第26話 襲撃
俺とリディアが冒険者生活を初めて、既に三ヶ月を過ぎていた。
リディアのレベルは俺を抜き去り、今ではレベル15となっている。
俺が想像していた以上に、リディアの成長速度は速い。
レベルが上がる毎に、必要魔物討伐数は増えていくので、レベルが上がるに連れて成長速度が鈍化していくのが普通だ。
マリアさんに確認した所、普通の冒険者がレベル15に達するには、速くて一年、平均すると二年以上は掛かるらしい。
そりゃそうだろう、レベルを上げる為には適正レベルの魔物を倒す必要がある。
適正レベルの魔物を言い変えれば、お互いに殺す事が出来る相手と言う意味でもある。
そんな相手を毎日ポンポンと、倒せる事の方がおかしいだろ。
それだけリディアの能力が高い事を意味していた。
アーデルの周辺に出る魔物の適正レベルは20前後で、ダンジョンへ行けばもっと強い魔物が現れるらしい。
けれど俺はリディアのレベルが20を超えるまでは、このまま森で狩りを続けるつもりでいた。
そんな俺達は今日も森へ魔物の討伐へと向かう。
今では薬草収集系では無く、魔物の素材収集の依頼を主に受けている。
既に森に大体出てくる魔物も把握できているので、時間短縮の為に目的の魔物が多く現れる場所へ向い、俺達は効率よく素材を集めた。
だがその日は何時もと違っていた。
★ ★ ★
「変だな? お目当ての魔物が全く居ない…… って言うか、魔物自体が見当たらない。どういう事だ? リディアは何か解らないか?」
俺の問にリディアは首を横に振った。
「そうか…… なら仕方ないけど、このままじゃあ納期に間に合わないな…… リディア、今日はもう少し奥まで捜索してみるか」
ギルドの依頼には全て納期が決められている。
この納期を過ぎると依頼失敗となり、罰則が発生してしまう。
俺達が選んだ依頼の納期は明日の夕方なので、今日の内に目処が立つ程度は素材を集めておきたかった。
森の奥へと進んで行くと、チラホラと魔物を見つける事が出来た。
けれど数は少ない。
少ない魔物を求めて他の冒険者達も森の奥へと向かっていたが、次第に狩りを諦め冒険者の数が減ってくる。
俺達は更に森の奥へと進んで行く。
しかし森の奥でも、魔物の姿は見当たら無かった。
「今日はどうしたんだ? これだけ森の奥に来ても魔物が少ししか見当たらないなんて……」
それからも暫く歩いたが結果は変わらず。
魔物がいないなら、捜索するだけ無駄である。
仕方なく俺達は開けた平地で場所で休憩を取っていた。
「おじ様、近くに沢山の人が近づいてる」
「あぁ、俺もさっき気づいた。どうやら囲まれているみたいだな。リディアも気をつけておいてくれ」
俺は立ち上がり、用心の為に抜剣して周囲に注意を向ける。
すると茂みの奥からザワザワと木々がこすれる音が聞こえた。
「おじ様、左の茂みから、男の人が魔法を放ってくる」
「そうか、解った」
そう言い放った瞬間、リディアが指摘した方向から、拳程度の火の球が速いスピードで俺達に襲いかかって来た。
その火の玉を半身だけ反らし交わすと、周囲の草村や木陰から十五人程度の冒険者が現れ、そのまま俺とリディアを取り囲んだ。
「へぇ~、あの魔法をよくかわせたね。私の事は覚えているかい?」
聞き覚えのある女性の声が、冒険者の壁の奥から聞こえてくる。
そして囲いの一部が開き、奥から一人の女声が現れた。
「あぁ覚えてるよ。【砂漠の風】のエルザさんだったかな? 今日はどういった御用件で?」
この状況では大体予想は付くが、相手の出方を伺う為に確認しておく。
「相変わらず、すっとぼけたじぃさんだ。以前アンタに舐められたお陰で、他の冒険者達からクランが笑われているんだよ。だからさ、ケジメを取らせて貰うために、今日はお前たちを此処へおびき寄せたのさ。お前達が受注した依頼の魔物は、全て私達が狩りつくさせて貰った。そうすれば森の奥まで捜索に来ると踏んでいたのさ」
「はぁ、俺はアンタには何もしてないじゃないか? こんな大事にする必要も無いと思うが?」
「このままじゃ、舐められたクランの面子は回復しないんだよ。大怪我したくなければ、金貨10枚出しな! それと土下座して命乞いをするなら命だけは助けてあげるさ」
「金貨10枚? そんな大金持っている訳が無いだろ」
「なら仕方ないね。じゃぁ体で払って貰うほか無い。横にいる亜人の女は、なかなか器量が良さそうだ。好色家に売れば金貨10枚は十分に稼げるだろうさ!」
俺は小声でリディアに声を掛けた。
「彼奴はどうやっても、俺達を襲う気だろ。剣士は全て俺が引き受ける。リディアは魔法や弓を使う者達の相手を頼む」
「……ん。任せて」
俺達の様子に苛ついたエルザが怒声をあげる。
「何をゴチャゴチャ話しているんだ!! 死ぬ覚悟が出来たなら合図しな。老い先短い人生を今日で終わりにしてやるからさ」
エルザは余裕の笑みを浮かべ、他の冒険者達は嫌らしく涎をすする。今から起こる惨状を想像して興奮しているのだろうか?
「それなら覚悟するならアンタ達の方だ」
「何を強がっているんだい? お前たち二人がレベル20以下のルーキーって事は調べが付いているんだよ。自分のプレートを簡単に見られる様じゃ、この先、冒険者なんてやっていけないよ。冥土の土産に勉強が出来て良かったな! 授業料は爺さんの命にしといてあげるよ」
エルザはそう言い放つと、自身の首を親指で横に切る仕草をする。
その意味は、俺の死を予言しているのだろう。
「俺のレベルが低くても結果は変わらん。行くぞ。変身!!」
俺は【変身】のスキルを【砂漠の風】の冒険者に使う。
瞬時に顔が白いマスクに覆いかぶさられ、範囲にいる者全ての注意をひきつけた。
効果範囲は三十メートルで、効果対象は俺に敵意がある者だ。
「悪いな、これで周囲にいる敵は俺以外を攻撃出来なくなる。さぁ掛かって来い」
このスキルは簡単に説明すれば、超強力なヘイトスキルである。
俺のスキル効果範囲内の敵は全て俺しか攻撃出来ない。
なので俺が死なない限り、リディアは安全と言う事だ。
周囲を見渡すと、既に目をギラつかせた冒険者達の視線は全て俺に向いていた。そして一斉に襲い掛かってくる。
やはりリディアの事は目もくれずに、一番近い冒険者が俺の命を刈り取らんと大剣を振りかぶる。
全方位を冒険者に囲まれ逃げ場が無い筈だが、俺は全員の動きを目で追い。
一番動きが遅い者の胸元に飛び込み、ベルトからナイフを取り外すと腕の筋を切断した。
「ぐぁぁ~」
肩から脇に掛けナイフで切られた男は、血飛沫を上げ地面に転がる。
その後、倒れた男が開けたスペースへ移動し周囲の自由を得る。
次に父さんから受け取った剣を片手で持つと相手に向けた。
「殺しはしないが、無傷でも帰さん!! 俺やリディアに手を出した事を後悔しろ」
「そんなじぃさん相手に何をやっているんだい。もう一度一斉に掛かりな」
エルザの指示に従い。
再度周囲を冒険者が俺を取り囲んだ。
次は慎重にタイミングを図っているのが解る。
その時、俺の頭上を越えて青い破魔矢が数本、茂みに向けて放たれた。
その後数名の叫び声が同時に聞こえ、茂みから数名の冒険者が転がりながら出てくる。
ある者は肩を射抜かれ、別の者は足に矢が刺さっていた。
(流石はリディア。百発百中だな)
隠れていた者を倒された事で、冒険者達に一瞬の動揺が走り注意をそちらに向ける。
俺はその隙に剣を振るい一番近い者へと飛びかかる。
襲われた冒険者が俺に気づいた時には、既に肌に剣が刻まれた後で男はそのまま倒れた。
それが引き金で他の冒険者が俺に対して、なだれ込んできた。
俺は剣を横払いに振り抜き、先頭の相手の出鼻を一瞬だけ止めると、下から潜り込む様に低い体勢で次々と冒険者達を切り伏せていく。
背後から斬りかかる剣には、振り向きざまに空いている左手で黒剣で受け止め弾き飛ばす。
吹っ飛ばされた男は、よろめきながら数歩後付さり、尻もちを付いた。
俺が一人でここまで戦えるのは、スキル【集団戦闘】の力だ。
例え死角で見えなくても、俺の周囲四メートルの空間は手に取る様に分かる。
ゴブリンを数万匹倒して手に入れた、取得難度:4のスキルだ。
「ひぃぃ このじじぃ、本当にルーキーなのか? こんな話きいてねーよ」
「悪いが、そんな事言っている暇は無いぞ!」
尻もちを付いて剣を手放していた冒険者の男に、俺は容赦無く剣撃を叩きつけた。
今まで切った奴等も死なない様に、すべて肩や足などを狙って攻撃していた。
(この冒険者達はレベルは幾つ位なんだろう? プレートの色は……紫が多い。それと青? いや違う藍色か。後で確認しておいた方がいいかもな)
そんな事を考えながら冒険者達を次々と倒していく。
彼達の動きはハッキリ言って遅すぎる上に隙も多い。
鍔迫り合いをしてみても、力は弱く容易に弾き飛ばす事が出来る。
戦闘開始から十五分程度で、俺はエルザ以外の冒険者を全て倒してしまう。
「後はアンタだけだが? どうする?」
俺が近づくとエルザ一歩後ずさる。
その表情は渋く、額には大量の汗が流れている。
「へっ! 調子にのってるんじゃないよ。その仮面が能力を上昇させる魔法かスキルなんだろ? それさえ無ければ、老いぼれのじじぃなどに私達が負ける訳が無いんだよ」
その言葉を受けて俺は変身の魔法を解いて見せた。
このスキルは俺の意思で自由に解く事が出来る。
「これでいいのか? じじぃ、じじぃと五月蝿い奴だ。実はじじぃって言われるのは好きじゃないんだよ。さっさと終わらせてやるから、早くかかって来い」
「馬鹿なじじぃだ。私のプレートを見な。この青い色はレベル30を超える証。アンタがどうやっても私に勝てる道理が無いんだよ」
エルザは剣を抜き構えると、薄っすらと体全体を光らせる。
どうやら魔法かスキルを使う様だ。
「俺には魔法を解除させておいて、お前は魔法を使うのか?」
「五月蝿いんだよ。勝てばいいんだ。今から仮面をつけても間に合わないよ。喰らいな、剣技スキル乱れ突き!」
エルザは高速の連打突きを放った。
そのスピードから残像が幾つも見える。
「悪い…… それでも遅いんだよ」
エルザの攻撃は直線的な動きのスキルだった為、俺は瞬時に外側から回り込み、エルザの背後へ回ると首元に思いっきり手刀を叩き込んだ。
俺も流石に女性を切る趣味は無い。
俺の手刀を受け、エルザはその場に倒れ動かなくなっていた。
その後、革袋からありったけのポーションを出すと弓で射抜かれた男の元へと近づく。肩を手で押さえうずくまっていた男は俺に気づき、恐怖で震えだしていた。
「このポーションを飲ませれば動ける様になる者もいるだろう。だけど、もし死んでも俺は知らない。自分達が巻いた種だ後は自分達でどうにかしろよな。因みに今回の事を誰かやギルドに話したり、報復でまた俺達に手を出すのなら、次は容赦はしない」
「はいっ!」
その言葉を放った後、俺はリディアの元へ駆け寄る。
「リディア大丈夫だったか?」
「……ん。 大丈夫。やっぱりおじ様は強い…… そして【変身】カッコいい」
「そうか? 俺的にはあれは結構恥ずかしいんだけどな…… カッコいいなら、まぁいいか。さぁ帰ろう。今回の依頼は未達成だ。残念だけどそんな事もあるだろう」
頭を掻いて残念がる俺にリディアはチョンチョンと服引っ張ると、倒れている冒険者達を指差す。
「大丈夫。この冒険者達は魔物を全て狩ったと言っていた…… だから素材持っているはず」
あぁ、なるほど、リディアの妙案に俺も頷いた。
その後ポーションを渡した男の元へ舞い戻り声をかける。
「ポーションの代わりに、依頼の素材を貰って帰るぞ。何処にある?」
「ひぃっ。 向こうの茂みに集めています。全部差し上げますから」
男はそう言うと俺から逃げ去る様に離れていく。
男が指をさした茂みの中を探すと、大量の素材が置かれていた。
その中から依頼の素材だけを貰い受け、俺達は帰路につく。
それから数日後、クラン砂漠の風が解散した事を俺はマリアさん経由で知る事となる。