第23話 冒険者生活
その後、安い宿を見つけた俺達は、その宿に泊まる事を決めた。
費用は一部屋単位となっており、一泊銅貨五枚で布団は何セットか据え置きされている。
今の手持ちは銀貨五枚なので、この宿だと十日程度泊まる事が出来るだろう。
食事は一階の食堂でバイキング形式で食べる事ができ、早速二人で食べに行くと意外と美味しかった。
だがこの宿には風呂が無く、庭に設置されている井戸から水を汲み体を拭うしか無い。
リディアには可哀想だが、金が無い今は我慢してもらうしかなかった。
★ ★ ★
翌朝、俺とリディアは冒険者ギルドへ来ていた。
本当は俺一人で来たかったのだが、頑なに「俺と一緒にいる」とリディアが言い張り、根負けした俺が連れて来たのだ。
今日の目的はギルドで依頼を受けるつもりである。
依頼料が安くてもいいので、慣れるまでの間は安全な依頼がいいと考えた。
例えば薬草収集とかなら、リディアと二人で出来るから丁度いいと思う。
冒険者ギルドに入り、早速、掲示板に貼られている数々の依頼書に俺は目を通していく。
魔物の討伐クエストから、素材の収集など予想通りの依頼が並んでいた。
それらの依頼を周囲のベテラン冒険者達が、われ先にと剥がしている。
俺は討伐などの危険な依頼では無く、薬草収集の依頼が集められている場所を探していた。
「あった、この辺りに張られている物が、薬草収集の依頼だな」
薬草収集の依頼は、集める薬草の難度によって、成功報酬が変わってくる。
俺は父さんから貰ったマニュアル本に目を通しながら、比較的見つけ易い薬草の依頼を見つけ剥ぎ取ってみた。
「リディア、チョウカの草を500房集める依頼でいいか? チョウカなら俺も知っているし、初めての依頼なら丁度良いだろう。成功報酬が銅貨5枚だから、宿代と同じで成功報酬は余り多くはないけど、道中で魔物を倒して素材が手に入れば、その分利益が出るから、今回はこれにしよう」
リディアも俺の意見に同意し、コクコクと頷く。
「今後、少し慣れてきたら、もう少し報酬が良い依頼に挑戦するつもりだ。一緒に頑張ろうな」
俺は勢いよく依頼書を掲示板からはがし、弾む気持ちを抑えきれない感じで、カウンターの方へと歩きした。
だがその時、ハッとある事を思い出す。
それは昨日マリアさんから逃げ出した事だった。
(流石に、昨日の今日でマリアさんと会うわけには行かないよな)
俺は人混みに紛れ、目立たない様にカウンターの奥に立つギルド職員の女性達を見て回った。
(あれ? マリアさんが居ない…… 今日は休みかな? なら大丈夫か?)
運がいいとばかりに俺達は一番短い列に並び、自分の順番が来るのを待つ。
時間の経過と共にゆっくりと、並んでいる人達が減って行き、いよいよ前の人が終われば俺の順番となるその時、奥の壁に設置されているドアが開き、隣の部屋から一人の女性が入ってきた。
「休憩終わったので、受付担当代わりますよ」
「ほんと? じゃあ、この人が終わったらお願いしますね」
聞き覚えのある声と忘れる事が無いボディーラインが目に入り、一瞬で俺の額に汗が浮かび上がる。
瞬時に顔を下に向け、バレない様に回れ右を開始する。
そして勇気ある逃亡を図ろうと一歩踏み出した瞬間、背後からマリアさんの声が飛び込んできた。
「クラウスさん、一体何処へ行く気ですか? 一度、取り外した依頼書を元に戻すのはルール違反になりますよ」
雷撃の様な鋭い声に反応して、俺の動きがピタリと止まる。
そして恐る恐る後ろを振り向くと、満面の笑みで手招きをするマリアさんの姿があった。
★ ★ ★
「昨日はすみませんでしたー!!」
依頼書を差し出しながら、頭を九十度より深く下げる。
それは膝と額が接する程の角度だ。
昔から柔軟を続けていた俺にとっては朝飯前の行為だが、今日ほど柔軟を続けて良かったと思った事は無い。
「もぅ、昨日は何故逃げ出したのですか? 説明の途中だったのに、ちゃんと寺院には行けたんですか?」
困った顔で依頼書を受け取り、手続きをしながらマリアさんは気にしてなさそうに語りかけてくる。
「いえ、何となく…… 居た堪れなくなってしまって……」
歯切れ悪く、言葉を濁しそう返すしかない俺は、恥ずかしさからずっと下を向いていた。
「私は気にしてませんので、そんなよそよそしい態度を取らないで下さい。これから依頼を受けるのでしょ? 薬草の採取は比較的に安全な依頼ですが、魔物にも出会う事があるのですよ。そんな事でリディアちゃんを守れるのですか?」
俺がリディアの方を向くと、リディアは俺の視線に気づき笑顔を返してくれる。
(そうだ、マリアさんの言う通りだ。これからリディアと俺は薬草採取の依頼を受ける。俺がしっかりしないとリディアが危険な目に遭うかもしれないな)
顔を上げ、マリアさんの目を見て頷き返すと、マリアさんも笑顔で返してくれた。
「依頼の受理が終了しました。依頼分の薬草を採取しましたら、私の隣の受付まで持ってきてくださいね」
「有難うございます。じゃあ早速行ってきます」
そう言って振り返り、歩き出そうとした時、俺はマリアに止められてしまう。
「ちょっと待って下さい。クラウスさんとリディアちゃんは二人で依頼を受けるのでしょ? 失礼がなければ、二人のレベル差は幾つか教えてくれませんか? 場合によってはパーティー登録した方がいいと思いますよ」
「パーティー登録?」
俺が不思議そうな顔をしている事に気づいたマリアさんが、丁寧に説明をしてくれた。
冒険者はパーティーを組む事ができるようだ。
パーティーの最大人数は四人。
パーティー登録ができるのは、水晶球に登録された冒険者同士だけで、パーティーを組めば大きなメリットが二つある。
一つ目は、パーティーメンバー全員でレベルを平均にできるって事だった。
例えばレベル30。レベル15。レベル20。レベル15の四人組でパーティーを組んだ場合、そのパーティーを組んでいる間は、全員のレベルは合計レベル80割る4でレベル20が一人ひとりのレベルとなる。
だからメンバーの編成によっては、非常にレベルが上げやすくなるのだ。
けれどこれには条件があって、四人の立ち位置で中心の者から一人でも十五メートル以上離れてしまうと、パーティーの効果が無くなってしまう。
要するに前衛から後衛までの距離は三十メートル以内。
その範囲で戦闘を続けなくては意味が無いと言う訳だ。
更に注意が必要なのは、討伐数も四等分されると言うことだ。
前衛が頑張って100匹倒しても四等分され、討伐数は25しか減少しない。
昔、このパーティーの法則を悪用した高レベル冒険者が、自分以外のメンバーをレベル1の素人ばかりで構成し、狩りに行った事があったらしい。
結果は高レベル者以外の者は全員死亡。
距離の制限があるから、絶対に守りきれないとの事だった。
そういう事案が何件も続いて、大問題となり、ギルドとしてもそれ以降はパーティー内のレベル差は10以内でないとパーティーが組めないと変更されたとの事だ。
補足だが、仲間を全員殺した冒険者は冒険者登録剥奪の上、重い罪に問われたらしい。
もう一つのメリットは、メンバー同士なら意思疎通がシッカリとできるとの事だった。
最初は言っている意味がよく分からなかった。
しかしよく聞いてみると、絶対に合ったほうがいい効果であった。
その効果は【パーティーメンバー同士は互いの声が効果の範囲内なら、周囲の騒音に関係なく必ず声が届く】。
集団戦闘は連携が命だから、パーティーメンバー同士の声の掛け合いはとても大切だ。
「登録の方は私から、グルじぃさんに頼んでおきますが、どうしますか?」
「グルじぃ…… あのエロジジィかっ!!」
俺は昨日の事を思い出し、顔をしかめた。
俺の顔を見てマリアさんが笑っている。
だが二人で依頼を受けるに当たり、冒険者登録をしている方が確実にお得だろう。
アーデル周辺に出る魔物は、全てゴブリンより適正レベルが高い。
俺はレベル10で、リディアの方はレベル1。
じゃあ二人の平均はレベル5となる。
そう考えると、レベルが平均になっても両方の討伐数が減るので、特に問題もないだろう。
それよりも魔物との戦闘になって、俺の声を確実にリディアへと届けれる事の方がデカい。
「それじゃ、登録お願いします」
その後、無事パーティー登録が完了し、俺はリディアの手を引き初クエストを達成する為に、アーデルの街から出ていく。
★ ★ ★
チョウカの草は湿った場所によく生息している。
俺達は街から少し離れた森の中へ入ると土を握り潰し、湿気の多い土質を確認しながら奥へと進んで行く。
「この辺りの土はよく湿っているから、たぶん近くにチョウカの草が生えているかも。青い花をつけた二十センチメートル位の背丈の薬草だから見かけたら声をかけてくれ」
「……ん」
俺達はキョロキョロと周囲をチェックしながら、森の中を移動して行く。
するとすぐにチョウカの草を見つける。
この辺りは生息地の様で、その後もドンドンとチョウカの草を見つけ、俺達は集め続けた。
「一時間で大体100房か…… こりゃ結構大変だな。リディア一旦休憩しよう」
俺から数メートル程度離れた場所で、チョウカの草を見つけたリディアがせっせと摘み取っていた。
リディアが持つ革袋には何十もの房が束ねられている。
リディアの頑張りを目の当たりにし、俺の表情もつい綻んでしまう。
俺の声に反応したリディアは、テクテクと俺の側まで来ると隣に座る。
俺もそれを見てゆっくりと地面に腰を下ろした。
「水だ。今の内に飲んでおきなさい」
腰にぶら下げた水筒をリディアに渡して、水分補給をさせる。
コクコクコクと水を飲むリディアはとても可愛らしかった。
だがその瞬間、リディアは水筒を素早く俺の方へと投げ返すと、突然立ち上がり、肩から掛けていた弓を手に取る。
そして矢筒から青い矢を一本引き抜き、狙いを定め斜め前の茂みに向かって矢を放つ。
「リディア。おい、どうした……っ」
その行動を見ていた俺が途中で言葉を詰まらせた。
なぜなら放った矢に向かって、茂みの中から飛び出した魔物が自ら当たりに行ったからである。
魔物の名前はホーンラビット、素早い動きで冒険者達を撹乱させる厄介な魔物だ。
そしてリディアは何も無い場所に向かって、もう二本の矢を放つ。
そのどちらの攻撃も先程と同じで、ホーンラビットの方から吸い込まれる様に飛び込んで来る。
「リディア…… これはどういう事なんだ?」
俺の問に、リディアはエッヘンと腰に手を当てながら教えてくれた。
どうやら【先読みの巫女】の能力で魔物が現れるのが解っていたらしい。。
リディアの話を聞いた俺の解釈はこうだ。
絵の様に何枚も未来の絵が見えている……
例えば十枚の絵が全て同じなら100%確率で起こる結果で、五枚づつなら二つの未来が存在する。
そう例えれば、わかりやすいだろうか?
そして寺院で買った弓は攻撃力が高く、ホーンラビットなら一撃で死んでくれる。
「リディア、お前の力って反則級過ぎるぞ……」
俺の言葉の意味を理解出来ないリディアは、不思議そうに首を傾げた。
その後は俺が薬草を取り、リディアが現れる全ての魔物を倒す。
そんなシステムが自然と出来上がっていた。
「今日でレベル3になった……」
ホーンラビットや他の魔物を二十五匹倒したリディアは、そう呟いた。
パーティーを組んでいるので実質、リディアは半数の十二匹倒した事になる。
しかしたった10匹ちょっとでレベル3には普通はならない。
きっとリディアはレベルが低い為、一匹倒しただけで数値が大きく減少したのだろう。
何年も掛けてゴブリンを倒し続け、必死にレベルを上げていた俺はその言葉にショックを受ける。
帰り道、傷心した俺はリディアに心配されながらも日が沈む前に薬草を何とか集めきり、トボトボと街へ帰って行く。
今日の俺の成果は銅貨5枚と魔物討伐数マイナス三十匹となった。




