第31話 旅立ちの準備
俺はダンジョン攻略で手に入れた素材の数々を、応援に来てくれた冒険者に運んで貰う事を思いつく。
お礼は売値の一割だと伝えると、数名の冒険者が名乗りを上げ、手分けして全ての素材を運び出してくれた。
ダンジョンの素材は、もちろん全てザイル商会に卸す予定をしている。
依頼でも無いので敢えてギルドで卸す必要も無いだろう。
俺が持ち込んだ素材を見て、ザイルが涎を垂らしていた事は見なかった事にしている。
宿屋でお世話になっている事だし、この素材で利益がでるなら俺としても満足だ。
いざ素材を売ってみると金貨三十枚となり密かに俺は腰を抜かしたが、これで十分な資金も貯まったので俺とリディアはラフテルに向けてアーデルの街から出る事を決めた。
★ ★ ★
俺は旅の道具を揃える為に、ザイルさんの店へと顔を出していた。
街一番のザイルさんの店に来ればある程度の物は用意できるだろう。
「このアーデルから旅立たれるのですか…… 寂しくなりますね」
「そうでもないさ。リディアを約束の場所に送り届けた後はまた戻ってくるかも知れないしな」
リディアを無事にラフテルに送り届けた時、俺のレベルが20前後なら、再びアーデルに帰ってくるのも悪くないと俺は考えていた。
今のレベルのままじゃ、やはり勇者と肩を並べるには力不足だと判断したからだ。
「そうで御座いますか、それで今日はどのような御用件で?」
「あぁ、それなんだが、次は東の大都市、フラルジークに向かうつもりなんだよ。そこで旅に必要な物をザイルさんの店で揃えたい」
「有難う御座います。フラルジークですか! かなり遠い場所になりますので、必要となる物資の量も多くなります。もちろん徒歩で持ち歩ける量では御座いません。なので移動獣を手に入れ、それに合わせた物資を用意して行く方が良いでしょう」
「移動獣? 何ですかそれは?」
「クラウス様も街で見た事があると思いますが、馬車や重い荷物を引っ張ってくれる動物の事です。私がアイール村に行商に行っていた時に馬車を引いていた動物も、移動獣と呼ばれています」
(あぁ、馬車とかを引いている大きい動物の事か)
「それじゃ俺達にもその移動獣が必要って事ですか?」
「そうですね。長期の旅には移動獣が必須と言えます。選ぶ種類によって目的は変わりますが、どの種類を選んでも役に立つ事はお約束できます。いつも私が購入している店をご紹介致しますので、まずはそこで移動獣を選んできて下さい」
「解りました。ありがとうございます」
俺はザイルに移動獣を売っている店の地図と紹介状を受け取る。
この紹介状を見せれば、良い移動獣を教えてくれるとの事だった。
(共に旅をする動物…… それなら!!)
俺は地図に書いている店に向かう前に一度、宿に戻った。
部屋に入るとリディアが大人しく本を読んでいた。
「リディア、今から移動獣って言う。俺達と一緒に旅をする動物を買いに行くんだが、リディアも来ないか?」
俺は移動獣をリディアに選ばせようと考えた。
長い旅になるならリディアが気に入った動物にしてやれば、少しは楽しいだろうと思ったからだ。
「動物を買うの? 私が行ってもいいの?」
「リディアに選んで欲しいんだ」
「本当!! 私、行く」
リディアは本を机の上にポンっと投げ捨て、俺の元へと駆け寄って行く。
そして宿を出た俺達は、ザイルが書いた地図に従って移動獣を売っている店を目指した。
★ ★ ★
地図に従い歩いて行くと、家屋が少ない地区に入っていく。
更に奥へ進むと前方に大きな柵で囲われた建物が見えてきた。
「リディア、多分あの場所だ」
「うん、柵の向うに動物の姿がいっぱいみえる……」
リディアが指差した先には何頭もの動物の姿が見えていた。
大型の物から馬に近い姿をした動物まで見える。
俺達は柵の一部に作られた家の中に入る。
この建物に店の人がいるのだろうか?
「すみません!! 誰かいませんか?」
建物の中へ入り大きな声をあげる。
すると奥から一人の老人がゆっくりと出てくる。
「どちら様でしょうか?」
(この人が店の人なのかな?)
「移動獣を買いに来たんですけど、ここで合っていますか?」
「確かに移動獣ならここで大丈夫です。どの種族の移動獣をお求めでしょうか?」
ここで俺はザイルに渡された紹介状を老人に渡す。
老人は手紙をみて一度店の奥へと消えていった。
俺とリディアは意味が解らないので、そのまま老人が戻って来るのを待つ。
「お待たせ致しました。ザイル商会のご紹介となれば、この店にある最高級の移動獣を御用意させて頂きます。今からご案内する部屋に三種の移動獣を用意致しました。その三頭はどれも優秀で、どの子を連れて行っても、お客様のお役に立てると思います」
この街でザイル商会の力がいかに大きいかを、俺は今の対応で再確認した。
ザイルさんと出会って居なければ、今までの生活はもっと辛いものだったのかもしれない。
幼い頃に出会い、怪しげな老人の姿の俺に対して、最後まで対等に取引を続けてくれた。
冒険者になってからも影から力を貸してくれる。
これからもザイルには頭が上がらないだろうと、俺は半ば諦め、残りの半分は興奮気味に心に誓った。
「俺はどれでもいいからリディアが選ぶといい。今日はその為に連れてきたから」
リディアは嬉しそうに頷いた。
「ありがとう」
「旅は長くなりそうだからな。移動獣を連れて行くなら世話もしなくてはいけない。 俺一人で世話をするのは大変だから、リディアが選んだ動物ならリディアも世話を手伝ってくれるだろ?」
俺が嬉しそうにそう告げてやると、リディアはパッと花が咲いたような表情を浮かべて、はしゃぎながら店員の後をついて行く。
案内された小屋には三匹の移動獣が柵に入れられていた。
「へぇ~、これが移動獣か……」
俺は一匹づつ順番に動物達へ視線を移す。
まず一頭目は馬に近い姿をした動物で、頭に角が一本生えている。
伝説の聖獣でよく出てくるユニコーンに近い血統かもしれない。
見た目はスマートで三頭の中で一番格好良い。
店員の説明によると、三頭の中で一番スピードがあるとの事だ。
次に二頭目の移動獣は巨大な蜥蜴の姿をした動物だ。
それなりの移動速度と重量物を運ぶ事ができる。
バランス型との事で、水を泳ぐ事もでき、水陸両用で店員のオススメだった。
そして最後の一頭は巨大なサイに近い姿をした動物だった。
大量の重量物を運ぶ事が出来るが、移動速度は歩くのとあまり変わらないらしい。もっぱら大量の荷物を運ぶ商業で使われる動物だと教えられる。硬質な皮膚に身体を守られているので、魔物からの攻撃にも耐えてくれるらしい。だけどこの子はまだ子どもなので、今後の成長に期待したい所だ。
「さぁ、リディアはどれを選ぶんだ?」
「う~ん…… 店員さん、この子達に触っても大丈夫……ですか?」
「あぁ、この子達は全員大人しいから怪我をする事もない。触っても大丈夫ですよ」
リディアはテクテクと歩き順番に柵の側まで近寄り、ジッと一頭ずつ見て回る。
ユニコーンはリディアが差し出した手を舌で舐め、愛くるしい仕草を見せる。
蜥蜴はリディアの手に自ら頭を差し出し、嬉しそうに撫でて貰う。
最後のサイはリディアが差し出した手の側でゴロリと転がり、腹を見せて撫でて貰っていた。
その仕草は服従した犬に近い。
「この子のお腹フニフニで気持ちいい。ウン…… おじ様、私この子がいい」
どうやらリディアは三頭目のサイの子供に決めた様だ。
俺自身もリディアが決めた事に異論はない。
すぐに店員にサイの購入を告げる。
金額はそれなりに高かったが、安全な旅を送るためには必要な投資と考えて金貨を数枚手渡した。
帰り道、リディアのテンションは高かった。
サイは街をでる時までこの店で預かってくれる。
この後はザイル商会で旅の支度を調えるだけだ。
「あの子の名前を決めたの……」
リディアは嬉しそうに告げる。
「へぇ~。なんて名前にしたんだ?」
「お腹がとても柔らかかったから…… フムフムにする」
「フムフムねぇ…… ゴツいサイには似つかない気もしないでは無いが……」
見た目とは似つかない名前だが、リディアが喜んでいるのでアイツがどう思おうがフムフムに決定だ。
俺は新しい仲間の移動獣の性別が、男だったら可愛そうだと少し同情していた。