺院は壊滅、救世主は行方不明となっていた。だから貴方を確保した寺院が最も強い発言力を得られる。なんせ世界を救う鍵だからな!宝物が目の前に在るのにラフテルなどに持って行かせる訳が無いだろう」
ニヤついた表情を浮かべ得意げに言い放つ神主に、瞬時に俺は苛立ちを覚えた。
「ゲスがぁ! リディアを物の様に扱うなぁぁ!!」
リディアの秘密には驚いたが、それよりもリディアを人と見ていない神主に虫唾が走る。
「今後は私が寺院全てを指揮し、この世界の指導者へと上り詰める訳だ」
「御託はもういい。お前は二度と俺達に手出し出来ない様にしてやる! リディア、この者達は素人の集まりだ。多少の怪我は仕方ない。思いっきりやるぞ」
「ん。了解した」
「この老いぼれと女をお取り押さえろ! 容赦はするな!」
二十畳程度の客間に三十名を超える者達が入り乱れる。
俺とリディアは後方へ一度下がると俺はそのまま壁に足を掛け、平然と壁から天井に向け移動する。
これはスパイダーのコアから得たスキルで、どうやらパッシブスキルの様だった。
魔法を唱えなくても自然と壁走りが出来ている。
天井の高さは三m程なので天井から宙吊りの状態であるならば、手を伸ばせば床に立つ者の首根っこを捕まえる事が出来る。
俺は自由自在に天井を走り回り、手当たり次第敵の首元を掴むとリディアの方へ投げ飛ばしていく。
ステータスの値が高い俺の圧倒的な力の差は大きく、壁に叩きつけられた者達は気絶する者や床に倒れる者と様々だ。
その後リディアの矢が敵の衣服を壁や床へと縫い付け、身動きが出来ない状況へと変えていく。
敵側も必死に俺を捉えようと、持っている武器を天井へ振り回しているが、攻撃が遅すぎて当たる訳がない。
リディアの方も先読みの力で向かってくる敵の衣服を矢で貫き、床や壁に貼付状態にしていた。
三十人は居た敵はほんの五分程度で無力化されていた。
「お前だけはこんな物じゃすまない。覚悟しろよ!」
「ひぃっ」
神主は悲痛な声を漏らしながら、必死に部屋から逃げ出そうとするが行く手を遮る様に矢が数本放たれる。
突然進行方向に矢が刺さった事に驚き、神主は尻もちをつき身動きがとれないでいた。
俺はゆっくりと近づき拳を握りしめる。
そして神主の顔面を殴りつけようと腕を振り上げた瞬間、ドア付近から物凄い殺気を感じ後方へと飛び去る。
「神主殿これは一体? 大丈夫ですか!?」
扉から飛び出し、大きな刀を俺に向けた一人の僧が俺の前に躍り出る。
頭巾を被り全身を白い服で統一しているが顔は出ており、見た目は二十五歳を越えた位の青年であった。
ただ流れる様な動きや、全身から発せられる殺気で判断すると相当な強者に思える。
「おぉ、ムサシ殿か! こいつらは賊だ。この寺院を襲って来たんだ。助けてくれ」
「解りました。神主様は私の後ろへ…… 私がお守り致しましょう」
ムサシと呼ばれた男は俺を倒そうとジリジリとすり足で近づいてくる。
(こっちは被害者なのに、なんて勘違い野郎だ)
「おい、まて悪人はお前が庇っている神主だぞ!」
「だまれ賊が。貴様の戯言に騙される私では無いぞ」
そう言うと俺に向かって剣を振りかぶる。
振り下ろされた剣速は風の様に速く、俺も眼を見開きながら何とか剣を掻い潜った。
その後もムサシから怒涛の攻撃が繰り出される。
休むこと無く何連撃にもなる技を繰り返してくる。
俺はそれらを半身を回転させ避け、その回転を利用して剣で受け止める。
ムサシの剣は想像以上に重く、今まで受けた事が無い程の衝撃だった。
油断すればこちらがやられる可能性もあるだろう。
更に攻め入る時の踏み込みは素早く、剣に迷いは無い。
どの攻撃も俺の急所を狙ってきていた。
「ふぁははは。ムサシ殿は寺院で最も強いと言われている武神の名を受け継ぐ者だ。これで貴様も終わりだ」
自分が戦っても居ないのに、勝った気で威張りちらす神主に苛立つ。
確かに神主が言うようにこの男は強い。だけどまだ足りない。
俺が一人で戦い続けてきた場所は敵は弱いかもしれないが、一瞬の判断ミスが生死を別ける地獄の様な所だった。
その中を何時間も戦い続けて俺が会得した空間認識能力。
全方位から自分を狙っている敵の動きを全て把握し、その敵を倒すと同時に次はどの敵を倒すか判断する。
そんな極限の中で過ごしてきた俺にとって、一対一で繰り出される連撃など大した事は無かった。
一つの動作が終わった後に次の動作が始まるだけだ。
ただそれが速いかどうか、流石に最強と呼ばれるだけあって、ムサシの攻撃は速くて重い。
けれど俺にはまだまだ余裕があった。
俺はムサシの攻撃を避けると同時に腰のポシェットから一本のポーションを取り出し、ムサシの顔面に向けて投げ飛ばす。
俺が投げたポーションは高速でムサシの顔面を襲う。
だがムサシもそれを剣で真っ二つにする。
けれど真っ二つにされたポーションの液体だけがムサシの顔へとぶち当たる。
そのままポーションの液体が目に当り、ムサシは一瞬まぶたを閉じていた。
俺はその隙を逃さず瞬時に近づくと、肩に手を当て足は絡めとり一瞬で床に叩き付ける。
そのまま上に乗り、マウントポジションを取ると俺は拳を握り相手の顔へと拳を叩き付ける為に持ち上げる。
「待って、おじ様!」
俺がムサシの顔面を捉えようとする直前にリディアの静止が入った。
「おじ様、私その人の事知っているの」
なんとリディアはこの男の事を知っている様であった。
俺は用心の為に、そのままマウントポジションを維持しているとリディアの方がムサシに近づき声を掛けた。
「……ムサシ兄さまでしょ? 私リディアだよ」
目を腕で擦りポーションを拭い取ったムサシは驚きの顔を見せた。
「リディア様? ご無事でいらっしゃいましたか」
「……おじ様、離してあげて兄さまは悪い人ではないの」
俺はリディアの言うとおりムサシと呼ばれる男を自由にする。
その後リディアはムサシに今までの経緯を説明していた。
「おい、何処へ行く気だ!?」
俺達がそうしている間にコソコソと部屋から脱出しようとする者が居た。
「俺はお前を許さないと言った筈だ!」
俺は全速力で神主の前方へと回り込み、胸ぐらを掴んで宙に吊り上げる。
苦しそうに藻掻く神主は足をバタバタとさせていた。
「これで許してやる。二度とリディアには手をだすな!」
そう言うと俺は神主の顔面へと拳を叩き込んだ。
全力で殴れば死んでしまう可能性があるので手加減はしている。
だが俺に殴られた衝撃で神主は、壁に強く叩きつけられ涎を垂らしながら気絶していた。